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テキはトモダチ

作者:おかぴ1129
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4. トモダチと手をつないで ~電~

「おはようなのです!」

 集積地さんが寝ている医務室のドアの鍵を開け、私は勢い良くドアを開いて中に入った。

「……ん」
「集積地さんおはようなのです!」

 集積地さんは……まだ寝ていた。昨晩の入渠で傷も癒え、身体の汚れもキレイにしてフルーツ牛乳を満足げに堪能した彼女は、実に気持ちよく就寝出来たようだ。

「集積地さーん。朝なのですー。朝ごはんの時間なのですー」
「んー……」

 ベッドの布団にくるまれてもぞもぞと動く集積地さん。艤装を外した彼女の身体はとても細くて、私たちとほとんど変わらない体つきだった。鎮守府の寝間着も丈は足りてるのにぶかぶかという感じで、なぜか赤城さんがそれを知って若干ショックを受けていた。

「起きなきゃほっぺたつんつんするのですっ」
「んー……すればいいだろう……私は捕虜なんだからっ」
「だから捕虜じゃないと……」

 昨日の話をまだ引きずっている彼女になんだか腹が立った。つんつんしてやろう。私はベッドに乗って、未だに布団の中でもぞもぞと眠っている集積地さんのほっぺたに対し、つんつん攻撃を敢行することにした。

「つんつん」
「んー……」

 集積地さんは『そんなことをされても気にしないもんね』と言わんばかりに私のつんつん攻撃にまったく反応しない。だけど私にも意地がある。集積地さんが気にするまでつんつんしてやる。

「つんつん」
「ん……んー……」
「つんつん。つんつん」
「んー……むむ……むー……」

 よし。集積地さんのほっぺたが少し赤くなってきた。もう少しだ。電、これよりつんつん攻撃からむにむに攻撃に移行するのです。集積地さんのほっぺたをつまんで左右に引っ張り、むにむにと揉みしだく。

「むにむに」
「んん……んむむむむ……ッ」
「むにーん。むにーん」
「……だあッ!!」

 観念したようだ。集積地さんは鬼のような形相で上半身を持ち上げ、私をキッと睨んだ。ほっぺた赤いけど。

「おはようなのです!」
「私のほっぺたをつつくな! 揉むな伸ばすな引っ張るなッ!!」
「好きにしろと言ったのは集積地さんなのです」
「~~ッ!!」

 顔を真っ赤にして頭をボリボリとかいている集積地さんだが、私は彼女に言われたとおり好きにしただけだ。素直に起きない彼女が悪い。

「集積地さん」
「……ん?」
「おはようなのです!」
「……おはよう」

 朝の挨拶をしたあと、集積地さんは枕元のテーブルに手を伸ばし、ごそごそと動かしていた。まるでテーブルの上に置いてある見えない何かを手探りで探すように、時々手は空を掴んでいた。

「……そういえば……私のメガネはどうした?」
「昨日司令官さんが持っていったのです。朝に聞いたら、レンズを取り替えてくれてるらしいのです」
「つくづくお人好しな奴らだ……」

 その後、ぼそっと『着替える』と口ずさんだ集積地さんは、昨日も着ていたビキニのような服に着替えていた。これが彼女の普段着なのだろうか。

「う……」
「どうした?」
「いや、あの……キワドイと思うのです」
「何が?」
「えーと……その服」

 考えてみれば、昨日は体中に包帯を巻いていたから目立たなかったけれど……この人のこの服装、なんて露出の多い服なんだろう……

「……ああ、いつもの服はお前たちとの戦いでボロボロになったしな。仕方ない」
「うう……ごめんなさいなのです……」
「いや別に構わんが……」

 しかも体の線も細くてキレイで……これを見た暁ちゃんはきっと『こ、これが一人前のれでぃー……!』と羨ましがるに違いない。これぞまごうことなき一人前のレディー。

「と、とりあえず顔を洗って朝ごはん食べに行くのです」
「? ??」

 集積地さんと一緒に医務室を出る。ドアを開けると朝日が眩しい。寝起きのためなのか、集積地さんの足取りはフラフラと危うい。気を抜いていると壁にぶつかりそうになって、非常に危なっかしい。

「洗面所はこっちなのです」
「ちょ……ちょっと待て……」
「?」
「今の私はメガネがない。前が見えないから歩きづらい……」

 ああなるほど。だからフラフラとしていたのか。よく見たら集積地さんは、目が悪い人特有の、とっても悪い人相をしている。近眼で見えないから目を細めるのだが、そのせいで眉間にしわが寄っている。綺麗な顔が台無しだが、これはこれでなんだか面白い。

「ぷっ……」
「なんだ?」
「なんでもないのです……ぷっ」
「笑うなッ!!」

 でも困った。これでは彼女の案内が出来ない。彼女の自由は司令官さんに許可はもらっている。鎮守府の案内はメガネの修理が完了してからでも構わないが、洗面所への案内はどうしよう。

 ……あ、そうだ。

「じゃあ集積地さん、今日も電と手をつなぐのです」
「?」
「集積地さんは前が見えないから案内出来ないのです。だから昨日みたいに電と手をつなぐのです」
「う……わ、わかった……」

 集積地さんはなぜか顔を真っ赤にしながら、しずしずと私に左手を差し出してきた。昨日見た彼女の左手は傷だらけだったが、入渠して傷を癒やした今の手はとても綺麗だ。私はその手を取った。

「じゃあ行くのです」
「う……よ、よろしく頼む……」
「はいなのです」

 艤装をつけていない集積地さんの手は、とても温かかった。

 洗面所で一緒に顔を洗った後は、食堂で朝ごはんだ。いつもの朝ごはんの時間に比べると1時間ほど遅い。これは司令官さんの『他の艦娘はいない方がいいだろう』という粋な計らいのおかげだ。手をつなぎ、一緒に食堂に行く。

「おはようございます」

 食堂には朝ごはんを作ってくれる鳳翔さんだけがいた。他のみんなはすでに朝ごはんを食べ終わった後らしい。

「お前は……」
「ええ。昨日は戦場でお会いしましたね。鳳翔です」
「お前が食事を作ってくれるのか」
「そうですよ。電さんと一緒に、席について待っていてください」

 裏の厨房に引っ込んだ鳳翔さんを見送った後、私と集積地さんは窓際の席に差し向かいに座った。そうしてしばらく待った後、

「おまたせしました~」

 と鳳翔さんが私たちの朝ごはんをお盆に乗せて持ってきてくれた。

「今日も美味しそうなのです!」
「ふふ……ありがとうございます」

 今日の朝ごはんの献立はご飯とお豆腐のお味噌汁、焼き鮭と玉子焼き。お味噌汁の香りが私の鼻をくすぐって、空腹を刺激してきた。

「……毒は入ってないだろうな?」

 集積地さんは、まだ私たちへの警戒が解けてないようだ。こんなに美味しそうな鳳翔さんのご飯を前にこんな失礼なことを言っていた。彼女は俯いているから表情がよく見えないけど、今の一言が鳳翔さんに対して失礼であることに変わりはない。

「そんなこと言っちゃダメなのですっ!」
「大丈夫ですよ電さん」

 とても失礼なことを言われたにも関わらず、鳳翔さんはくすくすと笑いながら私にそう言ってくれた。手に持ったお盆で口を隠し、とても静かに、でも面白そうにクスクス笑っているのが気になるけれど。

「鳳翔さんごめんなさいなのです」
「失礼だなんて思ってないですから」
「でも……」
「だって……」

 大声で笑いそうになるのを必死にこらえているようにも見える鳳翔さんは、ぷるぷると震える右手で集積地さんを指差した。そこには……

「ぅぅぅぅぁぁぁぁ」
「こんな顔で言われても、むしろ面白いだけですから」

 だらしなく口を開いてそこから滝のようにヨダレを垂らしながら、うつろな眼差しで鳳翔さんの朝ごはんをジッと見つめる集積地さんの姿があった。

「集積地さん、おなかすいてたのです?」
「ぅぅぅぅぅぅぅ……」
「じゃあごゆっくり。私はまだ奥にいますから、おかわりが欲しかったら言ってくださいね」

 ぷぷぷと吹き出しながら、鳳翔さんはしずしずと厨房に消えていった。後に残されたのは、ヨダレを盛大に垂らしながら鳳翔さんの朝ごはんを見つめる集積地さんと私の二人。

「……た、食べていいか?」
「じゃあ食べるのです」
「「いただきます!!」」

 二人でタイミングよくパシンと手を合わせたあと、集積地さんはお味噌汁に手を伸ばし、ずずっとすすった後、

「……ほっ」

 とほっぺたを赤くして一息ついていた。

「おいしいのです?」
「ああ。美味しい……」
「よかったのです!」

 私も一口いただく。朝一番の鳳翔さんのお味噌汁はどうしてこんなに優しくて美味しいんだろう。さっきまではそれほどでもなかったはずの私のお腹も、鳳翔さんのお味噌汁を一口いただいただけでぺっこぺこになってくる。そのままご飯をほおばり、焼き鮭をほぐした。

「んー……美味しいのです」
「ああ……もぐもぐ……とても美味しい」

 それは集積地さんも同じようで、私と同じようにご飯を頬張りながら玉子焼きを口に運んでいた。

 何回がご飯とお味噌汁のおかわりをした後、お腹いっぱい食べて満足した集積地さんとお茶を飲んで一息ついていた時、館内放送が鳴り響いた。私と集積地さんは、自然と天井につけられたスピーカーに目をやった。

『あー……あー……電は朝食が終わった後で執務室に来るように』

 司令官さんが私を呼んでいるようだ。今のタイミングで呼ばれるということは、恐らく集積地さんに関することのはずだ。

「昨日の男か?」
「はいなのです」
「お前があの男と会ってる間、私はさっきの部屋に戻ってればいいのか?」
「一緒に行くのです。きっと集積地さんも関係あると思うのです」
「そうか」

 もう朝ごはんも終わっていることだし、面倒事はさっさと終わらせて集積地さんを案内したい私は、早々に執務室に向かうことにした。食器を片付けるとき、集積地さんはちょっと恥ずかしそうに厨房の鳳翔さんに声をかけていた。

「えー……あー……ほ、ホウショウ!」
「はい?」

 鳳翔さんはお昼ごはんの準備をしていたのだろうか。とんとんと食材を切る手をとめ、私たちの方を向いてくれた。集積地さんの顔が赤い。

「あのー……」
「?」
「……ごちそうさま」
「お粗末さまでした。美味しかったですか?」
「美味しかった。またホウショウのご飯を食べたいと思った」
「ならよかったです。今日はお昼も私ですから、楽しみにしていてください」
「そ、そうか! 楽しみだ!!」

 お昼も鳳翔さんのご飯が食べられることがけっこううれしいようで、集積地さんの表情はさっきまでの1.5倍ぐらいの明るさになった。確かに鳳翔さんのご飯はとても美味しい。そして鳳翔さんのご飯を気に入ってくれると、なぜか私も誇らしい。

「じゃあ集積地さん、一緒に執務室に行くのです!」
「別に私は行かなくても」
「いいから一緒に行くのです!」

 私と集積地さんは一緒に執務室へと移動する。もちろん手をつないで。執務室の前に着いたらドアをノックする。なぜかドアに少しヒビが入っているが、見なかったことにしておいた。

「とんとん。司令官さん。電なのですー」
『おー電ー。集積地棲姫はどうしたー?』
「ここにいるぞー」
『了解したー。とりあえず入ってくれー』
「了解したのです。電と集積地さん、入室するのです」
 ドアノブに手を駆けた途端、ヒビから『ピシッ』という音が聞こえた。

――フフ……怖いか?

 なぜか頭の中に天龍さんのスゴミが思い浮かんだが、きっと気のせいだ。そう思おう。

「どうした?」
「な、なんでもないのです」

 ドアが壊れてしまわないよう、慎重にドアを開く。ドアの向こうでは、いつもの通り大淀さんが忙しそうに書類をチェックしており、その隣では司令官さんが死んだ魚の眼差しでぼーっとこちらを見ていた。司令官さんには秘密だが、朝から司令官さんの顔を見てるとやる気がどんどん吸い取られていく気がしてならない。こちらも元気を振り絞らないと。

「司令官さんおはようなのです」
「ほいおはよう。集積地も」
「ああ、おはよう」
「昨晩はよく眠れたか?」
「ああ。おかげさまで風邪はひかずに済んだ」
「風邪?」
「な、なんでもないのです!」
「?」

 司令官さんは珍しく頭にはてなマークを浮かべ、集積地さんはこちらを見ながらニヤリと笑っていた。こんな時に昨日のリベンジをしでかすだなんて卑怯だ。

「まぁ風邪の件は置いておいて……連れてきてくれてよかった。集積地棲姫のメガネ、預かってたろ?」
「私の了承は得て欲しかったがな」
「まぁそういいなさんな。レンズ交換終わったよ。度数は変更してないからつけ心地も変わらないはずだ」

 司令官さんはそういい、テーブルの引き出しを開いて中から集積地さんのメガネを取り出した。ひび割れていたレンズは新品のものに交換され、透き通ったレンズがとても綺麗だ。そのまま司令官さんはメガネのレンズを触らないよう注意しながら席を立ち、集積地さんに手渡していた。

「……ありがとう。恩に着る」
「どういたしまして。近眼の奴はメガネかコンタクトがないと生活出来ないからな」

 受け取ったメガネを早速かけてみた集積地さんは、急に目をぱっちりと見開き、瞳をキラキラと輝かせた。これが近眼の人がメガネをかけた瞬間の顔なのか。

「度数はどうだ?」
「大丈夫だ……うわぁ〜……視界が明るくなった。やっぱり新品のレンズは違うな~」
「度数は変わらんけど、細かいキズや曇りが無くなったからな。その分見え方もくっきりしたんだろう」
「うん。ありがとう。前が見えなくて苦労していたが、これでもう大丈夫だ」

 本人はなんとか自分を抑えてクールを装っているのかも知れない。だがそれでも。

「キラキラ……」
「ぷっ……」

 明らかに水色の目がキラキラと輝き、世界の美しさに感動している様子の集積地さんを見て、私と大淀さんは笑いをこらえることが出来なかった。昨日はあんなに勇ましく戦ってた人が今はこんなに人なつっこい表情をして感動していることが、とてもおかしい。

「ん? どうかしたか?」
「な、なんでもないのです……ぷっ」
「あとな。お前のその格好だ」
「? 私のか?」
「ああ。正直、目のやり場に困る」

 確かに今の集積地さんは無地のTシャツのような上着がなくなり、下着みたいなビキニ姿で鎮守府内をうろうろしている。確かに鎮守府は女の子が大半だから本人が気にしなければ大丈夫と言えば大丈夫だが、これでは司令官さんにとっては目の毒のはず。なのだが……

「司令官さん」
「ん?」
「本当にそう思ってるのです?」
「うん」

 とりたてて何の感慨も湧いてないような、死んだ魚のような目でこっちを見ながら言われても、いまいち説得力にかける『目のやり場に困る』だけど。

「それでな。とりあえず鎮守府にいる間だけでも上着とボトムスだけでも身につけて欲しくてな」
「キラキラ……そうしたいのは山々だが、なんせ着るものがない」
「だからこっちでちょいと準備した。とりあえずそいつを着ていてくれ。大淀」
「はい」

 司令官さんに促され、大淀さんが集積地さんに一組の上下の服を渡していた。こっちからはいまいちよく見えないが、なんだか緑色……抹茶色?

「集積地棲姫さん、これを」
「これは?」
「人間の世界での部屋着の定番とでもいいましょうか」
「ありがとう。ではさっそく着させてもらう」

 大淀さんから受け取った服とを広げ、その上着を羽織り、ズボンに足を通していた。これは……

「ふむ……」
「なんか……板についてるな」
「そうか?」
「お前……それよく着てるの?」
「いや、はじめてだが……」

 大淀さんが集積地さんに渡した服。それは、抹茶みたいな色をした上下お揃いのジャージだった。

「し、集積地さん」
「ん?」
「よ、よく似合ってるのです……と、思うのです……」
「そ、そうか……」

 私には理由が分からない。それは司令官さんや大淀さんも同じらしく、ジャージを着た集積地さんの姿を見て二人とも困惑した表情を浮かべていた。それほどまでに集積地さんにジャージはよく似合っていた。でも。

「で、でも……」
「似合ってるってより……」
「?」
「着慣れてるって感じ……だな……」
「な、なのです……」

 不思議と似合ってるイコールかわいいでもなければ、似合ってるイコール綺麗……そんなポジティブな意味での『似合っている』ではない。あくまで『板についている』『普段から着慣れてる』そんな感じだ。

「……」
「……」
「……ぷっ」
「誰だ今笑ったの」

 ダメだ。気をつけないと集積地さんが視界に入っただけで笑いがこみ上げてくる。なんとか我慢しないと……。

「まぁ着慣れてるならいいんじゃない? ジャージにしといてよかったよ」
「誰も着慣れてるなんて言ってないっ」
「ついでだからさ電」
「?」
「ジャージに名札つけといて。電手作りのでいいから」
「名札なんて作ったことないのです……」
「あとで白い布を何枚かあげるから、それにマジックで『しゅうせきち』って書いて、ジャージに縫い付けてくれればそれでいいよ?」

 そんなに簡単かつアバウトなものでいいのか……なんだか集積地さんに対して悪い気もするけれど……まぁいいか。集積地さんのダサいジャージによく似合いそうだ。

 あ、そうだ。私も司令官さんに確認したいことがあった。

「司令官さん、一つ質問していいのです?」
「いいよ」
「今日は集積地さんを案内してうろうろしようと思うのです。行っちゃいけない場所とかあるのです?」

 この鎮守府は曲がりなりにも軍事施設。集積地さんが立ち入ることが許されない区域があるのなら、それは事前に確認をしておきたい。

「特にはないけど、一応軍務に関わるところは避けてちょうだい。司令室やドック、電算室なんかはダメだ。あとはまぁ、都度確認てとこかな。居住区域は気にせずうろうろしていいよ」
「はいなのです!」

 よかった。なら間宮さんや酒保には連れて行っても大丈夫だろう。

「以上だ。……ああそうそう。昨日言い忘れてた」
「?」
「集積地棲姫、わが鎮守府へようこそ。我々は貴君の来訪を歓迎する」
「……本気で私を来賓扱いか」
「だから昨日も捕虜じゃなくてお客さんだって言ったでしょ? いつまでいるかは知らんけど、いる間はのんびり過ごしてちょうだいよ」
「わかった」
「電。引き続き集積地の世話を頼む」
「はいなのです」
「俺からは以上だ。もう行っていいよ」
「はいなのです」
「了解した」

 その後司令官さんから『間宮でも行っといで』と言われ、私と集積地さんは執務室を出た。私の右手には司令官さんがくれた、間宮さんでクリームあんみつが食べられるチケットが二枚握られている。

「じゃあ、とりあえず間宮さんのところに行って、クリームあんみつ食べるのです!」
「マミヤ?」
「甘味処なのです。甘いモノならだいたい何でも食べられるのです」

 そういい、私は左手で集積地さんの右手を取ろうと動かしたところで、すでに彼女はメガネをかけていたことを思い出した。

「……」
「……」

 そうだ。さっきまでは、集積地さんが前が見えず歩きづらいから、手をつないで案内してたんだ。メガネをかけて前がくっきり見えるようになった今、集積地さんにガイドは必要ない。なんてことないことだけど、なんか残念だ。……なんてことを思っていたら。

「……」
「?」

 集積地さんが何も言わず、右手で私の左手を取り、手をつないでくれた。

「?」
「ああ、すまん。さっきまで手をつないでたからつい……」
「んーん。いいのです! よかったらこのまま手を繋いで行くのです!」
「それはかまわないが……」

 少々困惑した様子の集積地さんを尻目に、私の心は少しぽかぽかとしていた。繋いだ左手から伝わる集積地さんの温かさが、私の心をあったかくしているんだ。勝手にそう思うことにした。

 甘味処に到着したら、やや及び腰の間宮さんを尻目に二人でクリームあんみつを食べる。二人で手を繋いでてくてくと歩いてきて身体がほんのり熱くなってる私たちを、クリームあんみつに乗ったソフトクリームが優しく冷やしてくれた。

「集積地さん」
「ん?」
「美味しいのです?」
「うん」

 こんな他愛無い会話に付き合ってくれるところを見ると、集積地さんはだいぶ私と打ち解けてくれたようだ。このまま仲良くなれるといいな。

「集積地さん」
「もぐもぐ……どうした?」
「どこか行ってみたいところはあるのです?」
「特にないな……もぐっ」
「ホントにないのです?」
「……うん」
「どこでもいいのです。なんなら街に出てもいいのです」
「いや、ちょっと疲れた。落ち着きたい」

 なるほど。そういえば、昨日の夜から集積地さんにとっては慣れないことの連続だ。敵の本拠地にいきなり連れてこられ、私と手を繋いで引っ張りまわされて……確かに一晩ゆっくり休んでもらったが、集積地さんは少し疲れたのかも知れない。時間はたっぷりあるし、今日はこのまま休んでもらってもいいのかも。

「じゃあ今日はもう戻るのです?」
「戻るってどこへ?」
「司令官さんが宿舎に集積地さんの部屋を準備してくれてると思うのです。なんなら電の部屋でおやすみしてもいいのです」
「いや……」

 んん? なんだろうこの集積地さんの様子は? 言いたいことがあるけれど、遠慮して言ってないみたいな、どうも歯切れの悪い返事に聞こえて仕方がない。集積地さんはちょっとうつむきがちでまごまごしながらクリームあんみつのぎゅうひを口に運んでいる。理由はよく分からないが、顔が真っ赤っ赤だ。

「ほんとはどこか行きたいところがあるのです?」
「……」
「遠慮しないで言っていいのです。行っちゃだめなところでも、司令官さんに内緒でこっそり連れてってあげるのです」
「……」

 司令官さんごめんなさい。早速約束を破ってしまいそうなのです。でも集積地さんの言うことなら、できるだけ叶えてあげたい。

「……るところ」
「?」
「資材のあるところに……いきたい」

 顔を真っ赤にしながらポツリとそうつぶやいた集積地さん。なんだかはじめて私に本音を言ってくれたような気がして、胸が温かくなった。

「わかったのです! じゃあ資材貯蔵庫に行くのです!」
「いいのか? 資材貯蔵庫は軍務関係の施設じゃないのか?」
「司令官さんに確認してみるのです! ダメだったらこっそり連れてってあげるのです!」

 顔色が明るくなった集積地さんをその場に残し、私は間宮さんに内線を借りて司令官さんに確認を取ってみた。司令官さんの返事は……

『資材貯蔵庫ならいいんじゃない? 知らんけど』

 という予想通りの至極なげやりな返事だった。もちろん『資材のちょろまかしは厳禁』と、『赤城さんは同席させない』という条件つきだけど。なぜ赤城さん?

 でもよかった。これなら胸を張って集積地さんを資材貯蔵庫に案内できる。

「集積地さん!」
「ん?」
「司令官さんから許可を取ったのです! 一緒に資材貯蔵庫に行くのです!!」
「いいのか……?」
「はいなのです!」
「パァァァアアア……ほ、ホントか」

 鳳翔さんにごちそうさまを言った時以上の明るい顔になった集積地さん。やっぱりどこかで遠慮というか、我慢をしていたようだ。確かに彼女はテキかもしれないけれど、今はお客さんなんだから、今だけはゆっくりとくつろいでもらいたい。

「じゃあ行くのです!」
「待て」
「?」
「まだ白玉団子が残ってる」
「あ、そういえば……」

 資材貯蔵庫のことで頭がいっぱいで忘れていたが、そういえば私もクリームあんみつを食べきってなかった。集積地さんはあんこと一緒に白玉団子を頬張り、丁寧にもぐもぐと咀嚼して味わっている。口元がむにむにと動いていて見ていてなんだか楽しい。

「白玉って美味しいなー……むにむにって弾力があって、あんことの相性もいい。もぐもぐ」
「なんだか集積地さんのほっぺたみたいなのです。気持ちいいのです」
「だから朝は私のほっぺたを執拗につんつんしてたのか?」
「あれは嫌がらせ以外の何者でもないのです」
「酷い捕虜虐待だ」
「集積地さんはお客さんだから問題ないのです。おもてなしの一環なのです」
「言ってることが矛盾してるぞ」

 2人で残りのクリームあんみつを平らげ、資材貯蔵庫に向かう。

「集積地さん」
「ん?」
「こっちなのです」
「んー」

 もちろん、手をつないで。間宮さんを出たときには、すでに自然と手を繋いでいた。ここに来るまで手を繋いできたから、集積地さんも自然と手が出たみたいだ。

「……」
「……んふふー」
「イナズマ?」
「なんでもないのです」

 集積地さんからツッコミがないのであれば、あえてこちらから手を離す必要もない。なにより集積地さんの手はあったかくて、繋いでるとポカポカしてくる。

「もうすぐ着くのです!」
「んー。……ニヘェ」

 それに、こうやって手を繋いでると集積地さんと友達になれたようでとてもうれしい。彼女は彼女で資材貯蔵庫に行けるうれしさを必死に隠しているのか、ほんのりほっぺたを赤くして、すこーしだけ口がニヤニヤと動いている。上機嫌な2人でお散歩。なんだか楽しい。

 とことこと2人で歩き続け、ついに到着した。

「資材貯蔵庫なのです!」
「……!!」

 もはやワクワクが抑えられない集積地さんと私の目の前にそびえ立つのは、4メートルぐらいの高さがあるであろう巨大な鉄の扉。この向こうには、この鎮守府の運営を充分に……とは言えないかもしれないけど……賄えるだけの資材がたんまりと貯蔵されている。

 貯蔵庫の扉の鍵を開き、力を込めて重い扉を開く。

「おお……」

 扉を開いた途端、中から漏れ出す貯蔵庫内のひんやりとした空気。集積地さんの顔が高揚している。

「これは……」
「集積地さんとの戦いのときに少し減ったのですけど、今でもまだまだたくさん貯め込んでるのです!」

 集積地さんの耳に私の言葉が届いているかどうか怪しいレベルで、集積地さんの顔はぽうっと惚けていた。彼女の頭上に『ぽやー』というひらがなが見える。

「ぽや~……」

 前が見えない時とはまた違う足取りでフラフラと資材貯蔵庫の中に吸い込まれていった集積地さんは、震える右手で燃料が入ったタンクを撫で、左手で鋼材に愛おしそうに触れていた。

「よくこんなにたくさんの資材を……ぽや~……」
「みんなのがんばりのおかげなのです!」
「いや、こんなにたくさんの資材に囲まれることなんてなかったから……ぽや~……」

 燃料タンクに恍惚の表情で頬ずりし始めている集積地さん。よかった。今日一番楽しそうな顔をしている。やはり連れてきて正解のようだ。

「はぁ~……燃料、弾薬……」
「……」
「鋼材……ボーキ……こんなにたくさん……ぽやぁ~……」

 なんだか憧れのサッカー部の先輩と偶然出会った時の、一昔前の少女漫画の主人公みたいな反応をしている集積地さん。この前天龍さんに借りた少女漫画の主人公そっくりだ。主人公にとってのサッカー部のイケメンの先輩が、集積地さんにとっては資材というのがちょっと妙な感じだけど。資材に恋する女子中学生なんて聞いたことが無い。

 まぁいいか。気が済むまでいてもらおう。司令官さんからは許可をもらってある。約束事さえ守れば特に問題はないはずだ。

「い、イナズマ」
「はい?」
「い、いつまでいていいのかな……?」

 そんなにワクワクした顔でそんなことを聞かれたら、イタズラ心がむくむくと頭をもたげてくるが……

「次はどこ行くとか決めてないし司令官さんの許可はもらってるから、好きなだけいていいのです」
「ほ、ホントか?」
「はいなのです」

 今日はイタズラなら散々したし、今回はやめておこう。こう言っては何だけど、集積地さんをいじるのは今日じゃなくてもいい。なにより。

「んふふー……たまらんなぁー……」
「……」
「ひんやりとした鋼材の冷たさ……タンクの中で自分が燃え上がる瞬間を今か今かと待ちわびる燃料……んふふー……」

 こんなに嬉しそうな顔で資材とスキンシップをしている彼女を見ていると、邪魔するのもなんだか忍びない。今日はもう、とにかく好きなだけここにいてもらおう。そう思い、私はとことん集積地さんに付き合って、ずっと資材貯蔵庫にいた。

 私は、『今日はずっとここにいてかまわない』という意味で『好きなだけいてもいい』と言った。しかし、それは彼女には別の意味に伝わったようだ。それが判明したのは、夜のことだった。

 ちょうど晩ご飯の時間になった頃。私はお腹が空いたので、貯蔵庫に集積地さんを残して食堂に向かった。なんなら集積地さんのご飯も貯蔵庫に運んであげて、貯蔵庫で晩ご飯を食べようか。そんなことを考えながら、私は食堂に向かっていたその時。

『あー……あー……電、大至急執務室に来い』

 司令官さんの声で呼び出しが入った。参った。晩ご飯を集積地さんに届けなきゃいけないのに。でも仕方ない。遅れるのは大目に見てもらうとして、晩ご飯を確保する前に執務室に向かうことにする。

 ヒビが入ったドアを慎重にノックする。言うほど酷いヒビではないのだが、あからさまに損傷している物をノックするのは、やはり少々気を使う。

「とんとん。司令官さん、電なのですー」
「おー、入ってくれー」

 幾分真剣味が感じられる司令官さんの返答に若干の違和感を覚えながら、ドアを慎重に開く。頭の中に響く天龍さんの『フフ……怖いか?』という問に対し『こわいのですー』と適当に返事をしながら執務室に入ったとき、私の視界に集積地さんの後ろ姿が入っていた。

「ぁあ、集積地さん、資材貯蔵庫はもういいのです?」
「電、お前さ。集積地に何て言った?」

 司令官さんが妙なことを私に聞いてきた。なんだか質問の意味が分からない。

「イナズマ! お前は言ったはずだ!」
「んん? 何をです?」
「資材貯蔵庫に好きなだけいてもいいと言ったはずだ!!」

 ああそういえば確かに。『いつまでここにいていいのか』と集積地さんに聞かれたので、私は『好きなだけいてもいい』と答えたんだった。

「確かに言ったのです」
「まじかー……」
「ほら見ろ! アイツの許可は得ているんだ私は!!」
「? ?? なんだか意味がわからないのです」
「えーとな……今、集積地棲姫から要望があったんだが……」
「何か問題でもあったのです? 資材よこせとか?」

 今まで見たことない様な困った顔でボリボリと頭を掻いている司令官さんの代わりに、集積地さんが私の疑問に答えてくれた。

「ここにいる間、資材貯蔵庫を宿舎として利用させてもらおうと思ってな!」
「ほわっつ?」

 ちょっと待ってほしいのです。集積地さんが言っている言葉の意味がわからないのです。

「だからこの鎮守府にいる間、私は資材貯蔵庫で寝泊まりさせてもらおうと思っている!」
「……だそうだ」
「集積地さんの言っていることがいまいち理解出来ないのは、電が悪いのです?」
「いや、電は悪くない。誰も悪くない。強いて言えば集積地棲姫がおかしい」
「おかしくないっ!」

 ああよかった。司令官さんからのフォローにこんなにホッと胸をなでおろす日が来るとは思わなかった。

 しかし司令官さんが困惑する気持ちもわかる。司令官さんや私は今日だけのつもりで『好きなだけいてもいい』といったつもりだったのに。それを集積地さんは『ずっといてもいい』と勘違いしたようだ。そんな風に勘違いするだなんて司令官さんも私も思うわけがない。今回はさすがに司令官さんも頭を悩ませているらしく『うーん……』と唸ったまま頭を抱えている。こんな司令官さんの姿を見るのは初めてだ。希少価値が高い姿を見られたのはいいかもしれないけど……

「イナズマの言葉はウソだったのかっ!?」
「いや、そういう意味ではないのです……」

 声を荒げる集積地さんは、引く気配がまったくない。困った。『今日一日だけなら……』と付け加えておけばこんなことには……いやいや普通は『今日一日だけ』ってのはわざわざ付け加えなくても分かるはずだろう。まさか貯蔵庫に寝泊まりしたいと言い出すだなんて、それこそ予言者や占い師じゃなければわかりっこない……そんな葛藤で私が苦しんでいたら。

「まぁ……いいかー」

 と観念したかのような司令官さんのポツリとした一言が執務室の中に響いた。この言葉を、集積地さんが聞き逃すはずがない。

「いいのかッ!?」
「仕方ないでしょー……お前さん、引くつもりないでしょ?」
「うんっ」

 納得というよりは諦めの境地に達したかのような司令官さんの問いかけに、集積地さんはコンマ1秒もかからず首を縦にブンブン振って即答していた。今だけは……なんだか今だけは司令官さんに同情する。普段は無責任な返事が多いけれど。

「一応部屋は準備しておいたんだけど……晩御飯が終わったら、生活必需品を資材貯蔵庫に移動させて。今晩からそっちで寝ていいよ」
「ホントか!? い、いいんだな!?」
「電、集積地棲姫の手伝いを頼む」
「はいなのです」
「な、何か条件はあるのか? ワクワク……」
「……わかってるとは思うけど、ちょろまかしは厳禁。あとこれはおいおい分かると思うが、艦隊のメンバーに赤城というやつがいる。そいつと資材貯蔵庫で一晩過ごすのは絶対に許さん。女子会でお泊りなら他でやりなさい」
「よ、よく分からんが……分かったっ」

 自身の知らないところで禁止事項に挙げられていることを知ったら、赤城さんはどう思うだろうか……心の中で赤城さんに謝っておいた。赤城さんごめんなさい。

「し、しかし……ホントにいいのか? ほ、本気にするぞ?」
「仕方ないでしょうよ……それに、お前さんのことを興味津々で常に観察してるやつもいるしな」

 司令官さんのその言葉を聞き、私はなぜか自然と天井を眺めていた。心持ち、天井が冷や汗をかいているように見えた。

――……。

「まさか……また青葉さんなのです?」
「? アオバ?」
「まぁそんなわけで、悪さは出来ん。大丈夫でしょ。知らんけど」
「よかった! ありがとう!」
「礼なら電に言いなさいよ。お前さんの命の恩人な上、わがままを聞いてくれる貴重な存在なんだから」
「ありがとうイナズマッ! キラキラ……」
「ど、どういたしましてなのです」

 集積地さんはそういい、私に100万ドルの笑顔を向けながら握手してくれた。今日だけでもう何回も集積地さんと手を繋いだはずなのだが……なぜだろう、今こうやって私の手を取って嬉しそうに上下にぶんぶんと振られていると、とても腑に落ちない気分になる。人と握手してこんな気分になったのははじめてだ。

「電」
「はいなのです?」
「気持ちはわかるぞ」
「ありがとうなのです……」
「どうかしたのか?」

 こうしてその日のうちに資材貯蔵庫に美品を移した集積地さんは、この鎮守府の資材貯蔵庫の主として当面の間君臨することとなった。資材貯蔵庫に行けば集積地さんがいる……はじめこそ鎮守府の皆は戸惑っていたが、結果的にそれによってみんなと集積地さんの面識が増え、集積地さんは艦娘みんなと少しずつ打ち解け、鎮守府に馴染んでいくことになった。

 はじめこそ、私も司令官さんも前代未聞の事態に……というか集積地さんのこのわがままに頭を抱えたわけなのだが……

「イナズマ!」
「はいなのです?」
「お前には感謝している! 私のはじめての艦娘の友達だ!」
「ど、どういたしまして……なのです……」

 集積地さんのこのわがままによって、後に、新しい友達とちょっとした恩恵をこの鎮守府にもたらすことになるなんて、予想だにしてなかった。そのキッカケはこの数日後。鎮守府に2人のお客さんが来たことだった。

 
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