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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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67.確かにそこにいた人々へ

 
 オラリオは、街が始まって以来の大事件に湧き上がっていた。

 現存する現役の冒険者の中で唯の二人しか辿り着けなかった極致に至ったレベル7の高みに、新たに足を踏み入れた冒険者が誕生したからだ。

 『エピメテウス・ファミリア』――『酷氷姫(キオネー)』リージュ・ディアマンテ。

 『ロキ・ファミリア』――『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン。

 奇しくも二人、しかもその美貌が知れ渡った女性冒険者だ。更にこれに加えて複数の冒険者がレベル6及びレベル5の位に次々に足を踏み込み、周囲を驚かせた。しかしそのランクアップより更に周囲を驚かせたのが、彼らが驚異的な成長を遂げたその理由だ。

 ダンジョンに巣食う『回避可能撃破不可能の災厄』――黒竜と、彼らは戦って勝利したというのだ。

 嘗てオラリオで最強と謳われた『ゼウス・ファミリア』は『ヘラ・ファミリア』と共に全戦力を投入してこの黒竜に挑み、そして壊滅した。あの日、人類は「もしかして今なら勝てるのでは」という在りもしないささやかな希望を、完膚無きにまで叩きのめされたのだ。

 しかし、それから僅か十数年の歳月を経て、それは為された。

 更に、その歴史に永遠に名を刻むべき黒竜討伐の最後の栄冠を飾った冒険者の名を聞いて、ある者は驚き、ある者は我が耳を疑い、ある者は呆れ、そしてある者は大して驚きもせずにただ納得だけをした。

 オーネスト・ライアー。

 その名が意味するのは、オラリオ最狂、静かなる暴君、金狼、最高額指名手配犯。
 『狂闘士(ベルゼルガ)』の二つ名を持つそれは、出自も主神もレベルも一切が謎に包まれた、しかし推定レベル7と呼ばれる、間違いなくこの街の頂に君臨する存在の一人だった。

 財にも名誉にも女にも興味がなく、ただ圧倒的な殺意を八つ当たりのようにダンジョンにぶち撒け続けたその男は、レベル7に達した上記二人、レベル7のオッタル、他数十名と共に黒竜とその取り巻き相手に大立ち回りを演じ、最後にはこれを撃破。これまで一度も確認されたことがないほどの魔力を内包した、形状からして従来のそれと異なる魔石を持ち帰ったことで勝利を証明した。

 ――当然その男の背にはもう一人の推定レベル7、『告死天使』アズライール・チェンバレットの姿もあった。彼もまた、人知を超えた力を以てしてオーネストを援護し、黒竜を追い詰め続けたという。

 たった一夜にして、この街の不可侵領域だった二人はれっきとした『英雄』に祭り上げられた。
 オラリオは実力と結果が全てだ。英雄的所業をやり遂げれば、それがどんな人格の誰であろうとも英雄だ。狂った判断基準、歪んだ羨望、矛盾した賛美。その全てがオラリオならば許される。

 こうして、アズとオーネストは自らは全く望んでいないのに、いつの間にか英雄とされた。
 同時に、こんな噂も世間に流布される事となる。

 ――あの二人は、『レベル8』に踏み込んだ超越者なのではないか、と。



「………ってな話になってるんだってよ」
「誰からの情報だよ?」
「さっきギルドに行った後にラッターがな。どうやら俺らがダンジョン内で寄り道してる間に情報と例のアレだけ上に登ってたみたいだ」

 贔屓にしている情報屋のラッター・トスカニックがその情報をくれたのなら、本当にそうなのだろう。いつぞやのアルガードの件で花を買った出店で黄色い花を見繕いながら、オーネストは漠然とそう思った。それにしても例のアレか、とオーネストは一人ごちる。偽装の為に持って帰ったあの高価な石ころの存在にギルドは右往左往しているそうだ。

「黒竜が体内に持っている特殊な魔石、その名も『竜玉』!……ってなことでお前が持って帰った黒竜の目ん玉結晶をギルドに出したんだけどな。どうやら従来の魔石とは全然組成が違う上にエネルギー量がとんでもないってことで、鑑定した職員が悲鳴を上げてたぜ」
「だろうな。あれは魔石を変質させた一種の魔道具だ。あれが一つ暴走するだけで街が滅ぶ。尤も黒竜が本来持っていた魔石のエネルギー総量はあんなものじゃなかった訳だが……ま、何も知らない馬鹿共は知る由もないだろ」
「でも一つ問題があってな。黒竜討伐報酬とあの魔石の代金合わせると、館の金庫がもう一つ必要な量になっちまうっぽいんだよ。額が額だけにギルドも即金は無理って言ってたけど」
「いるか。山分けにするなりヘスティアに擦り付けるなりしとけ」
「ヘスヘスに押し付けるか。いい案だな!」

 何となく二人の脳内で金塊に押し潰されて情けない悲鳴を上げるあの紐神の姿が脳裏を過ったが、浪費家の彼女が本気になればどうにか使い切ってくれる筈である。最初の最初にアズが彼女に献上した500万ヴァリスが翌日にはアクセサリ代に消えてたくらいなので間違いない。
 ……尤も、使っても使っても補充されるドブ金に彼女の何らかのリミッターが働いたのか、すぐに金に手を出さなくなったが。

「黒竜は何やってんの?」
「他の三大怪物に会いに行くそうだ。その後は人間について学ぶと言っていた」
「へぇ。『彼女』も大概放任主義というか、親子して似てるというか………」

 黒竜を戦闘不能にしたオーネストは、黒竜の命を取らなかった。というより、もう黒竜の命を取る取らないという話に大して興味が持てなかったのだ。そこでオーネストは黒竜の意見を聞き、彼の死を偽装するために彼の体に埋まっていた眼球代わりの器官を譲り受けたのである。ついでに黒竜の角も一本押し付けられ、それはシユウに預けてある。あれは一種の呪物だ。おいそれと持ち歩けない。

 一方のアズだが、こっちはこっちで『魔王』と、招待される形で出会っていたそうだ。人が苦労している間に何をやっているんだろうか、この男は。最終的に『魔王』と盟約を交わしたそうだが、幼女だけでなくそんなものまで抱えて大丈夫なのか、と余計な心配をしてしまう。詳しい話をオーネストは聞かなかった。どうせアズの決める事だ。黒竜と魔王が似ているかどうかなど、それこそオーネストの知ったことではないので無視した。

(ヤッバ、何度見てもあり得ないくらいイケメン………はぅあぁ~♪ウチの店に2回も来てくれるなんてありがとうどっかのご利益ある神様!)
(祈り届ける相手が無節操すぎるでしょ……っていうかアンタがしつこく言ってたヤバいイケメンってあのオーネストな訳?物理的にヤバいイケメンじゃん。黒竜ぶっ殺したんでしょ?告った翌日に変死体で見つかるとかシャレになんないからやめときなさいって!)
(分かってるの、綺麗な花には棘があるって……でもその棘もまた……はぅあぁ~♪)
「………お前って本当モテるよな」
「あ?何がだ?まぁいい、この花貰うぞ」

 恍惚の表情で見つめてくる店員とその店員の肩を揺さぶる店員に「何をやってるか知らんが愉快な奴らだな」と思いながら、オーネストは「チップ込みだ」といい加減に金貨を一掴み置いて後にした。愉快な奴らは嫌いではない。自分がそうなりたいとは思わないが。



 = =



 オーネストが墓地の中を歩いているのを、俺は後ろから着いていく。墓地には死の残り香が充満していて、どうしてか落ち着く気分にさせられる。こんな事を感じてしまう自分はどうしようもなく死神に近いのだな、と何とはなしに思いながら進むと、大きな墓の前に二人の人影があった。

 一人はヘスヘスことヘスティアだ。普段の露出高めな服ではなく、肌を覆い隠した黒い服――喪服を着ている。その隣にある影はファイさんことヘファイストス。こちらもまた、黒い服を着ていた。ヘスへスは白い花を、ファイさんは赤い花を墓に献花する。オーネストはその隣からしゃがみ、黄色い花を墓に添えた。3人のイメージカラーに合わせたような花束たちが、風によって微かに揺られた。

「これが、俺に見て欲しかったものか?」
「そうなる。別段大したことではないが、一応お前には言っておこうと、な」

 墓場に吹き込む風で美しい金髪を揺らす物憂げな姿は、大した事ではない出来事に思いを馳せるには余りにも不釣り合いだった。それに、この墓から感じる死の気配は、余りにも。

「やっぱり感づいたかい、アズ。君には分かるんだね、この苦しみの残り香が……」
「ヘスヘス、この墓は………これは、恐怖や憎しみの、争いの中での死の気配か?」
「『テティス・ファミリア』……僕やヘファイストスにとっては姉のような存在だったテティスが率いていたファミリア達の墓さ」

 テティス・ファミリア。そのファミリアの名前を、俺は幾度か聞いたことがある。例えば――そう、オーネストと俺が住んでいるあの館の以前の所有者として、とか。他にもたまに屋敷の中で、会話の断片で、隠すようにその名を聞いた事があった。それに対してそれとなく想像することもあった。それでも、別段オーネストに詳しく聞く事はしてこなかった。

「俺は、このファミリアの中で生を受けた」

 それは、オーネスト・ライアーがオーネスト・ライアーになる前の記憶だった。

「団長のアキラ・スクワイヤと、その恋人だった女性、その間に俺は生まれた。生まれてすぐに生みの親は容体が悪化して死に、俺は主神テティスに名前を与えられ、彼女とそのファミリアに育てられた」
「母親さんの、名前は?」
「――分からない。彼女はファミリアの人間じゃなかったし、その詳細は付き合ってた団長と主神テティスしか知らなかったそうだ。ルッティと呼ばれてたが、本名かどうかも不明。魔法使いだったらしいが、顔写真も残ってないんじゃ顔なんぞ分からんわな。遺品の杖をヘファイストスに調べてもらったが、出た結論は『製造方法不明』だった」
「神に理解出来なかった以上、恐らくは根底の根底から人間によって創造された技術体系なのでしょうね。分かるのはそこまでだったわ」

 ファイさんの注釈を聞きながら、俺はふと思い出すものがあった。

「アプサラスの酒場でガンダールからかっぱらったあの杖か?」
「そうだ。ファミリア壊滅のどさくさであそこに流れ込んでたのを、興味本位でな」
「……アキ、生みの親の事を知りたいと思うのは興味本位ではなく人として当然の事よ」
「そうは言うがヘファイストス、俺を専ら育てたのは、物心ついた頃から面倒を見てくれたテティスだ。あの人が俺の母親だよ」

 自分にとっての母親だと断言するその想いは強いだろう。オーネストは真顔でそう言い切った。否定は出来ないのか、ファイさんも静かに目を閉じて引き下がる。オーネストはそのまま話を続けた。

「俺はファミリアの事は好きだったし、親父だって頼れる男だと思っていた。だが、俺の気付かない何処かでこの街はおかしくなっていっていたんだろう。その頃の俺にはそれに気付くだけの洞察力と経験がなかった。リージュも、そしてロイマンもな」
「リージュちゃんとはその頃から友達だったんだってのは分かるけど、何故そこでロイマンさんが?」
「あの頃まだ出世してなかったロイマンは、俺たちの遊び場の近くに住んでたんだ。半ば無理矢理遊びに付き合わせてたから、当人はさぞ迷惑だったろうな」

 オーネストが可笑しそうにほんの僅かな笑みを浮かべる。きっと子供特有の人懐っこさと強引さに逆らえなかったんだろう。そんなロイマンさんも今やギルドのトップである。そして確か、彼がトップに上り詰めるきっかけになった事件が――。

「俺が10歳の頃に事はついに起こった。『地獄の三日間』――何とも陳腐な言葉だが、その三日が俺の全てを変えた。親父は俺を見捨て、ファミリアは俺の与り知らぬところで他ファミリアと抗争を繰り広げた末に壊滅。瀕死の俺を助けるために自らの生き血を捧げたテティスは、神の力を不当に使用した事を理由に拘束されて天界に強制送還された。抗争に手が出せずにおっかなびっくり動いてたギルドの手でな」
「そいつがギルド嫌いの理由か?母親を拘束したから、そして秩序の体現者の癖に役に立たなかったから、って所か」
「10歳のガキには何もかも憎く見えたのさ。張りぼての秩序を掲げて今も街を守っていますって面してるギルドは、今も気に入らない………『地獄の三日間』での混乱の事後処理で名を上げたロイマンが出世街道を駆け上がったのも、その頃だった。俺に便宜を図るのは……ま、罪滅ぼしのつもりかもな」

 遠い目で空を見るオーネスト。その横で、ファイさんがまた足りない情報を埋めてくれる。

「当時のロイマンはテティス捕縛の現場で倒れていたアキを助けようとしたの。だけど、ギルドの当時のルールでは神の捕縛条件は決まっていても、神の不当な力を与えられた存在をどうするかは取り決められていなかった。眷属なら神が送還されりゃ勝手に消えるが、よりにもよって注いだのは神血だ。前例なんぞありゃしない。責任問題や人的被害を恐れた当時のロイマンの上司が放置を決め込んだせいで、あいつは動けなかった」
「せめて保護されてれば、僕なりヘファイストスなりすぐにアキくんを迎えに行けたのに……っ」
「やめろヘスティア。俺は……運が悪かったんだ」

 ぎりり、と拳を握りしめたヘスヘスに柔らかい声で諫めたオーネストは、墓を見下ろす。

「神の血――俺の異常な再生能力と神の力の一部の行使を可能とした力の源。俺はそんなもの要らなかった……親父の裏切りで心身共にぼろぼろだった俺は、せめて最後に信じられるテティスの下で死にたかった。そこで死ねるなら寂しくなかった。しかし、結果としてテティスは俺を生かす事を選び、取り残された俺は孤独になった」
「――それから暫く、世界一の都と言われた迷宮都市オラリオは暗黒時代に入ったんだ。おおよそ3年、表面上の平静を取り戻すまで3年かかった。その3年で、アキくんは……」
「俺はオーネスト・ライアーになった。只管に運がなかった。子供だった。だから、俺は意地を張るしか能のないろくでなしの人でなしになった。お前に出くわすまで、ぶっ壊してぶっ殺して、怒り狂うだけの男だった」
「今もだいたいそんな感じじゃね?」
「だから卒業するんだよ、これから。8年の反抗期をな」

 オーネストはしゃがみ、へし折れたヘファイストスの直剣の柄を墓場に添えた。
 それはきっと、オーネストにとっての何らかの決別だったのだろう。
 二柱の神と俺の見守る中、立ち上がったオーネストは静かに目を閉じる。

「オーネスト・ライアーとしてではなく――テティス・ファミリアの最期の生き残りである『アキレウス・スクワイヤ』として………さよなら、みんな」

 そう言い終えて一瞬墓を見たオーネストの顔が、10歳前後の幼い子供が今生の別れを告げる顔と重なって見えた気がした。



 = =



 不意に、頭を上げる。敷地内に聞き覚えのある足音の鳴り方が二つ、近づいてくる。
 きっと自分が猫だったら、ぴんと尻尾を伸ばし、耳をピョコピョコ動かしてるだろう。そんな事を考えながら、延々と続けていた編み物を放り出して玄関に走る。待ちすぎて長くなりすぎた編み物を避けながら、待ちきれずに走る。いつも待ち望んでいて、ずっと幸せで、幸せ過ぎてそのち零れ落ちてしまうのではないかと思う程に恋焦がれた、大切な二人。

「………お帰りなさいませ、クソ野郎共っ!!」

 二人は、どこか雰囲気が違っていて、でも確かに自分の好きな――メリージアの愛する二人だった。

「ただいまー!いやー今回は苦戦したねぇ!」

 からっとした笑顔で軽快に笑うアズライール・チェンバレットの笑顔が心に染み渡り、幸福感に包まれる。何も考えていないようで、しかしいつも優しく、メリージアが近くにいれば笑って抱きとめてくれるアズが、メリージアはどこまでも好きだった。

 そしてもう一人――決してアズのように優しい態度は見せないのに、本当は誰よりも優しさを知っていて、素直じゃないからこちらのあいさつにもぶっきらぼうに「ああ」と言うだけの――。

「……ただいま」
「!?」

 ――それは初めての返事で、余りにも唐突で。
 更に続く言葉と普段のオーネスト・ライアーならば絶対にやらないと断言できる行動に、メリージアの幸福度が爆発した。

「目の下に隈が出来てるな。心配かけて悪かった」

 オーネストが控えめに、そして割れ物を触るように優しく、メリージアの体を抱きしめた。

(えええええええええええええええええええええええええええええ!?ええ、えええええええええええええええええええ!?何!?アタシもしかして夢見ちゃってる!?幸せ過ぎるからこその夢オチ!?いやでも、お、オーネスト様の手が!いや全身から伝わるぬくもりや匂いが!!ち、近いぃぃぃぃっ!!ああっ、オーネスト様の頬とアタシの頬が重なってぇ、アタシの頬なんか汚ねぇから触っちゃダメっつーかかハグしてくれるなら一度フロで体を清めさせてってそうじゃなくてああああああああああああああああああ!!だめぇ、そんなズルい!不意打ちズルい!だってこんなの嬉しいに決まってやがるのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?)

 既にメリージアの思考回路は乙女回路が乱入してしっちゃかめっちゃかである。その顔は当然のごとく真っ赤だが、浮かぶ表情は幸福を通り越して多幸の域に達している。当たり前と言えば当たり前だが、この世で一番好きな人にやられて嬉しいことをされたら顔も蕩けるというものである。

「じゃ、俺もハグっと。今回は俺も反省してるからねー」
「!?!?」

 そして、背後からアズがハグして来たことによってメリージアの思考回路がオーバーヒートした。
 アズは優しいから頼めばハグくらいしてくれる人だが、アズからハグを求めてきたのはこれが初めての出来事だ。というか、2人とも初めてだ。それはつまりメリージアという存在を二人が求めてくれたという事で、2人とも今はメリージアだけを見ているということで、それでそれで――。

(ああ、もームリ。ダメダメこんな幸せ過ぎるサプライズは夢の中でも事前に申請してからしやがってくださいませ。でないと死ぬ。幸せに窒息させられて死んじゃう!こんな夢の中でも烏滸がましいような幸せサンドイッチされたらアタシ、アタシ――もう頭がフットーしてガマンできなくなっちゃうぅぅぅぅ!)

 メリージアはその後数十分間、正気を失ってオーネストとアズにべったり張り付いて「にへへへ……」と幸せそうににやけていたという。

「………本当、物好きな女だ。俺なんかにそんな面見せていいのか?」
「恋に貴賎はあるまいよ。しかし……甘えん坊のネコみたいで可愛いねぇ」
「お前は猫懐かないだろ」
「いいよ、代わりにメリージアを愛でるから。ほら、喉元なでなで~」
「んにゃぁ~♪らめれすよアズしゃまぁ~♪」
「………酔ってるな、何にかは分からんが」

 なお、その後正気に戻ったメリージアは好きな人の前で醜態を晒した自分の行動への羞恥に耐えられなくなって丸一日自分の部屋に引きこもり、2人を困らせたのであった。彼女の部屋の前で右往左往する二人の姿は非常に和み系の光景だった――とはヴェルトールの談である。
 


 きっとそれが、その日が、オーネスト・ライアーという男のその後を決定づけたのだろう。
 アズにはそれが可笑しくて――そして、いつかまた運悪く彼の下に選択が降り注いで狂ってしまったとしても、もう大丈夫だろうと思った。

 もしも、もしもその瞬間に自分がいなくとも――もう大丈夫だろうと思った。

















「アズ」
「ん?」
「テメェ、何があろうが死に逃げなんて出来る思うんじゃねえぞ。あの世だろうが異世界だろうが、俺もメリージアも時空の果てまで追いかけて連れ戻してやるからな」
「……何で急に?」
「なんとなく、お前が見通しの甘いこと考えてる気がしてな」

 ……もしもの瞬間に自分が居なくても絶対大丈夫どころかコッチが大丈夫じゃないかも、と心の中で訂正した。
 

 俺たちは英雄じゃない。

 俺たちは優しい善人じゃない。

 俺たちは尊敬されるような立派な人間じゃない。

 でもーー俺たちは確かに、「いま」を生きる人間だ。
 

 すべての行動の理由など、それで充分だ。
  
 

 
後書き
黒竜編、これにて完結です。恐らくこの小説もこれで完結。

一応あと2章くらいやりたい気持ちはあるのですが、恐らく書いている余裕がないのでいったん断念させていただきます。これまで応援してくださっていた皆さま、お付き合いいただき誠にありがとうございました。


補足:
3色の花……以前にココが墓で見た花 しかもあの日のオーネストは墓参りしていた
オーネストの正体……テティスの関係者で名前がアキから始まる=息子のアキレウス
魔法・万象変異(トランシア)……神話においてのテティスの変身能力
父親のアキラ……アキの部分がオーネストと共通 プラスで異常な居合の速度

モロバレだった気もしますが、オーネストの真名はアキレウスでした。
真名を認めてしまったオーネストはもはや無敵モードです。ネタ的にも。 
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