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軍属

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第四章

「こういうものは付けていたか」
「それは?」
「階級章だ」
 それだというのだ。
「軍人の階級を示すものだ」
「それで大尉さんはですか」
「そうだ。陸軍の憲兵大尉なのだ」
 大尉はまた自分の階級について老婆に話した。今度はより確かに。
「軍人ならば必ずこれがあるが」
「必ずですか」
「そうだ。あるのだ」 
 大尉は老婆にこのことを話す。
「これはあったか」
「そういえば」 
 老婆は大尉に言われて考える顔になった。
「なかった様な」
「なかったのじゃな」
「そんな気がします」
「ではその者は軍人ではない」
「階級章がないからですか」
「軍におる者なら絶対に階級章がある」
 軍は階級で秩序が形成されている。そうした社会なのだ。それこそ元帥から二等兵まで階級章があるのだ。
 しかしそれでもだった。その者達にはというのだ。
「なかったか。では軍人ではない」
「ではどういった方々なのですか?」
「お婆さん、いいだろうか」
 大尉は畏まった、それでいて厳しい顔になって老婆に問うた。
「お婆さん以外にその連中を見た者はいるか」
「この辺りで、ですよね」
「そうだ。いるだろうか」
「何しろ店の中で好き勝手に騒いでいたので」
 店を覗き見る者もいただろう。老婆は考えた。
「それなら近所の人達を呼んで」
「うむ、皆の話を聞こう」
 大尉は厳しい顔のままで言った。こうしてだった。
 町の他の者達からも話を聞いた。話を聞くと町の誰もがその連中を見ていた。しかもそれは何度もだった。
「とにかく柄の悪い連中でして」
「やれ酒を出せ飯をありったけ出せと」
「店のものはただにしろ女を出せと」
「あれこれ難癖をつけてきます」
「理由もなく棒を振り回して殴りかかってきますし」
「家に火を点けようとしたりもします」
「許せん不埒者共だな」
 詳しく話を聞いた大尉は怒りを覚えた。義憤である。 
 ここで棒を持ち火を点けるといったところでふとこう思ったのだった。
「その連中は目が細かったか」
「細くて吊り上がっています」
「それもやけに」
「身体は大きいか」
「大きいです」
「普通の軍の方よりもいい体格です」
 身体的特徴についてはこう述べられる。大尉はそれを聞いてさらに問うた。
「では顔は四角かったか」
「はい、かなり」
「エラも張っていました」
「そして階級章はなかったのだな」
 大尉は顔の形のことも聞き確信した顔になった。だがそれに加えて彼等にこのことをあらためて問うた。
「そうだな」
「はい、大尉さんみたいなのはありませんでした」
「全く」
「わかった。悪さをしている連中は日本軍ではない」
 大尉はここまで聞いてこのことを確かだと断定した。
「すぐにその不埒者共をここに連れて来よう」
「何処の誰かわかったのですか」
「しかと」
「よくわかったわ」
 その通りだというのだ。
「ではすぐにここに連れて来る。よいな」
「はい、ではお願いします」
「何処の誰かわかりましたら」
 町の者達は大尉の言葉を信じて彼に託すことにした。大尉はまずは町を後にした。そしてすぐに馬で部下の憲兵達に縛った者を何人か連れて来た。町の者達はその縛られている連中を見て言った。
「間違いありません」
「この連中です」
「とにかく好き放題暴れていまして」
「困ってるんですよ」
「そうか、やはりな」
 大尉は下馬してから彼等の言葉を聞いた。そしてこう言って頷いたのだった。 
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