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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第十三話。デート・ア・キリカ

やたらと肉汁たっぷり溢れる美味しいハンバーグをこれでもか! と食べた俺は、一之江の車で月隠駅まで送って貰った。この後、一之江は妹さんと久しぶりに会うらしく、さっき買った買い物もいくつかは妹さんへのプレゼントも兼ねているとかなんとか。
(まあ、明らかに一之江のサイズではないものも買ってたしなぁ……何処がとは言えんが)

「やはり殺しましょうか?」

「すまん、今日はもう勘弁してくれー!」

「まあいいでしょう。ですが、妹には絶対に会わせませんからね。いいですね、会ったら殺します」

「……偶然会った時くらいは情状酌量の余地をくれ」

「いいえ、現行犯なので刺殺可です」

「射殺じゃなくて、刺殺かよ⁉︎」

一之江に似た娘、というのがいたら近寄らない方がベストみたいだな。偶然何処かでぶつかりませんように。
絶対に会いませんように、いいか絶対だぞ!

「それにしても。今朝……というより、昼間に会った時よりもいい顔をするようになりましたね?」

「ん? ああ。それに関しては一之江のおかげだな。いろいろ吹っ切れたからな。ありがとうな」

「べっ、別に、以下略」

「だからそこまで言ったんなら最後まで言おうぜ、ツンデレ!」

「貴方の為になど誰がデレるものですか。デレタイムは時給800万円です」

「何か増えてるし……」

「時価ですから。さて、それはともかく……まっすぐ帰るんですよ」

「ああ、解ってるよー」

そう言って助手席に乗り込んだ一之江に手を振って、一之江を乗せた車が走り出すのを見送る。
一之江を乗せた車が走り去った後。
朝からいろいろあったせいかなんだか眠くなってきた。思えば昨夜からヒステリアモードを使い続けたせいで、脳神経に負担がかかってるのかもな。今まではいろいろな意味で緊張してたから眠くならなかったけど、ここに来て眠気のピークが……ふぁ〜あ……。
いかん、いかん。このままじゃ、道端で寝ちまう。
早く帰らんとまずいな。
などと思っていると。

「わお、モンジ君ってば、瑞江ちゃんとデートしてたの?
なんだか、お肉の匂いがするね? くんくん」

……だよな。解ってたよ。このまますんなり帰って眠れるわけがないよな、こんちきしょう!
さすがは不運に定評のある2年の遠山だ。
……今は一文字だけど。

「もう出歩いて大丈夫なのか、キリカ?」

後ろを振り返って、声をかけてきたキリカにそう尋ねる。

「うん、目が見えるようになったからね、体は騙し騙しで」

「視力が回復したというのは安心出来る話しだが、だからってなんで月隠に?」

「んー? だって」

いつもより若干ゆっくりな仕草で、上目遣いでキリカは俺の顔を覗き込む。

「私に聞こえないトコでちょくちょく会話してるんだもん。ちょっと気になっちゃうよ」

そして、不貞腐れるように唇を尖らせた。

「あー、そっか。すまん。敵にも『魔女』がいるから警戒して、街を変えたんだ。そっか、街の外にいたキリカにも解らない状態になっちまうのか」

「んー? 私だけ仲間はずれー、とかじゃないの?」

「俺にそんなつもりはないが、そうだな……キリカ、『仲間を信じ、仲間を助けよ』、だ。もしくは、『自ら考え、自ら行動せよ』、だ」

「むー、何それ? 勝手にやれってこと?」

「違う。俺や仲間を信じろってことだ」

そう言うと、何故かキリカは驚いた顔をした。

「……私も君にとってちゃんと仲間に入ってるんだね」

「当たり前だろ! お前はもう、大切な俺の物語だからな」

「……っ⁉︎」

「……キリカ?」

ん? なんで、そこで顔を赤くするんだ。
って、そうか。
ロア達にとって大切な物語って発言はプロポーズみたいなものだったな、確か。
いけねー、武偵高のノリで大切な仲間って言おうとしたのを失敗しちまった。
どうする? 訂正するか……だが、ここでそういう意味じゃないなんて言うものなら、何をされるか……。
困ったな、なんて言えばいいんだ?

「そっか、そうなんだね。うん、君はそうだよね……そんな君だから、私は……」

「キリカ?」

「ううん、何でもない。それよりそっか、心配して損しちゃった。モンジ君、私に隠し事してたわけじゃないんだね」

「あ、ああ。そんなつもりはなかったんだが……そんな風に思わせちまってごめんな。一人だけ仲間はずれにされたら嫌だよな? もっと考えるべきだったな」

夜霞を出て、月隠に入れば『魔女』の探査範囲から外れる。それは同時に仲間の『魔女』に不安を与えることになる。そんなこと、思ってもみなかった。完全に失念だ。

「ほんと、ごめんな、キリカ」

俺はキリカに頭を下げた。

「あはっ、モンジ君ったら。そこまで反省しなくてもいいのに」

キリカの困ったような声を聞いて顔を上げると、キリカは安心したみたいに『ふーっ』と深い吐息を零して。

「焦って飛び出して来ちゃったから汗掻いちゃったよ」

在ろう事か胸元を捲り、パタパタと扇ぎ始めた。
バカ! そんなことをしたら……ああ、ダメだ。なる。なっちまった。
ヒステリアモードに。

「……まったく、困った子猫ちゃんだ」

「ふふ、子猫は甘えたがり屋……な……んだ……よ……あれ?」

キリカは笑いながら甘える声を出していたが……

「キリカ!」

話してる途中で突然、ふらりと前のめりに倒れそうになる。

「っと、大丈夫か! しっかりしろ!」

俺は腕を伸ばしてキリカの体を支えた。

「あはは……目は回復したけど、実はまだフラフラでした」

「何たってこんな無茶を」

「だって……モンジ君……ううん、キンジ君、君を……君の存在が感じられなかったから……なんとなく不安になっちゃったんだもん。自分でもよく解らないくらい不思議なんだけどね、こんな気持ちになるの。落ち着いて考えれば、作戦会議だって解ったはずなのにね?」

俺の肩に頭を乗せるように、もたれかかるようにしてキリカは体を預けてきた。
体を支える手は熱く、熱があることを教えてくれた。

「そこまで思ってくれる……それだけで俺は嬉しいよ、キリカ。さ、帰ろう。俺達の街へ。タクシーを使えばすぐに帰れるからね」

すぐに病院に連れて行かないと。
いや、待てよ? キリカはロアだ。
人間用の病院で診て貰っても大丈夫なのか?

「ん……キンジ君」

「ん、なんだい?」

「えっとね、その……ちょっと休めば、回復すると思うんだよね。キンジ君が一緒にいてくれるならなおさら。ほら、嬉しいとか、楽しいとか、そういう気持ちになれば回復が早いっていうのは前に教えたでしょ?」

「あー、今朝聞いた奴だね。うん。解った。それじゃえーと……何処か休めるところで休むか?」

「……お布団が……あ……る……所が……い……いな」

モジモジとしながらそう言ってきた。
お布団かぁ。
それはビジネスホテルや旅館の部屋を用意してくれということか?
ちょっと、その要望は厳しいですよ、キリカさん。
周りを見渡してそれらがないか、探していると俺の目にそれは入る。
(あったが……ここはマズイ気がする。何がと言われてもわからんが、なんとなく、なんとなくだが、入ったら詰む気がしてしまう)

そこはちょっと外装がお洒落な建物で。
中にはお布団のある部屋があって。しかも『ちょっと休む』、その為の場所______。
要望通りの部屋だが……。
よ、よーし、他を探そう。そうしよう!
何故だかそこに入ったらいけない気がした。
他を探そう……。
と、思っていたが、くいくい。
キリカに服を引っ張られる。

「え、えーと、キリカ……さん?」

「……ダメ……かな?」

本音を言うと入りたくない。入ったら最後……嫌な予感しかしない。
……だが、今のキリカは病人だ。
一刻も早く休めさせないとマズイ。
吐息は荒く、顔は熱で真っ赤、ちょっと汗ばんでいるのか、髪の毛が頰に張り付いている。
早く休めさせた方がいい。
何より今の俺はヒステリアモード……。
それがキリカのお願いなら俺は何が何でも叶えてやりたくなる。
だけど……。
本当にいいのか、俺?

「あ、あは……ごめんね、キンジ君……困らせる、つもりはなかったんだけど……うん、そう、だよね。……ちょっぴりハードル高いよね、あ、あは……」

焦ってる俺の様子を見て、キリカは起き上がろうとする。

「ごめん、言ってみたかっただけ。えへへ」

そんなキリカの態度を見ていたら、俺も覚悟を決めるしかない。

「ごめんよ、キリカ」

俺はキリカに一言謝ってから。
彼女のその体をお姫様抱っこで抱える!

「ふわっ⁉︎ き、キンジ君っ⁉︎」

「『お布団がある部屋で休みたい』……その依頼、確かに引き受けたよ!
でも、キリカ、君とだから入るんだよ? 少し休んだら一緒に帰るからね!」

「う、うん……」

「じゃあ、キリカ……入るぞ!」

そして、俺はキリカをお姫様抱っこしたまま、建物の入り口に入って行った。
まるでお城のような外見の、その宿泊施設の中に。

「キンジ君……」

キリカが嬉しそうに囁くが、何でそんなに嬉しそうな声を出していたのかは最後まで解らないままだった。




我ながら……我ながら本当に不幸だ。
俺はそう痛感していた。
キリカをお姫様抱っこしたまま、建物に入った俺は受付前の機械で部屋を選んでボタンを押し、従業員の顔が見えないように出来てる受付でおばちゃん(と思われる人物)から鍵を渡されたのだが、『若いのに無理させるんじゃないよ』などと言われ、意味が解らないまま、部屋の扉を開けたのだ。
部屋の中を見て驚いた。
部屋の中がとんでもなく、豪華で、可愛らしく、ベッドも広いからな。まるで理子の部屋にいるような気分になった俺はヒステリア性の血流が強くなるのを感じてしまった。
はっきりいって、まったくと言っていいほど落ち着かない。
なぜなら……。

シャワ〜……。

室内にあるバスルームからシャワーの音が聞こえてくるからだ。
マズイ、このままだと状況的にマズイ。
これ以上ここにいたら危険だ。
俺の身がもたないぞ。精神や理性も含めて。
だが、逃げようにも逃げられない。
なぜなら、ヒステリアモードの俺はキリカと約束したからな。
『一緒にいる』と。
武偵憲章第2条『依頼人との契約は絶対守れ!』。
俺は約束した。『キリカの側にいる』、と。
だから俺は逃げられない。逃げない。
約束したからな。
しかし、だからっといって、ドキドキしないなんてことは出来ず。
この昂った気持ちを鎮めるには……。

「ふはー、キンジ君お待たせ……って、何してんの?」

風呂から上がってきたキリカが不思議そうな顔をして聞いてきた。
そりゃ、風呂から出たら、同じ部屋に虚空見つめながら素数数える奴がいたらビックリするよな?

「いや、突然素数数えたくなっただけだから、気にしないでくれ……」

「あはは! キンジ君って相変わらず面白いね!
やっぱりキンジ君はキンジ君だね!」

キリカが笑いながらそんなことを言うがそんなに可笑しいか?

……笑いのツボに入ることを言ってる自覚はないのだが。
まあ、いいや。
そのおかげでキリカの姿を見なくて済むのだからな。
それにヒステリアモードも解けてきたし。
なあに、振り向かないことと不運になら定評のある俺だ。
きっと、死んでも振り向かないと決め込めば、振り向かない自信ならあるからな。

「あれ、振り向かないんだ?」

「ああ、不運に定評があるからな」

「なぁんだ残念〜、実はバスタオル一枚なのに……」

「やっぱりかー」

「なーんてね、冗談。そんなことしないから、振り向いても平気だよ?」

「なあ、キリカ」

「何かな、キンジ君?」

「えーと……ちゃんと服は着てるよな?」

「わっ、そんな心配してたんだ⁉︎ んもぅ、キンジ君ってばエッチなんだから」

「ち、違う。経験上、着てないことがあったから……」

前世では不運のオンパレードだったからな。特に神奈川武偵中時代は酷かった。

「あはは! ちゃんとバスローブ着てるから大丈夫だよ」

「バスローブ、か……」

安心……できるのかな、それ。
ヒステリアモード的にはアウトじゃないか?

「ふはーっ!」

ボスーッ、とベッドに背中からダイブしたキリカは寝転がると、すぐに体を起こした。

「ねえ、キンジ君っ」

「何かな?」

「すっごい回復してるんだけど。キンジ君、私のこと考えまくってくれた?」

「それはそうだよ。安心してくれ、キリカ。俺はいつも君のことを考えてる。
君のことしか考えてないから」

残っていたヒステリア性の血流を絞り出すようにしながら、俺はキリカに告げる。

「俺がいつも見てるのは君だ。君だけだ!」

だから安心していい、そんな台詞を言った……ような気がした。
気がした……というのはこの後のことはよく覚えていないからだ。

「……ん、ん、うんにゃ?」

(……寝ちまったのか? キリカは大丈夫……って、あれ?)
気付いた時には俺は自分の部屋のベッドに寝ていた。
そして……。
混乱する間もなく。

ピピピピピピピピッ!

携帯電話の着信で目が覚めた。
どうやらヒステリアモードを酷使したことで脳神経にかなり負担をかけていたらしい。
一眠りしたことで大分スッキリした!
……っと、電話に出ないとな。

「もしもし?」

『あ、よかった。繋がった……』

「鳴央ちゃん?」

「た、大変なんです! 音央ちゃんがっ!」

「音央が?」

鳴央ちゃんの声は落ち着かず、早口になっていた。その喋り方はかなり余裕がなかった。
その只ならぬ雰囲気に、俺も否応なしに真剣に聞き入る。

「音央ちゃんが、理亜さんに会って話をするって出て行ってしまったんです!」

「音央が理亜と?」

そういえば。

『や、やめて、理亜ちゃん! 見せしめなら、ロアであるあたしがなるから‼︎』
『元々あたしはいない存在だもの。こういう時は、ハーフロアのあんたたちより、あたしがそういう目に遇うべきだと思うの』



今朝の戦いの時、彼女はそんなことを言っていたのを俺は聞いていた。

『音央ちゃん、今日は寝ないでずっと悩んでいたみたいで……私に『ごめん』って言うとどっか行っちゃって、連絡しても出てくれなくて……!』

「あの、馬鹿……っ!」

何一人で思いつめてるんだ!
何一人で悩んでんだ!
何で誰かに相談しない!
何で俺は気付かなかった!
ちきしょう……間に合え!

「解った、鳴央ちゃん。俺は思い当たる場所をすぐに探してみる!」

『は、はいっ、私も探してみますっ‼︎』

「ああ、必ず見つけて、文句言ってやろうなっ!」

『は、はいっ!』

電話越しから聞こえてくる鳴央ちゃんの声は可哀想なくらい動揺していた。
その気持ちは俺にも解る。いつも一緒に生活していた妹的な存在。
それは、一之江にせよ、俺にせよ、鳴央ちゃんにせよ、大切でかけがえのないものだからだ。

「じゃあ、後でまた連絡し合おう! 取り敢えず音央の母校。十二宮中学に行ってみるよ!」

『了解しました、ではまた後でっ』

鳴央ちゃんとの通話を切って。
俺はすぐに家から飛びだそうとした、が。


『どこ行くの? お兄ちゃん?』

『行かせないよ?』

『お兄ちゃんは私だけ、見てればいいの……』


何処からか聞こえてくるその声に眉を顰めていると。
ばふぅ!
突然、背後から誰かに抱きつかれた。
この感触。この甘いキャラメルの匂いは……?

「……かなめ、か?」

「正解だよ、お兄ちゃん。合理的に妹ハグしてぇー?」 
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