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相良絵梨の聖杯戦争報告書

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聖杯戦争 前夜

 聖杯戦争参加予定者がサーヴァントと召喚していたという事実は聖杯戦争の開催が近いことを告げている。
 その為、関係各所は大忙しになっていた。

「アトラム・ガリアスタの工房が見つかったって本当?」

 京都の対策本部に駆け込んた私は、部屋に入るなり叫ぶ。
 その様子が面白かったのか、安倍雨月さんがいつもと変わらない笑顔でそれを告げた。

「ええ。
 さすが中東の石油王。
 銭がありますねぇ。
 冬木の本拠点と東京にサポート拠点。
 彼の会社の所有で登記されていたのを見つけ、テロ絡みで踏み込んだら当たりでした」

 そう言って彼は数枚の写真を私に手渡す。
 冬木の拠点は魔術工房というより、製薬会社の実験室に近いその写真に私は違和感を覚える。

「どうです?
 何かわかりますか?」

「これだけじゃ分からないですね。
 私が冬木に行くのは避けたいので、東京の拠点の方を調べましょう。
 で、お土産なのですが、こっちに来るお客様は『中東のテロ組織、ナチの残党、東側の亡霊、中華』だそうですよ」

「あらまぁ。
 団体さんのお越しですなぁ」

 穏やかな会話だが目は全く笑っていない。
 私もだ。

「おかげさまで、最近はここでお茶を飲む日々さ。
 またみんな来た時に宴会でもしようかと思うのだが」

「いいですね。
 その時は参加しますよ」

 このチームのトップである若宮友里恵分析官は東京でアトラム・ガリアスタ絡みの情報収集に追われ、村田浩一郎警視もやってくるお客様対策で東京から離れらない。
 咲村二郎警部は最近冬木で頻発する行方不明事件や昏睡事件に神経を尖らせ、柏原忠通元三佐も咲村警部と連携してこれ以上の事件の防止に動いている。
 という訳で、手が開いている私が駆り出される羽目に陥った。

「私が米国大使館に行った時に使い魔がついてきましたよ。
 ここには来ています?」

「来ていたらおもてなしをするつもりなのですが、どうも京都には来たくないみたいで。
 ざんねんな事です」

 そりゃそうだ。
 日本の霊脈と歴史によって作られた霊的結界都市京都は、何が封印されているかわからない魔都でもある。
 そのあたりの知識と人材も第二次大戦の敗北で散逸した現在、占領軍よろしくやってきた魔術協会ですら逃げ出したパンドラの箱と化して久しいここに突っ込む勇気ある人間はそうはいないと思う。
 なお、有名陰陽師の系譜に連なる人なので、そっちの筋もちゃんとあるからこの人はここでお茶をすすっていられるのだ。
 だからこそできる手もある。
 安倍雨月さんが封筒に入った札の束を差し出す。

「とりあえずこれをみんなに渡してください。
 身代わりの御札です。
 サーヴァント相手にどこまで役に立つか知らないですが、無いよりはましでしょう」

「ありがとうごさいます」

 私の携帯が鳴る。
 相手は、村田浩一郎警視からだった。

「神奈君か。
 今、京都?
 それはいい。
 安倍さんにも伝えてくれ。
 フランクフルト発の成田直行便に怪しい客が見つかった。
 一人は男性客で、恋人と一緒に乗ったというのだが、その恋人が機内で消えたらしい」

 スピーカーを最大にして安倍さんにも聞こえるようにすると彼は即座にメモを取る。
 この情報が正しいならば、女性サーヴァントで暗示の魔術が使えるという事だ。
 良い可能性ならば機内で魔力が尽きた、悪い可能性ならば日本に来たので魔術的何やらで飛行機を降りた。
 どっちもありえるから困る。

「それともう一つ。
 こっちの方が本命なんだが、別便のフランクフルト発の成田直行便にアインツベルン名義の三人組の乗客が居た。
 フランクフルト側は照会中だが、不思議なことに成田の入国管理官は誰も覚えていないそうだ。
 今、空港の監視カメラとパスボートの写真を照合して確認している」

「そっちのFAX頂けますか?」

「分かった。
 今から送る」

 送られたFAXには三人の名前と写真があった。
 見る限りでは仲の良い三姉妹に見えなくもない。

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、セラ・アインツベルン、リーゼリット・アインツベルン。
 フォンがついているって事は、イリヤスフィールって子がマスターって事なんだろうが、こんな子供も人殺しの宴に送り込むのか!魔術師は!!」

 村田警視の怒りに理解はしつつも警戒は解かない。
 こんな子供でもなんとかなるかもしれないのが魔術の厄介な所でもある。

「今回の聖杯戦争が突発的に発生したからでしょう。
 ある程度の周期で聖杯戦争の時期が予測できるから、彼女の十数年後、もしくは彼女の次の世代が本来は参加者だったかもしれないんです。
 御三家と言われる名門が不参加なんてしたらそれぞ笑われますよ」

 勝てるとは思えないが、参加だけはすると私は判断する。
 そうなると、セラとリーゼリットという二人が実質的な戦力もしくはマスターと見た。
 FAXを見た安倍さんがぽつりと呟く。

「アインツベルンはホムンクルスで有名な家だ。
 この二人、場合によっては三人全員か。
 ホムンクルスかもしれないね」

「アインツベルン家は欧州でも有名な家で、米国からの政治的圧力をうまく跳ね返している。
 正直、ここが動き出すとこちらも手が出せない」

 村田警視の言葉に私は絡め手を使うことにする。
 有名な家というのは叩けばホコリが出るものだ。

「村田警視。
 こっちに来るお客様で、ナチの残党と東側の亡霊が来るかもしれないそうですよ。
 引っ掛けるとしたらここだと思います」

 第二次世界大戦。
 ドイツを支配したナチスのオカルト没頭は結構有名であり、東西分割されたドイツの東側にナチ高官が多く居たのもよく知られている話だ。
 大戦前に発生した第三次聖杯戦争というのは、日英独のオカルト大戦だったと見れなくもない。

「村田警視。
 冬木の拠点に入るのにも準備が必要でしょう。
 彼女達はしばらくは東京に留まる可能性が高いと思います。
 宿泊施設を中心に外国人名簿の確保と検索をお願いします」

「分かった。
 警視庁と千葉・神奈川県警に協力を要請する。
 何か状況が変化したら携帯にかけてくれ」

 携帯が切られると、即座に携帯が鳴る。
 見ると咲村二郎警部からだった。

「すまない。嬢ちゃん。
 こっちで行方不明者が出た。
 二十代女性で仕事からの帰りに消えて一週間経っても戻っていないらしい。
 柏原さんに頼んで、監視カメラの画像のチェックをお願いできるか?」

「分かりました。
 相手の写真を送ってください。
 嫌なことですが、戦争始まりそうですよ」

 淡々とした私の声に咲村警部が激高する。
 長くテレビで放映されていた刑事ドラマの刑事よろしく、そこはかとない正義感は共同幻想として日本警察を覆っているのは強みなのだろう。多分。

「畜生!
 これ以上被害者を出してたまるか!
 絶対に捕まえてやるからな!!」

 携帯が切られるとまた携帯がなる。
 これが物語の始まりなのだろう。
 関与できない私はもどかしいが。

「はい。神奈です」

「柏原だ。
 冬木市郊外の廃屋で、二十代女性を保護した。
 左腕を切断され出血多量で意識不明。
 今、応急処置を施しているがどうする?」

 ただの事件ならば、そのまま病院へ送ればいい。
 だが、聖杯戦争は既に前哨戦の段階に突入している。

「柏原さん。
 その人パスボートは持っていますか?」

「少し待ってくれ。
 あった。
 バゼット・フラガ・マクレミッツ。英国出身23歳」

 違う。
 アトラム・ガリアスタが殺された時点で聖杯戦争が始まったと皆が解釈して動き出したんだ。
 そうでないとこの状況の激変が説明できない。

「あった。
 協会から報告があった、封印指定の執行者だね。彼女」

 安倍さんが書類の束から彼女の事を見つけ出す。
 決まりだ。
 既に聖杯戦争は始まっている。

「県外の病院に搬送して治療してください。
 聖杯戦争関係者なので、回復後に私が尋問します」

 状況が切迫している現状、何よりも足りないのはマンパワーだ。
 冬木から離れた前線司令部である京都ですら、私と安倍さんの二人しか居ない状況で何ができるかという訳で。

「若宮分析官に頼んで人間を増やしましょう。
 安倍さん。
 ここに何人送り込めます?」

「事情を知ってて電話番と書類整理だけなら五人。
 そのうち冬木まで送り込める術者となると、一人だね」

 最低限司令部としての機能ははたせると見た。
 後は、外部からの参加をどうお断りするかだ。
 また携帯が鳴る。
 今度は誰かと思ったら、若宮友里恵分析官からだった。

「ああ。ちょうどかけようと思っていたのですよ」
「嬉しいわね。
 こんなに仕事が多いと徹夜で肌に悪いのに」

 まだ冗談が言えるレベルである。
 これでも。

「米国が我々の抗義に対して非公式に謝罪したわ。
 一応会社が窓口になる事は確認されたけど、やらかした連中はまだ諦めていない。
 沖縄に色々集まっているそうよ」

 覇権国家ともなると意思決定が伏魔殿であり、その内部はヤマタノオロチのように複数の頭を持つ化物みたいなものだ。
 我々の官僚機構と同じく、組織権益については激しい鍔迫り合いが発生している訳だ。
 で、ここで問題なのは、明確な大量破壊兵器である聖杯の考え方で、この二組織で考え方がずれている事。
 CIAは対外工作組織として日本の自主性を尊重しつつ、聖杯に群がるテロ組織等を潰す餌にしようとしている。
 一方、中東で前線に立つ国防総省系工作組織は、この聖杯が中東に渡る危険性を考えて、日米安保を盾にして聖杯そのものの排除を狙っている。
 ここに、日本の自衛隊派遣と日米首脳の友好関係が絡むから、もうややこしい事この上ない。

「ちょっと、聞いてる?
 絵梨ちゃん?」

「聞いていますよ。
 聞きたくないですけど、状況が急転してすべて投げ出したいですけど、聞いていますよ。
 こちらからも報告です」

 ついさっきまでの電話の内容を語ると、電話向こうなのに頭を抱える若宮分析官の姿が見える。
 なお、私も同じように頭を抱えたかったが、できる訳がない。

「中東のテロ組織だけど、今の所入国情報は入ってきていないわ。
 問題は東側の亡霊とナチの残党なんだけど、そのアインツベルンが絡んでかなりやっかいなことになっているわ」

「彼ら何をやらかしたんですか?」

「手を組んで、新潟からのフェリーで堂々と乗り込んできたわよ。
 ロシア物産展フェアの催し物に隠れてね。
 人数は16人。
 後でFAXを送るわ」

「こっちに人員を送ってください。
 私と安倍さんだけでは司令部として機能しませんよ」

「わかったわ。絵梨ちゃん。
 三人送るわ」

「若宮さーーーん!
 敵側16人でこっち三人ですか!?
 聞いてないですけど、沖縄の愉快な方々って何人ぐらいいるんですかぁ!!」

 私の悲鳴に、若宮分析官も叫び返す。
 世知辛きお役所仕事。

「仕方ないじゃない!
 内調は予算が少ないのよ!予算が!!
 ……沖縄の方々中隊規模だって」

「羨ましいなぁ。覇権国家は。
 やっぱり戦争は勝たないと駄目ですねぇ」

「本当よね。
 だからこそ、自衛隊の中東派遣は絶対に成功させないと。
 国税局は押さえるから、絵梨ちゃん。お願いね」

 この人、JKに裏金回すかかき集めてぶち込めって示唆していますけどぉ!!!
 まぁ、できない事はないですけど。

「色々な所に声をかけまておきます。
 さしあたって、アトラム・ガリアスタの工房を押さえちゃってください。
 協会で高値で売れます」

「さすがぁ♪」

 こうして、泥縄式に準備を整えるが、果たして間に合うのだろうか? 
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