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MUV-LUV/THE THIRD LEADER(旧題:遠田巧の挑戦)

作者:N-TON
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2.SES計画Ⅰ

2.SES計画Ⅰ

遠田惣一郎の狂気の計画、SES(スーパーエリートソルジャー)計画。それは幼年時から衛士になるべく様々な訓練、教育を施し、衛士適正を極限まで高める計画である。その被験者に選ばれた遠田巧は、普通の子供とはまるで違った生活を送っていた。

朝五時に起床し、重量ベストを着た状態で20kmの走り込み。それが終わると物理、化学をはじめとした工学の基礎になる座学、学校では人脈作りの練習として級友と交流し、家に帰ると独自に開発した、耐久力育成装置に乗せられ二時間ほど対G鍛練を行う。それが終わったら筋力トレーニング、戦闘訓練を行う。休日には車で私有地に赴き、擬似的な軍事訓練を行う。

そんな狂気の、非人道的な日々を過ごす巧は意外なことに健やかに成長していた。巧は三歳時から少しずつこのSES計画の訓練を受けていたが、それは年齢に対して無理のないレベルでの訓練で、本来苦しくて仕方のない訓練も十年以上の習慣となればもう慣れてしまった。それに訓練は厳しいが父や周りの人間は巧に優しく、周りよりも大人びた巧には友人も多かった。
訓練も自分の成長が分かり、また対G訓練や戦闘訓練などは子供らしい向上心と相まってやりがいのあるものだった。座学で習う工学も、遠田技研の研究所や工場での実習を混ぜることで、好奇心旺盛な巧の知識欲を満たすものだった。

そんな幼少を過ごしてきた巧も今年で13歳。中学生になった。

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1986年

巧の入学式を二日後に控えた遠田家では惣一郎と巧がテーブル越しに雑談していた。巧は帝都の中学ではなく横浜の白陵柊中学校に通うことになっている。惣一郎の伝で、横浜にいる武家、それも斯衛から直々に手解きを受けるためである。まだ成長期であるとはいえ、幼少から続けてきた訓練によって巧は身体的にも知性の面から言ってももう既にかなり高いレベルにあった。軍に志願できる年齢まではあと三年ほどある。惣一郎はその間に実戦を経験した衛士のもとで学ぶことが最良だと考えていた。
「巧。明後日は入学式だな。準備は出来ているか?」
「ん~…準備って言ってもなぁ。荷物はもう向こうに送っているし、大体のことは使用人がやってくれたし。」
日々の厳しい訓練によって普通の子供などより遙かに忍耐強い巧だが、本人は遠田技研の御曹司。いわゆるボンボンである。日常のかなりの部分を使用人任せにしていたし、それで問題なかった。
「そうか。分っていると思うが向こうに着いたらまず柳田様の家に行って挨拶してくるんだぞ。今後お世話になる方だ。」
柳田家は外様武家であり、当主である柳田和久は斯衛の衛士である。巧は中学校に通いながら柳田家を往復し、和久から直々に教練を受けることになっている。
「分かってるって。でも柳田様のところで訓練を受けるとなると、他の訓練がお粗末になっちゃうと思うんだけど、どうするの?」
「うむ。そのことだがな、お前は昔からの訓練で既に基本的な能力は正規軍人と変わらないレベルに達しつつある。まだ成長期で体が出来ていないから力は足りていないし、銃器の扱いなどはまだ習っていないからまだまだ訓練が必要だが、少なくともお前の素養は相当なレベルに鍛えられているはずだ。だが衛士になるにはそれでは足らないんだ。」
「どういうこと?」
「衛士というのは狭き門だ。訓練兵の中で衛士に慣れる者は適正のある者だけ。その中で厳しい訓練を終えた者だけが衛士になることができる。しかしお前ならそこまでなら問題ないだろう。」
それは当然の事といえる。衛士適正の多くは健康か否か、三半規管や内臓の耐久力といった対G、揺れに対する肉体的制約によるものが多く、技量的な問題は二の次である。その点でいえば、幼少から衛士になるために様々な訓練を積んできた巧はすでに及第点に達している。そして訓練に関しては今後ますますその内容が濃くなるが、自己の限界に挑戦するというのは巧にとっての日常であって、訓練で脱落するということもないだろう。
「だが戦術機に乗って戦い、生き残るというのはまた別の次元の話なんだ。技術屋の父さんには良く分らないことなんだがな。優秀な衛士でもアッサリ死ぬこともあれば、落ちこぼれとも言える成績でもしぶとく生き残ことがある。……巧は何で父さんがお前に訓練を課しているのか分かるか?」
「昔聞いたよ。SES計画だっけ?要するに優秀な衛士になって、その計画を会社に役立てようってことでしょ?」
「そうだ。そのためにはまず衛士になって、その上で生き残らければならない。思えばお前にそんな重責を負わすのは心苦しくもあるのだが…。」
「いいよ。大体ニュースでもやってたけど、これから徴兵年齢が下がっていくんでしょ?どの道軍隊に入ることになるんだったら今のうちに準備してさっさと兵役終えた方がいいって。それに工場で働いてくれている人たちのためになるしね。正直戦争とか、生きる死ぬってのは良く分らないけど、自分の立場は分かっているつもりだよ。」
幼いころは何の疑問も抱かずにSES計画の訓練を受けていた巧だったが、流石にこの歳になると周りとの違いから疑問を抱いて、自分なりに情報を集めて状況を把握していた。
ニュースで聞くBETAとの戦争、そして工場見学や座学で学んだ戦術機という兵器とその開発状況。それらを統合すれば何となくだが現状は把握できる。下請け会社状態にある遠田技研は、戦術機―パーツの生産で潤っているものの、いつ吸収合併、または倒産してもおかしくない状況であるということ。そしてそれを覆す為に、身内から優秀な衛士を排出し、その功績と経験を持って戦術機の開発に参入する必要があること。
SES計画がどこまで効果があるかは分らないが、巧としても仲良くしてくれた工場や研究室の人たちに路頭に迷ってほしくはない。
「俺にどこまでやれるは分らないけど頑張るよ。だから安心してくれていい。」
「巧……。」
十年前、SES計画を考えついた惣一郎は時がたつにつれて自分のやっていることが非情な行いだと気づいてきた。いかに追い詰められていたとはいえ、実の息子に厳しい訓練を課し、戦場に進んで送り出すなど親のすることではない。
しかし巧はそんなものにめげず健やかに成長し、その上自分の状況を理解し、会社や社員の今後について慮ってすらいる。時勢を見誤り、その後の立て直しもできなかった先代・金次郎や自分と違って、巧は本当の意味で天才だった。
(この子にすべてを託そう…。俺の持てるすべてを持ってこの子を支えよう。)
残り少ない息子との時間を過ごしながら惣一郎は誓ったのだった。

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翌日、巧は帝都の本宅から横浜の別宅に居を移し、その足で柳田家に向かった。
外様とはいえ武家の屋敷は大きい。まさに日本の御屋敷といった風な大きな柳田邸に巧は気圧されていた。
呼び鈴を鳴らすと対応に使用人が出てきた。
「本日より柳田様にお世話になる遠田巧です。ご挨拶に伺いました。」
「少々お待ちください。」
そう告げてしばらく、屋敷に上がる許可をもらい案内をされた。
「はじめまして。遠田巧です。今後お世話になります。」
「ああ、総一郎さんのところの子だよね?はじめまして。柳田和久です。」
柳田は和室の畳の上で正座をして巧を待っていた。
(何か迫力のある人だな…。)
柳田はその名前に反して体格が良く、大きな巌のような、静かだがその場にいる人間を引きつける雰囲気を纏っていた。
「まあ座りなさい。茶でも出そう。」
巧は言われるままに正面に正座した。
「さて、君の父親、惣一郎さんから聞いたけど、衛士になるための訓練を手伝ってほしいって話だったね?」
「はい。自分は幼少より訓練を積んできました。中学卒業後に軍に志願し訓練校に入りたいと思っています。衛士になるためには体を鍛えて学ぶだけでは足りないと父に言われました。」
「なるほど。惣一郎さんからある程度聞いているけど、かなり鍛えているらしいね。基礎的な訓練は今後も自分でやると聞いているけど本当かい?」
「はい。持久力、筋力と言った基本的な訓練についてはこれまで通り自分でやりたいと思っています。柳田様には衛士として生き残るための教練をしていただきたいと考えています。」
「生き残るための教練ですか…。」
柳田はそこで一口茶を啜ると目を見開いて巧を見詰めた。じっと見つめられて少し緊張したが、おそらく何かの意味があるのだろうと思い巧はその視線を受け止めた。
「ふむ、鍛えているというのは本当のようだ。体幹がしっかりしている。しかし生き残るための教練というは難しいね。それを教えるために訓練校では多くの教官が苦心している。」
地上でBETA戦争が始まって十数年。最初期の急激な戦死者増加は収まったものの、世界人口はすでに50%近くに減り、衛士の死亡率も依然高いままだ。
「それに教えられることといっても多くはない。私は今年37になる。衛士としてはもう退役間近だが軍人だ。だから暇をもらって君を鍛えることができるんだが。しかし当然守秘義務もある。操縦技術やBETAの情報などと言った情報は教えられない。まあ訓練校入れば嫌でも教わることになるが。」
「ではいったい何を?」
「うん。まあ言ってしまえば身も蓋もない話だが、生きるも死ぬも君次第ということさ。教わるべきことは訓練校で教わる。私に出来ることといえば戦いというものを感じてもらうだけだ。」
「戦いを感じる…ですか?」
「そうだ。君は本当の意味での戦いをしたことがあるかい?それこそ命がけの戦いを。」
「いえ…ありません。」
巧は訓練の中でも戦闘訓練や、擬似的な軍事訓練をやってきたが、生死をかけた戦いなどはしたことがない。
「それはそうだろうね。でも私の経験上、訓練校でも自己鍛錬でも出来ないことといえば命をかけるほどの戦いを経験していることがBETAとの戦いで生き残る要点だと思っているよ。君は初陣の衛士の平均生存時間を知っているかな?」
「いえ…。」
(平均生存時間。聞きなれない言葉だ。そんな統計値が出されるほど戦場は過酷で、多くの死者が出るということか…。)
戦争は過酷なもの。幼く、まだ平和な帝国で暮らす巧にとって戦争とはどんなに頭を捻っても想像上のものでしかない。しかし、柳田の答えを聞いて巧は愕然とした。
「初陣の衛士の平均生存時間。これは訓練校でも習うだろうし、有名な話だが…八分だ。」

 
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