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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第七十七話 私たちはとことん抗って見せます!あなたの書いた筋書き(シナリオ)そして運命に逆らうことができるのならば!!

結論から言えば――。
 フェザーンの一連の事件は帝国同盟、そしてフェザーン自身にも大きな衝撃を与えることとなったが、結果として帝国同盟の捕虜交換はその後もストップすることなく進められたのだった。

元々両者ともにそれぞれ捕虜交換にメリットを見出していたからであるし、フェザーンも自身の足元で起こった火の粉を被ることを良しとしなかったからである。
 結果、一連の事件は故意か過失かという事についてはあまり議論はされず、すべてをフェザーンに任せることとして帝国同盟はかの地を後にすることとなった。
 もっともそれは表面上の話であり、双方ともにひそかに情報部を残して犯人を特定することを厳命していた。のちのちに控えるであろう大いなる潮流に備えての事であるが・・・。

 帝国同盟がこうもあっさりと引き下がった背景。フェザーンにおける小競り合いよりもはるかに重大な事項が起こりつつあったからである。これまでずっと建設を続けてきた同盟のイゼルローン級要塞が遂に完成したのだった。

 7月下旬になり、ついに同盟側ではついにイゼルローン級要塞が完成し、その完成式典が盛大に行われることとなった。この式典において、ブラウン・フォールはこの要塞をアーレ・ハイネセンと命名。当初1年間の調整期間を経て本格的に要塞として稼働させる予定であったが、軍部や在野の主戦派はそれを許さなかった。(なお、完成は帝国歴487年4月下旬ではあったが、ドーソン中将はブラッドレー大将の特命によって表向きはなお調整中として完成を伏せていた。)ピエール・サン・トゥルーデならば巧みにその辺りを調整したはずであったが、同盟市民が彼の次の最高評議会議長として投票したブラウン・フォールにはそのあたりの能力が前任者より劣っているようだった。彼は主戦派に近い立場の人であったのも戦争再開機運の要因の一つだったかもしれないが、同盟の雰囲気が急速に開戦に傾いていったのは彼だけの意志ではなかった。

「帝国を打倒しろ!」
「もう臥薪嘗胆の時は過ぎ去った!」
「積極攻勢を進めろ!」

等という在野の叫びは日増しに高まっていたのである。何しろ5度の攻勢を跳ねのけたイゼルローン要塞と同じものが同盟にもあるのだ。「今度こそは!」という思いを抱いた人は一人ではなかっただろう。その背後にはシャロンの意向を受けたカトレーナの巧みな扇動があったからにほかならない。
「同盟の市民も存外単純なものですこと。」
と、彼女はシャロンに報告したが、それに微笑を返しつつも彼女は否定した。
「同盟の中でも良識派はいるわよ、カトレーナ。ただ、今回のような声が津波のように押し寄せれば、少数の良識派はその波の中に没していくだけのこと。ただし、彼らは生きているわ。どんなに根絶やしにしようともその意志は残り続けるでしょうね。同盟130億人を悉く殺しつくさない限りは。」
「閣下は良識派が目障りですの?」
「単一な調度品の中に、一色くらい違うものがあった方が目の楽しみにはなるわ。」
シャロンはそう言っただけで、どうこう手を打つ気配はなかった。ただ、監視だけは継続してするように指示を出しただけだった。むろん、彼女の進路を阻むような動きがあれば直ちに抹殺する決意はいささかも揺るいでいない。


かくして、台頭してきた主戦派の勢い、そしてのその背後にいる在野の声を首脳陣は無視することができなくなった。最高評議会議長は主戦派の考えをいなすことなく、それを受け入れてイゼルローン回廊にこの要塞をワープアウトさせてイゼルローン要塞に対抗する旨を発表したのである。同時に帝国に対しては「和平条約」の有効期限延長なしを期限切れとなる7月31日をもって通告する旨を最高評議会は決定していた。
「1年そこそこしかたたぬというのに早くも再戦ですか。」
あきれたものですな、とまではいわなかったが、宇宙艦隊司令長官は苦々しい顔を浮かべてブラッドレー大将のコーヒーを飲んでいた。
「不服か?半年以上も昼寝をしていれば、そろそろ飽きが出てくると思うがな。」
今や全惑星の中でも著名なコーヒー党として鳴らしている統合作戦本部長殿はフン、と鼻を鳴らした。
「そう言う問題ではありませんが・・・・。」
「平和は長い方が良いなどと言いたいのか?そりゃそうだ。こと非力な女子供、老人などはみんなそう思ってるさ。ところが頭に血が上った若い奴らは違うのさ。手元に切れ味の良い刀があったらそれを試し斬りしたくもなるというわけだ。」
「面目次第もありません。」
ブラッドレー大将の言う「若い奴ら」を抑えきれなかった責任の一端は自分にもある。シトレはそう痛感していた。
「お前のせいじゃない。あの要塞建設を決め込んだのも政治屋、今度の出兵を決め込んだのも政治屋、皆政治屋が悪いんだ。そういうことにしておけ。さもないと、心痛で寿命が縮まるぞ。」
「はっはっは。いっそ本部長閣下のようにそう割り切って考えられれば、苦労はないのですがな。」
シトレは笑ったが、そこには寂しさがにじみ出ていた。
「割り切れないのならいっそ宇宙艦隊司令長官をやめろ。ま、そうなればなったで軍はイノシシ野郎をお前の後釜に据えて、それこそイノシシ並に突き進むだろうよ。あのどでっかい要塞を先頭にしてな。バカな奴らだ。要塞一つ出来上がったからといって、それが遥か皇帝の鎮座ましますオーディンにまで進出できるなどと幻想を抱いているんだからな。」
「そうはならないと思っていらっしゃいますな?」
シトレの質問にブラッドレー大将はじろりと後輩をみつめ、サイフォンから新しいコーヒーを手ずから二人の茶碗に注いでやった。
「当り前だろうが。」
ぐいとコーヒーを飲み干したブラッドレー大将の顔が苦くなる。
「あの要塞を落とす手なんぞ、俺の中では十以上も思いついているぞ。あれは狭い回廊内にあるからこそ使い勝手がいいんだ。回廊抜けて広大な宇宙に出てみろ。敵の艦載機隊に四方八方から蜂のように刺されまくる、いい的になるだけだ。だから俺はイーリス作戦に賛成したんだぞ。」
「そう簡単に行きますかな。」
シトレとしてはもはやイゼルローン要塞への出兵をとめるすべはないが、せめて帝国領内遠征は避けたいと思っている。この点で彼は「イーリス作戦」に賛成の立場を取っていたが、彼の本心は会戦それ自体がない状態に持っていければ、というところにあった。
「敵がイノシシ野郎でド阿呆であることを祈るばかりだな。」
統合作戦部長殿は「フン。」と鼻を鳴らしながら茶碗にコーヒーを注いだ。そうでないことを百も承知のうえで言っているのである。
「で、いよいよ積極攻勢となった場合は誰を動員するか、目星はついているか?」
統合作戦本部長の問いかけにシトレは暗い顔をした。
「遠回しにですが、ある艦隊を出撃させよ、という声が高まっております。」
はっきりと声を上げたのは「誰が」というわけではない。気が付けば二人の周りの上層部はこぞって同じ方向に対して声を上げ続けていたのである。その差し金が誰からの物なのか、はっきりとはまだわからないものの、二人の脳裏にはぼんやりとした人間像が出来上がりつつあった。
「・・・・第十三艦隊だな?」
期せずして二人の軍の首脳は視線をそれぞれのコーヒーカップに落とした。
「お前も俺も偉くなりすぎた。上に立つ者はいざという時の場合には断固たる態度で指令を下さなくちゃならん。だが、平素は違う。部下共の意見を調整し、それを組織として運用する場合に最良の案は何かを採点する係でしかない。」
ブラッドレー大将がぽつりと言った。
「わかっております。」
「第十三艦隊を動員したくはないというのはお前と俺の意見の一致だ。だが、それは二人だけの意見でしかない。大多数の奴らはそうは考えていない。要塞戦という、華やかな艦隊戦からかけ離れた戦いで、しかも敵のトールハンマーの餌食になりたい奴がどこにいるだろうな。下手すりゃ、あの要塞主砲にすりつぶされて艦隊戦とは比較にならないほどの犠牲が出る。」
「・・・・・・・。」
「何もしなかったわけじゃないぞ。俺は奴らを抑えようとした。第十三艦隊の動員をとめようともした。だが、結果はこの通りだ。今更どうしようもない。」
言葉を一気に並べ立てたブラッドレー大将はコーヒーを一気に飲み干した。胸にたまっている憤懣もろともに。
「なぁ、シトレ。」
ブラッドレー大将はサイフォンからコーヒーを二人のカップにそれぞれ注いだ。
「俺はこの戦いが終われば、統合作戦本部長を辞めようと思う。」
「閣下!」
何を唐突におっしゃられるのですか!?と言ったきり、シトレはしばらく言葉が出なかった。あまりにも突然、唐突すぎる言葉だ。
「俺は長くいすぎた。」
ブラッドレー大将はシトレに顔を向けた。その顔を見たシトレは内心衝撃を受けていた。日頃飄々としている統合作戦本部長の顔に疲労の色がにじみ出ているではないか。これが本来の姿なのか、とシトレはちらと思った。胸の内にため込んでいた疲労の澱が、今回の第十三艦隊の一件で一気に噴き出てきたのかもしれない。無数の案件の中の一つ、という風に受け止めるわけにはいかない。第十三艦隊はシトレ、そしてブラッドレー、それに上層部のごくわずかな人間にとっては特別な存在だったのである。
「閣下のお気持ちはどこにあるのでしょうな。」
シトレは思わずそう言わずにはいられなかった。
「第十三艦隊を、あの女共を、それだけではないものを、俺たちは守らなくちゃならん。それが俺の気持ちだ。だが、現実はそうはいかない。残念だがな。」
淡々と言っているが、それこそがブラッドレー大将の気持ちが平静ではないことを示している何よりの証拠だった。
「心配するな、しばらくはここにいてやる。だが、今回の件が片付けば俺は椅子を降りる。それまでに全部片を付ければいい話だろ。」
「・・・・・・・。」
「そうなればお前が後釜だ。」
「・・・・・・・。」
「感謝しろ。お前にわざわざ出世の道を開いてやるんだからな。」
冗談めかして最後はそう締めくくったが、二人の顔には一切の笑みは浮かんでこなかった。




同盟が提唱している「積極攻勢」の宣伝には壮大な裏があった。あくまで攻略の対象は「イゼルローン要塞」であり、それを「占領」ではなく「破壊」してしまおうというのである。その目的は帝国軍の大規模な侵攻を誘い「イーリス作戦」によって一気に帝国軍を壊滅させようというのであった。在野の人間は壮大な作戦だとの軍や関係者からの宣伝を聞き、一世一代の大作戦を想像して高揚するとともに、そのような時代に生まれ合わせたことを思って武者震いを禁じ得なかったのである。むろんそれはその作戦の内容を知らないからこそできる業であったが。


アーレ・ハイネセンは直径80キロの移動要塞であり、表面を耐ビーム用鏡面処理を施した超硬度鋼と結晶繊維とスーパーセラミックの四重複合装甲で覆っているが、特筆すべきは、表面を厚さ数キロにわたる流体金属で覆っていることである。これはイゼルローン要塞の流体金属層を軽くしのぐ規模であり、防御力は相当程度の向上が見込まれていた。約3万隻の艦艇を駐留させることができ、一時間に1万本のレーザー水爆ミサイルを生産することができる。35万床のベッドを保有する病院や学校、各種娯楽施設、水耕農園、牧場、養殖場など都市としての機能を十分に備え、約700万人の居住を可能としている。


 そして、最大の主砲はインドラ・アローとよばれる11億3400万メガワットを誇る主砲であり、これが命中すれば一個艦隊規模を殲滅できる兵器として期待されていた。
 実際一度廃棄予定の老朽艦隊を相手にではあるが、その威力をテストした際には艦隊のみならず背後の小惑星帯も一瞬にして原子に還元してしまったほどの威力で有り、射程としてもイゼルローン要塞トールハンマーの推定射程の同等それ以上を誇る結果がでている。


 いわばすべてにおいてイゼルローン要塞を凌ぐ規模であり、これだけの要塞がイゼルローン回廊に侵入して、要塞決戦をしかければ確実にアーレ・ハイネセンが勝つと思われるのは無理からぬことであった。むろん、同盟市民はおろか同盟軍ですらイゼルローン要塞の正確な機能に関しては情報を持っていなかったのだが、そのような事はどうでもよかった。要は「勝てる!」と宣伝しさえすればいいのであるのだから。
 

 要塞護衛艦隊としては第十六艦隊が出動することとなる。いずれ第十六艦隊は最前線において駐留艦隊の一つとして帝国軍と対峙することとなる予定だった。第十艦隊、第十三艦隊も当初の護衛艦隊として内定している。なかでも第十三艦隊はいずれ駐留艦隊となるか、あるいは付近のエル・ファシル星域に駐留して帝国軍の出方をうかがうこととなっていた。
 だが、不思議なことに真っ先に敵と対峙する機会を得たいと手を上げる正規艦隊司令官は主戦派でさえもいなかったのである。


 ここで一つの問題が生じた。ささやかな物だが、クリスティーネ・フォン・エルク・ウィトゲンシュティン中将にとっては大きな問題であり、上記の事実と関連するところがあるところである。


 すなわち、第十三艦隊の司令官の職をしりぞけ、というのであった。これに激昂したウィトゲンシュティン中将はただちに人事局を尋ねた。


「冗談ではありません!!」
 人事局長のセルゲイ・ウラジミール中将は彼女をなだめるように両手を上げた。鼻の下に立派な太いひげを蓄えているが、その髭がまた胡散臭そうなしろものだとウィトゲンシュティン中将は思った。
「まだ正式なものじゃないよ。」
「ですが!!私をわざわざここに呼んでそうおっしゃっているという事は、まさしく正式なものにほかならないという事ではないのですか!?それに、私が第十三艦隊司令官になってまだ1年あまりです!!」
「1年も勤務すれば十分ではないかな?」
「他の正規艦隊司令官の方々はどうなのですか?普通は最低2年は務めるのが常ではありませんか?!」
ウラジミール中将は肩をすくめただけだった。
「いったい誰の差し金なのですか!?」
我慢ならないようにウィトゲンシュティン中将が詰め寄る。ダン!!とウラジミール中将の机が鳴り、書類が数ミリジャンプした。
「それはここで言うべきことではないな。少なくとも私の一存ではないという事は付け加えておくよ。」
「結構です!!ことの真因は総司令官たる宇宙艦隊司令長官閣下に直接訪ねます!!」
ウィトゲンシュティン中将はそう言い捨てると、さっと身をひるがえしてドアの認証装置に手をかけた。
「一つ話しておく。」
ウィトゲンシュティン中将が振り返ると、ウラジミール中将が無表情でこちらを見ている。
「今回の事は功績次第では再考慮しなくもない、という事を付け加えておく。」
ウィトゲンシュティン中将の顔にいぶかしげな表情が宿った。が、彼女はそれ以上聞こうともせずに部屋を飛び出していったのだった。

 彼女が第十三艦隊司令部に戻ると、副司令官、参謀長、幕僚、分艦隊司令官であるファーレンハイトやシュタインメッツ、そしてアルフレートやカロリーネ皇女殿下ら幕僚補佐役たちが心配顔で迎えた。その中に一人だけ全く違った色を浮かべている男がいる。心配の要素ではなく、興味本位の顔であった。カロリーネ皇女殿下もアルフレートもその男と顔を合わせるのは初めてであったが、名前を聞いてあっという声を出した。何しろ知らないどころの話ではないのだ。
「それは詭弁ですな。」
ウィトゲンシュティン中将が事情を話すと、激昂した幕僚たちの中、その男は面白そうに、だが断定的な口調でそう言った。
「シェーンコップ大佐、どういう意味合いでそう言っているの?」
ローゼンリッター連隊長であるワルター・フォン・シェーンコップ大佐は先代の連隊長ヴァ―ンシャッフェ大佐が准将に昇進して栄転し、隊を離れたのに代わって、第十三代連隊長に昇進したのであった。ローゼンリッター連隊は同じく亡命者の子弟で構成される第十三艦隊に配属されている。
「あなたに発奮してもらいたいんですよ、その誰かさんはね。」
そういうと彼はにやっと不敵な笑みを浮かべた。
「ありえない事ではないかもしれませんな。要塞駐留艦隊に内定している第十六艦隊を指揮するのは新参のティファニー・アーセルノ中将閣下です。残り一枠を帝国からの亡命者で構成される第十三艦隊に充てたいと思うのは、無理からぬことだと思います。」
司令官の一人として抜擢されたファーレンハイトはそう言ったが、何しろ帝国からの亡命者はいわば「捨て駒」のような扱いを受け続けているのだ。政治宣伝に利用され、運命に翻弄され、ようやく一個艦隊として「家」を持った家族ではあったが、その運命は一本の綱を渡り歩くような物なのかもしれない。
「つまりは、私に功績をたてさせたい・・・・いいえ、捨て駒として進んで前線に赴くようにさせたいというの?でもそれならそうと最初から・・・・。」
ここまで言ったウィトゲンシュティン中将はハッとした顔をシェーンコップに向けた。
「邪魔者になってきたんでしょうな。あまり家が大きいと太陽の光を隠す。その日陰に隠れる周りの家々は迷惑するもんです。」
「兵員170万人余。艦艇13500隻は同盟軍一個艦隊としても質量ともに十分すぎるからな。それを嫌った軍の連中が自滅を誘おうとしているのかもしれん。」
シュタインメッツが沈痛な表情で言った。
「私たちを前線に送り出し、帝国軍と対峙させ双方を消耗させる。弱ったところを無傷の主力艦隊が出てきて帝国軍を痛打する、という事でしょうか?」
アルフレートが皆にそう尋ねたが、誰も何も言わなかったところを見ると、その予測はある程度は当たっていたに違いなかった。


 誰もが自軍に愛着を持っている。できるだけ損傷を少なくして勝ちたいというのは当然の思いである。だからこそ、新参の第十六艦隊が表向き栄えある要塞駐留艦隊として赴くと発表されても誰も何も言わなかったわけであった。何しろ「イーリス作戦」は既定の事実としてすでに認識されていたのだから。この場合主役は最前線にあらず、迎撃作戦に従事する側なのだ。


「・・・そうはさせない。」
ウィトゲンシュティン中将が歯をぎりっとかみしめた。
「たとえ私たちを自滅に追い込む目的だとしても、私たちは前に進まなくてはならない。私たちが負ければ・・・・今同盟に住んでいる沢山の家族が一層の苦しい思いをすることになるのだから。」
皆が真剣にうなずく。ウィトゲンシュティン中将の思いが――帝都における御家再興の思いを抱いていたにせよ――ただの一個人のものでないことはここにいる全員がわかっていた。

 帝国からの亡命者の扱いについて、アルフレートやカロリーネ皇女殿下は軍務の傍ら調べたことがあった。すると、とんでもないことがわかってきた。原作でユリアン少年が母方の祖母からひどい扱いを受けたこと、今この第十三艦隊にいるシェーンコップ大佐が原作で語った入国管理官の冷たい眼のこと、帝国からの亡命者の扱いについては、その程度の物では到底済まされなかったのだ。
 まず、第一に高等学校に進学できるのは同盟において3代の市民権を得ている者に限られている。これについては法律には明記されていないが、学校連合会という組織「学連」が定めている半ば公然とした決りだった。帝国からの亡命者はまずその時点ではじかれてしまう。この規定は学業だけでなく、企業における就職においても影響する。実際職を得ることができず、パートアルバイトで食いつなぎ、貧困化していく帝国からの亡命者は後を絶たない。義務教育である小学校中学校においても、帝国からの亡命者は授業料の3割を負担しなくてはならない。自由惑星同盟市民であれば1割の負担で済むところを、である。これとてもずいぶん差が縮まってきたのではあるが。学校においても帝国からの亡命者の息子、娘を差別するいじめは後を絶たないが、教師や保護者委員会はそうしたことに対して一切の救いの手を差し伸べなかった。
また、結婚もそうであった。自分の息子娘との相手が帝国からの亡命者だとわかると、手のひらを返したように冷たく当たり、別れさせる親は多数いたのだった。

 カロリーネ皇女殿下もアルフレートも、こうした現状を見るにつけ、しまいには吐き気すら催したのであった。首都星ハイネセンの貧困地域の約8割が帝国からの亡命者で構成されるという事実を見ても、帝国からの亡命者の居住分布が点在ではなくある程度固まっているという事も、この事実があながち嘘だとは言えないという間接的証拠である。
独力でこうした運命を切り開ける者もいないではなかった。自由惑星同盟における大手運送会社の「スターライン」のレクセンベルク社長などはそうした成功者の一人である。だが、大多数の人間にとって、運命にあらがうにはあまりにも非力すぎた。

 自由の国、自由の権利を謳歌できる国と銘打ち、その国に希望を託してやってきた結果がこれでは、絶望しない方がどうかしているだろう。

 唯一の彼らの道が軍隊に入ることであった。それも一般兵として「捨て駒」として前線に立たせられるのであり、士官学校に進める人間は「生粋の自由惑星同盟人」に比較するとずっと限られていた。これら自由惑星同盟の政策はそのような袋小路に鼠を追い込む猫さながらのものだった。

 カロリーネ皇女殿下もアルフレートもこれまでそうした風雨にさらされなかったのは、彼らが政治的な利用価値がある高位の帝国貴族だったからかもしれない。

「だから私たちは逃げることはできないのよね。皆の思いを背負って戦い続けなくちゃ道は開けないんだもの。」

 ある時、カロリーネ皇女殿下はアルフレートにそう言ったことがある。こうしたことを言うようになったという事は、カロリーネ皇女殿下も「転生者」としてではなく「この世界に生きる帝国からの亡命者」という立場を受け入れたのだとアルフレートは思った。
「シトレ司令長官閣下に直訴してみるわ。」
ウィトゲンシュティン中将が言った。
「私たちを前線に送り出してください、と。後方にいて座していてもいずれは私は第十三艦隊の司令官職を追われる。そうなれば、生粋の同盟軍人が入り込んでくるかもしれない・・・・。」
「さぞいい御身分でしょうな。奴隷のように使役しながら、自分は金のベッドで美女の腕枕で過ごすのですから。」
「シェーンコップ大佐!!」
ウィトゲンシュティン中将が叱責した。その叱責には悲痛な声音が入っていたから、さすがのシェーンコップもそれ以上は何も言わなかった。

1時間後――。

 宇宙艦隊総司令部に赴き、シドニー・シトレ大将と面会を許されたウィトゲンシュティン中将はその30分後、蒼白な顔でオフィスを出てきた。思わず周りの者が声をかけようとするほどの憔悴ぶりだった。
「どうなさったんですか!?」
ロビーで待ち受けていたカロリーネ皇女殿下がウィトゲンシュティン中将の憔悴ぶりを見て驚いて駆け寄ってきた。
「死にはしないわよ。」
と、苦笑交じりに言ったウィトゲンシュティン中将だったが、その顔色は悪い。

 カロリーネ皇女殿下はふと、ある可能性に思い当たった。それはまったくの不意打ち同然に脳裏に出てきたものだったが、それに思い至った時思わず冷水を浴びたような気持にさせられたのだった。


 先日のシャロン少将の件といい、ウィトゲンシュティン中将は病弱あるいは何か病気を持っているのではないか。


 それを意志の力で隠し通しているのではないか、とカロリーネ皇女殿下は思った。透き通るような白い肌は自分から見てとても羨ましいと思うのだが、それが病気の裏返しだとしたら――。
ウィトゲンシュティン中将は大丈夫だというようにカロリーネ皇女殿下にうなずき、地上車に乗り込んだ。車には既にアルフレートが待機している。出迎えに出ていた参謀長らも何か言いたそうだったが、中将は手を振って制する。詳しい話は司令部で、という事なのだ。各員がそれぞれの車に分かれて分乗すると車はすぐに走り出した。
「・・・・あの人の相手は楽なものじゃないわ。知己ではあるけれど、いう事ははっきりという人なのだという事が、よくわかったの。」
アルフレートもカロリーネ皇女殿下も固唾をのんで司令官の顔を見守っている。

「同盟の為に死ね、ですって。」

 あけすけな言葉ほど理解に時間がかかるものはない。少なくとも数秒間は二人の頭脳はその言葉を理解することに費やされた。
「死ね、って・・・・。」
カロリーネ皇女殿下が絶句した。つまりは結論としてウィトゲンシュティン中将の第十三艦隊の司令官職はそのままとするが、自由惑星同盟の先鋒死兵としてイゼルローン要塞を攻撃せよ、という事なのだろうが、あからさまにそのような事を言われて気分の良い気持ちになれる人間はどれほどいるのだろう。
「もちろんそんな露骨には言わなかったけれど、言っていることはそういう事だったわよ。『元々自分は会戦を望んではいないが、世論には逆らえない。開戦になった以上は、同盟の為に捨て石になってほしい。』だって。所詮は自由惑星同盟の市民にとって私たちは都合のいい捨て石にしかならないということなのかしらね。」
後半は自嘲的であった。聡明で怜悧な若き才媛の艦隊司令官がいう言葉ではない。二人、特にカロリーネ皇女殿下はそう思っていた。ウィトゲンシュティン中将は若干20代にしてカロリーネ皇女殿下が憧れとするような女性であった。容姿は完璧だし、鋭い頭脳は年長の副司令官らと議論しても後れを取らない。それでいてとても純粋な人だった。一つの目的の為に直向に走っていくその姿はラインハルトを忍ばせるところがある。
同じ女性としてあこがれを持つようになってから、この人の為に働きたい、支えたいとカロリーネ皇女殿下は思っていたのである。
このとき、カロリーネ皇女殿下は知る由もなかったが、ウィトゲンシュティン中将はシトレからもう一つの言葉を受け取っていたのが、それをここでは出さなかった。彼女の胸の中にしまっていたのである。
「死なない・・・・。」
ウィトゲンシュティン中将のかわいらしい口元から決意の言葉がにじみ出た。
「死なない・・・死なせない・・・・ええ、そうさせてたまるものですか。」
ウィトゲンシュティン中将は決意の色をにじませると、二人にうなずいて見せた。
「第十三艦隊はイゼルローン要塞の駐留艦隊として最前線に赴くわ。どんなことがあろうとも与えられた任務を全うするべく、全力を尽くすわよ。あなたたちもその覚悟でいて。」
二人はうなずいた。この先どんな運命が待ちかまえようとも、ウィトゲンシュティン中将、ファーレンハイト、シュタインメッツ、そして新たに加わったシェーンコップらとともに切り開いていくのだ。


 ウィトゲンシュティン中将の第十三艦隊は正式に要塞駐留艦隊として第一線に布陣することとなったのである。


 これとは別に、ティファニー・アーセルノの第十六艦隊12500隻もまた出撃準備を整え、アーレ・ハイネセンの要塞に続々と入港しつつあった。彼女の第十六艦隊は新鋭艦隊として評判を呼んだが、実際には訓練を了して数か月にしかならない新兵が多かった。だが、彼女は猛訓練によってそれを正規艦隊とそん色ないレベルに仕上げたのである。
『まずは就任おめでとうと言っておけばいいかしら、ティファニー。』
極低周波端末越しにシャロンが微笑する。シャロンもまた中将に昇進し、栄転したジェームズ・ニミッツ中将の後任となっていたのだった。
「閣下のご助力のおかげです。」
ティファニーは当たり障りのない調子で答えた。
『第十六艦隊は新兵の寄せ集めだと言われているようね。まるで結成当初のヤン・ウェンリーの第十三艦隊のようだけれど。あなたの手腕ならばヤン・ウェンリーには及ばずとも遠からずのレベルまで達することができるはずよ。』
「努力はします。」
『あなたに今更いう言葉ではないかもしれないけれど、今回のアーレ・ハイネセンのイゼルローン回廊進出こそがイーリス作戦の除幕式だという事を忘れないように。』
ティファニーはうなずいた。彼女自身の心情がどうあれ、やらねばならないことは決まり切っているからだ。

数日後――。

 もう一つ、特筆すべき人事が発表された。十八個艦隊計画の十七番目である第十七艦隊がひとまず半個艦隊として結成されたのであったが、この指揮官にはヤン・ウェンリー少将が就任したことである。第十七艦隊は増援部隊の一つとしてアーレ・ハイネセン要塞駐留艦隊に組み込まれることとなったのである。副司令官にはフィッシャー准将、分艦隊司令にはアッテンボロー准将、旗艦であるヒューベリオン艦長はマリノ大佐、参謀長にはムライ准将、参謀にはラップ大佐、パトリチェフ大佐、副官にはフレデリカ・グリーンヒル大尉が任命されたのである。これはシャロン中将が裏方から手を回して実現させた結果だった。作戦部長でありながら人事局のウラジミール中将をはじめとして各方面にすでにその手を伸ばしているシャロンだった。これくらいの芸当は朝飯前なのである。
「いずれ第十七艦隊は一個艦隊に昇格させるわ。そうね、その後遠からずして例のヤン艦隊が出来上がるという筋書きよ。」
シャロンは自室で極低周波端末でアンジェ、カトレーナを相手に話をしている。この時ティファニーは第十六艦隊司令官として第十三艦隊ウィトゲンシュティン中将、そして第十七艦隊のヤン・ウェンリー少将と共にシドニー・シトレ大将の下に赴いていたのだった。
『良いのですか、閣下?将来ヤン・ウェンリーが閣下の敵になった場合、一個艦隊は障害として少なからぬ壁となると思いますが。』
アンジェが眉間にしわを寄せていった。
「構わないわ。何も戦場で殺すことだけが芽を摘む方法ではないもの。もしもその時が来ればヤン・ウェンリーの信奉する自由民主主義の名のもとに彼を処断するまでのこと。さぞ本望・・・いえ、さぞ彼には打撃でしょうね。」
シャロンの顔に微笑が灯る。
「それまではせいぜい前線で奮闘してもらうこととしましょう。今までは静観していたけれど、イーリス作戦の発動に伴い、今後は積極攻勢を演じてもらわなくてはならないのだから。」
ディスプレイ向こうの二人はうなずいた。
『閣下。一つご質問があるのですが。よろしいですか?』
カトレーナが優美に微笑みながら言った。
「構わないわ。」
『例の第十三艦隊を閣下は生贄の祭壇に捧げるつもりですの?』
一連の第十三艦隊の騒動の背後にいる人間の顔をカトレーナは見つめながら尋ねた。
「半分正解で半分外れよ、カトレーナ。あの若き才媛の指揮する十三艦隊だけではないわ。同盟全土全市民130億人は――。」
シャロンの微笑が濃くなった。
「この私の生贄になってもらうのだから・・・・!!」
一瞬すさまじい赤いオーラがシャロンの身体から発せられた。シャットアウトされ、何一つ中の様子の分からないはずの隣室のスタッフたちが総毛だった程だった。
 
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