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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン72 冥府の姫と変幻忍者

 
前書き
今回から4期だよ!

前回のあらすじ:新ジャンル・ボス戦が負けイベ戦闘系主人公、遊野清明。と思ったけどラビエル(一戦目)の時点で割と今更だった。 

 
 河風夢想の朝は早い。もとより眠りの浅い彼女にとって早起きはいつものことだったが、ここ数日はそれがより顕著になっていた。その日も、まだ太陽が昇るか昇らないかというほどの時間にアカデミア女子寮特有の豪奢なベッドの中でぱっちりと目を覚ましていた。
 そのまま上半身を起こすとまるで何かを探しているかのように周囲を見回し、ややあって時計を見つめて時間を確認してからため息をついた。

「……はあ」

 昨日もまた、彼は帰ってこなかった。今日は、今日こそは、帰ってくるだろうか。それはか細い、何の根拠もないただの希望でしかない。それでも、それだけを頼りにするしかなかった。でもその希望も、ここ数日は維持し続けるのに限界が来ようとしている。それがわかっているからこそ、彼女はもう一度ため息をついた。
 2時間後。すっかり出てきた太陽の光を浴びつつ、制服に着替えた彼女は寮を出た。朝食はまだだが、どうせこの時間ならば『彼女』があの場所にいるはずだ。まさか拒否はされないだろうから、そこでご相伴に預かればいい。誰ともすれ違うこともなく―――――当然だ、今はアカデミアも臨時休校で、しかもまだ朝早い時間なのだから―――――がらんとした本校舎に入ると、勝手知ったるある教室への道を辿って行った。案の定、他の教室がすべて電気が切られているのに対し、その場所だけはドア越しに光が漏れている。
 ひとつ。ふたつ。軽いノックをすると、どうぞ、と声が聞こえたので扉を開け中に入る。明るい電気の下でエプロン姿の少女がこちらを見て呆れ顔半分、笑顔半分といった表情で軽く手を振るのが見えた。

「いらっしゃいませ、河風先輩。洋菓子店『YOU KNOW』、デュエルアカデミア支店にようこそ。とはいっても今日も開店休業ですから、そう大したものは出せませんよ?」
「おはよう葵ちゃん、ってさ。今日もおじゃまするからね、だって」

 洋菓子店、YOU KNOW。かつては遊野清明が学校内でトメさんからもらった材料を使い、実家がケーキ屋であるというスキルをフルに生かし勝手に始めた小遣い稼ぎだったものを、何をどうアカデミア側にねじ込んだのか2年の初めに使わない教室を丸々借りることに成功し、万丈目グループとのコネまで使い冷蔵庫付きの調理場と食事スペースまで完備させて堂々と始まった商売である。裏を返せば、この元教室はレッド寮の彼の部屋以外で最も遊野清明という存在を感じることのできる場所だ。
 それもあって彼女は毎日ここに通い、そのたびに葵はそんな彼女をこうして出迎える。おそらく葵も、彼がいつまでも帰ってこないことでダメージを受けているのだろう、そう彼女は分析している。ただいつまでもその傷跡を引きずり、半ば機械的にここにやってくる河風夢想(わたし)とは違い、葵・クラディー(かのじょ)はその現実と自分の心に折り合いをつけ、その上で彼が大切にしていたこの店の一員として掃除をし、空気を入れ替え、こうして毎日店番をしに来ているのだろう。その芯の強さこそが、彼の良き相棒としてこの店を回してきた葵の強さなのだから。
 そして、そんな強い彼女のそばにいることで自分を誤魔化し、自分も強くなったかのような錯覚の中に身を置こうとしている自分の弱さに今日も自分が嫌になる。仮に彼女がここにいてくれなければ、明日行こう明日行こうとずるずる引っ張った挙句いつまでも足を運ぶことはなかっただろう。まだ彼のいない日常に割り切れていない自分にとって、この場所に居続けることはあまりにも辛すぎる。

「……?どうかしましたか?」
「あ、ううん。なんでもないよ、って」
「そうは見えませんけどね。少し待っててください、どうせ今日も朝食まだですよね?」

 ぼうっと葵の横顔を見たまま立っていたことに気づき、心配そうに覗きこむ彼女に笑いかけてから手近な椅子に座る。肩をすくめて調理場に引っ込んだ彼女が、ややあって3つのお盆を器用に持って戻ってきた。今日のメニューは白米に味噌汁、焼き鮭に浅漬け。日本人の朝食と聞いて何となく誰もがイメージするような、けれど実際にこのメニューを毎日作るのは結構骨が折れるあれだ。
 1つを夢想の前に置くと、もう1つの同じメニューが載ったそれを正面の机に置く。最後の1つはなぜか少し離れた机に置き、戻ってきて夢想の正面の席に座る。どちらが先に言いだすでもなくほぼ同時に両手を合わせて「いただきます」と呟いてから箸を取った。葵はこういう時には最初に味噌汁を一口飲んでから他に手を付けるタイプだが、夢想はまず浅漬けから口に運ぶ。今日もその法則に従い一口齧るが、すぐにその目を丸くした。

「美味しい……!だって。葵ちゃん、これもあなたが作ったの?ってさ」

 混じりけ無しの本気の発言だったが、どうやら葵にとってはあまり嬉しい発言ではなかったらしい。苦虫を噛み潰したような顔になり、いやいやと言った様子で自分も浅漬けを口に入れる。

「……ええ、確かに、味は、間違いないですね」

 その引っかかる物言いに少し首を傾げた後、ふと彼女はあることを思い出した。そういえば前にも、このいつだってハキハキと毒を吐く少女が妙に歯切れの悪くなった時がある。その時も、彼は笑って彼女に付いていったっけ……そこまで思い出したところでまた明後日の方向に飛びそうになった思考をどうにか引き戻し、頭に浮かんだある可能性を確かめる。

「お姉さんかな、だって?」
「……わかりますか」
「前の時と同じ顔してるから、ってさ」

 明菜・クラディー。夢想自身はまだ会ったことがないが、葵の姉だという。良くも悪くも規格外な人だという話は目の前の葵にも、そして彼にも聞いていたので彼女も名前だけは知っている。そして、その読みは当たったらしい。
 育ちがいい彼女には珍しく、うんざりした顔で浅漬けを箸で指しながら語りだした。

「今朝起きたらタッパーに入ったこれが、姉上直筆の便箋たっぷり6枚分の私宛てラブレターと一緒に私の部屋の冷蔵庫に入ってました。私寝る前鍵かけたはずなんですけどね、どこから入ってきたんでしょうね。だからたぶん、今もこの辺のどこかにいますよ姉上。わざわざこの島まで来て、手紙だけ置いて帰るなんてあの人がするはずありませんから」

 諦め顔で淡々と語る葵に、まさかそんなことはあるはずないだろうと言おうとする夢想。
 なにしろ今は生徒が異世界に行ったっきりという異常事態の真っただ中、海馬コーポレーションの全技術を尽くしてこの島は完全に外の世界から隔離されている。食料はこれまでの業者との取引を一時的にストップして海馬コーポレーションが自社ヘリですべてを取り仕切り、手紙を送る連絡船は完全に停止させられた……そんな甘いものではない。インターネットからも完全に遮断され一切の情報の送信が不可能になり、妨害電波のせいで島の外には電話1本繋がらない。こんな状況で、いかに生徒の家族といえど第三者がこの島にやってこれるはずがない。だが、そんな彼女の口から言葉が出ることはついになかった。いきなり天井の一角、排気口が内側から取り外されたかと思うとそこから人間の頭が飛び出したのだ。

「おー、葵ちゃんがお姉ちゃんのことそこまでわかってくれてたなんて!ゆうべは可愛い寝顔も見れたし、もうお姉ちゃんこれだけで葵ちゃん成分補給できて10年は戦えるよ!」
「…………ほら、わかりますか河風先輩。今この人天井裏から出てきましたよね。こういう人なんですよ」
「え、えっと……初めまして、ですって、さ……?」
「はーい、はじめまーしてっ!私の葵ちゃんがいつもお世話になってるね、明菜・クラディーですっ!」

 入学以来初めて見せるほどひきつった笑顔で、突然天井裏から物音ひとつ立てずに降りてきた金髪の女性……明菜の方を見ようともしない葵に、さすがの夢想もただ挨拶をする程度しかできなかった。だが明菜の方はそんなことにもお構いなしに夢想の方を向いて明るい笑顔を見せ、その手を握ってぶんぶんと上下に振る。その表情や髪の色、全体の雰囲気こそ全く違うものの、こうして並んでいると明菜と葵は顔のパーツひとつひとつはどれもよく似ており、さすが姉妹という印象を抱かせる。

「……姉上、その辺でやめてあげてください。河風先輩が困っちゃってるじゃないですか」
「えー?」

 そう言いながらもしぶしぶ手を放し、一歩下がったところでようやく放置されたままの3つ目のお盆の存在に気が付いたらしい。またもやパッと表情を明るくすると、反射的に1歩下がった妹に喜色満面でずいっと詰め寄る。

「葵ちゃん葵ちゃん、あれって葵ちゃんの手料理!?あれ私食べていいの!?」
「……いらないなら下げますよ」
「いやったあ!ありがとうマイラブマイシスター!いっただっきまーす!」

 意外にも、と言うべきか、さすが葵の姉、と言うべきか。あれだけ大騒ぎしていた人間と同一人物とは思えないほどきちんと椅子に座り、手を合わせてから箸を取った明菜が真っ先に手を伸ばしたのは、いまだ湯気を立てている味噌汁の器。そんなところも姉妹なんだなあ、と見ていると、再び自分の朝食に手を付けながら葵が姉に話を向けた。

「それで、姉上。一体今度は何しに来たんです?というか、今かなりがっちり遮断されてるのによく入って来れましたね」
「ああ、そのことね。そうなんだよ葵ちゃん、お姉ちゃんもうすっごい苦労したんだから。ここ最近急に電話しても繋がらなくなっちゃったから、もしかしてまた反抗期にでもなったったのかなって思ってさ。なら今会いに行ったらまた葵ちゃんが反抗期の時の可愛い可愛いすね顔が拝めるかもって思うと、もうお姉ちゃんいてもたってもいられなくって」

 その発言に、何も言わずに形のいい眉をひそめる葵。話以上に凄いお姉さんだね、という夢想の視線をどうとらえたのか、補足するようにポツリと呟いた。

「姉上は中身こそこんなのですが、あらゆることに対してとんでもなく有能な化け物なんですよ。その姉上がここまで言うのなら、常人には突破は不可能ですね。海馬コーポレーションが何を考えているかはわかりませんが、本気でこの島と外を隔絶したがっているのは確かなようです。でも人間が消えた以上いつまでも隠し切れるものでもないでしょうし、この先どうするつもりなんでしょうね」
「待ってるんじゃないかな、だってさ。きっと……きっと、またいつもみたいに厄介ごとを全部片づけて帰ってくるから。それまで時間稼ぎしてるんだよ、って」

 きっと帰ってくる。むしろ自分に言い聞かせるようにそう言うと、思ったよりもずっと大きな声が出た。その突然の感情の高ぶりには正面の葵が目を丸くし、少し離れた席の明菜も箸を止めて夢想に目を向けたが、一番驚いていたのは当の本人だった。
 そんな様子を見て何事か思案したのち、明菜がふと箸を置いた。ごちそうさまでした葵ちゃん、と手を合わせ、いつになく真剣そうに青い……ではなく正面の夢想ににじり寄る。

「ねえねえ河風ちゃん、なんでそんなに元気ないの?お姉ちゃんが可愛い妹の友達のよしみで相談乗ってあげようか?」
「え?いえ、私は大丈夫です、って」
「そうかな?なんだか今にも心が折れちゃいそうに見えるけど……もしかしてお腹痛い?」

 一応そこまでは真面目な顔で聞き耳を立てていた葵も、最後の一言にはガクッとつんのめった。曲がりなりにも自分からシリアスに持ち込んでおいてからの、そのあまりといえばあまりの言葉に入学以来どこぞの先輩のせいで無駄に鍛えられたツッコミとしての本能がつい彼女に口を滑らせてしまう。

「何先輩みたいなこと言って……あ」
「先輩?ああそうそう、清明君。そういえばあの子どこ行ったの?また来たらお茶しようねって約束してたからずっと探してたんだけど……あれ?」

 地雷を踏んだ。そのことに気づいたのは、ほぼ姉妹同時だった。清明の名が出た瞬間、さっきまで辛うじて普通に受け答えしていた夢想の目から生気が消えたのだ。うかつだった、一見元気そうでもかなりまいってるのはわかっていたはずなのに、と自責する葵となんだかわからないが清明の話題はまずかったらしい、と察した明菜が、咄嗟のアイコンタクトを交わして慌てて話題を変える。

「あ、えーっと、そういえば葵ちゃん、最近お勉強は頑張ってるの?お姉ちゃん気になるなー!」
「ええ、そうですね!もっとも、ここ最近は休みですが!」
「へぇー、お休みなんだ!いいなぁー、お姉ちゃんもお休み貰って一日中葵ちゃんの顔眺めてたいのになー!」
「いえ、そんなにいいものでもないですけど……いえ姉上、この話はやめましょう」

 すんでのところでこのままこの話題を続けていては話を変えた意味がなくなることに気づいた葵が、寸前でストップをかける。少なくとも、これ以上夢想の目のハイライトが消えていくのはかろうじて食い止められた。
 そこで困ったのが明菜である。昨日島に来たばかりの部外者である彼女にはまだ事態の全貌が掴めておらず、そのため一体どんな話題なら問題ないのかがよくわかっていない。そこで何か話題の種になるものでもないかと左右に素早く目を走らせ、たまたま目に付いたものは葵……ではなく、その腕に付いたデュエルディスクだった。

「そうだ、河風ちゃん。お姉ちゃん、河風ちゃんがデュエルするところ見てみたいな」
「デュエル、ですか?」

 たとえどん底の気分でも、その一言には反応するのがデュエリストの性。わずかにハイライトを取り戻した夢想に、満面の笑みで頷いてみせる。

「うんうん。ほら葵ちゃんも、準備して」
「あ、私がやるんですか?姉上、前回はデッキにデュエルディスクまで用意して、ルール覚えてから来てたじゃないですか」
「言ったでしょう、ここに来るのに苦労したって?私1人で警戒網抜けてくるだけでもすっごい苦労したんだから、あんな大きな機械持ってくる余裕なかったんだもん」

 頬を膨らませて拗ねる姿はとてもこの中で最年長の女性がやっていい仕草と呼べるようなものではなかったが、少なくとも似合ってはいたことは間違いない。もし、私がこんなことをしたら?姉の様子を見た葵の脳裏にそんな考えがチラリと頭をかすめたが、そんな考えはすぐに追いやられた。いや、よそう。葵・クラディーは気がふれたと思われるのがオチだ。

「なんで浅漬け持ってくる余裕はあったんですか……まあいいですけど。河風先輩、どうですか?その気分でないなら、無理に始めなくても」
「ううん、いいよ。始めようか、ってさ」

 意外にもしっかりした声でそう微笑むと、若干生気を取り戻した顔でデュエルディスクを起動させる夢想。その回復の早さに驚くと同時に、葵の心にも強敵を前にした高揚感が隠しようもなく湧きあがってくるのを感じた。
 結局、この学校に……デュエルアカデミアに通うことを選んだ時点で、私も河風先輩も、そういう人種なのだろう。なにをさしおいてもデュエルが大好きで、カードに触っていることが何よりも気晴らしになる、そしてそれはいつだって変わらない。

「では河風先輩、手合せ願います」
「うん。それじゃあ、デュエルと洒落込みましょう?だってさ」

 いつの間にか清明から移ったいつもの口癖に少しだけ反応するも、また地雷を踏むのはさすがの葵もごめんなので特に何も言わないことにした。恐らく今のは、本人も完全に無意識で発した言葉なのだろう。

「「デュエル!」」

「先攻は私が頂きます。黄昏の忍者-シンゲツを召喚です」

 どこからともなく吹き込んだ風に数枚の木の葉が渦を描くように舞い、その中心に右腕が2本あるかわり左腕の無い異形の忍者がその2本の右腕で印を結んだ体勢で現れる。

 黄昏の忍者-シンゲツ 攻1500

「あっ!それ、それ私のあげたカード!葵ちゃんずっと使っててくれたんだねお姉ちゃん嬉しいよー!」
「姉上、申し訳ないですが少々静かにしていただけると」
「ちぇー、黙って見学してまーす。えへへ、でも嬉しいな。私のプレゼント、ずっと持っててくれたんだ。えへへー」
「あーねーうーえー?」
「はーい。そんな怖い顔しなくてもわかったわよー」

 どうにか姉を黙らせ、改めてカードに向き直る葵。あの姉の前で当の本人から貰ったカードに先陣を切らせては当然こんな反応になるであろうことに考えが至らなかった数十秒前の自分に心の中で舌打ちするが、気づいていたからといってやることが変わったわけではない。目の前の相手はあの学園最強との呼び声も高い、公式記録全戦全勝を誇る『無双の女王』河風夢想だ。
 それも、あの目を見ればわかる。あれはさっきまでの腑抜けた様子を微塵も感じさせない、相手を倒すことだけを考えた戦士の目だ。いちいち私情を挟んでいては、食らいつくことさえ難しい。

「さらにカードを2枚セットで、ターンエンドです」
「シンゲツだけ出してエンドなんてずいぶん静かだね、ってさ」
「お気遣いなく。河風先輩の強さがどれほどのものかは、私も身に染みてよくわかっていますから」
「じゃあ、私のターンだね、ってさ。私は、ワイトプリンセスを召喚。このカードが召喚した時、デッキからワイトプリンス1体を墓地に送るってさ。さらにこの瞬間、墓地に送られたワイトプリンスはデッキに眠るワイト、ワイト夫人を1体ずつ墓地に呼ぶよ」

 ワイトプリンセス 攻1600

 お姫様ファッション、お坊ちゃん風、そしてクモの巣の張った喪服に紫色のローブ。様々な服を着ているものの、どれも中身は肉片1つ残っていない動く骸骨だ。その骨が入り乱れ入り混じり、ゆっくりと積み上がっては消えていく。

「魔法カード、龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)を発動するってさ。墓地に存在するアンデット族、ワイトとワイト夫人の2体を素材に、融合召喚!冥府の扉を破りし者よ、其には死すらも生温い……冥界龍 ドラゴネクロ!」
「早い……!」

 突如として無双の背後に現れる、固く閉ざされた冥界の門。だが、それを縛り付ける鎖が突如弾け飛んだ。内側から開いた扉から数多の霊魂と共に、冥界に潜む龍にして夢想の忠実なるしもべ……ドラゴネクロがその身を現世に滑り込ませる。

「バトル。ドラゴネクロ、攻撃だって。ソウル・クランチ!」
「ですがそれは、通しません!シンゲツ!」

 葵の号令に従い、黄昏の忍者がその2本の片腕で新たな形の印を組む。すると周りの空気が瞬時に凍り付き、シンゲツの体を中心に氷の網が張り巡らされてドラゴネクロを、そしてワイトプリンセスを縛り上げる。

「トラップ発動、機甲忍法フリーズ・ロック……このカードは私の場に忍者が存在し、相手が攻撃を宣言した瞬間をトリガーとして発動します。これにより河風先輩の攻撃は無効となり、さらにバトルフェイズも強制終了。またこのカードと私の忍者がフィールドに残っている限り、フリーズ・ロックにより相手モンスターは表示形式の変更ができません」

 早速仕掛けられた後攻ワンターンキルを辛うじて防いだ、そう思ったのもつかの間、安堵の吐息すら吐かせる暇もなく夢想が追撃に動く。氷の網に全身を縛られ封じ込められたかに見えたドラゴネクロの瞳がいきなり輝き、大きく開いたその口から闇の炎がフィールド中を焼き尽くしにかかる。
 その炎に炙られ、フリーズ・ロックの氷の網にわずかな緩みが生まれる。ドラゴネクロの巨体は動けずとも、それよりずっと小さなワイトプリンセスがドレスをばたつかせながらもその網から抜け出た。

「葵ちゃん、トラップ1枚じゃあ私は止められないよ、ってさ。速攻魔法、月の書を発動。フリーズ・ロックにチェーンしてドラゴネクロを裏側守備表示にすることで、フリーズ・ロックのトリガーとなった『ドラゴネクロの』攻撃は『フリーズ・ロックの効果で』無効にならず、したがって攻撃を無効にした後で発生するバトルフェイズ終了効果は適用されないからね、だってさ」
「効果の抜け道をついてきましたか……さすがに一筋縄ではいきませんね」
「ありがとう、って。でも、ワンターンキルは躱されちゃったけどね。続けてバトル、ワイトプリンセスでシンゲツに攻撃」

 ワイトプリンセス 攻1600→黄昏の忍者-シンゲツ 攻1500(破壊)
 青い LP4000→3900

「シンゲツは破壊された時、デッキから別の忍者をサーチする力を持ちます。私がこの効果で加えるのは、機甲忍者アースのカードです」

 シンゲツをここで失ったのは痛手だが、このターンはこの程度の戦闘ダメージで済んだだけ良しとしよう。そう自分に言い聞かせ、新たな光の忍者を手札に加え入れる。

「なら私はこれで、ターン……」
「ではエンドフェイズに永続トラップ、明と宵の逆転を発動します。このカードは1ターンに1度手札から光または闇の属性を持つ戦士族を捨てることで、デッキから同じレベルでその対となる属性を持つ戦士族を1体手札に加えます。このターンでは光属性でレベル8の銀河騎士(ギャラクシー・ナイト)を捨て、デッキから闇属性レベル8の黄昏の忍者将軍-ゲツガを選びましょう」
「機甲忍者アース、それにゲツガ……なるほどね、やるじゃない、ってさ。いいよ、私はこれでターンエンドだって」

 手札に加わった2枚のカードから、早くも次のターンに何が起こるのかを察する夢想。とはいえサーチしたカードを隠すことは不可能、ここで動きが読まれるのは仕方がないと本人も割り切っている。

 葵 LP3900 手札:3
モンスター:なし
魔法・罠:機甲忍法フリーズ・ロック
     明と宵の逆転
 夢想 LP4000 手札:3
モンスター:???(冥界龍 ドラゴネクロ)
      ワイトプリンセス
魔法・罠:なし

「私のターン!」
「頑張れ葵ちゃー……はーい、わかったってばー」

 またしても集中を削ぎに来た姉を睨みつけて黙らせると、もう1度このターンにやることを頭の中でおさらいする。まずは、下準備からだ。

「このターンも明と宵の逆転を使います。今度捨てるのは闇属性レベル4の忍者マスター HANZO(ハンゾー)、サーチするのは光属性の……じゃあ、成金(ゴールド)忍者にしておきましょうか。そしてサーチも終わったところで魔法カード、貪欲で強欲な壺を発動です。デッキトップ10枚を裏側で除外し、カードを2枚ドローします……ふむ、これですか。まあいいでしょう、悪くないです。相手フィールドにのみモンスターが存在する時、手札の機甲忍者アースを特殊召喚することができます」

 機甲忍者アース 攻1600

「さて、これでこちらの準備は整いました。場の忍者を素材としてアドバンス召喚する際、このカードはリリース1体で出すことが可能です。お出でませ葵流忍術、その扇の要!黄昏の忍者将軍-ゲツガ!」

 三日月をあしらった兜をかぶる、鎧姿の忍者の頭領。その攻撃力はわずか2000と、自身のリリース軽減能力を計算に入れてもなお低い……だがこのゲツガ、その真の力は単純な数値などではない。

「ゲツガの効果を発動!攻撃表示のこのカードは1ターンに1度、墓地に眠りし忍者2体を場に呼び戻すことで守備表示にすることができます!甦れ、葵流の忍者軍団よ!」

 ゲツガが自らの手にしていた槍を頭上で回転させた後地面に突き刺すと、大地が裂けてその割れ目から2体の忍者が音もなく飛び上がる。それを見たゲツガは重々しく頷き、最前線より1歩退いた位置から戦局を見定めんとばかりにその場にどっしりと座り込んだ。

 黄昏の忍者将軍-ゲツガ 攻2000→守3000
 黄昏の忍者-シンゲツ 攻1500
 忍者マスター HANZO 攻1800

「河風先輩相手にいまさら言う必要もないでしょうが、私の場に忍者が戻ったことでフリーズ・ロックの表示形式変更不可の能力が復活していることをお忘れなきよう。さらにHANZOは特殊召喚に成功した時、デッキから新たなる忍者を加えることができます。2体目のシンゲツをサーチし……では、バトルです。シンゲツで裏側守備表示のドラゴネクロに攻撃!」

 2本の片腕にそれぞれ忍者刀を握りしめた黄昏の忍者が駆け、振るわれたその刃が見事に竜の首を落とす。だが冥界の龍の生命力は、やはりこの世ならざる力を持っていた。切り落とされた首は落下する前にシンゲツの体を捉え、その牙が忍者の体ではなく、その魂を食いちぎった。

 黄昏の忍者-シンゲツ 攻1500→???(冥界龍 ドラゴネクロ) 守0(破壊)

「ドラゴネクロの効果発動。ドラゴネクロと戦ったモンスターはその魂を抜き取られ、肉体は死ぬこともできずただ現世に留まり続ける、ってさ。シンゲツと等しいレベル、攻撃力を持つダークソウル・トークンを私の場に特殊召喚する見返りに、貴女のシンゲツの体にはもう防御を行う魂は宿っていない、ゆえにその攻撃力は0になる、だってさ」

 ダークソウル・トークン(黄昏の忍者-シンゲツ) 攻1500 ☆4
 黄昏の忍者-シンゲツ 攻1500→0

「ええ、わかっています……ですが、まだ私のバトルフェイズは続いています。HANZOでワイトプリンセスに攻撃!」
「なら、ワイトプリンセスのさらなる効果を……うーん、やっぱりいいかな、ってさ。その攻撃は通すんだって」
「……?」

 含みのある言い方に何かあると思いつつも、攻撃が通るのならば何も問題ないと気持ちを切り替える。HANZOの投げつけた手裏剣は見事に骨のお姫様を撃ちぬき、骨の体を土に還した。

 忍者マスター HANZO 攻1800→ワイトプリンセス 攻1600(破壊)
 夢想 LP4000→3800

「葵ちゃんがダメージいったー!……もう、いいじゃないそんな怖い顔しなくっても!お姉ちゃんに可愛い可愛い妹の応援ぐらいさせてってば!」
「私はカードを1枚伏せて、ターンエンドですっ!」

 普段では絶対見ることのできないであろうムキになって怒る葵というレアな絵面に、夢想の口元にも自然と笑みが浮かぶ。だが幸か不幸か、姉の方を向いていた彼女には気づかれなかったようだ。

「ふふっ、私のターン、ドロー。私はダークソウル・トークンをリリースして、アドバンス召喚するって。出でよ、龍骨鬼!」

 龍骨鬼 攻2400

 無数の人骨を組み合わせてできた骨の鬼。その巨体が一歩を踏み出すと、体を構成する骨がべき履きと割れる不気味な音が鳴り響いた。だがそんなことにもおかまいなしに鬼が上半身を大きくのけぞらせ、次の瞬間その口から火炎弾を吐き出した。

「バトル。龍骨鬼でシンゲツに攻撃、ってさ」

 当然、その狙いはシンゲツ。というよりも、シンゲツ自身の効果により他の忍者への攻撃が不可能となっているこの状況では、シンゲツを狙うしかない。もっとも、彼女にとっても他のモンスターを狙うつもりはなかったのだが。
 ともあれ、この攻撃が通れば大ダメージが入る。だがそんな攻撃を通すつもりは葵にはないし、正直なところ攻撃を仕掛けた夢想の方もここでダメージが通るとはまるで期待していなかった。彼女がそこまで甘い相手なら、先ほどのターンを凌ぐこともできずこのデュエルにも早々にけりがついていたはずだ。
 となれば、恐らくはあの伏せカード。おそらく、あのカードの正体は……。そしてその読みに反応したかのように、にやりと笑った葵が1枚のカードを表にする。

「そんな単調な攻撃、通しませんよ?トラップ発動、忍法 変化の術!」

 もはやその目に光もなく、生きることも死ぬこともできずただその場に立っているだけの木偶と化したに思われたシンゲツの体から、いきなり白い煙が立ち上がる。全身がその煙に包まれてもまだかすかに見えるそのシルエットがうごめき、変形し、新たな忍者装束を織り上げてゆく。

「変化の術は忍者1体をコストに、そのレベルプラス3以下のレベルを持つ昆虫、鳥獣、獣族モンスターを特殊召喚します。私はレベル4のシンゲツをコストとし、お出でませ、レベル7……黒竜の忍者!」

 煙が晴れた。そこに立っていたのは、漆黒の装束に身を包んだ1人の忍者。だが見よ、その足元を。電灯に照らされ地に伸びたその漆黒の影……その形は、本当に人間の物だろうか?4つ足の獣が、眼前の獲物に飛びかからんと筋肉に静かな力を込めている、そんな形をしていないだろうか?

 黒竜の忍者 攻2800

「これからは形勢逆転ですよ、河風先輩。せっかく始めたこのデュエル、どうせならその無双の女王の名前も返上していただきましょうか」
「その恥ずかしい名前、別に私が言い出したわけじゃないんだけどなあ、ってさ。でも、ここは攻撃を続けさせてもらうよ。龍骨鬼で改めてゲツガに攻撃、だってさ」

 龍骨鬼の攻撃力では、ゲツガの守りを打ち崩すことはできない。それは互いによくわかっている。だが、龍骨鬼には効果がある。自身と戦闘を行った戦士族または魔法使い族を、その結果に関わらず破壊する効果が。シンゲツの退場は確かに大ダメージこそ防いだものの、同時に攻撃から身を呈して忍者を守るシンゲツの盾を失ったことに他ならない。何の制限もかかっていない今、再び吐き出された火球がゲツガに迫る。

「それが単調だと言っているんです。黒竜の忍者の効果発動、百獣忍法ハイド・プレデター!私の場から忍者モンスターのHANZOと忍法カードのフリーズ・ロックをコストとして墓地に送り、その龍骨鬼をゲームから除外します!」

 黒竜の忍者の足元の影が突然本体とは無関係に動き出し、文字通りに地を這う4つ足の獣が龍骨鬼に飛びかかる。その姿がすっぽりと影の中に入り込むと、骨の鬼が底なし沼のようなその影の中へ沈み落ちていった。

「また腕を上げたね、葵ちゃん。だったら私は、カードを1枚セットしてターンエンド」
「お褒めに預かりまして。このエンドフェイズに、このターンも明と宵の逆転を使わせていただきます。先ほど加えた光属性の成金忍者を捨て、デッキから2体目のHANZOを手札に」

 夢想がいつになく攻めあぐねる中で、着々とデッキを回していく葵。切り札たるドラゴネクロもすでに堕ち、墓地のワイトもいまだ肥えているとは言い難いこの状況だけ見れば葵の圧倒的優位だが、まだまだここで気を抜くわけにはいかない。

 葵 LP3900 手札:3
モンスター:黒竜の忍者(攻・変化)
      黄昏の忍者将軍-ゲツガ(守)
魔法・罠:忍法 変化の術(黒竜)
     明と宵の逆転
 夢想 LP3800 手札:2
モンスター:なし
魔法・罠:1(伏せ)

「私のターン!ゲツガを攻撃表示にし、再び効果発動!甦りなさいHANZO、そして成金忍者!」

 再び将軍が立ち上がり、その槍で大地を割って光と闇の忍者をフィールドに呼び戻す。

 黄昏の忍者将軍-ゲツガ 守3000→攻2000→守3000
 忍者マスター HANZO 攻1800
 成金忍者 守1800

「特殊召喚されたHANZOの効果により、デッキから機甲忍者エアーを手札に加えます。そして闇の誘惑を発動、2枚ドローの後先ほどサーチした2体目のHANZOを除外します。よし、うまく引けましたね……成金忍者の効果発動!手札からトラップカード1枚を捨て、デッキからレベル4以下の忍者をさらに特殊召喚します!忍法 影縫いの術をコストにお出でなさい、女忍者ヤエ!」

 女忍者ヤエ 攻1100

 成金忍者が小判を1枚頭上に放り投げると、その小判が爆発して中から緑色の髪をしたくの一が現れる。マフラーをなびかせ印を組むと、フィールドに小型の竜巻が起きた。その風に流され、夢想の場に唯一残っていた伏せカードが空高く巻き上げられる。

「女忍者ヤエは手札の風属性モンスターをコストに、相手フィールドの魔法・罠を全て手札に戻します。言うまでもありませんが、捨てたのはこれもたった今サーチした機甲忍者エアーです。では河風先輩、覚悟!まずは女忍者ヤエの攻撃です!」

 葵の場の忍者軍団が臨戦態勢に入り、その先陣を切ってヤエが飛び出していく。風のように走り抜け、身を守るカードが何もない夢想に一撃を加えた。

 女忍者ヤエ 攻1100→200→夢想(直接攻撃)
 夢想 LP3800→3600

「あれっ?ダメージ少なくない?」

 再三の妹の言葉をまたもや無視した明菜が疑問を発する。だが、今回ばかりは葵にもそれを咎める余裕はなかった。攻撃力が急激に下がったのは、ヤエだけではない。場の全ての忍者が、急激な力の喪失に苦しんでいる。

 忍者マスター HANZO 攻1800→600 守1000→0
 成金忍者 守1800→600 攻500→0
 黄昏の忍者将軍-ゲツガ 守3000→600 攻2000→0
 黒竜の忍者 攻2800→700 守1600→0

「こ、これは……!」
「惜しかったね葵ちゃん、だって。私は手札から、ワイトプリンセスのもう1つの効果を発動したんだってさ。このカードを捨てることで、場に存在するすべてのモンスターの攻守はこのターンの間そのレベルの300倍だけ減少するよ、って」
「レベル4でも攻守1200ダウン……とんでもない倍率ですね。だから特にゲツガと黒竜の被害がひどいわけですか。さすがは河風先輩です、ヤエのバウンスが通った時点で勝てたと思ったんですけどね……ですが、まだ私の忍者たちには戦う力が残っています。HANZO、黒竜の2体で続けてダイレクトアタック!」

 2体の忍者が辛うじて立ち上がり、追撃に移る。本来の実力の半分も発揮できない状況とはいえ、それでもその連携攻撃は確実に夢想のライフを削り取った。だがその数値は、これまでの攻撃をすべて合わせてもまだ初期ライフの半分にすら届かない。今のターンを勝負どころと見て出し惜しみせずカードを使った葵にとっては、まるで褒められた結果ではない。

 忍者マスター HANZO 攻600→夢想(直接攻撃)
 夢想 LP3600→3000
 黒竜の忍者 攻700→夢想(直接攻撃)
 夢想 LP3000→2300

「耐えきられたのは痛手ですが、まだ負けたわけではありません。ターンエンドです」
「これでこのエンドフェイズ、ワイトプリンセスの効果は切れて葵ちゃんの忍者も復活する……」

 明菜の言葉通り、全ての忍者が一時的な弱体化から復帰し元の攻撃力を取り戻す。だがそこに、夢想が一気に攻め込んだ。

「私のターン!墓地のワイトプリンスは、自身とワイト2体を除外することでデッキからワイトキングを呼ぶことができるって。墓地ではワイト扱いになるワイトプリンセス2体を除外して、おいで、ワイトキング!」

 床を割り、1本の骨の腕が飛び出す。その穴をこじ開け、ゆっくりと1体の骸骨が這い上がってきた。顎が外れるほどに大口を開けて笑いながら、満を持して骸骨の王が忍者軍団と対峙する。

 ワイトキング 攻0

「出ましたね、ワイトキング……!ですが、今の墓地コストですでに河風先輩の墓地にワイトは0枚。墓地のワイトの数が攻撃力に直結するワイトキングをそこまでして出したところで……!」

 葵の言葉は正しい。初手の龍の鏡、そして今のワイトプリンスと墓地除外を連打してきた夢想の墓地のワイトは既に根こそぎ除外されつくしており、結果とし今のワイトキングは素のワイトにすら劣る程度の攻撃力しか持ち合わせていない。だが、彼女は忘れていた。つい先ほど自分の手でバウンス下ばかりのカードの存在を。

「速攻魔法、異次元からの埋葬だってさ。除外されたワイトプリンセス2体とワイト夫人の3体を墓地に戻して、それぞれの効果で墓地に送られた瞬間自身のカード名をワイトとして扱うよ、だって。これで墓地のワイトは3体、ワイトキングの攻撃力も上がるからね、って」

 ワイトキング 攻0→3000

「さらに続き、行くよ。手札からワイトメアの効果を発動!このカードを捨てて、除外された私のワイトを墓地に戻すんだって。そしてワイトメアも、墓地にあるかぎりワイトとして扱うよ」

 ワイトキング 攻3000→5000

「このままヤエが攻撃を受ければ3900ダメージ、ですか。それは流石に見過ごせない……やむを得ませんね。ならばこちらも黒竜の忍者の効果をもう1度発動、百獣忍法ハイド・プレデター!私の場から黒竜の忍者と変化の術を墓地に送り、女忍者ヤエを除外します!」

 再び影の獣が唸り、自群のヤエをその中に引きずり込む。だが、それは諸刃の判断でもある。変化の解けた黒竜の忍者の姿が次第に薄れ、風と共に消えていく……すると夢想の龍骨鬼が、そして葵のヤエが再びフィールドに帰還した。

「変化の術が場を離れた時、この効果で呼び出したモンスターもまた破壊されます。もっとも今回は、その黒竜の忍者も自身のコストに使用したのであまり関係ありませんが。そして黒竜の忍者は自身が場を離れた時、それまでに彼が自身の術で除外したモンスター全てを場に戻してしまう効果を持ちます」

 女忍者ヤエ 守200
 龍骨鬼 攻2400

「なるほど、それで私のモンスターも?確かにこのターンでの敗北は免れたみたいだけど、ってさ。それならせめて、ダメージは通しておこうかな。バトル、ワイトキングでHANZOに攻撃!」

 ワイトキング 攻5000→忍者マスター HANZO 攻1800(破壊)
 葵 LP3900→700

「くうっ……!」
「続いて龍骨鬼。ゲツガを攻撃して反射ダメージを受けるけど、モンスター効果でゲツガには破壊されてもらうからね、ってさ」

 骨の拳が忍者の1人を吹き飛ばした横で、放たれた火球をゲツガが槍で切り払う。しかし戦士を殺すあやかしの炎はそれだけでは消えず、むしろ槍を伝ってその体を包み込み、内と外から忍者将軍を焼き尽くした。

 龍骨鬼 攻2400→黄昏の忍者将軍-ゲツガ 守3000
 夢想 LP2300→1700

「またまた形勢逆転だね、だって。カードをセットして、私はこれでターンエンド」

 葵 LP700 手札:2
モンスター:女忍者ヤエ(守)
      成金忍者(守)
魔法・罠:明と宵の逆転
 夢想 LP1700 手札:0
モンスター:ワイトキング(攻)
      龍骨鬼(攻)
魔法・罠:1(伏せ)

「やってくれますね、本当に……私のターン!魔法カード、マジック・プランターを発動です。私の場から明と宵の逆転を墓地に送り、カードを2枚ドローします」

 いくらここでドローソースを引いたとはいえ、逆転のチャンスは恐らくあと1回あるかどうかというところだろう。またもや逆転された盤面を見ながら、葵はそう結論付けた。墓地にあれだけのワイトが溜まってしまった以上、圧倒的攻撃力を持つワイトキングを出す方法はいくらでもある。だが不思議と、諦める気持ちは微塵も湧いてこなかった。
 いや、違う……すぐにそんな疑問を打ち消した。諦めないのは、不思議でもなんでもない。この私は、葵・クラディーは、デュエリストなのだから。そしてデュエリストは、どんな時も自分の信じるモンスターと固い絆で結ばれている。たった今引いたカードを見て、かすかな笑みが彼女の唇に浮かんだ。そしてそのカードを、そのまま場に出す。私はどんな相手にも、このカードと共に最後まで戦い続ける。

「女忍者ヤエと成金忍者の2体をリリースし、アドバンス召喚!さあご覧あれ、これこそが葵流忍術最強のしもべ!銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)!」

 銀河眼の光子竜 攻3000

 全身から光子を放つ白き光の竜。葵のエースモンスターが、ついに召喚された。すぐさまその全身の光を強め、放たれた光のブレスが龍骨鬼の胸のコアを消し飛ばした。

「ワイトキングには今は敵いません……が、まずそちらの骨には消えていただきましょう。行きます。銀河眼で龍骨鬼に攻撃、破滅のフォトン・ストリーム!」

 銀河眼の光子竜 攻3000→龍骨鬼 攻2400(破壊)
 夢想 LP1700→1100

「カードを2枚伏せ、ターンエンドです」

 伏せカード、そして場の銀河眼。これで今できる事はすべてやった、後はこのデッキをただ信じ、次のターンを全力で迎え撃つまでだと静かに闘志を燃やす葵。明菜も今だけは妹の集中を守ってあげようと、何も言わずに気配さえ殺してただじっと2人の勝負を見つめている。そしてそんな姉妹とは対照的に、こんな詰めの局面になってもなお自然体のまま夢想がカードを引いた。

「私のターン、ドロー……そろそろ終わらせるよ、葵ちゃん。ワイトキングの2体目を召喚、だってさ」

 骸骨の王が、さらに増える。いくらこうなることも想定済みとはいえ、6000打点が2体も並ぶそのプレッシャーは無視できるものではなく、葵が小さく息をのむ音が明菜の耳にも届いた。

 ワイトキング 攻6000

「トラップ発動、貪欲な瓶!このカードは私の墓地のカード5枚をデッキに戻すことで、カードを1枚引きます。私が選ぶカードはHANZO、貪欲で強欲な壺、フリーズ・ロック、影縫いの術、変化の術です」
「へえ……?」

 夢想の意味ありげな視線の意味は分かっている。このカードは、先ほどのターンで銀河眼を引く前から手札にずっとあったもの。なぜ使わなかったのか、そしてまたなぜこのタイミングで使うことにしたのか。それを知りたいというのだろう。
 だけど、そこに疑問を持ってくれたことはむしろ葵にとっては思わぬ僥倖だった。答えようとする動作のひとつひとつがたった今引いたカードを見た時の表情の動き、そして咄嗟に隠しきれなかった驚きの色……そういったものをすべて誤魔化してしまえるいい隠れ蓑になったからだ。このカードを引いた以上、絶対にその存在を悟られるわけにはいかない。

「発動コストの関係上、どうしてもデッキのカードを増やさなければ使えませんでしたからね。なるべくならまだ使いたくはなかったのですが、ゲツガさえも倒れた今となっては今更墓地のカードを後生大事に抱えているわけにはいきませんから。セットしておいた方がよかったのは間違いないんでしょうけど、破壊対象に選ばれたりでもしてせっかく減らしたデッキをまた増やすのはつまりませんでしたので」

 夢想は何も言わないが、とりあえず今の答えで納得してもらえたらしい。それ以上追及することもなく、ワイトキングに攻撃指令を下した。

「バトル、ワイトキングで銀河眼の光子竜に攻撃、だってさ」
「やらせはしません!トラップ発動、忍具・鎖付きブーメラン!このカードは発動後銀河眼の攻撃力を上げる装備カードになると掃除に、攻撃モンスターを守備表示に変更します!」

 銀河眼がその腕で器用に刃を構え、そこから伸びた鎖がワイトキングの体を縛り上げる。その独特な攻撃力の算出方法から圧倒的な爆発力を誇るワイトキングも守備力は0、一度表示形式を変えられてはどうにもならない。

 銀河眼の光子竜 攻3000→3500
 ワイトキング 攻6000→守0

「むっ……」

 わずかにむくれる夢想。その表情を見た時、葵は9割がた勝利を確信した。
 実を言うとやらせはしない、などともっともらしいことを言ってはみたが、今の鎖付きブーメランは彼女にとってはあくまでただの囮でしかない。夢想の場に唯一伏せられた謎のリバースカード、もしあれが仮にこちらのカードを無効にする何らかのカウンターカードであるならば、何かよほどの理由がない限り鎖付きブーメランを無効にするため発動してきたはずだ。だが、それをしなかった……と、いうことはつまり、あのカードがカウンター系統である可能性は大きく下がった。それどころか、なんならただのブラフである可能性まで出てきたことになる。だとすれば、貪欲な瓶で手札に引き込んだ彼女にとって最後の切り札、ディメンション・ワンダラーの発動を止めることは不可能になる。
 そう、ディメンション・ワンダラー……いわゆる手札誘発の1体であり、その効果は場の銀河眼の光子竜が効果によりモンスターを除外した際、手札から捨てることで相手に3000ものダメージを与えるというもの。葵は思う。まさかいくら夢想といえど、あんなギリギリになってから1枚だけ引いたカードがよりにもよってこのモンスターだなんてことは思いもよらないだろう。おそらく彼女は、このまま2体目のワイトキングで追撃をしてくるはずだ。バトルフェイズ開始時に唯一の伏せカードだった鎖付きブーメランは使わせたのだから、あとは銀河眼に効果を使わせてその装備を引きはがさせるために。だがその瞬間、3000の効果ダメージが彼女に降りかかることとなる。わずか500の攻撃力を下げさせるために、敗北という代償を払ってもらおう。万一彼女が何かを警戒して攻撃をしてこなかったとしても、それならそれでこちらから攻撃し除外効果を使えばいい。

「……なら、バトル。もう1体のワイトキングで改めて銀河眼に攻撃、ってさ」

 だが、夢想は引かない。ワイトキングが、彼女の予想通り動きだした。とはいえ……さらに彼女は思考を引き絞る。もうひとつだけ、可能性がないわけではない。それは、夢想の伏せカードがカウンターカードではあるが、ピンポイントでモンスター効果だけを無効にする類のものであることだ。それならば鎖付きブーメランに無反応だった理由にもなるし、なおかつ銀河眼か、ディメンション・ワンダラーか……どちらにせよその発動が無効になってしまえば、この最後のチャンスも徒労に終わってしまう。そうなってはもうお手上げだ。
 こればかりは、そうでないことをただ祈るしかない。

「銀河眼の効果発動、銀河忍法コズミック・ワープ!このカードと相手モンスターがバトルするとき、互いのモンスターを一時的にゲームから除外します!」
「でもこれで鎖付きブーメランは装備対象の消滅による自壊が起きるよ、ってさ」
「承知です!」

 ワイトキングの骨の拳が命中した瞬間に銀河眼の全身がこれまで以上に激しい光を放ち、目も眩むような閃光とともに2体のモンスターが次元の狭間に消えていく。そう、ここまではいい。わかっている、予想通りの流れだ。あとはこのカードさえ、通れば……!
 だが次の瞬間、そんな彼女の想いは打ち砕かれた。ディメンション・ワンダラーの効果を発動しようとした寸前、場に再び閃光が走ったかと思うと、銀河眼だけが再び場に現れたのだ。しかもその手には失われたはずの鎖付きブーメランが握られており、これはつまり除外自体が行われていないことを意味している。

「トラップ発動、闇霊術-欲。私は闇属性モンスター、つまり銀河眼の効果対象になったワイトキングをリリースして、デッキからカードを2枚ドローできるってさ。だけど相手はこのカードの発動を、手札の魔法カード1枚を見せるだけで無効にできる。どう、葵ちゃん?」
「……いいえ、通します」

 彼女の手札は、ディメンション・ワンダラーを含む2枚。だがその2枚はどちらもモンスターであり、闇霊術を無効にすることはできない。それにどちらにせよ、銀河眼の効果は除外するモンスター2体が効果解決時に場に残っていない限り不発となってしまうため、コストとしてリリースされた時点でどうしようもない。
 だが、結果としてまだ銀河眼とディメンション・ワンダラーの2枚は彼女の手元に残っている。夢想の行為は確かに予想外だったが、結局のところ敗北を先延ばしにしただけに過ぎない……そう自分に言い聞かせた。そうだ、この2枚が揃っている限り、私に負けはない。無双の女王に、今日こそは土をつけてみせる。
 だがそんな彼女の決意を打ち砕くように、夢想は引いたカードを見て笑う。その笑みは葵にとっては勝利を掴んだものの笑みであったが、同時に明菜の目にはそれは、どこか寂しそうにも見えた。ああ、またか。また私は、勝ち続けるのか、と。

「……ありがとう、葵ちゃん。楽しかったよ、ってさ。速攻魔法、エネミーコントローラーを発動。葵ちゃんがさっき守備表示にしたワイトキングをリリースして2つ目の効果を発動、銀河眼の光子竜のコントロールをこのターンに限り私が得るよ、だって」
「そんな、これでは……」

 銀河眼が奪われ、葵の場のモンスターがいなくなる。ディメンション・ワンダラーは相手の場の銀河眼が効果を発動した場合でも効果を使えるものの、そもそも銀河眼は相手モンスターとの戦闘でしか効果を使えない。
 敗北の二文字が重くのしかかる中、銀河眼のブレスが部屋を白く染めた。

「バトル。銀河眼の光子竜でダイレクトアタック、破滅のフォトン・ストリーム……ってさ」

 銀河眼の光子竜 攻3500→葵(直接攻撃)
 葵 LP700→0





「また負けましたか……本当、なんなんですか河風先輩……」
「でも葵ちゃんカッコ良かったよ!お姉ちゃんもう感動しちゃった!」
「あーはいはい。絶対いけたと思ったんですけどね」

 悔しそうに笑う葵に、夢想も屈託のない笑顔を返す。

「葵ちゃん、また腕が上がってたね、ってさ。前よりもさらに強くなってたよ、だって」
「それで勝てなかったら世話ないんですけどね」

 和やかに語り合う2人の横で、明菜がうーんと背伸びした。自然と強調される胸のふくらみに対しなぜ姉妹なのにスペックだけではなくこんなところにまで格差がつけられなくてはならないのかとじっとりとした視線を送る葵のことを知ってか知らずか、明菜が明るく話しかける。

「じゃあ、お姉ちゃんはそろそろ帰るからね。楽しかったよ、葵ちゃん」
「あ、そうなんですか。わかりました姉上、では」
「少しは引きとめてよ!大事な大事なお姉ちゃんなんだよ!?」

 ぶーぶー言いながらも手早く荷物をまとめ、入ってきたのと同じ天井裏から出ていこうとする明菜。だがその瞬間、突然アカデミアが揺れた。それは文字通り、ほんの一揺れ……何かがこの島に降り立ったような、ごく小さく短いものだった。

「地震?あれ、止まりましたね」
「んー……多分だけど、外が怪しいかな。お姉ちゃんは誰かに見つかるわけにはいかないからこの隙に島を出るけど、葵ちゃんと河風ちゃん、見に行ってみたら?じゃあね、また来るねっ!」

 その言葉を最後に今度こそ天井に身を滑らせ、忍者らしく一切の痕跡も残さずに消えていった明菜。残された2人は思わず顔を見合わせ、ややあって同時に外に出た。なぜだか知らないが、ある予感がしたのだ。こんな非常識なことをやっても不思議がない人間など、彼女たちの知る限りあの明菜と……それと、もう1人しかいない。
 外に出て走ると、すでに人だかりができていた。さらに近づくと、その興奮したざわめきが聞こえてくる。その何かを取り囲んでいる生徒たちを強引に押しのけて円の内側にたどり着いた瞬間、夢想の目に数週間ぶりの明るい光が宿った。何かを言おうとして言葉に詰まり、あふれる涙のせいで視界がにじんで何もかもがぼやけて見える。それでもどうにか息を吸い、やっとの思いでただ一言だけ絞り出した。

「……お帰り、清明!」 
 

 
後書き
やべえ、うちのヒロインズってこんなんだっけ……あんま自信ないぞ。あまりにも出番がなかったせいで私も書き方、というか動かし方を忘れました。前回の出番と見比べてキャラがぶれてたとしても大目に見てください。
ちなみに裏話ですが、今回ストーリー的に特に出す意味のなかった明菜さん。なぜこのタイミングでわざわざ再登場したのかと言うと、活報にもチラッと書きましたが新規黄昏の忍者がPカードだったせいで本編に出すことができない、でも新規が来たら譲渡イベントのために再登場させたかったという私の深い悲しみの現れです。ジョウゲンカゲンは仕方ないとして、朧分身ぐらいは来ると思ってたのに。 
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