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テキはトモダチ

作者:おかぴ1129
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5. 一航戦とビッグセブン(前) ~赤城~

『あー……あー……赤城。対空演習が終わり次第、執務室に来るように』

 集積地棲姫さんが資材貯蔵庫に居を構えて2日ほど経った頃のことだった。その頃にはすでに集積地さんはみんなと馴染み始めていた。もっとも、私を含む何人かの子とはまだ打ち解けてはいないけれど。

「ぜひー……ぜひー……姐さん……」
「はい?」
「提督が……呼んでるぜ……どうすんだよ対空演習……」

 あの日……電さんが集積地さんを鎮守府に連れ帰った日から、なぜか天龍さんの対空演習に付き合うのが私の日課となっていた。天龍さんは未だ私の艦爆隊の猛攻を捌ききることは出来ないが、それでも最初の頃と比べると随分と対空戦闘の腕が上がったようだ。轟沈判定の損傷を受けるまでの時間がだいぶ伸びてきた。

 今日も私は朝から天龍さんの対空演習に付き合っていた。提督の呼び出し放送が鳴り響くまで、私の放った艦爆隊が天龍さんを完膚なきまで叩きのめしたところだ。

「そうですね……終わり次第ということですから、もう一戦やりましょうか」
「よし来やがれっ。次こそ姐さんの艦爆隊を捌ききってやるぜ!」

 私は天龍さんのこのやる気を買っている。今でこそ私の爆撃に手も足も出ない天龍さんだが、この調子で演習を続けていればいずれは私の爆撃を捌ききれるだけの腕を身につけることが出来るだろう。

「では行きます! 艦爆隊、発艦します!!」
「来いや! 次こそ全機撃墜してやるッ!!」

 だが、それまでの道のりはまだまだ遠いようだ。最後の一戦も、天龍さんの完敗で終わった。私の艦爆隊の猛攻を捌き切るには、彼女はまだ練度と経験が足りない。

「姐さん……さすが一航戦だぜ……ぐでー……」
「いえいえ。天龍さんも順調に腕を上げてますよ」

 将棋がうまくなるコツは、ひたすら達人と対局を繰り返すことだと何かで聞いた覚えがある。私が達人かどうかは分からないが、天龍さんは、このままこの鎮守府になくてはならない対空戦の達人となってくれるはずだ。

 天龍さんを存分にしごき倒した後、私は演習場から執務室へと足を運ぶ。あの日天龍さんがヒビを入れたドアをノックし、室内からの返事を待った。

「とんとん。提督、赤城です。呼ばれたので伺いました」
「ご苦労さーん。入ってくれー」

 さっきまで対空演習に付き合っていたせいか、それともヒビがあるからか、ドアノブに手をかけた途端天龍さんの『フフ……怖いか?』というセリフが頭をかすめた。先ほど私に完膚なきまで爆撃されてもなおこのセリフを私の頭に響かせるあたりは、さすがは天龍さんと言うべきか。

「それでは失礼します」
「んー。おつかれさーん」

 ヒビが入ったドアの向こう側には、いつもの死んだ魚のような眼差しの提督がいる。

「提督、ご用件をどうぞ」
「うん」

 訂正する。確かに提督は死んだ魚のような眼差しをしていたが……少しだけ真剣味を帯びているように感じた。

「天龍との対空演習はどお?」
「提督は体のいい人払いのつもりだったんでしょうが……あれから天龍さんは妙に燃えてますよ? おかげで天龍さんは対空戦の腕をメキメキと伸ばしています」
「一航戦相手に実戦さながらの演習だもんなぁ。そら腕も上がるだろう」
「時々鳳翔さんも参加していますからね。彼女の成長が楽しみです」
「うんうん」

 提督はこんな話をするために私を呼んだのではないことは分かる。速やかに本題に入ってもらいたいのだが……何か話しづらいことなのだろうか。

「提督」
「はいはい?」
「何か話し辛いことなのでしょうか? でなければ単刀直入にお願いします」
「別に話し辛いわけじゃなくて、本当に対空演習の成果を聞きたかっただけなんだけどね」
「ぁあ、それは失礼しました」
「いや。確かに前置きとしては長かったわな」

 そういい、提督は一枚の紙を机の上に広げた。広げたといっても紙のサイズは通常の書類とほぼ同じサイズ。何か文字がびっしりと書かれてあり、遠目から見ても、それが司令部からの伝達の類であることが見て取れた。

「命令書ですか?」
「というよりは永田町鎮守府のノムラ中将からの通達だなぁ」
「はぁ。通達ですか」
「うん。集積地の件がバレたようだな。ひどくおかんむりな内容だ」

 それ見たことかというセリフが喉まで出かかった。深海棲艦の最重要人物を司令部に内緒で匿い続けることなぞ不可能だ。司令部の耳に入るのも時間の問題だっただろうに。こうなることはわかっていたはずだ。

「ついては、ノムラ中将がうちに視察に来るそうだ」
「はぁ。視察ですか」
「うん。んで、赤城もその場に同席して欲しいなと」

 永田町鎮守府といえば、この地区の鎮守府すべてを統括しているところだ。ここいらの鎮守府をまとめ上げ、合同作戦の際にはこの地区の総合司令部を兼ねる場所になる。

 また、永田町鎮守府自体も屈強な艦娘が多数在籍している、この近隣では最強の鎮守府と言われているところだ。中将の指揮能力も高い。うちの鎮守府とはえらい違いだ。

 恐らくだが、集積地棲姫を匿っているという噂を耳にした永田町鎮守府の中将が、事の真相を探るためにうちに顔を出すのではないだろうか。なるほど……これは集積地棲姫を匿っているうちのピンチだ。

「結構な苦境に立たされているというわけですか?」
「苦境ってほどではないんだけどね。まぁおえらいさんだし、来る以上は丁重におもてなしをして、気持ちよーく永田町に帰っていただこうかと」
「そのおもてなしになぜ私が必要なのでしょうか?」
「いや、なんかな。嫌な予感がするのよ」
「? 嫌な予感?」

 提督は自分の眉毛を困ったような八の字に歪ませ、件の書類を私に渡して見せてくれた。渡された書類を上からさらっと流し見していく。

「書類に何か不備でもあるんですか?」
「不備なんかないよ?」
「では提督は、この書類のどこを見て嫌な予感を感じたのですか?」
「いやな。詳細の部分を見てみなさいよ」

 提督に促され、詳細の項目に目をやってみる。来訪する予定の日付は今日……随分急な話だが、それだけ急を要する事態ということか……予定時刻は午後3時。今から1時間後というわけだ。

「提督。一つ質問よろしいですか?」
「いいよ。気になるところを見つけたろ?」
「はい。人数の項目ですが、『ノムラマンゾウ中将。他艦娘一名』とありますが」
「あるねぇ」
「具体的に誰のことか聞いてますか?」
「いや。聞いてない」

 私の記憶に間違いがなければ、この手の書類の場合は来訪者の名はしっかりと明記されているはずだ。以前にも何度かこの鎮守府にもお客さんが顔を見せたことがあった。だがそのいずれも、事前の通達において身分が明らかにされていた。名前と所属、軍籍の場合はその階級……最低限の情報は事前に明確にされた状態で知らされていた。それは人間であれ艦娘であれ変わらなかった。

 だが今回は違う。なぜか中将とともに訪れる艦娘の素性は明らかにされてない。それが艦娘であるという事以外は明記されていない。

「これはどういうことでしょうか?」
「俺も何も聞いてない。誰が来るかも聞いてない。艦種すらも通達されなかった」
「そこまでする必要はないかもしれませんが、先方に確認はしたんですか?」
「『知らなくていい』って一蹴されちゃったよ」

 永田町鎮守府の中将は、相当にお冠のようだ。

 しかし考えれば妙な話だ。確かに、艦娘の誰が来訪予定かなどいちいち明記する必要のない情報ではある。駆逐艦の子だろうが空母だろうが戦艦だろうが、艤装を脱いだ艦娘は人であることに変わりはない。一人の人として艦娘を見た場合、駆逐艦と戦艦、空母に成長度合い以外の艦種ごとの違いというものはない。

 だが、かといって別に隠す情報でもないはずだ。いちいち明記する必要もない情報ではあるが、別に秘密にしておく情報というわけでもない。問い合わせをされれば、相手に伝えてしまっても何も差し障りはないはずである。

 にもかかわらず、『知らなくていい』といちいち秘密にしているということは、そこには何か意図があるはずだ。

「誰が来るのか、何か心当たりはないんですか?」
「あるよ」
「だから私にも同席して欲しい……そういうことですか?」
「さすが赤城。話が早いねー」

 心がこもってない褒め言葉を聞かされたところで別段何の感慨もないが、確かに気になる話ではある。提督の心当たりの件と共に。

「その心当たりとやら、お伺いしてもよろしいですか?」
「最近、ドイツを皮切りに海外でも艦娘の建造が始まったのは知ってる?」
「ああ、ドイツやイタリアの子たちですか。グラーフ・ツェッペリンさんやアクィラさんなんかとはお会いしてみたいですね」
「ああ。……で、今まで艦娘の建造に関しては元同盟国側が主導だったんだが、今年あたりから元連合国側でもチラホラと建造報告が上がっててな。アメリカのアイオワやイギリスのウォースパイトなんかが研修と称して日本の鎮守府を訪れ、戦力となっているようだ」

 聞いたことはある。でもそれと今日の中将来訪の話と何か関係があるのだろうか。仮に今日、中将と共に訪れる人が海外の、それも元連合国側で建造された艦娘だとしても、何か問題があるのだろうか。

「つい最近だが、イギリスでウォースパイトに続く艦娘の建造報告があった。戦艦だそうだ」
「深海棲艦の脅威はイギリスにまで及んでるということですかね」
「それはどうかは知らんが……その新しいイギリスの子が研修のために来日した日と、永田町鎮守府に新しい戦艦の艦娘が登録された日付が一致している」
「はぁ……つまり、永田町には今、最新のイギリスの艦娘が所属していると」
「きっとね。まだ『かもしれない』レベルの話だけど」

 あくまで偶然。憶測の域を出ていないということのようだ。確かに最新鋭の艦娘の着任情報であれば、機密扱いになってもおかしくない話ではあるが……

「それに加えて、ノムラ中将が何をするつもりでわざわざ自分とこの艦娘を連れてくる気になったのかが気になる。ノムラ中将は苛烈な性格だ。赤城は知らんだろうが……あの人、ちょくちょくうちに来ては怒鳴り散らして帰るんだよね」
「そうなんですか? 初耳です」
「だってお前たちだって、怒鳴り散らすおっさんなんか相手にしたくないでしょ?」
「まぁ確かに……」
「俺だって相手したくないもん。そんなおっさんの相手をお前たちにはさせられんよ」

 そう言って苦笑いを浮かべる提督を見て、私は数日前の大淀さんの言葉を思い出していた。

―― あの人が私たちをとても大切にしてくれているのは本当ですよ

 自然と大淀さんに目が行く。彼女は私の視線に気づくと、ニコッと微笑んでくれた。細かいことだが、提督は中将の怒号や非難から私たちを守ってくれていたということか。別にいいのに。

「……話を戻そう。ただでさえそんなにうるさい中将が、今回は火にかけたやかんみたいに頭から蒸気をピーピー出しているかもしれんのだ。何をしでかすつもりなのかさっぱり分からん」
「そんなに怒り心頭なんですか……」

 単なる来訪であれば、たとえそれが誰であれこちらに名前や艦種を伝えてきても良い話だ。それを伝えない、秘密にしているということは、そこには何か意図がある。提督はそれが気になるらしい。

 『永田町には最新鋭の戦艦の艦娘がいる』『今日訪れる艦娘の正体を意図的に隠している可能性がある』『中将は苛烈な性格で、しかもかなり怒り心頭』この3つが導き出す答えは一つ。

「最新鋭の戦艦の子が、ここで暴れる可能性があるということですか?」
「うん。俺達への制裁がてらね。幸か不幸か集積地という口実もあるし、その気になればいくらでも隠蔽は出来るだろう」

 提督がそう考える気持ちも分からなくはない。いずれも不確定な情報だろうけど、いちいちこちらの注意を引いてくる情報がこれだけ揃っていれば、慎重にもなるだろう。相手の攻撃からの防衛を考える場合、どれだけ慎重に考えても、考え過ぎということはない。

「まぁ考えすぎかもしれんけどな」
「いえいえ。戦闘においてはそういう慎重さは武器になります」
「ありがと。どちらにせよ、中将は自分が連れてくる艦娘の素性をわざと隠してる。その狙いが何であれ、こちらも万全を期しておきたいわけよ最新鋭の強力な艦娘にうちで暴れられたら手もつけられん」

 確かに話に聞くところでは、永田町鎮守府は強力な最新鋭の艦娘が優先的に配備される。大和さんや武蔵さん、最近だとアイオワさんやウォースパイトさんといった一線級の戦力も配備されているはずだ。

「だとしたら、実際に戦闘になった場合は私がいても変わらないのでは?」
「お前は自分のネームバリューを知らなさ過ぎる。『第一航空戦隊』の名前は、最強の航空部隊として国内外に轟いてるんよ?」
「そうなんですか?」
「そうよ? それに、お前さんはうちの子たちの中では実力が抜きん出ている。相手が誰であれこちらの最強をぶつけないと、ハッタリにはならんからさ」

 どうやら『一航戦』という肩書は、私が思っている以上の価値があるようだ。いわば提督は、私に抑止力の役割を負わせたいらしい。相手への牽制と威圧には、私の持つ『一航戦』というネームバリューはうってつけのようだ。

 それに、提督がこのようなお願いをしてくるということは、逆に言えば私の実力をそれだけ評価してくれているということだ。その点はやはり私もうれしい。たとえ相手がこの提督であったとしても。

「なるほど……わかりました。では私がその場に同席させていただきます」
「頼むよ」
「ちなみにこのことは、電さんたちは知っているんですか?」
「今届いた通達だからまだ伝えてないんだよなぁ。頼める?」
「了解しました」
「最近の電は資材貯蔵庫に入り浸って集積地棲姫と一緒にいるはずだ。ちょうどいいから二人に『今日一日資材貯蔵庫から出るな』って言ってやって」
「……わかりました」

 今回の騒動の引き金になった集積地棲姫さんにこのことを伝えるというのは少々気に入らないが、提督からの命令である以上、私に拒絶する権利はない。それに今は、彼女はこの鎮守府の来賓だ。資材貯蔵庫といういささか妙な場所で暮らしているけど。

「赤城」
「はい?」
「資材ちょろまかしは厳禁だぞ」
「しませんよ……」

 まったく……いくら私がよく食べる女だからとはいえ、発言にデリカシーがない。私はこそこそと意地汚く資材をちょろまかすような卑しい女ではない。……でもちょっとお腹すいたかも。

 件のお客様が来訪するまでは、とりあえず自由時間ということにしてくれた。電さんと集積地棲姫さんに今日のことを伝えに向かう。

 資材貯蔵庫に入る。私の心を否応なしに刺激するボーキサイトにはできるだけ意識を向けず、貯蔵庫の奥から聞こえる電さんと集積地棲姫さんの楽しそうな声の元に向かう。

「集積地さん! いなずま社長にボンビーなすりつけたらダメなのです!」
「はっはっはっ! ボンビーをなすりつけてこその深海棲艦だッ!!」
「ひどいのです! ……あっ……」
「あっ……」

 どうやら二人は貧乏神を擦り付け合って遊んでいるらしい。そのまま声のした方へと向かう。

「電さん。集積地さん」
「はいなのです?」

 声の発生源に到達する。資材貯蔵庫には、いつの間にかベッド代わりのハンモックとテレビモニター、そして一昔前のゲーム機が置いてあった。いつの間にこんな風に引きこもり上等な部屋へと変貌したのだろうか……よく見たら二人だけじゃなくて、妖精さんも二人いる。妖精さんとも仲良くなっているのか彼女は。

「ああ、いましたね」
「ぉお、アカギか」
「赤城さんも集積地さんと遊びに来たのです? よかったら赤城さんもあかぎ社長になって一緒に集積地さんにボンビーをなすりつけるのです!」

 相手のことをまったく疑っていない純真で満面の笑顔を浮かべた電さんは、その笑顔のまま私もゲームに誘ってくれた。出来るなら私もあかぎ社長になって集積地さんにボンビーをなすりつけたいが、今はそんな時間的余裕はない。

「すみません。それはまた今度」
「残念なのです……」
「それよりも、お二人に話があってきました」
「なんだと?」
「はい? お話なのです?」

 私の真剣な表情にことの重大さを察したのか、二人はゲームを一時停止し、私の話を聞いてくれた。私は二人にこれから永田町鎮守府の中将が来訪することと、正体不明の艦娘を連れてくることを伝えた。『中将』という単語を出した途端、電さんの顔が青ざめたのが非常に気になる……。

「はわわわわわわわわ……あの中将さんはとても怖いのです……」
「電さんは知ってるんですか?」
「まだ鎮守府に電と司令官さんと大淀さんの三人しかいなかった頃に何度かお会いしてるのです。すぐ怒鳴り散らすから怖いのです……以前は電も『敵艦を仕留め切れないヘタレ駆逐がッ』て怒鳴られたのです」
「随分感情的な方なんですね……」

 これから鎮守府を訪れるその招かれざる客は、随分といけすかない人物のようだ。確かに電さんは敵艦の撃沈こそないが、だからといってその仲間を『ヘタレ』と言われて平気でいられるほど、私は人のいい女ではない。

「……アカギ」
「はい?」
「ひょっとして、私がここにいるからか?」
「端的に言うとそうだと思います。あなたがここにいることがバレた可能性が高い」
「そうか……敵をここに連れてきた、お前たちの自業自得だな」

 私は集積地さんを諌めようとしたが……

「……」
「……集積地さん」
「大丈夫なのです。集積地さんのせいではないのです」

 その言葉とは裏腹に、彼女の表情はやや沈んでいた。どうやら、自分がここにいることで私達……いや、命の恩人で初めての艦娘の友達といえる電さんに迷惑がかかることを申し訳ないと思っているようだ。

 それは、隣で必死に集積地さんの手を握って励まそうとしている電さんを見れば分かる。彼女は人の機微に敏感で、考えすぎなほどに相手の事を考えてしまう。彼女が必死に集積地さんを励ましているということは、集積地さんはきっと心の中の罪悪感に苛まれているということだ。

 そして集積地さんの手を握る電さんの手もカタカタと震えている。かわいそうに……その中将とやらにかなり怖い目に遭わされたようだ。それでも自分のことよりも集積地さんのことを優先しているのは、優しい彼女らしい。

「……ともあれ、二人とも今日はここから出ないようにしてください。私か提督が迎えに来るまでは、外出しないほうがよいでしょう」
「「わかった」のです」

 ゲームの間抜けなBGMに乗せて、二人は息ピッタリのタイミングで返事をしてくれた。ある意味では非常事態だというのに、その光景がなんだかおかしくて笑ってしまう。ついでに言うと、集積地さんが着ている『しゅうせきち』という名札がついた紺色のジャージがまた妙に彼女にしっくりきていて、それもまた笑いを誘ってくる。こんな状況であるにも関わらず。

「……ぷっ」
「な、何がおかしいんだ?」
「いや特に……ぷっ……服装も……」
「あ、これは室内着として提督が用意してくれたものなのです」
「後もう二枚、抹茶色みたいな色のものと小豆色みたいな色のものもくれた。確かに着てると落ち着くが……あと名札はイナズマが作ってくれた」

 中々絶妙なチョイスだ。提督には後ほどグッジョブ! とサムズアップをしておこう。電さんもその絶妙な名札の作成、ご苦労様でした。さすがです。

 こうしてほんの少しだけ集積地さんとの会話を楽しんだ頃。

『あー……あー……赤城、執務室に来てくれ』

 という、覇気のない申し訳無さそうな提督の館内放送が響いた。貯蔵庫内にいつの間にか持ち込まれた可愛らしい壁掛時計を見る。中将が到着する時間まであと10分ほどだ。

「……そろそろですね」
「赤城さんは今日、中将さんに会うのです?」
「ええ。提督に頼まれて、話し合いの場に同席するんです」
「赤城さんなら大丈夫だと思うのですけど……気をつけて欲しいのです」
「分かっています。ありがとう電さん」
「は、はいなのです!」

 うつむきがちに私に声をかけてくれる電さんを見る。必死に隠しているようだが、彼女の左手は未だに少しだけ震えていた。どうやら電さんは、中将にかなりの苦手意識を持っているようだ。一体どれだけ罵倒されたのか……なんだか腹が立ってきた。

「アカギ」
「はい?」
「いや……」

 集積地さんは集積地さんで、何かを言いたげに私に声をかける。『迷惑をかけてすまない』とでも言いたいのだろうか。もしそうだとしても、今の私には普段ほどの感動はないだろう。私は今、仲間をここまで追い込んだノムラ中将というその人物への不快感で一杯だからだ。

「集積地さん」
「?」
「電さんをお願いします」
「……分かった」

 私の言葉の意図を察してくれたのか、集積地さんは電さんの震える右手を握っていた。電さんのケアは彼女に任せよう。少なくとも電さんのことに関しては彼女は信用出来る。それに、私は私で、やるべきことをやるだけだ。

 胸いっぱいの不快感を我慢しながら執務室に向かい、ヒビが入ったドアをノックする。

「とんとん。提督、赤城です」
『遅いぞ!! 私たちをいつまで待たせる気だ!!』

 唐突に部屋の中から聞こえる怒号。なるほど。この声の主が中将か。予定よりも早く到着したようだ。

『はいよー。そのまま入っちゃってー』

 まさか提督の声に安心を感じる日が来ようとは夢にも思わなかった。普段なら別に何とも思わないこの覇気のない声が、今だけは耳に心地いいとても落ち着いた声に聞こえるから不思議だ。

「了解しました。赤城、入ります」
「何が了解だッ! さっさとせんかバカタレがッ!!」

 うちの提督とは真反対のタイプのようだが、人を不快にさせる才能に関しては中将は提督よりも恵まれているらしい。いらだちを抑えつつドアノブに手をかけ、静かにドアを開く。

――フフ……怖いか?

 今の私は機嫌が悪い。八つ当たりだというのは重々承知だが、後ほど天龍さんを交えた二度目の対空演習を行うことを決意した。本気ですりつぶしてやる。申し訳ないとは思うが、ドアノブに手をかける度に私の頭の中に語りかけてくる天龍さんの方が悪い。

 ドアを開き、室内を見回す。室内には、いつもの場所に大淀さんと提督がいつものように佇んでいる。

「赤城、おつかれさん」
「申し訳ありません。遅れました」
「いいのよ」

 来客用のソファには、提督よりも若干年齢が上に見える壮年の男性。この男が永田町鎮守府のノムラ中将か。提督よりもさらに老け込んだ顔な上、頭が若干さびしいことになっている。

「私が来ると分かっているんだからはじめから執務室で待たせておけ!!」
「いやーいつもは時間きっかりに来ていただける中将ですから、まさか今日は早めにお越しいただけるとは思ってなかったものでして。よほどうちに来るのが楽しみだったようですなぁ。あはははは」
「愛想笑いもほどほどにしろよ?」
「愛想笑いだなんてとんでもございませーん。あははははは」
「敬語の使い方を間違っとる上に目が笑っとらんぞ」

 そしてその中将の背後の壁には、見慣れない女性が姿勢をただし、立っている。

「……」

 所々に金のアクセントが入った銀色の西洋の鎧……プレートメイルと言ったか……それに身を包み、左腕で兜……アーメットヘルムを抱えたその女性は、目を閉じ、ただ静かに佇んでいた。腰には一本の剣を携え、背中には円錐状の巨大な槍が背負われている。綺麗な金髪を丁寧に編みこんだ髪型で端正な顔立ち。私と同じぐらいの背格好で、同じぐらいの歳と思われる女性。提督の予想は当たっていたようだ。

「おい赤城」

 不愉快な声が鳴り響く。ソファで偉そうにふんぞり返っている中将が私を呼んだようだ。人の神経を逆なでしてくる不快な声だが、自分を抑えなければ……。

「はい」
「こいつが気になるか?」
「初めてお会いする方ですから。海外の方ですか?」
「ああそうだ。ロドニー。自己紹介しろ」

 プレートメイルを着込んだ女性……ロドニーと呼ばれた彼女は、静かに目を開いた。綺麗なブルーの眼差しだが、こちらに突き刺してくるような眼差しは非常に鋭い。

「ネルソン級戦艦二番艦のロドニーだ。女王陛下に忠誠を誓った身だが、今は縁あってこちらの中将閣下の指揮下に入っている」
 
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