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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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外伝 いけいけむてきのオーネスト

 
「――いちおう、な」
「成程。由々しき事態ですね。ギルドの長として、情報提供に感謝します」

 黒竜討伐記念で街中がお祭り騒ぎになる中、ギルドの一室で明るいとは言い難い会話をする二人の男がいた。片や拝金主義者と揶揄される脂肪の塊、片や絵画か物語から抜け出てきたかのような美麗な青年。二人の会話は簡潔で、短かった。

「それにしても……まさかキミが自分からここに来るとは思っていませんでした。ここには忌々しい思い出しかないでしょうに」
「別に、気まぐれだ。どうせアズの事だからそこまで深く考えていなかったろうと思ってな」
「それでも、今までの貴方ならばそのアズくんに伝言を握らせて終わりだったでしょう?」
「否定はしない。今もギルドにはいい思いはない。だが……あんたに言いたいこともあった」
「先程の話以外にもですか?」
「……ガキの頃、逆恨みして悪かった。それと、救援の手配をしてくれたことに感謝する」

 その言葉を向けられた男――ロイマンは、思わず手に持っていたペンを取り落とした。重要な書類にインクが跳ねるが、今のロイマンにはそれを気にする余裕さえなかった。
 だって、もう二度とこんな瞬間は来ないのだと思っていた。それ程に遠くに行ってしまった心であったのに、彼はそれを自ら口にしたのだ。前々から型破りな存在だと思っていたが、もしかすればこれはロイマンの記憶にある彼の前科(ぶゆうでん)の中でも最大の威力を誇るかもしれない。

「……あんたにも、俺の意地のせいで随分迷惑をかけた。後悔してるって訳じゃないが、詫びの一つくらいは言っておきたかった。仕事、これからも頑張れよ……出世するの、夢だったろ」

 それだけ言って、オーネストは魔法で自らを風に変え、執務室の窓から消えていった。




「失礼します、ルスケっす。ミリオンさんの宿泊先の件とヨハン先輩の行方に関する報告が………ロイマン大先輩?え、泣いてるんッスか……?」
「………え?ああ……そうですか、私は泣いているんですか。はは、不思議なぐらいに……止まらない。私も年を取ったという事ですかね……」

 ロイマンのデスクにあるインクで汚れた書類には、ギルドの権力乱用と部下の管理不行き届きを理由にした辞職を表明する旨が書き込まれていたが、もはやそれは涙のせいで滲んでしまい、とても書類として提出できるものではなくなっていた。



 = =



 オーネストがシユウ・ファミリアのフーの工房を訪ねた時、やけに賑やかな声が耳に届いて首を傾げる。中から聞こえるのは怒声――それもフーと誰かが言い争っている。聞いたことのない声であることと、そもそもフーが他人と喧嘩をしている事自体が稀有だ。

「失礼する。取り込み中か?」
「ああ、オーネスト!聞いてくれよ、私がせっかく磨き上げた作品(こども)をミリオンが無遠慮に触りまくって指紋でべたべたにしたんだよ!?」
「ンだとォ!?そんなもん触っちゃダメなら触っちゃダメって先に言えってんだよフー助ぇ!大体触っただけで品質が落ちる訳でもねぇだろうし!?第一ウチはゲストなんだぞゲスト!!丁重に扱えっつーの!」
「あのねぇ、失礼な客まで丁重に扱うほど私の心は広くないんですよ!?大体貴方みたいな薄汚れた不潔エルフなんて本当は頼まれたって泊めたくないっていうのに……!」
「………いつから工房に女連れ込んで乳繰り合う男になったんだか」
「ちょっと!?私が連れ込んだんじゃないっての!ギルドから頼まれて……」
「聞いた!?ちょ、聞いたかおいフー助!?女って!ウチの事女って!いやぁ~やっぱり出来る男はそういうトコロが分かってるんだよなぁ!にじみ出るフェロモンを感じれるんだよお前と違って!!」

 オーネストは猛烈に面倒くさくなって帰りたくなったが、今日ぐらいはとグっと堪えた。

「で……俺のは出来てるのか?」
「ああ、勿論。君がなかなか戻ってこないものだから、埃を払うのが面倒だったよ。ほら、1Aの棚とB1の棚に」

 言われるがままに彼の工房の隅にある棚に近づく。棚の一番端――ほぼオーネストの特等席――にそれはあった。初めて受け取った時とは比べ物にならないほど細緻にオーネストの手に合わせられた籠手は、以前から更にデザインや組成が変化しているようだった。続いて脛当ても取り出すが、これもまた籠手と同じく変化している。

「今までのマイナーチェンジから随分飛躍したな」
「黒竜と君の戦いを、途中までとはいえ見たからね……前々から足りない、足りないと思ってたけど、今回は特別に悔しかった。その分だけ、今までとは比べ物にならないほど強化されてる。親方も珍しく文句を言わなかったよ」
「そうか――フー」
「なんだい?」
「ありがとう。そして……これからは、簡単に壊さないようにする」
「……へ?」
「それだけだ。じゃあな」

 装備品を手早く装着し、オーネストは工房を後にした。

「感謝?オーネストが?私に?はっはぁ、これはリアリティの極めて高い夢ですね。黒竜素材の剣を作るかどうか悩みすぎて夜更かししすぎたかぁ……」
「お礼言われただけでこの反応かよ……普段どんだけワルなんだよアイツ。顔はイケメンだけど」
「いやー夢の中とはいえミリオンも妙にリアリティのある反応するなぁ」
「おーい、現実だぞー。いやむしろ現実を見れ。ったく、ウチはお前の夢の中に出る程親しい仲かっつーの!」
「いや、私はミリオンさんの事可愛げあると思ってますよ。って夢の中で言ってもしかたないか。夢で寝れば現実に返るっていうし、おやすみ………」
「えっ、あっ……お、お休み……?――ってドサマギでウチの膝の上で寝んなし!こ、今回だけだかんな!ウチはエルフで、これは特別なんだかんな!?」

 本来、潔癖のエルフが他人の男に膝枕するなど一部の男からすれば一生に一度の夢レベルの出来事である。ベル辺りなら100パーセント羨ましがる。ボーイッシュで普段が不潔でファッションセンスがないとはいえ、腐ってもエルフなミリオンの膝枕は一般男性からすれば金を払ってやってもらえるならいくらでも払うものだ。
 そんな夢を目の前に別の夢を見る彼は、なかなかに器用かつ恵まれた男なのかもしれない。
 ……同性に好かれないタイプだが。



 = =



 『豊穣の女主人』にオーネストが入る時、いつも独特の張り詰めた空気が漂う。
 オーネストの全身にこびり付く、他者を拒絶、或いは無視するような高慢な態度。そして店主ミアとの険悪としか言いようのない関係が生み出す緊張感。それはいつも唐突に訪れ、遅れて上がるアズライールの呑気な声で中和される。それが一種の様式美になっていた。

 しかし、黒竜討伐の騒ぎの煽りでいつも以上に客入りが多い事を加味しても、リューが店内にオーネストが来ている事に気付いたのは余りにも遅かった。カウンターに座ってから気付くなど、これまで考えられなかった事だ。
 それほどに――それほどに、その日のオーネストは静かで、どこか穏やかなまでも風を纏っている気がした。なのでリューは思わず素っ頓狂な事を聞いてしまった。

「えっと……どなたですか?」
「とうとう常連客の顔すら……若年性健忘とは恐ろしいものだな」
「その物言い!いつものくそガキですね!?」
「見て分からんか。何の為に眼球が二つも付いている、この戯け」

 珍しく言い返せないド正論に言葉が詰まる。これは言い訳のしようがない大失態である。確かに見ればオーネストだ。いっそ他の誰だよという話だ。男装のアイズと言われれば可能性は僅かにあるが。だがそれは視覚情報に頼った話であり、魂に刺さるレベルの激しい気配を放つ彼の気質を知る者ならリューを咎める事は出来ないだろう。

「な、なんですか。普段と違ってやけに穏やかな気配を放って。別人と間違えても可笑しくありませんよ、くそガキ」
「まぁ、色々とあった。そうか、そんなに変わってるか……」
「……今日はやけに素直ですね。普段なら全力でみっともなく揚げ足を取りに来るくせに。悪いものでも食べましたか?」
「いや、いい加減に意地を張り続けるのも疲れただけだ。少し自分を見直す事にした。だからそれを伝えに来ただけだ、リュー」

 リュー。今、リューと言ったのだろうか。
 この青年が何を言っているのかリューはいまいち理解しきれていなかった。オーネストがリューを呼ぶときの台詞は「くそメイド」或いは「お前」である。それ以外など経験則の上ではありえない。余りにもあり得な過ぎて暫く自分がリューと呼ばれたことに気付かなかったリューは、遅ればせながらやっと状況を理解した。

「は、はぁ?なに急に名前読んじゃったりしてる訳?マジ意味分かんなーい」
「落ち着け、キャラが変わってるぞリュー」
「う、うるさいですね!何ですか、もしかして態と呼んでますか!?」
「態とも何も、自分を見直すと言ったろう。リューが不満ならリオンに変えるが……」
「こ、この期に及んで……まだ私の名前を呼ぶと言うのか……!ええい、貴方にそう呼ばれると背中がむず痒いのですよ!いつものくそメイドで構いませんッ!!」
「そうはいかん。そういう餓鬼っぽい事を続けているといつまでも中途半端だ。自分を見直すと言った俺の言葉も軽くなってしまう」

 オーネストは一歩も引かず、真剣な口調でリューの提案を却下した。オーネストがこんな真剣な顔で、しかも自分の名前を呼ぶことについて一切の侮辱なしだ。今まで攻撃的なオーネストと対話する為に敢えて攻撃的な態度を取っていたリューは、ここに来てのまさかのノーガード戦法で間合いを零距離に詰められていた。対抗策など思いつく筈もなく、もはやされるがままである。

「今までの俺の態度に非があったのは事実だ。だから謝罪しろというなら……まぁ、一回くらいなら謝る。すまない、今までの俺の態度は八つ当たり同然だった。リューの料理を馬鹿にしたのも謝る」
「え、え。い、いや別に私はそのことを根に持っている訳じゃ……!」
「では、呼び名を決めてくれ。何なら姉さんでもいいぞ、冗談だが」
「ねねね、姉さん!?い、嫌です姐さんは!それなら名前で呼ばれた方がまだマシで……!」
「じゃあ、暫定的にリューと呼ばせてもらう。いや、年上だからリューさん、か?」
「敬意の籠らないさん付けされたって嬉しくも何ともありませんよっ!!」
「そんな事はない。これでも俺は、リューが俺の事を気遣ってくれていたのは少しくらい知っているつもりだ。俺みたいなくそガキに真剣に向き合ってくれたリューは大した人だよ」
「う、うううう~~~~ッ!!」

 オーネストの猛ラッシュを防ぐ術もなく受けまくったリューはもはや限界だった。謎の羞恥に顔はゆでだこのように真っ赤になり、反論も碌にできずうーうー唸るだけの可愛いエルフメイドと成り下がってしまっている。彼女のドSっぽい態度が好きだったドMの皆様はこの姿を見てさぞ残念がるだろう。まぁ、別の方向性に目覚めるかもしれないが。

「ねえあれもしかして新手のからかい方なの?」
「うーん、微妙。楽しんでる可能性もあるけど、逆にあんな内容で楽しんでる時点でオーネストくんマジで丸くなってるよね。マルクス主義だね」
「意味わかんないわよ。ンなことより仕事なさい」

 この日、リューは素直オーネストによって色々と大切なものを失った。
 なお、ミアさんに対してオーネストは「あんたの話を素直に聞き入れる事は出来ないが、少しは見直す事にする」と彼の偽らざる本音を聞かされて複雑そうな顔をしていたとか、いなかったとか。



 = =



「オーネストが素直になった!?これはチャンスねオッタル!今なら素直に私に靡……」
「素直に殺しに来るだけかと愚考しますが、フレイヤ様?」
「……オッタルも最近ジョークというものを理解してきたようね」
「というか、ノリがあの告死天使に毒されておられますよ?」

 フレイヤ芸人化計画、進行中。



 = =



「素直に私に甘えるようになってくれるってことね、オーネスト!さあ、おばさんの胸へダイブ・イン!」
「それは断固ない」
「ヘファイストス、流石にその解釈はボクも引くわぁ……という訳でオーネスト!こっちのおばさんの胸にダイブ・イン!」
「それも断固ない」
「ハッ!やっぱりいくら胸がでこぉてもチビの色香じゃ無理やな!ほんじゃオーネスト、おばさんじゃないこのウチの胸にダイブ・イン!」
「ないっつってんだろ」
「誰がナイチチや!?」
「言ってねーよ頭湧いてんのか?」
「くっそ、アズにゃん!アズにゃん聞いてーな!オーネストがウチの胸の悪口言うねん!!揉んで確かめて!」
「えー?いいよ。でもあんまし揉んだことないから痛くしたらゴメンねっ」
「ちょ、ウソやんアズにゃんここはボケやで……ええ!?なんで指ワキワキさせてんねん!?ちょ、アカンてそれは!R18指定になってもうって!ウ=ス異本書かれてもうって!揉んでもあんまないから!」
「………らしいよ、ヘスヘス!」
「ふふん、語るに落ちたね無乳神!自らナイチチを認めるなんて!!」
「な、なんやてーーーーーッ!?裏切ったなアズにゃん!こうなったら逆にウチがアズにゃんの胸揉んだらぁ~~~ッ!!」
「初めてだから、痛くしないでね……」
「アカン、別の人に役割を委託しとうなった……」
「つまりこのキャロライン様の出番ね!!」
「チェンジでお願いします。ドスケベさんはお帰りください」
(何なんだこの展開は………)



 = =



「ああ、その気配……見えなくとも分かるわ、貴方ね」
「……………」
「聞いたわ、黒竜を討伐したって。ふふ、無茶する子……いい仲間を持てたのね」
「あんたは――」
「ん?」
「あんたは、俺の事を……」
「憎んでないのか、と問われれば……ないわ。何度だって断言してあげる。あれは私の心の歪みが起こした事。むしろ、私の方が嫌われたと思って……」
「嫌いになれるか!!あんたは確かに間違ってたさ!でも……そんな事を言うのは、やめてくれ」
「………なら、誰も悪くなかったのよ。誰も間違ってなかったから……」
「……………」
「わたし、貴方に会えなかったらずっと変われなかったと思うから。苦しんで悲しんで、ずっと泣いていた貴方がずっと生きていてくれたから………だから、光を失って冒険者として戦えなくなった今に不満や後悔なんてないわ。だから……」
「だから、俺に俺のやったことを後悔するなと……言いたいのか」
「自分の立場を利用して子供の首を絞めた女に同情の余地なんてないわ。何なら、忘れてくれても………」
「そんな事を言う貴方は、嫌いだ」
「――ごめんなさい」
「謝る貴方も嫌いだ。……ああ、くそっ。こんな事言いに来たんじゃないのに……」
「当ててあげようか?」
「え?」
「俺の事はもう忘れてくれ………違う?そして私の答えも決まってるわ」
「嫌だ、か?」
「なんだ、分かってるんじゃない。イシュタル・ファミリアの元団長の勘を……いいえ、ママの勘を舐めちゃ駄目よ?アキレウス」
「あんたには……敵わんよ。目が見えなくなっても全く変わってない。流石は本気で俺の母親になろうとした(ひと)だ。一生、忘れられそうにない……」
  
 

 
後書き
リリ「最後の意味深な人誰ですか?」
アズ「作者曰くルペ・シノみたいな人だって。俺、ルペって分からんのだけど」
マリ「あたしルペは知らないけどこの女の人は知ってる。貧民街でよく子供をかわいがってファミリアに連れて行ってたらしいよ。近所のおばさんに聞いたんだ」
リリ「へー。子供好きなんですか?いい人じゃないですか」
マリ「でも連れていかれた子供の行方が一人として分からないから絶対に付いていくな、って怖い顔で念押しされたなぁ」
リリ「え、それって……まさか」
アズ「………あいつはあんまり詳しく話してくれなかったけど、まぁそういう事さね。心を病んでたらしい。ほんでオーネスト拾って、情が移って、心の病に向き合って……すれ違ったのさ。あいつがオーネストを名乗り始めたのはその後らしい。タルタルが教えてくれた」
リリ(多分イシュタルの事だけどひっどい仇名……)
  
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