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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第十四話。哿の妹

背後から抱きつかれて、広がる甘い匂い。
ああ、このニオイ。なんだか懐かしいな。
それに、背中越しに伝わってくる弾力のある柔らかいモノ。
知らなかった。かなめの奴、こんなに成長していたのか……ああ、ダメだ。なる。なっちまう。ああ……なっちまった。
______『ヒステリアモード』に!
ヒスった俺は彼女(かなめ)が好んで食べるキャラメルの匂いを嗅ぎながら思案する。
何故、かなめがいるんだ?
いや、いるのは問題じゃない。
今はかなめも一文字家で暮らしているからな。いるのは当たり前だ。
問題なのは何故かなめは……俺が出掛けるタイミングで抱きついてきたんだ?
ただの偶然か? それとも……。

「か、かなめ⁉︎ そろそろ離れろ!」

「えー、何で? 可愛い妹とのスキンシップだよ、お兄ちゃん?」

「普通の兄妹はこんなことしない!」

「えっ⁉︎ もしかして、キスの方がいいの⁉︎」

「なんでそうなる⁉︎」

「だって、兄妹だもん。キスするのは当たり前だよ?」

そりゃあ、アメリカ的な考え方だろう? ここは日本だ! ついでに言うが、兄妹同士でキスはしない。いかん、かなめの発言を聞いたせいで、キスしてる武藤兄妹の姿を思い浮かべてしまった。

「……吐き気がしてきた」

「大丈夫? 妹看病しようか?」

誰のせいだ。誰の。
クソ、かなめのせいで嫌な想像してしまった。慰謝料寄越せ。

「『普通の兄妹』はそんなことしないよ」

「えー、非合理的ぃ。もっと合理的に考えないと、人生損するよお兄ちゃん!」

「そんなんで得をするくらいなら、お前の兄なんか辞めてやる」

「えっ? 結婚してくれるってこと?」

「ポジティブだな、おいっ⁉︎」

人工天才(ジニオン)』のはずなのに、なんでこんな残念な頭してるんだ、うちの妹は……。

「んー、じゃあ仕方ないなー、頭ナデナデして、お兄ちゃん!」

何が仕方ない、だ。そんな甘え声出しても、そんなことしてやらんぞ。
そんなナデナデなんて……。

「こうか?」

「あっ、うん、気持ちいいよ、お兄ちゃん……」

頭ナデナデしてやってるが。これはあれだ。
ペットを躾ける時に、おとなしくさせる為にやったり、いいことをした時にご褒美で撫でるアレと同じだ。
決して甘やかしてるわけじゃない。

「えへへ、やっぱお兄ちゃんは優しいねー。頭撫でるのも上手だし」

「そうかな?」

「うん、こんなに気持ちいい撫で方はお兄ちゃんしかできないよ」

大袈裟だな。ただ頭撫でただけでコレとは。

「そんなんで褒められても嬉しくない」

「あはは、お兄ちゃん照れてるー」

照れてねぇ!
まったく、たまには兄らしくスキンシップしてやればこれかよ。
まあ、いい。スキンシップの時間は終わりだ。
こんな時間ない時に、何で抱きついてきたのか、そろそろ話してもらうぞ。

「なあ、かなめ……」

俺が言いかけたその時だった。______キィーン、という音がしたかと思うと俺の視界が、景色が、周囲が、一変した。
気付いた時には俺は畳がある和室に移動していた。
(な、何が起きたんだ?)
俺の視界に映るのは、6畳半くらいの和室部屋。
まるで巣鴨の実家に住む爺ちゃん、婆ちゃんの部屋みたいな造りだ。
目の前にあるのは如何にも和風っぽい(フスマ)がある押入れ。
右を向いても押入れ。左を向いても押入れ。
試しに後ろを向いたが、押入れしかない。
前後左右、どこを向いてもあるのは押入れと、足元に広がる畳だけだ。
天井には蛍光灯がついてるが、カバーはなく。裸電球のままだ。
(この感じ……まさか⁉︎)

俺がその可能性に気付いたその時。
どこからか、声が聞こえてきた。

『あははっ! お兄ちゃん』

『約束、覚えてる?』

『スリーアウトは……チェンジ、だよ?』

どこからか、聞こえてくるその声の主に俺は聞き覚えがありまくる。そして、彼女が作り出したこの空間は彼女の『ロアの世界』というのも解る。
しかし、何で彼女がわざわざこんな空間に招いてやってるのかは、理解できない。
直後言った方が早いからな。

「一体、何のことだ……かなめ?」

『お兄ちゃん、今朝、六実鳴央と夢の中でイチャイチャしてた!』

『それだけじゃない! 昼間は一之江瑞江とラブラブデートしてた!』

『夜には、仁藤キリカと一緒に大人のイケナイ施設に入っていった!』

「……見てたのかよ」

夢の中で浸入してきたの、やっぱお前かよ!
というか、一之江やキリカとのあれやこれやも見てたんですか。かなめさん⁉︎
俺のプライバシーとか、人権どこいった?

『お兄ちゃん、約束したよね?』

『私、以外の女とは口も聞かず。私以外愛さない、結婚してくれるって』

『お兄ちゃんが今日だけで接触した女子は……六実鳴央。一之江瑞江。仁藤キリカ……はい、スリーアウト! スリーアウトはチェンジだ!』

「いや、待て待て待て! 『人を傷つけるな』と約束したのは事実だが、勝手に約束の内容捏造するのはやめろ!」

何さらっと、結婚とか付け加えてんだ⁉︎
血が繋がった妹と結婚とか……拳銃自殺もんだろ!

『血の繋がりなんて……些細な問題だよ?』

「根本的な問題だろ⁉︎ それと自然に心読むな!」

なんなの、ロアには心読む能力とかデフォルトで装備されてんの?

『違うよ、お兄ちゃんだからだよ』

『愛の成せる技。妹愛だよ』

『だから、結婚しよう?』

「イヤイヤ、何で結婚に行き着くのかよくわからん」

『もう、非合理的なんだからー。いい、血の繋がらない妹っていうのはね……』

それから五分くらい、かなめによる妹談義を受けた俺は、終わる頃には『妹と結婚するべきじゃないか?』なんて、考えるようになっていた。
今すぐ婚姻届を提出するべきなんじゃないか?
……いや、待てよ?
冷静になって考えると、かなめの理屈はおかしい事に気づいた。
危ねぇ。かなめの奴……実の兄に『教唆術(メンタリズム)』をかけたな。なんてもんをかけやがる。あやうく、襖の中から飛んできた(かなめが差し出してきたと思われる)婚姻届にサインするところだったぞ。

「よくわかったよ。かなめ」

『わかってくれた⁉︎ さすがお兄ちゃん』

『挙式はいつにする?』

『式はアメリカと日本で挙げようか?』

「お前の頭がおかしいことがよくわかった」

実の兄妹で結婚とかありえん。
そもそも、俺もお前もまだ未成年だろうが。未成年では両親の承諾が必要だから、するなら爺ちゃん、婆ちゃんの許可がいるし、あの爺ちゃんでもそんな許可出すとは思えん。
もし、かなめと結婚とかになっても駆け落ちになるぞ。

『駆け落ちかぁ。それっていいアイディアだよ、お兄ちゃん』

いかん。地雷踏んだか?

『私はお兄ちゃんと一緒なら、それでもいいよ』

『だから、今すぐ結婚しよう?』

ダメだ、コイツ。早くなんとかしないと……。

「なあ、かなめ。話し合おうぜ。
姿見せてくれよ?」

俺が一言言ったその時。
______ゾクリ。
背後で誰かに見られている、そんな視線を感じた。
バッ⁉︎
後ろを振り返ると、そこには押入れがあり。そのフスマが少し開いていた。

変だな。さっき見た時(婚姻届が飛んできた後は)フスマはきちんと閉じていたのに……?
気になった俺は押入れに近づいて、フスマに手をかける。
そして、ゆっくりとフスマを開こうと動かした……その時だった。
バチッと、胸ポケットとズボンのポケットに入れていたDフォンから火花が飛んだ。
熱い。急いで取り出すと、Dフォンは真っ赤に光り、発熱している。
これは、もしかして?

『あははっ! 残念〜あのまま開けてくれればお兄ちゃんはずっと私と一緒にいられたのに』

「お前は誰だ!」

かなめじゃない。声は確かにかなめだが。俺にはわかる。コイツは違う。別の何かだ。

『私はかなめだよ?』

『正確には遠山かなめが生み出した擬似人格だけどね。
第二、第三のかなめ。
お兄ちゃんも知ってる『スイッチ』が入ったかなめかな?』

『あっちの世界だと、私達は表に出にくいんだけど、この世界だと私達は個々の意識として存在できるの。
ネットを介して世界中に存在をアピールするだけで、私達は出やすくなれたんだよ』

かなめの発言に驚かされる。
確かにかなめは人格のスイッチが変わると、包丁をぶんぶん振り回したりしちゃうくらい危険な奴だが、目の前のかなめからは何か、違和感を感じる。
あっちの世界?
それは『前世』だと仮定して。
ネットを介して存在をアピールすることで存在した、ということは……。

「……ロアか?」

『えへへー。正解ー、私は第二のかなめ。『破滅の悪戯妖精(グレムリン)』のロアだよ、お兄ちゃん?』

『私は第三のかなめ。ロアを操る『脚本作り(ブックメイカー)』のロア』

「ロアを三体も持ってるなんて、かなめは大丈夫なのか?」

『えへへ、お兄ちゃんが心配してくれてるー。背徳ぅ』

余計な心配はいらないみたいだな、うん。

『主人格のかなめなら大丈夫だよ。今はね(・・・)。『破滅』の属性を持つ私が表に出やすい今、いつまで無事でいられるかはわからないけど』

「破滅の属性?」

『そのことでお兄ちゃんと話があって出てきたんだよ。
いい、お兄ちゃん? このままいくと、お兄ちゃんの大切な物語……皆んな、死んじゃうよ?』

「死ぬ? アリサに俺はもうすぐ死ぬって言われたことがあるが、それと関係あるのか?」

『『予兆の魔女』の予兆かぁ。確かにそれもあるけど、お兄ちゃんはもうすぐ大切な人を失う。
『破滅』の属性を持つ、大切な人がいなくなる。私にはわかる。同じ破滅を持ってるから』

「何なんだ、その破滅っていうのは」

『破滅することが決まってるロアだよ。物語的にいう悪役。
そうだねー、『シャーロック・ホームズの物語』は知ってるよね?
例えば、その物語(ストーリー)に出てくる悪役、モリアーティ教授とかがそれかな』

「……破滅が決まっているロア?」

『そう。普通、大抵の物語はハッピーエンドに向かって進んでいくんだけど、中には自身を含めて、人やロア、世界をも破滅に導く、そういった物語も存在するんだよ。
有名どこだと『◯◯の大予言』とか、『世界終末戦争(ラグナロク)』とか。
『世界が破滅する』______その類の噂が広まれば広まるほど、その属性を持つロアは強くなるんだよ。
世界のどこかで災害が起きる、世界のどこかで戦争が起きる、世界のどこかで人が死ぬ______そういった事件が起きると、多くの人が噂するからね』

「世界を破滅に導くロア? それって……」

『うん、そう。お兄ちゃんがこれから先、挑むことになる相手もその属性を持っているんだよ。
その相手こそ『最悪の大予言』。アリサさんが視た予兆そのもの。
だから、私は止めに来たんだよ。『不可能を可能に出来る』お兄ちゃんでも絶対に勝てない(・・・・)相手だから』

「勝てない? 戦ってすらいないのに……解るのか?」

『アレは戦って勝てるものじゃないんだよ』

『例えその破滅に勝てても、本当の勝利にはならないよ。特にお兄ちゃんみたいな優しい人は。
お兄ちゃんは、もしその破滅を持つのが可愛い女の子だとしたら全力で助けようとするでしょう?』

「……否定できないな、女の子を守るのが男の役目だからね」

『……否定してほしいんだけど。非合理的だからなぁ、お兄ちゃんは』

呆れたかなめの声が聞こえる。
姿は見えないが、声色から呆れられているのが解る。

『破滅を持つロアを倒しても、そのロアは消えるだけだよ。決して仲間にはならない。
ううん、お兄ちゃんなら出来るかもしれないけど、絶対仲間にしちゃダメだからね。周りを巻き込んで破滅をもたらすから』

『物語を終わらす物語。それが破滅の属性なんだよ』

「なるほどね。理亜みたいに物語を消す物語がいるんだ。存在自体を終わらす物語がいてもおかしくはない、か……」

理亜と違うのは、自身で制御できない点と、世界をも巻き込んでしまう点か。
理亜の場合、ロアだけを消して、ハーフロアを人間に戻すことが出来るが、破滅を持つ物語の場合、終わりに向けて物語を進めていかなければならないから、融通が効かないんだな。

「その属性をかなめも持っているのか?」

『うん。私が持つ『破滅の悪戯妖精(グレムリン)』はその物語の通り、機械を狂わせて人を惑わし、最後は破滅をもたらす。それがどんだけ優れた機械でも、先端技術の塊でも狂わせる。そういった物語だから』

『もし、私が飛行機に乗ったら多分十中八九、墜落させるよ?
今は自我があるけど、この能力を使う度に私は私じゃない感覚を感じるから』

「だったら使わなければいい」

『それじゃ、駄目だよ。私はかなめの一部だから、物語の通りにしなければ私は消える。私が消えたらかなめも消える。すでに一心同体なんだよ、私達は』

「だったら、俺が変えてやる!
俺の能力なら上書き出来るはずだ」

(エネイブル)』の能力なら改変出来るはずだ。
まったく違う物語にしてしまえばいい。

『……ありがとう、お兄ちゃん。
でも、今はまだ大丈夫だから。お兄ちゃんは心配しないで。もう何もしないで。戦わないで』

「そうしたいのはやまやまなんだけど……パートナーと約束しているからね。君を最強の物語にしてみせると」

『……そう。どうしても戦うのを止めないんだね?』

「ああ、俺は戦う」

『じゃあ、私を倒してみせてよ。
お兄ちゃんが私を倒せたら、今日は退いてあげる』

「大切な妹に手は出せないな……」

『じゃあ、諦めて!』

「武偵憲章第十条。諦めるな。武偵は決して、諦めるな……俺はもう武偵じゃないけど、諦めることはしない。
俺が諦めるのを諦めてほしいな?」

……。
お互い無言で睨み合う。
かなめの姿は見えないが、おそらく睨んでるだろう。
確証はない。ただの兄の勘だ。

『やっぱりお兄ちゃんは非合理的だねぇ。解った。それなら力尽くでも戦わせないから』

かなめがそう言うと、前後左右の押入れのフスマが開き、強烈な引力が発生した。それはまるで俺を囲むようにして、フスマの中に引きずるように、風が、引力が、引きずり込む力が発生している。

「うおっ⁉︎ なんだ、この力は……」

『『無限隙間空間(インフィニティ・スリット・ゾーン)』!』

『私の最初のロア、隙間女の能力。どんな小さな隙間だろうと、そこに隙間があるのなら私は入り込めるんだよ? どんなに小さな隙間だろうが、小さな、小さな粒だろうが、『分子』だろうが、例えそれが『素粒子』でもそこに僅かでも『隙間』があれば干渉することだって出来るんだから。
だけど私の真の能力はただたんに隙間に入るだけじゃない。隙間から相手を攫って、隠したり、閉じ込めたり出来る。
そういった逸話を持つことで私は気に入った相手を隙間に閉じ込めることが出来るんだよ、お兄ちゃん』

な、なんだよ! そのトンデモ能力⁉︎
まずいな。ただでさえ、一人でアリア達を纏めて倒せるくらいの戦闘力を持ってるのに、ロアの能力を手にしたかなめを倒すのは至難の技だぞ?
しかも、今の俺は通常のヒステリアモード。
『女を守る』という特性上、かなめと戦いたくはない。
『本気にはなれない』……だが、かなめは本気でくるだろう。
バスカービルの女子を圧倒する実力を発揮されたら、本当に閉じ込められるかもしれん。
さらに悪い事に今の俺には戦う時間すらない。
一刻も早く、音央を探しにいかなければならんのだ。
どうする? どうしたらいい?

「ま、待て。話し合おう。話せば解る」

『何を話し合うの? どんなに話し合っても答えは変わらない。一つしかないよ? お兄ちゃんはもう戦わない。私とずっと一緒にいる。結婚してくれる。そう言ってくれるの?』

「……最後の方の言葉はよく聞こえなかったが、それは話し合いじゃない。話し合いは『話し』『合う』ってことだ。人と人とが意見をぶつけてお互いに納得するまで論議する場であって、かなめのそれはただ自分に都合の良い提案を押し付けてるのと変わらない。
それじゃ、人は納得しないよ?」

『いいもん。力づくで納得させればいいんだもん。『弱者は強者に従う』……それがアメリカ(私達)のルールだもん』

「ここは日本だ。『個の強さ』より『周りとの和』を重んじる文化の国だからな。
だからかなめの提案は受け入れられない」

『……非合理的ー』

かなめの声が響く。風が、引力がさらに強くなる。
俺の体はその力に引きずられて、自分の意思とは反対に、フスマの方へと動いてしまう。
(クソ、何かないのか。この状況を覆す方法は!
考えろ! 何かあるはずだ。引力に抗う。引力をも退ける方法が。
あるはずだ。ないなら、作れ!) 
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