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KAMITO -少年篇-

作者:redo
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卒業試験

《木ノ葉隠れの里》。

時は暖かな昼過ぎ。

忍者候補生が通う忍者構成学校。通称《アカデミー》と呼ばれる場所の屋上に横たわり、空を眺める1人の少年。

「いよいよ……明日か」

12歳となった《千手(せんじゅ)カミト》。

アカデミーはすでに放課後となっており、生徒のほとんどは帰宅した後。しかし、カミトは未だにアカデミーに残ったまま屋上で空を眺めるだけ。ピクリとも動こうとしない。

その時。

たたた、という小さな足音と共に、1人のアカデミー教師がカミトに近づいてきた。

「ん?」

横たわったまま顔を上へ向ける。その教師の顔が眼に映った途端、カミトは安心と不安が混じり合ったような気持ちを抱いた。

「もう放課後だっていうのに……何してるんだ、カミト?」

「……イルカ先生」

鼻に横一文字の傷跡を持つ教師《うみのイルカ》。アカデミー教師の中でも、カミトが唯一まともに話せる人物。

アカデミーに入学して間もない頃から、教師達も里の人々同様にカミトを忌み嫌い、ぞんざいに扱ってきた。不登校になっても誰も説教しに来るわけでもない。寧ろほとんどの教師が不登校になったことを喜んでいたようだ。いてもいなくても、自分の存在を認知してくれる人はいない。たまに来ても、邪魔者を見るような眼で睨まれるのがお約束だった。

とても苦しい。本当にこの世から消えて無くなりたいとすら思った。そんなある日、初めてカミトに声を掛けてくれた教師がいた。それが、今目の前にいるイルカだ。

「……放課後に残っちゃだめ、という校則はないはずでは?」

先ほどのイルカの質問に応えるべく口を開いた。

「確かにそんな校則はないが……別に残る理由もないんじゃないのか?」

「……理由はありますよ」

「え?」

意外な発言に、イルカを眼を丸くした。

「……普段からアカデミーに通わず、ほとんど不登校な毎日を過ごす俺にとって……誰もいないアカデミーは新鮮なんですよ。この新鮮を少しでも長く感じていたいんですよ」

「カミト……」

イルカは、初めてカミトに声を掛けただけでなく、ちゃんと説教もしてくれた数少ない大人でもある。

今まで大人に乱暴な口調で叱られることは何度もあったが、それは単に自分が煙たがられてるだけであって、説教されている訳ではなかった。

しかし、イルカの叱りは差別や暴行のような行為ではなく、カミトの失敗をちゃんと(いさ)めてくれる、愛の鞭のような説教だった。

だからこそ、カミトはイルカに対して三代目火影と同様に信頼できる要素があったのだ。普段のように警戒心を強める必要もなかった。

「呑気に寝っ転がってていいのか?明日は卒業試験なんだぞ」

「わかってますよ。ただ……今月3回も試験に落ちてるから、自信がありませんよ」

アカデミー卒業試験課題は、変化と分身。この2つの術を成功させることである。第一試験《変化の術》はすでに終わり、明日からは第二試験《分身の術》をする予定になっている。

だが、カミトの使う分身は出来が悪く、卒業条件を満たしていない。第一試験を受けた時は見事に失敗し、その後の2回目、3回目でも繰り返し失敗。4回目でようやく変化の術を成功させ、第一試験はなんとか合格となったが、それでカミトに対する扱いが変わる訳でもなく、生徒たちに嘲笑(ちょうしょう)されるという結末になる。

成功を導き出しても歓喜(かんき)が聞こえてくることはない。アカデミー全体に耳を澄ましてみれば、聞こえてくるのは罵声(ばせい)軽蔑(けいべつ)による残酷な言葉だけ。カミトのような落ちこぼれが忍になること自体が不可能とまで言われるほど。

忍は常に見上げる存在。高みに存在する《天才》と形容する人種を見上げ、(うらや)む生徒たち。そんな彼らにとって、落ちこぼれという存在は数少ない、見下げる者。自分達より下がいるという安心感を得るための存在。

そんなカミトの振り返りを察したかのように、イルカが慰めの言葉を放つ。

「まぁ、確かにお前は術の才能がイマイチだが、筆記問題はほとんど満点を獲得してきたんだぞ。取り柄はちゃんとあるんだから、もっと自分に自信を持て」

「……簡単に言わないでくださいよ」

確かに不登校中もカミトは大量の本を読んでは勉強を続け、同時に術を磨こうと修行にも励んできた。しかし、いくら勉強を重ね、知識を蓄えても、それを実践に活用できなければ意味がない。

そんな現状に思い悩むカミトに、イルカの言葉は大した慰めにもならなかった。

「なら、今からでも始めようじゃないか」

「始める?……何を?」

突然のイルカの発言に呆然とした。


◇◇◇


場所が変わって、夕日に差される無人の教室に連れてこられたカミトは、イルカから分身の術の個人指導を受けていた。

「分身の術!」

両手で印を結び、ボウ!という煙が立った後、カミトの傍らに自分の分身が出現した。

__しかし。

カミトの作り出した分身は、空気の抜けた風船のように干からびた状態。ただ力なく横たわっているだけだった。

「……また失敗か」

失敗した分身を見ていられず、床に俯いた。

「そんなに落ち込むな。形としては一応できてるんだから」

失敗しても冷静に対処しようとするカミトを(なだ)めようと、イルカは続けた。

「いいかカミト、下忍の任官に必要な忍術は変化と分身の2つだ。お前はもう変化はできるんだから、後は分身さえマスターすれば、明日の試験に合格できるんだ」

「………」

イルカの励ましは正直嬉しいが、明日の試験への不安が拭いきれず、弱気なままだ。

(こんなにも弱々しいカミトは初めてだ。まぁ、無理もないか)

卒業試験を目前として緊張しているカミトの内心を理解しているつもりのイルカだったが、こればかりは自分自身でなんとかするしかない。イルカも自身が教えられることは全て教えた。後はカミトの実力と運に賭けるしかない。

「よし!今日はもう遅いし、頑張ったご褒美に、お前の好物の団子を奢ってやる」

「……え!?」

好物を奢ってもらえる。これを聞けば自信を取り戻せると、イルカは踏んだ。


◇◇◇


串に刺さった3つの団子を象る看板に《だんご》と書かれ、出入り口に青い6つの暖簾(のれん)が掛けられた茶屋。

ここはカミトの行き着けの店で、ここの団子が大好物。10歳の時、イルカに誘われて来たのが初めてで、その時に食べた団子と暖かい緑茶が気に入り、以来この場所にちょくちょく来るようになった。

三色とみたらし、2つの団子と緑茶を注文し、テーブルに出された途端すぐに食い付いた。

「本当に団子が好きなんだな」

今さらのように言うイルカに、カミトは当たり前といった口調で言い返す。

「ここの団子は美味です。森だと甘いものは中々食べられませんからね」

森で食べられる甘物といえば、蜂蜜と木の実くらい。普段カミトが狩る魚や鳥、と違い、蜂蜜も木の実も早々見つかる代物ではない。

「そういえばそうだったな」

イルカは以前、不登校生徒への訪問という名目でカミトのアパートを訪ねたことがあるが、いざ出向いてみるとアパートは迫害の跡を残したまま放置されていた。三代目火影からカミトの行方を訪ね、その時初めてカミトが森で過酷な生活をする経緯を知った。

しかし、カミト本人は森の生活をそれほど過酷だと思っている様子もなく、寧ろ里の呪縛から解放され自由を満喫しているようだった。

だが__その心には、いつも闇が渦巻いていた。

「オマエは……悔しいか?」

「え?」

「自分が最弱だってことが、悔しいか?」

突然の消極的な質問にカミトは戸惑い、拗ねたように俯いてしまう。

カミトの心に傷を与えてしまったことを申し訳なさそうにイルカは見つめるが、しばらくしてカミトが顔を上げた。真っ直ぐにイルカと眼を合わせて言った。

「確かに……悔しいです。自分が他のみんなと違い……みんなに置いてきぼりにされている。……そう思えて仕方ありません」

愚痴を言い始めたと思いきや。

「でも……俺はその悔しさを捨てたいとは思っていません」

「どういう意味だ?」

「昔、三代目が俺に言ってくれたんです」

幼い頃の記憶を鮮明に思い出したカミトは、その時の三代目の言葉を再現した。

―お前はまだ小さな赤子じゃ。これからどんどん大きくなっていき、大人になってゆく。じゃが、才能などというもので満足するような大人になるでない。悔しく思うのは、お前が自分自身を諦めていない証拠じゃ。恥じることはない―

(火影様がそんなことを……)

三代目火影に言われたこの長い言葉は、カミトに諦めない大切さを教えただけでなく、立ち直る勇気を与えてくれた。ただの言葉でも、本当に嬉しかった。その言葉を信じ、ひたすら修行する過程で気づいた。

「だから……どうせ大人になるなら、この言葉を伝えられるような大人になろうって思ったんです」

将来の夢というわけではないが、1つの目標として目指している。イルカはその1つの目標を、とても素晴らしく感じた。

「だったら……明日の試験には何がなんでも合格するんだぞ。お前ならきっとできるはずだ」

共感したイルカは、笑顔と共に元気づけた。

「……はい」

イルカの元気な態度と眩しい笑顔に施されたカミトは、威勢良く返事した。イルカから貰った言葉もまた、立ち直る勇気を与えてくれた。











翌日、いつもどおりの教室に集う生徒たちが緊張の面持ちで席に座っていた。試験官であるイルカは堂々と前に立ち、いつもとは違う真剣な表情で説明を行う。

「ではこれより、アカデミー卒業試験を開始する!」

イルカの真剣な声色に教室全体に重い空気に包まれる。

「出席番号順に名前を呼ぶ。呼ばれた人は隣の教室に移動すること。なお、いかなる理由があっても試験のやり直しは認められない。充分に注意するように」

そう告げた後、イルカは教室の隅にいる、不安な様子のカミトを見る。

(やっぱりカミトの奴、緊張してるな)

イルカは今までにないくらいに試験が心配になってきた。余計な心配事を払おうと、イルカは試験の準備のため隣の教室へ向かった。

プレッシャーに飲まれ、冷や汗をかきそうになるカミトだが、昨日の練習を思い返しながら自分に大丈夫と言い聞かせ続ける。集中を乱すまいと必死に自分を落ち着かせた。

気づけば数分が経過し、イルカが教室のドアを開けて顔を教室内に出した。

「準備ができたので試験を始める。1番の人!」

イルカの声が教室全体に流れ、1人、また1人と名前が呼ばれ始めた。出席番号を呼ばれた生徒は誰1人として帰ってこない。つまり今まで呼ばれた者は全員合格しているということだ。カミトは未だに自身を落ち着かせながらも、刻々と時間が過ぎていくのを待つ。

「7番!」

(来た!)

ついに自分の出席番号を呼ばれ、ビクッと身を震わせた。

(大丈夫だ、落ち着け。やればできる、やればできる)

何度も自分に言い聞かせ、繰り返し、今にも吐きそうな悪寒を抑えながらも、隣の教室へ赴く。


◇◇◇


ガラガラと音を立て、教室の扉を開ける。

そこにはすでにイルカともう1人、アカデミー教師の《ミズキ》が椅子に座り、神妙な面持ちで待ち構えていた。

机には渦巻き状の木ノ葉マークが入った額当てが並べられ、合格者を待つばかりだった。

「よしカミト、お前の番だ。練習の成果を見せてみろ」

イルカは真剣な眼差しでカミトを見据え、試験開始の合図を出した。

「はい」

力強く眼を瞑り、(ひつじ)()(とら)の順に印を結んだ。

「分身の術」

ボウッという煙が立つ音が教室に響く。わずかな間、教室には白煙が立ち上り、風と共に掻き消えていった。

(うまくいったか?)

机から身を乗り出し食い入るようにカミトを眼で捉えようとする。ギリギリと眼を瞑っていたカミトも、ゆっくりと眼を少しずつ開けていった。

しかし、そこには__。

「っ!?」

昨日と同じ、気の抜けた出来損ないの干からびた分身が、ただ倒れてるだけ。期待外れもいいところだった。

そして悲痛そうな顔をしたイルカの姿がカミトの視界に入った。

「……残念だが……失格だ」

悔しさを絞り出したような声と共に、カミトは自分自身に心底ガッカリした。


◇◇◇


試験が終わり、夕暮れとなったアカデミー。

卒業試験が終わると同時に合格者が発表され、生徒の保護者達は一斉にアカデミーの校門へ集まり、卒業した自分達の子供を祝福していた。

その様子を、カミトは誰にも見つからないよう物陰に隠れながら悲しげに眺めていた。

「良くやった!さすが俺の子だ!」

「これでオマエも一人前だ!」

「卒業おめでとう!今夜はママ、ごちそう作るからね!」

卒業生達への祝福はカミトにとって《針の(むしろ)》も同然。聞こえてくる保護者と生徒の楽しげな声は、逆にカミトを追い詰める勢いだった。

もうその場にいることすら辛くなり、顔を伏せたままその場から逃げ出すように遠ざかっていく。

(また、失敗だった。……どうして俺は……いつも届かないんだ……!?)

孤独と失意に締め付けられるようで、今にも涙を流しそうだが、必死に唇を噛んで我慢した。いや、泣きたくても泣けないと言ったほうが正しい。

もう泣くのに__疲れているのだ。











夕暮れの帰り道、カミトは帰路を力無く歩いていた。

失意に思考を支配されたまま歩くカミトに突然、背後から話しかける者がいた。

「カミト君」

名前を呼ばれ、後ろへ振り向いた。

「ミズキ……先生?」

卒業試験の際に何度か会ったアカデミーの教師。そんな教師が一体自分に何の用なのか。いや、それ以前にイルカ以外の教師に声を掛けられたのが不思議だった。

「ちょっといいかな?キミに話しがあるんだ」

「え?」

そう言われ、カミトは半信半疑になりながらもミズキの跡をついて行く。


◇◇◇


歩くこと数分、人気のない屋上に辿り着き、ミズキがカミトに面と向かって話す。

「まず訊くけどカミト君、今日の試験失敗で君は、僕やイルカ先生のことを恨んだかい?」

「えっ?」

突然の衝撃的な質問に、カミトは少々動揺した。

「いや……別に、恨んではいませんけど……」

動揺しながらもカミトは2人への嫌みを否定した。

試験に落ちたのは、明らかに無能な自分の責任だ。自分の欠点を他人の責任にするのはお門違いだ。

「だとしても、キミを落第させたのは僕たちだ。教師として責任がある」

まさか自分を励ますように説得してくれる人が他にもいたことにカミトは驚いた。

「キミの努力はイルカ先生や僕も含め、アカデミーの教師全員が知っている。その努力をこんな形で無駄にさせたくない。だからキミにチャンスを与えようと思ってね」

「チャンス?」

ミズキの言葉の真意がいまいち理解できず、不思議そうに聞き返した。

「それはつまり、卒業試験のやり直しを認めると?」

「まぁ、そうとも言えるが……実は今からでも試験に合格できる方法があるんだよ」

「え!?」

ミズキの言葉に大きな魅力を感じたカミトは衝撃を隠せなかった。

「ほ、本当に、そんな方法があるんですか!?」

「ああ、嘘じゃないよ。もちろん、やるかどうかはキミ次第だけどね」

これはカミトにとって千載一遇のチャンスと言える。

「やります!是非、方法を教えてください!」

ミズキの提案に間髪を容れず食い付いた。

「よし、じゃあ教えてあげるよ」

しかし、これが里を揺るがす事件に発展することは、まだ誰にも予想がつかなかった。











火影屋敷。

簡素な机と椅子が並べられた休憩室。一番奥まった窓際の席に腰を降ろした三代目火影《猿飛ヒルゼン》とイルカ。

ヒルゼンは急須(きゅうす)を手に取り、茶碗に注ぐ。向かい側のイルカに茶を擦り渡す。

「……どうも、ありがとうございます」

「いや、いいんじゃ」

ヒルゼンは茶碗を手に取り、しばらくして重い口を開いた。

「イルカよ」

「なんでしょうか、火影様?」

イルカは試験が終わって以来ずっと暗い顔をし続けている。

「オマエの気持ちもわからんでもないが……」

ヒルゼンは茶を一口飲むと落ち着いた口調で続けた。

「カミトもお前と同じ……親の愛情を知らずに育った子じゃ」

「それはわかっています。あの子は孤児で……俺と同じ……」

イルカは呟くように答えた。

「うむ、そうじゃ。12年前のあの事件で親を失った」

「………」

《九尾襲来事件》。

イルカは、あの忌まわしい事件の記憶が蘇る。

背後で何かが現れた気配、恐ろしいチャクラと憎しみと九つの尾を持つ化け物。そして全身の毛穴が恐怖で縮み上がるような悍ましい感覚は、今でもよく覚えている。

四代目火影とその妻が、自分たちの命を引き換えにしてまで九尾を産まれたばかりの息子であるカミトに封印し、里を救った。里への脅威は去ったが、あの事件で受けた傷はあまりに大きく、未だに癒えていない。

12年経った今も、《人柱力(じんちゅうりき)》のカミトは未だに里の人々から疎まれ続けている。

「オマエを含め、多くの者たちが傷ついた。じゃがそれは九尾による愚行であって、カミト自身に責任は一切ない。カミトに責任があると決めつけるほうが愚行じゃ」

「……確かに、カミト自身に非がないことはわかっています。私もそれは充分理解しているつもりですが、あの子を目の前にすると、その身に潜む九尾が私の頭に思い浮かんでくるんです」

恐怖と混乱という九尾の唸り声が、今にも聞こえてきそうだった。それを察したヒルゼンは、ある事柄を付け加えた。

「イルカよ。オマエも知ってのとおり、カミトが九尾の人柱力と知っておるのは、12年前に九尾と戦った大人たちだけじゃ。以降、ワシはそのことを口外無用とし、掟を破った者には厳しい罰を与えてきた。よって今の子らは、その事実は知らぬ。カミトにとって、それがせめてもの救いだと思ったのじゃが……逆にカミトを苦しめるという結果になってしまったようじゃ」

健全に語るヒルゼンだが、その言葉には哀れみが感じられる。

「四代目は、里の者たちに息子であるカミトを英雄として見てほしかったのじゃ。そう願って封印し、妻と共に死んだ」

「英雄?」

「そうじゃ。カミトは里のために九尾の入れ物となってくれたのじゃ。しかし、里の大人たちはそういう眼でカミトを見ようとはしない。中には、カミトのことを九尾そのものだと言う者まで現れおった。今や大人たちのカミトへの態度は知らず識らず子供たちにまで伝わっている」

「………」

イルカはただずっと眼を下に向け、深い自責(じせき)の念に埋もれていた。

今思えば、自分もカミトを見る眼が他の人たちと動揺に恐ろしく冷たかったはずだ。教師という立場で何度も説教したが、あれは自分の怒りをぶつけていただけなのかもしれない。

しかし、カミトは一度もイルカに怒りを見せることもなく、ただ素直に言うことを聞こうとした。

「アイツは優しく、純粋な子です。誰かの役に立とうと頑張ったこともあります」

「確かにカミトは純粋じゃ。じゃが、なぜアヤツは自分を嫌う者たちに優しく振る舞まおうとするのか、わかるかの?」

「え?……単に優しい性格をしてるだけでは?」

「確かに、それもあるが……本当の理由は別にあるのじゃ」

ここからヒルゼンは、この時のために温存していた言葉を吹き出した。

「里に必要とされる存在になりたかったのじゃ」

「……必要とされる……存在……」

最後の一言を聞いて、ヒルゼンの伝えたい言葉がわかった気がした。

「優しくされれば、人は心から嬉しいと感じ、相手に対する好意が芽生える。カミトも、他人に優しくすることで里に好かれようとしたのじゃ。どんな形であれ、自分の存在価値を認めてもらいたかったのじゃ」

「しかし……カミトは、それを成功させていない」

今までのカミトを思い返してみると、イルカに優しく振る舞ったのも、素直に自分の言うことを聞いてくれたのも、自分に好意を持ってほしかったという思いから生まれた行動だ。あの頬笑みの裏に悲しみが隠されていたなんて、考えもしなかった。

「イルカよ、それは違う」

「え?」

「カミトはちゃんと成功しておる。……オマエに対してな」

「わ、私?」

意図が理解できず、イルカは眼を丸くした。

「なぜオマエはカミトを熱心に指導しようとしたのか、なぜ説教をするのか。これまでの自分の行動の理由を、考えたことはあるかの?」

「……はっ!」

イルカは今になってようやく気づいた。

(そうだ。俺は自分でも気づかない内に、カミトが好ましくなったんだ。あいつの優しさに救われていたんだ。アイツはずっと、俺の心に語りかけてきたんだ。なのに俺は……今までずっと自分のことばかりで……残酷な生き方を強いられているアイツの立場を、考えてやることもできなかった。俺は……俺は今まで何を……!)

脳裏に響くイルカの叫び声を全て聞いていたかのように、ヒルゼンはイルカの肩に手を掛け優しく励ました。

「イルカよ……そう自分を責めるな。あの子は誰よりもオマエのことを信頼し大切に思っている。カミトの優しさと、お前の哀れみの気持ちが絆を結んだのじゃ。だからこそ、オマエはカミトを熱心に指導できたのじゃ」

「しかし火影様、私は……」

「オマエはこの里の誰よりもカミトを心配し、1人の人間として大切に育ててきた。それは他の誰でもない、オマエにしかできぬことじゃ」

「火影様……ありがとうございます!」

勢いよく頭を下げ、心から感謝の言葉を返す。

その瞬間。

ドンドンドンドン!っと休憩室のドアが強く叩かれる音が響いた。

「ん?」

「なんでしょう?」

気がつくとすでに外は真っ暗で時計はすでに深夜零時を回っていた。

「失礼します!!」

休憩室に慌ただしい様相で駆け込んできたのは、ミズキだった。時を忘れるほど話し込んでいた2人に衝撃的な知らせが届いた。

「緊急事態です火影様!」

「何事じゃ?」

ミズキはヒルゼンの傍らにいるイルカに気づくと、急いで2人のもとに駆け寄った。

「実はカミト君が、《封印の書》を持ち出してしまったのです!」

「っ!?」

「まさか!?」

ミズキの言葉を聞くな否や、ヒルゼンは慌てて休憩室から飛び出した。

「火影様!」

イルカに続き、ミズキもすぐにヒルゼンの跡を追いかける。


◇◇◇


走り出してから数分、火影屋敷にある《封印の間》へと到達した。

封印の間は、里に伝わる数々の秘伝書が納められている重要な書庫であり、火影以外には入ることすら叶わないほど厳重な警備と封印で閉鎖されている極秘施設。

その施設の扉に施されていた封印は破られ、扉は開いたままという有り様。

「ワシとしたことが!誰もいない間に入り込んだのか!?」

「まさかカミトに限ってそんな……!しかし、一体この封印をどうやって……!?」

室内を覗いてみると、巻物や書物が乱雑に散乱し、少々荒らされた後だった。

「カミト……」

妙な違和感を持ったヒルゼンは、すぐに里の忍たちを集めることにした。

火影屋敷の玄関前にて、深夜にも関わらず多くの木ノ葉の忍達が集結した。中には、イルカとミズキも含まれていた。

「火影様!これは里の存続に関わる大問題ですぞ!」

「封印の書は危険な書物です!

「使い方によっては恐ろしいことになりかねます!」

「もし里の外に持ち出されるようなことになれば……!」

忍たちの勃然(ぼつぜん)な警告を前に、ヒルゼンは毅然とした態度を取り続けた。

「わかっておる!急いでカミトを捜すのじゃ!」

「は!!!」

木ノ葉の忍たちは一斉に了解の声を上げ、散開した。











ヒルゼンの命令を受けてすでに6時間以上は経過している。未だに誰もカミトを発見できずにいた。

(どこだカミト!どこにいるんだ!?)

一方、イルカは完全に人通りのなくなった木ノ葉商店街を屋根伝いに飛び、上から里全体を血眼になって捜していた。

(まずい!速くしないと夜が明けちまう!明るくなる前に事態を収拾しないと!)

里内にはまるでカミトの気配はなく、捜索も空振り状態。

(里の中にいないとなると……あそこか!)

カミトが里を囲む広大な森の中に家を設けていたことを思い出したイルカは、その場所に向かうことにした。

ほんの1、2回行ったことがある程度で、道のりを鮮明に覚えてるわけではない。そもそも森の中はどこも似たような景色で、どこがどこだが見分けがつかない。長年、森で生活を送ってきたカミトにとっては庭も同然。イルカ1人で探しきれるとは思えない。

しかし、イルカはカミトを心配するあまり自分の限界など忘れ、森に向かって一直線に進む。

そしてその姿を監視するように見つめる影が1人、イルカの跡を付けていた。
 
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