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東方霊夢譚

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「貴方は……」


これがフリーズした脳味噌をどうにか捻って絞り出した言葉がこれである

察して欲しい
夢の中の人物だと思っていた人物が目の前に居るのだ混乱しないわけがない。因みに自分の好きな芸能人に会って「おかしくなっちゃいそう!心臓が破裂しそう!」みたいな混乱じゃないので悪しからず

私は彼女を知っているが彼女は私を知らない。私は彼女を夢の中で見ただけで実質初対面なのだ。もしここで「八雲…紫っ」なんて呟いて「何で私の事を知っているのかしら?」なんて展開になったら言い訳できる自信が無い。仮に事実を話しても精神病院を紹介されるのがオチだろう


「戸惑っているのを見るとやっぱり外来人の様ね、フフフ」


私が困っている様子を見て楽しそうに微笑んでいる。やはり夢の中と同じく性格は悪いらしい

彼女が言った『外来人』という言葉は夢の中でも聞いた事ある。確か、外の世界から幻想郷に迷い混んで来た人のことをそう呼んでいた。もしかして


――――――ここは既に幻想郷


「何が起こっているか分かってないって顔ね。ここで話すのもなんだし中に入りましょ」


そう言って彼女は神社の方に歩みだす
だが私はその神社を見て唖然としていた。意外な人物の登場で混乱して周りを余り確認していなかったがよく見ればさっきまで廃れていたはずの神社が綺麗になっていた。落ち葉も無く更には周りの景色すら微妙に違っていた。


(幻想郷かどうかは分からないけど確かにここは私のいた場所ではない)


その考えに辿り着いた時には紫は既に神社まで到着しており私はその背中を追って走った




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「さて、何から話しましょうか」


私が緊張して縮こまってるのに対し紫は余裕の表情でお茶を啜ってそう言った。その堂々とした姿勢には何かしらの威厳を感じさせるものがあった。面と向かっているだけでこんなに緊張するものなのだろうか


(流石大妖怪ね。数千年生きていたことだけはあるわ)


私がそう思った瞬間、紫が少しだけ殺気を放ったのは勘違いだと思いたい。やはり彼女の前では年齢に関する話題はタブーの様だ


「まずはこの世界の事から話しましょうか。貴方も薄々気づいていると思うけどここは貴方が居た場所ではないは。ここはこの地最後の幻想が集う場所、幻想郷よ」


そう告げた後、紫は次々と幻想郷について喋っていった。妖怪と人間が共存している事、博麗神社の事、妖怪の山の事。私はそれを頭の中で整理しながら一言も聞き漏らすまいと集中した。普通の人なら理解できなかったことも私には理解出来たのは紫の話の内容が私の夢の話と大差無かったからだ

最近よく見かけるネット小説で似たようなものを見たことがある。主人公がトラックに轢かれて死んだかと思えば自分の知っている小説の世界に転生したり、何かの拍子に自分の知っている小説の世界に転移したり。どれも似たり寄ったりだが私の状況は正にそれだろう

その小説の主人公たちは大抵喜んだりするのだが私にはそんな気持ちは湧いてこない。どちらかと言えば今までの謎が一つ減ってスッキリした事ぐらいかな。幻想郷という場所の存在を確認しただけでも博麗神社に来た甲斐があるものだ

だけど謎が新たに増えてしまった。何故私は知りもしなかった幻想郷の存在が夢に出てきたのか。博麗霊夢とは一体誰なのか。いくら考えても頭が痛くなるだけで答えは出てこなかった


「という訳でここは貴方が居た場所とは人もルールも違うの。何が言いたいかって言うと郷に入れば郷に従えという事よ。分かったかしら?」


紫のそのセリフにハッと意識を取り戻す。考え事をしている間に話が終わっていた様だ。途中から聞いてないが夢の内容と大体同じなので問題ないだろう


「分かったわ。質問があるんだけど良いかしら?」

「良いわよ。何でも聞いて頂戴」

「私はもう向こうの世界には帰れないのかしら」


紫はずっと私がこの世界にに留まるのが確定したかのように喋っていた。夢の中ではもし外来人が無事博麗神社までたどり着ければちょっとした記憶処理をした後に紫によって返されるはずだ。だが紫はその事に全然触れていない


「そうね……残念だけれども無理ね。一度こちら側に来てしまえばもう出られないわ」

「そう。分かったわ」


やはり夢の中とは少し事情が違うのかもしれない
期待したわけでは無かったが断言されるとやはり落ち込んでしまう

来るときもっと色んなもの持って来れば良かった。パソコンとか、漫画とか


「それじゃ私はこれから何処で過ごせばいいのかしら?」

「それは問題ないわ。私の方から里の守護者に連絡しておくわ。仕事とかは貴方が探してちょうだい」


そう言うと紫は立ち上がり外へ出て行き私もそれに着いていった


「この道を真っすぐ進めば人間の里に着くわ。もう日も暮れるし危なくなるから早く行きなさい」

「分かったわ。今日はありがと。助かったわ」


紫が道の先を指さしそう言った。私はそれに頷きその道に進んでいった


「そういえば名前を聞いていなかったわね」

「そういうのは普通貴方の方から名乗るべきじゃないのかしら?」


紫の言葉に私は立ち止まりそう返事すると紫は一本取られたわねと心にも無い事を言い小さく笑った


「私は八雲紫。この幻想郷の創立者の一人にして賢者よ」


「…柊霊夢よ」


「よろしくね霊夢。幻想郷は貴方を歓迎するわ」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「いつまで歩けばいいのよ、里なんて全然見えないじゃない」


博麗神社を去ってからそれなりの時間が経った……と思う。歩き始めたときには空もそれなりに青かったのに今では少し夕焼けに染まっている。夜は妖怪たちの活動時間。対抗手段のない私がこんな所をうろついてたら格好の餌でしかない


「紫に隙間で送ってもらえばよかった」


一瞬そう思ったが能力の事を話してないのに「隙間で送ってください」なんて頼んだら当然怪しまれる


「どうしようもないわね。それにしても――」


紫は私の『霊夢』という名前に何の反応もしなかった
もしここが本当に夢に出てきた幻想郷と同一の場所ならば博麗の巫女と同名である霊夢という名前に何かしらの反応を見せると思っていたんだけど全くの無反応。


(もしかしたらまだ博麗霊夢が生まれてないのか、それとも博麗霊夢が存在しない世界なのか)


前者の方が可能性は高いが後者も可能性が皆無という訳ではない。夢の中では変える手段があるのに此処ではその手段が無いのと同じく夢と現実が全く同じという訳でないからだ


(里に行ったら色々調べないと…)


そんな事を考えながら歩いているとすぐ隣から声が聞こえた


「お姉ちゃん、こんな所で何してるのだー?」


そのかわいらしい声の方を向くといつの間にか女の子が立っていた
その子と目を合わせると何が嬉しいのかその子はにぱぁと笑顔になった
とても可愛らしい笑顔だが何故か私は猛獣に睨まれたような錯覚に陥った。まるで体の五感全てが危険信号を発しているかのように全身の毛穴から汗が噴き出す


―――――この子に近づいてはいけない


「貴方こそこんな時間に何やってるよ?危ないわよ」

「私は大丈夫なのだ。そんな事よりお姉ちゃんに聞きたいことがあるのだ。お姉ちゃんは――」


その時やっと私は気づいた。この子が何者なのかを
そして後悔した。どうしてすぐに思い出せなかったのか。どうしてすぐに逃げなかったのか

金髪のショートカットにお札で出来た赤いリボン。白シャツに黒いワンピース。十字架を模して広げている両腕
この条件が全て揃う人物なんて一人しかいない

宵闇の妖怪、ルーミア

人食い妖怪だ


「食べれる人類かー?」


気づいた時には全速力で走っていた


「追いかけっこなのかー?負けないのだー!」


そう言ってルーミア私を追ってくる。さっきと同じく晴れやかな笑顔だが私にはサイコパスにしか見えない
傍から見れば微笑ましい風景に見えるが、私の命がかかっているので私には堪ったものじゃない
それにしてもおかしい。ルーミアが段々近づいているように見える
足の長さも歩数もこっちの方が圧倒的に上なのに距離が遠ざかるどころか縮まっている


―――――これが妖怪というものか


確かにさっきまで家に引き籠って居た奴すら追いつけないようなら誰も妖怪を恐れないだろう


そんなこと考えている間にもルーミアは徐々に近づいている


(何か、何か逃げる方法はないのか)


如何にか知恵を絞って考える。このままいけば確実に捕まる。捕まれば命はない


何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何かナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカ…………


っ!そうだ!飛べばいいんだ!

夢の中でも大抵の移動手段は飛行だった。それに飛行だったら更に早く飛べるはず

夢の中で何回も空を飛んでいる。今でもその感覚が残っている


(出来る)


その確信と共に私は地面を蹴った。夢の中の様に

























そして地面に着地した


「ッ!?何で!何で飛べないの!」


いくら足に力んでも、夢の中の感覚を再現しても一切飛ぶ気配が無い


「どうしてよ!夢ではずっと飛んでたじゃない!飛べる能力だったじゃない!」


幾ら泣き叫ぼうが全く反応が無い


(お願い、飛んでよ!飛んで、飛んで、飛んで、飛んで、飛んで、飛んで、飛んで、飛んで、飛んで、飛んで、飛んで、飛んで、飛んで、飛んで、飛んで、飛んで、飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んでトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデトンデ,飛んでよぉぉぉぉお‼‼‼‼‼‼)





だが


「やっと捕まえたのだ、お姉ちゃん」


後ろから絶望の声がした

ゆっくり振り返ると息切れもせず元気なルーミアが三日月型の笑顔を浮かべていた


(もう、だめか)


私は死を覚悟して目を瞑った















だが痛みは一向に来ない


(あれ?一体何が…)


恐る恐る目を開けると誰かが私の前に立っていた
一瞬ルーミアかと思った外見が違った
青色のかかった銀髪に青い博士帽


「大丈夫か?怪我はないか?」


上白沢慧音、里の守護者が目の前に立っていた




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





霊夢が去った後、紫は楽しそうに微笑んでいた


「あんなに面白そうな人間は久しぶりね」


最初はよくある外来人かと思った。だが話している内に彼女の異常性に気付いた
幻想郷の存在にも妖怪の存在にも驚かない。ましては目の前の私が妖怪だと明かしても同様すらしない。まるで全て知っていたかのように
それに普通帰れないと言ったら自分を返せと怒鳴り散らかすはずだが彼女は直ぐに自分の現状を受け入れた


(異常、本当に異常ね、あの子。でも…だからこそ面白いわ)


「あら何か嬉しい事でも有ったの?何もないのにニヤニヤして。気持ち悪いわよ」


振り返るとこの神社の巫女、博麗霊華が立っていた
整った顔に黒のストレートな髪、博麗伝統の脇のない赤ベースの巫女服。正に大和なでしこという言葉が似合いそうな彼女だが服のあちこちが破けていたり血がにじんでいた


「あら、随分と手古摺ったようね」

「そうなのよ。香霖堂に依頼しないとね。それはそうと何かあったの?」

「さっき外来人が来たのよ。もうすでに人間の里に向かったわ」


紫のその回答に霊華は頭の上にハテナマークが浮かび上がる。そんな霊華の反応を楽しむかのように扇子で隠した口は微笑んでいた


「何で向こうの世界に返さなかったの?外来人でしょ?」

「そうね。結界の歪みで迷い込んでいたら返した他でしょうね」

「?どういうこと?焦らさず早く教えてよ」

「つまり彼女は正規の方法で来たのよ、幻想郷に。この世界から幻想としてはじき出されたのよ」


だから私も彼女を向こう側に戻してやれなかった
見た感じ普通の少女だが、もしかしたら私も知らない途轍もないものを隠しているのかもしれない


(楽しみね。貴方がその秘密をさらけ出す時を)


こうして霊夢はいつの間にか紫にロックオンされた
 
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