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KAMITO -少年篇-

作者:redo
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プロローグ
  巡り会う運命

 
前書き
人生は不平等だと考えられる。

天才と凡人、優等生と劣等生、強者と弱者。

才能を持たない者は、才能に恵まれた者には勝てない。進みたい道を諦めるしかない。誰も眼を向けることなく、陰で悔し涙を流し続けるだけ。

でも__本当にそう言い切れるのか?

困難に立ち向かった先に得た力にこそ意味があるのではないか?

だからこそ挑み続ける。そして最弱が、いつしか最強になれるということを証明してみせる。





これは、幼少期の2人が運命に導かれるように出会う物語である。
 

 
太陽が世界を照らす昼間。

《木ノ葉隠れの里》__その外れに広がる森林地帯。

森の中で流れる広大な川に、地面全体を覆い尽くす石岸。無数の小石に覆われた岸から小石を1つ拾い、水切りをする黒髪の少年。

「は!」

川に向けて小石を投げるが、向こう岸にはまだ届きそうにない。

「よし、次こそ!」

改めて小石を投げようとした矢先に、後方から別の小石が飛んできた。

「ん?」

その小石が水面を飛び跳ね、向こう岸に届いたのを見て少々驚き、後ろに振り向いた。

するとそこには__。

「気持ちをリラックスさせて投げるのがコツだと思うよ」

耳障りな部分が一切ない綺麗な響きのある美声を放つ、緑髪の少年が立っていた。

「……そんなこと言われなくてもわかってる!さっきのは単なる練習だ!」

おおらかな態度な上に余裕を見せる少年に腹が立ったのか、暴力的に振る舞う。

「て言うか、オマエ誰だ?」

「うーん……別に名乗るほどの者じゃないけど、今この時点では、水切りのライバルってところかな?」

今ではもう昔のことだが、これが__《千手カミト》と《うちはサスケ》の初めての出会いだった。


◇◇◇


冗談を言っているようには見えなかったが、自分の質問に答えてもらわなければ気が済まなかったため、問い詰める。

「誰だって訊いてるんだから答えろ!」

「別に怒鳴らなくても……」

渋々という気持ちで教えてやった。

「名前はカミト。《千手カミト》だ」

「千手……?あの《千手一族》の人間か?」

と訊かれ、少々戸惑ったような素振りを見せる。

「一応、そうらしいけど……」

「らしい?どっちなんだ?」

「ちょっと複雑でね、俺もよくわからないんだ」

追い詰められたような状況に、どうにか対応仕切った。

「……まぁ、どうでもいいけどよ」

興味を(そそ)られるほどのことでもなかったため、サスケは再び川へと向き直る。

「よく見てろ。今度こそ向こう岸に届くからな」

小石を持った腕を構える。シュッと音を立てた途端、小石が水面を飛び跳ねて進んでいく。

(あの投げ方は……手裏剣術!)

サスケの小石の投げ方を見て、思わず内心で呟いた。

しかし、小石は後一歩というところで川に沈んだ。

……ポカーン。

結果を見て呆然とした2人だが、しばらくしてサスケが口を開いた。

「お前なんか邪魔しただろ!」

「はぁ?」

力の差を感じたのか、自分の強さを証明できなかったことに対する悔しさか。どちらにしろ、カミトは呆れるしかなかった。

「向こう岸に届かなかったからって八つ当たりしなくても……。そういうの、大人気ないって言うんだぞ」

「う……」

カミトの冷静な対応に、サスケは唖然として言葉も出なかった。本心では彼の言うことは正しいとわかっていた。

「目障りだからどっか消えろ」

無性に腹が立ったサスケは手を降って追い払おうとする。

普通なら反発するところだが、カミトは反発することもなく素直に立ち去ろうとする。

「はいはい。余計なことしてすいませんね」

正直、カミト自身もサスケの怒りっぽい態度に嫌気が差していた。

「バイバイ」

皮肉な言葉を残して足を動かす。

その矢先__。

「ちょっと待て!」

いきなりサスケに肩を掴まれ、止められる。

「なんだよ?さっきは消えろって言ったくせに……」

またもや呆れる状況になったが、川を見てサスケに呼び止められた理由を悟った。

「あれは……?」

そこには、カミトがあらかじめ大石を重りにして川辺に置いていた竹竿の糸が引が引かれてる。糸の先をよく見ると、川の底に全長1メートルくらいの巨大魚が竹竿の餌に食い付いているのが見て取れる。

「おお!大物がかかった!」

巨大魚を見て感激のあまり竹竿に向かって走り出す。

「逃がさないぞ!」

竹竿の柄を両手でしっかりと握り締め、根気よく竿を引っ張る。

「くうう……!コイツ!」

しかし、相手は1メートルの巨大魚。10歳未満の子供1人の力だけでは、逃げられる可能性も大きいが、それでもカミトは手を抜かず、出せるだけの力を精一杯振り絞る。

「この!」

必死で逃げようとする巨大魚。自分が力で負け、今にも川の底に引きずり込まれそうになる。巨大魚に逃げられそうな状況に陥った途端。

たたたっ!という連続で響く足音と共に、今まで無関心に見ていたサスケが、カミトの持つ竿の柄を一緒に握った。

「手伝ってやるから、もっと根気よく引っ張れ!」

意外なことに一瞬呆気に取られたが、やがて本心から喜びを感じ始めた。

「よし!2人で取るぞ!」

2人は全身に力を込め、必死にもがくように竹竿を引き続ける。

そして数秒後、バシャ!と勢いよく引かれた巨大魚がついに姿を表した。

「やった!」

「よっしゃ!」

巨大魚を釣り上げたことに感動した2人は、思わずはしゃぐ。

この時の2人は完全に同調していた。


◇◇◇


しばらくして、石岸に引き上げられた巨大魚を、サスケは凝視した。

「でっけぇ魚だな」

「ああ、食い甲斐のある魚だ」

後から付け加えられた言葉に、サスケは聞き返す。

「それ、食うのか?」

「もちろん。今日の俺の昼飯」

森の中で食事を取る者なんて、珍しいにもほどがある。

「昼飯まだ食ってねぇなら、里の店に行くとか、家に帰って親に作ってもらうのが普通だろ」

「………」

サスケのもっともな質問に、俯いたカミトの顔が徐々に暗くなっていく。

「……無理だよ」

「無理?」

現在の精神状態にカミトは思わず、今まで誰にも話したことのない心の内の一部分を話し始めた。

「……里の人たちはみんな……俺を嫌ってて、誰も近づこうとはしない。俺の方から近づいたとしても……みんな遠ざかっていく。だから俺は……里にはいられない。というか、いちゃいけないんだよ。だから……こういう人気のない場所で暮らすしかないんだ。それに……」

今までとはまったく違う口調で語られる話を、サスケはただ黙って真剣に聞く。

「……俺には……親がいないんだ」

「親がいない?」

最後の一言に、サスケは少々驚愕した。親と兄弟を持つサスケにとって、肉親を持たない者は珍しかった。

「いないって、どういうことだよ?」

「……俺が産まれてすぐに死んだ。……そう聞いてる」

悲しげに言うカミトを、哀れむような眼で見つめるサスケ。

「じゃあ、自分の親が誰かも知らないのか?」

「いや、親が誰かは知ってるよ」

ここからは少々、嬉し気に話し始める。

「誰だよ?」

「……それは……言えない」

「は?」

なぜか答えてもらえず、サスケの疑問はさらに深くなった。自分の父が《四代目火影》という事実を、無闇に話すわけにはいかなかったのだ。

物心がついた頃、カミトは自分の両親のことを三代目火影から聞いた。両親のことを一切知らずに育つのはカミトにとっては絶望にも等しい。それを危惧した三代目は、火影の父と千手一族の母親について教えてくれた。

以来、カミトはそれを心の支えとしてきた。

しかし、三代目は親のことを教える条件としてカミトに、そのことを自慢しない、言い触らさない、という約束を交わさせた。火影の肉親は、様々な意味で特別扱いを受ける。カミトもある意味特別な扱いを受けているが、それは悪い意味であって、決して良い意味ではない。

それが話そうとしない理由の1つでもある。

ぐぅ〜!

思い詰めが引き金となったように、カミトの腹が鳴り響く。

「……そろそろ俺は行くよ。腹が減って仕方ないからな」

カミトは巨大魚の尾ビレを両手で掴み、地面に魚を(こす)らせながら持って帰ろうとする。

「そういえば、オマエの名前は?」

今さらか、と呆れるほど時間が経った後になって問われたが、サスケは仕方なく思いながらも教えた。

「サスケだ。《うちはサスケ》」

そう言い残し、カミトに背を向けた。

「うちは……サスケ」

聞き覚えのあるその名を呟き、歩き去って行く彼の背を見送る。











昼食の巨大魚を食べ終え、気づけばもう夜の7時。

《火》のマークがついた火影屋敷へ向かい、三代目火影に頼んで料理の際に不足した調味料をいくつか貰い、森林という家に持ち帰る。

帰りの道中で、いつの間にか木ノ葉隠れの歓楽街に足を踏み入れていた。

多くの飲み屋が立ち並び、行灯(あんどん)提灯(ちょうちん)、ネオンなどの看板が夜を騒がしいくらい明るく照らしている。毎日明け方まで賑やかなこの通りの人混みの中、カミトは帰り道として歩いていた。

しかし、道中カミトを見かけた里人達が口を動かす。

「おい、見ろよ。アイツだ」

「化け物かよ。酒が不味くなりそうだぜ」

「疫病神が」

「こんな時間にウロウロしてるなんて、いや〜ね」

「店に近づいてこなきゃいいけど」

小声で喋ってるつもりだろうが、カミトには道行く人々から注がれる冷たい言葉がはっきり耳に届いていた。

暗い空気となった歓楽街を急いで通り抜けようと、人通りのない夜道を曲がり、雑居ビルや古びた住宅街の並ぶ道にルートを変更した。

里の人々にぶつけられる憎悪は尽きることがない、限りがない。縦横無尽(じゅうおうむじん)に繰り返されているようだ。


◇◇◇


森に辿り着くのに10分もかからなかったが、里の人々の圧倒的な言葉の力に耐えながらも道を歩み、物思いに耽っていたせいか、カミトには帰りの時間が1時間以上に感じられた。

森の奥に立派に立つ大樹。その大樹の根元に開いた大きな樹洞(じゅどう)。周りには、あらかじめ用意されていた焚き火に加熱される鍋の中で、野草、タケノコやキノコに、大きめに切られた巨大魚がグツグツと煮込まれている。

そして樹洞内には、カミトが毎日欠かさずに読んでいる本が大量に重ねら、置かれている。その全てが、忍の歴史や忍術に関する本ばかりであった。

野生のような生活を送るカミトにとって、ここが唯一《家》と呼べる場所だった。家にしては素朴(そぼく)だが、本人はまったく気にしなかった。

カミトは焚き火の側に置かれていた横倒れの丸太に腰を下ろし、鍋の蓋を開けた。一気に立つ湯気が消え、野草と(さけ)が煮込まれた石狩鍋(いしかりなべ)に先ほどの調味料を少々注ぎ、仕上げにおたまでかき混ぜる。

やがてかき混ぜるのを止めると、木製の(わん)を取り、鍋の中身をおたまで掬い、注ぐ。湯気の立つ椀を大事そうに捧げ持ち、右手に掴んだ箸を駆使して口に入れる。

鍋以外の食器は全て木製。木や幹をクナイで削り、コップや箸、鍋に使ったおたまに椀を形作った。金はかなり貯金しているが、カミトに物を売る者などこの里にはいない。食べ物でさえ売ってくれないため、森で食べられるものを狩り、必要な日用品も自分で作る始末。

三代目火影が里にアパートの一室を用意してくれていたのだが、以前住んでいた時は里人から文句を言われることが多かった。死ね、消えろ、出て行け、などの愚痴や暴言が書かれた紙がいくつもドアに貼られ、時には外に出た途端に物をぶつけられるといった迫害が続き、耐えられなくなったカミトはいつしか人気のない森で生活を送ることを止む無くされた。

しかし__後悔はなかった。

物心がついた頃から、自然はカミトにとって楽園と言える環境。野草や魚、時には木の実がたくさん取れるこの場所は、まさに楽園。手間や苦労もそれなりにかかるが、アパートの住んでいた頃を思えば、そんなのは些細(ささい)なことだった。

今日の分の石狩鍋を食べ終え、丸太から腰を上げ、樹洞の中に設けた寝床に向かった。辺り一帯の地面を覆い尽くすフカフカの草の上に横たわり、毛布を体に被せた。

寒そうに毛布の端をぎゅっと握り、「明日も、《あいつ》に会えるかな……」と呟いた途端に眼を瞑る。











翌日、眼をピクピク動かしながら少しずつ目覚めていくカミトは、頭付近に置いてあった目覚まし時計を見た。

「朝7時かぁ〜」

目覚ましをセットしていないにも関わらず早起きしたカミトは布団から起き上がり、すぐ近くの小川と滝に向かい、掌で掬った水で顔を洗う。

「ふぅ〜、爽やかだ」

川の冷水を浴びるごとに程好く目覚めていき、眼がぱっちりと開けるようになった。

森で生活を始めた頃は、風呂の代わりということで川で体を洗っていた。滝をシャワーとして使い、全身を洗い流す。そんな生活が、最初は嫌いだった。

森には風呂も温泉もない。あるのは冷たい川の水だけ。時々、暖かい湯に浸かりたいと思うが、温泉街に行ってもお馴染みの迫害が待ち受けている。だから怖じ気ついて行こうにも行けない。

今では川で体を洗うことにも慣れ、今さら嫌いというほどのことでもなくなった。どんな苦痛であっても、心の持ち方次第でしのげられる。それは術の修行でよくわかっている。心頭を滅却すれば火もまた涼し、とはまさにこのことだ。

__しかし。

昨夜残しておいた鍋を朝食として食べてると、鍋が湯に見えてしまう。やはり心の内のどこかで、どうしても湯に入りたいと思ってしまうのだろう。

石狩鍋を食べ終えた後、昨日《彼》と会った川に向かった。

「……いるかな?」


◇◇◇


昨日の広大な川に到着したカミトだったが、誰もいなかった。半端予想していたことではあったが、少々がっかりさせられる。

「ま、俺とは住んでる世界が違うからな」

カミトは石岸に腰を下ろし、胡座(あぐら)をかいた。

この川に向かう途中まで、サスケにもう一度会えるんじゃないかと心を躍らせていたが、同時にいないかもしれないという不安も持ち合わせていた。

うちはサスケ__その名は幾度も耳にした。

忍者を養成する学校、通称《アカデミー》でも優秀と名高い生徒。頭脳はもちろん、実力においてもトップクラスの成績を納めている。なにせ、木ノ葉最強と言われた《うちは一族》出身。それは名前を聞いた時点でわかっていた。

カミトも頭脳面ではトップクラスなのだが、忍者としての実力は全然なっていないため、落ちこぼれと見なされている。忍者を目指す生徒達の学校で求められる要因は実力。実力主義な忍世界を時々理不尽に思うことがあるが、実力のない者が忍者を目指すことが言語道断にも等しいのも事実。その現実を指摘される度にカミトは自分の無力差を痛感してきた。

辛い記憶を紛らわそうと、カミトは片方のポケットに手を入れ、1枚の緑葉(りょくよう)を取り出した。

緑葉を口に当て、フウッと息を吹き出す。

フゥ〜フゥ〜フルル〜〜ルル〜ル〜♪フゥ〜フゥ〜フルル〜〜ルル〜ル〜♪

フゥルルルルルル〜〜ルル〜ル〜〜♫

フゥルル〜〜ルル〜〜〜♪


◇◇◇


川を眺めながら草笛を吹き続けること30分。ようやく吹くのを止めた、その時。

「よう、また会ったな」

突然、後ろから聞き覚えのある声が放たれ、瞬時に顔を振り向けた。

「……また、ここで会える。そんな気がしてたよ」

「ああ、俺もそんな気がしてた。

顔を見合っても、それほど驚かなかった。お互い、自分達がこの場所で再び相見えることを予期していたようだ。

「えっと……」

名前を呼ぼうとしたサスケだが、即座に思い出せなかった。

「カミトだよ」

「ああ、そうだった。それより今日はどうした?やけに落ち込んでいるように見えるが……何かあったのか?」

最初に会った時のカミトの印象とは違う。

サスケはカミトに対して、いつでも明るく振舞うおおらかな感じをイメージしていた。しかし、今の様子を見てそのイメージは間違っていたのかもしれない。先ほどの草笛も、まるで自分の悲しみを紛らわせるような感じだった。

「別に何も。俺はいつでも元気だよ」

「嘘つくな。絶対おかしいぞ」

テンションの低い口調で喋りながらもなんとか誤魔化そうとしたカミトだが、すぐに嘘だと見破られた。

「……自分の無力差を、痛感してな……」

気が深く沈んだような口調でゆっくりと口を動かした。

「無力?」

話の意図が理解できず、カミトが端的に説明する」

「昨日言っただろ。里の人たちはみんな、俺のことが嫌いで、誰も近づこうとはしないから、俺は里にはいられないって」

「……ああ、そういえばそんなこと言ってたな」

昨日のことで一番印象に残っているのが、その時のカミトの言葉。その言葉を聞いた時点でサスケは察していた。彼の心の奥底には闇が眠っていると。

「ここに来るのは、魚を釣るためでもあるけど……こうして流れていく川を見ていると、心の中の……悲しみや劣等感のようなモヤモヤ感が、流されていくような気がするからだよ。まぁ、俺なりの精神統一ってやつだ」

「………」

今思い出したが、カミトは親は自身が産まれてすぐ死んだと言った。それはすなわち、カミト自身が孤独な人生を送っている、とも解釈できる。

こんなに弱気なカミトを見ていると、自分がどれだけ恵まれているか、というありがたみを実感する。自分には家族がいる。だが、彼には1人もいない。

「……お前はどうなんだ?家族はいるのか?」

サスケの心を読み取ったかのような質問に少々驚愕させられた。同時に、勘が鋭いと関心していた。

「……いるぜ」

真剣な口調で説明し始めた。

「両親と、兄が1人いる」

「……そっか」

両親がいることは容易に想像できたが、兄弟は予想外だった。羨ましいと思わずにいられず、カミトは顔を下に向けながら落ち込んだ。

不意に、サスケが隣に腰を下ろした。

「千手カミト。アカデミーでも有名な落ちこぼれ生徒、だったな」

「っ!?」

突然、教えていないはずの個人情報がサスケの口から吐かれた。

「実は昨日、オマエのことを調べた」

「調べた?」

「と言っても、アカデミーで生徒や先生に聞き込みした程度だけどな」

「………」

自分にこれほど興味を示してくれたのは、彼が初めてだった。

「学力、筆記問題においては優秀な成績を収めているものの、忍術の出来が悪く、ショックで不登校を続けるアカデミー最大の問題児」

あながち間違ってはいなかった。

「とまぁ、俺が理解したのはこんな具合だ」

「……よく調べたな」

正直、喜ぶべきか悲しむべきか戸惑った。

「その様子じゃ、オマエ友達もいないんだろ」

「……ご名答」

さっきからサスケに指摘される言葉は、否定できないものばかりだった。

「やっぱり人は、互いに心の内を見せ合うことはできないのかな?」

「わからねぇ。だが……」

この先のサスケの言葉は、意外なものだった。

「もし方法があるとすれば、お互い腹わたを見せ合って、兄弟の(さかずき)を交わすしかねぇよ」

「兄弟の……盃?」

「そうだ」

あまりに意外すぎて頭の理解が追いつけなかったが、この時のカミトは最初以上に近いものをサスケから感じた。

「とは言っても、俺もよくわかってないんだよな。今のは兄さんの受け売りだからな」

「お兄さんの受け売り?じゃあ、兄弟の盃っていうのも……」

「ああ、兄さんが俺に教えてくれた」

「……兄弟か」

兄弟、家族、一族。そういった血の繋がりと無縁に生きてきたカミトにとって、サスケの言い分は難しく感じた。

カミトは不意に立ち上がり、石岸から小石を広い、川に向かって投げ始めた。自分の投げた小石が水面を飛び跳ねて向こう岸に届いたのを見て、確信した。

「なら、俺もいつかは盃を交わせる日が来るな」

「ん?」

「お前の話を聞いて、未来に希望が持てた気がする。どうすれば心の内を見せ合えるのか、どうすればみんなに認められるようになれるのか。今、その方法がやっと見つかった気がする」

カミトは、今までにないくらいの笑顔を表せるようになった。

「俺は向こう岸に届いたぞ。オマエは、今度こそ届くか?」

それが挑発でないことはすぐにわかった。

「ふふ、昨日と同じ結果になると思うなよ」

カミトに微笑みながら立ち上がり、小石を拾う。

「昨日のリベンジだ。水切り勝負だ!」

「おう!負けないぞ!」

そこの時、2人の心が完全に共有したように思えた。


◇◇◇


それからも、2人はあの大川でちょくちょく会うようになり、互いに技を競い合ったりするようになった。

「もう水切りが下手とは言わせないぞ」

「はいはい。それ聞くのもう10回目だぞ」

三度目の再会で水切り勝負をしたが、最初と違ってサスケも向こう岸に届いた。それ以来ずっと自慢げに言ってくるサスケは、正直ウザい。

「水切りだけで俺に勝つのは無理になったな、カミト」

一瞬、ムカッときたカミト。

「でも、俺の方がオマエより水切りが上手いのは、はっきりしてるけどな」

サスケに対抗心を燃やしたカミトが、自分のテクニックを自慢げに話した。

「なんだと!だったらテメェで水切りしてやる!」

「うわぁ!それは勘弁!」

腹が立ったサスケに追いかけられ、カミトは逃げ出し、いつの間にか鬼ごっこ勝負にまで発展した。

2人は、全てが同じ考えというわけでもなかったが、互いの力を認めてもらいたいという思いは同じだった。

カミトは里、サスケは家族。

忍術面においてサスケは圧倒的だったが、体力と野生面に於いてはカミトがリードしていた。

釣り勝負をした時も、サスケは一匹も釣れず、カミトばかりが釣れるだけ。野草集め勝負でも、サスケが取ってきたのは毒入りで食べられないものばかり。負けた悔しさを晴らそうとカミトに文句を言う始末だが、そのやりとりがカミトにとってもっとも楽しい時間だった。

鬼ごっこ勝負は、カミトが最後まで逃げ延び、サスケは捕まえられない、という結果で終わった。だが2人共、息切れして立っているのもやっとだった。疲れ切った2人はその場の地面に横たわった。

「はぁ、はぁ、はぁ……オマエ、どんな体力してるんだよ?スタミナのお化けか?」

「そりゃあ、はぁ、はぁ、ソッチも同じだろ」

横たわっても呼吸が荒く、会話が成立してなかった。


◇◇◇


しばし休息を取ろうと、2人でカミトの家__大樹に向かった。

「これが……オマエの家?」

「そうだよ。我が家だ」

しばらくして到着した大樹を見たサスケの頭に思い浮かんだのは、独りぼっち、という短い単語だった。

「こんなところで生活してるのかよ。しかもたった1人で」

森に住んでいるとカミトから聞いていたが、サスケが想像してたのとは少し掛け離れていた。

「やっぱり珍しいか?」

「そりゃそうだろう。俺はてっきり、小屋とかテントみたいな所に住んでいると思ってたんだが……まさかこんなデカい木がオマエの家とはな」

「デカい上に、根元にはあんな大きな穴まで開いてるから、住み処にはピッタリだよ」

サスケをもっと驚かせてやろうと自慢げに話す。そしてカミトは焚き火に寄り、上に置かれていた鍋の蓋を開けた。

「おお」

中身の様子を確認を済ませ、サスケに呼び掛ける。

「なぁ、せっかくだから食わないか?」

「ん?」

呼ばれたサスケは足を動かし、焚き火に向かってしゃがむカミトのもとに歩む。

「はい、どうぞ」

カミトに近づいた途端、いつの間にか木製の椀に注がれた鍋料理を差し出された。よだれを垂らしそうな見た目、そして(かぐわ)しい香りに今にも惹かれそうになった。

「……ごくっ……う、美味そう」

唾を飲んだ音に続いてお腹も鳴り始めた。


◇◇◇


数分後。

「うめぇ〜!!!」

あまりの美味しさに大声を出さずにいられず、その大声は森全体にまで響き渡った。

「そんなにデカい声出すなよ。美味いのはわかったから」

声を上げたことはともかく、これほど自分の手料理を美味しく食べてくれたことが嬉しかった。

「まさか森でこんな美味い料理が食えるとはなぁ〜。お前の料理の腕だけは認めてやるよ」

「料理の腕だけって……」

もうちょっとマシな褒め方はないのかよ__と言おうとしたが、余計な一言を加えれば、またサスケが怒り出して面倒事が増えることになる。だから言葉には出さず内心で呟くだけにした。

「それより、前の続きだが……」

おふざけな話題から、カミトは真面目な話題に切り替えた。

「具体的に、どうすれば他者から認められるようになると思う?」

以前大川で言った、《心の内を見せ合う方法》と《みんなに認められる方法》。この2つの内、まずは認めてもらう方法について2人で意見を交換してきた。

それから数日も経っているというのに、まだ具体的なアイディアが思い浮かばない。

「そうだな……」

食べ終え空になった椀を置いたサスケが、両腕を組んで眼を瞑りながら考え込んだ。

「とりあえず、この考えを捨てないことだな。それから、自分に力をつけて強くなる。この忍世界で通用するのは強さだ。弱い奴がいくら吠えても、誰も聞く耳なんて持たないからな」

「確かに……そのとおりだな」

サスケの言い分は理に適っている。

そもそもカミトがアカデミーを不登校しているのは、自分に忍術の才能がないという現実を目の当たりにしてきたからである。そのため同級生達からバカにされ、蹴落とされる毎日。だからこそアカデミーで学ぶことをやめ、自分自身で独学と修行を始めたのだ。

「色々な術や技をマスターして強くなれば、誰も俺達の言葉を無視できなくなる。でもそのためには、まず苦手な術や弱点を克服しなきゃな」

「なら、俺は問題ないな」

「?」

突然、サスケが自信満々という態度を振る舞い始める。

「俺はオマエと違って術も使えるし、弱点もない」

途端、カミトは眼を細める。

「へぇ〜、嘘臭いな」

確かにサスケは術は使えている。先日に見せてもらった《火遁》は、アカデミー生にとって高度な技と言えるだろう。自慢気に言うのもわからなくはないが、弱点がない、というのはさすがにあり得ない。

最弱という要点を誰よりも強く受け止めていたカミトには、それが身に染みるほど理解できる。

「なんだよ?俺が嘘ついてるって言うのか?」

「いや、と言うより無駄に強がってるって感じだな」

「なんだと!」

サスケの眼付きが鋭く早変わりするが、カミトは何事もないよう威厳としている。

「そうやってすぐキレるところがオマエの弱点だぞ」

「うっ!」

カミトのもっともな指摘に、サスケは言葉を失った。本人にも少なからず自覚があった。

「弱点見っけ!」

ようやく目の前の少年の弱点を見極めたことを喜び、思わず(はや)し立てた。

「てめぇ〜」

「……禁句、だったかな?」

冗談で誤魔化してみたが、今のサスケには通用しなかった。

怒り狂ったサスケは不意に立ち上がり、コップに注いであった水を口に押し込み、カミトに向けて勢いよく吐き出した。

「うわぁ!!」

勢いよく丸太から立ち上がったカミトは、サスケの口から放たれた飲み水をどうにか避けた。

「もう一発だ!喰らえ!」

再びコップの水を口に押し込んだ。恐怖したカミトはその場から逃走。

後を追うサスケ。

「ぶぅ〜!!」

二発目の水もどうにかかわしたカミトだったが、コップを持つサスケからひたすら逃げ続ける。

「待てこらぁ〜!!俺の水遁を喰らえ!!」

「何が水遁だよぉ!!汚ねぇもん吹き出すなぁ!!」

鬼ごっこ勝負にデタラメ忍術が加わり、見ているだけで阿呆らしく思えてくる。

初めて出会ってから数日間、このようなことが幾度も続いてきた。それでも、カミトもサスケも楽しく思い、笑顔を絶やさなかった。

会う度に2人はどんどん仲良くなっていき、技を競い合い、自分達のスキルを教え合い、時には自分達が抱えている問題や悩みを打ち明けた。いつしか2人は互いを《友》と呼べるようになった。

こんな日が永遠に続いてほしい。カミトはそう願わずにはいられなかった。

しかし__。

あの日の夜に起きた残酷な事件が2人の《絆》を断ち切ってしまった。
 
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