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MUV-LUV/THE THIRD LEADER(旧題:遠田巧の挑戦)

作者:N-TON
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3.SES計画Ⅱ

3.SES計画Ⅱ

『死の八分』
初陣でBETAと戦う衛士の平均生存時間。
その話を聞いても巧は理解できなかった。
(平均生存時間八分??どういうことだ…。衛士がBETAと戦って生き残っていられる時間の平均が八分…。意味がわからない。いや、意味は分かるけど…。)
絶句する巧。
巧はBETAとの戦いなど想像でしかできないが、戦闘時間は1時間程度はあるのではないかと考えた。その場合、全員が生き残ることができれば平均生存時間は一時間、三十分で半数死んでも四十五分。それでも半数が死亡している時点で軍としては壊滅的な打撃といえる。それが八分。常識的に考えてあり得ない数字である。
「それは、そう言う心づもりで気を入れろという教訓でしょうか?」
「まあそう思うだろうね。しかしこれは厳然たる事実だよ。もちろん正確な統計ではないだろう。どの時点で戦闘開始と見るのか、作戦時間はどの程度か、戦ったBETAの数はどの程度か、他にも色々な要因で生存時間というものは変わってくる。しかし、実際に戦場に出れば分かるよ。BETAとの戦いで初陣を越えられない衛士は半数どころではない。正確な数字は分らないけどね。ちなみに私の同期で、初陣を超えて生き残った衛士は三割に届かなかったよ。」
「しっ、しかし!衛士ということは戦術機に乗っているのでしょう?私は戦術機については何も分かっていませんが、遠田技研でも手が出せないほどの技術を使った最先端の兵器と聞いています。それに人類の刃であると。それでもBETAには歯が立たないということなんですか!?」
「いや違う。私の同期は初陣で七割死んだが、そのあとの戦いでは一割も死んでいない。斯衛の訓練校は優秀だし、武家では幼いころから戦闘訓練をしているからね。しかし初陣では皆あっさり死んでいった。それがどういうことだか分かるかい?」
「初陣で緊張していた?」
「違う。その答えは『恐怖』だよ。」
「恐怖?」
「そうだ。訓練校での軍事教練は甘くない。座学ではBETAの生態から能力まで、シミュレーター訓練では実際に戦術機に乗っているのと変わらないほどの体験を出来るし、BETA戦闘での対処法をたたきこまれる。通常訓練も厳しいもので、任官する頃には心身共に鍛え上げられた立派な衛士になっている。しかし実戦では呆気なく戦死してしまう。緊張はあるかもしれないがそれだけではない。それは訓練で培った技術や能力を発揮できていないことを意味する。」
訓練とは実際に戦闘で耐え得るだけの力を備えるために行われるものである。緊張しているからと言って戦えないでは話にならない。
「BETAとの戦いは恐怖との戦いだと私は思っている。どんなに訓練を積んでも訓練は訓練。実戦とは違う。実戦に出れば嫌でもわかるさ。生物として圧倒的な力を持つBETAから感じる重圧は人間同士の戦争の比ではない。あれは戦争というより災害に近い。BETAに相対した時の新兵は、地震を感じた鼠のようなものなのだろうな。人間も理性で抑えつけていなければ一目散に逃げ出すだろうよ。」
「BETAとはそんなに恐ろしいものなのですか…?」
「そうだ。強いとか、手ごわいとかではない。恐ろしいものだ。故に新兵は八分を生き抜くことすら困難だ。個人差はあるが、新人衛士は誰もが多かれ少なかれ初陣で恐慌状態になる。操縦桿を握る手が震えるとか、漏らすなんてのは軽い方だ。頭の中が真っ白になって微動だにせずBETAに殺されるなんてことも日常茶飯事。最近ではそれを克服するためにバイタルデータに異常が見られた場合には薬物投与やら催眠暗示やらが使われるようになった。まあそれでも異常な興奮状態になったり、沈静状態になったりでまともにはならないんだが。一回の出撃でPTSDになって衛士適正を失うってこともある。」
「………。」
想像以上に厳しい現実。それを柳田は語った。
巧は心のどこかで自分がヒーローになるような幻想を持っていた。それも仕方がないことだろう。幼いころから必死に鍛え続け、同年代の子供よりも心身共に強くなったという自覚があったし、戦術機は人類の刃で、衛士はそれを操るヒーロー。それが巧の戦術機に対する認識であったし、日本人の多くがそう考えていた。
「だから『生き残るための教練』というのは難しいんだ。それでもやるかい?」
「はい。その話聞いて気持ちは固まりました。自分は死ぬ気などありませんし、絶対に死の八分を乗り越えて見せます。」
「そうか…では付いてきなさい。」
ここで引くことはできない。恐怖はある。しかし、幼いころから自分に掛けられてきた期待、そして何よりその期待に応えてきたという誇りが巧の決意を促した。

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柳田に付いていった先は道場だった。巧は訓練の中で様々な格闘技を齧っていたし、剣術もある程度こなしてきたが、ここまで本格的な道場は初めてだった。
「さて巧君。私はこれまで君を客として扱ってきたが、訓練をするにあたっては君は弟子、つまり身内として扱うことになる。私のことは先生、または師匠と呼びなさい。分ったかい?」
「はい。よろしくお願いします!」
「いい返事だ…。では巧、これを受け取れ。」
渡されたのはひと振りの日本刀だった。
「BETAとの戦いで、特に初陣で必要なのは技術ではなく胆力だ。それも絶望的な恐怖にさらされても、いやそんな状況だからこそ普段の実力以上の力を発揮できるような本能に刻まれた精神性こそ必要なのだ。だからこれからのお前の鍛錬では常に真剣を使った切り合いを行う。無論力は抑えるが、少しでも気を抜いたらお前は死ぬ。どうする?」
「っ…。」
覚悟はあった。しかし柳田の気迫は本気で相手を切るものだ。これまで巧は死ぬ可能性があるような訓練はしたことはなかった。通常の訓練で死ぬわけがないし、対G訓練でもベルトで体を固定しているから危険性はない。剣術の訓練も模擬刀を使っていた。柳田のもつ刀の光を見ていると自分が殺されてしまうという恐怖が巧を襲った。
しかしここで引いても意味はない。『死の八分』を考えれば、この程度乗り切れなければどの道自分はBETAに殺されるだろう。柳田が自分の技量に合わせて手を抜いてくれるのに対してBETAは巧の都合などお構いなしに殺しに来るのだろうから。
「はい。死ぬ覚悟など出来てはいませんが、それが生き残る道であるなら…。」
(こんな子供にここまで言わせなくてはならんとは……先達として不甲斐無いな…。)
強い気持ちを込めて応じる巧を見て柳田は思った。
「では抜け。お前は本気で斬りかかってきても良いぞ。お前の腕は大体分かる。普通の子供としては大したものだが、武家では幼少のころから剣を握る。はっきり言ってお前では俺に傷一つ付けられないだろう。だがそれでも良い。恐怖に縛られた時こそ剣を振れ。畏縮せず、生き残るという強い気持ちを持って戦うんだ。」
「分かりました…。では行きます!」
刀を抜き構える。真剣は初めてだったが、重さや重心位置は模擬刀と変わらない。人に凶器を向けるというのは気が引けたが、擬似的とは言えこれは命の遣り取り。相手は自分など及びもつかないだろう斯衛の衛士。
巧は雑念を振り切って刀を振るった。
「はああぁぁぁぁっ!!」
柳田の刀を払って踏み込む。巧と柳田では間合いの広さが全く異なる。巧が柳田に切りかかるには相手の間合いよりも二足分は踏み込まなければならない。
狙いは首筋。面は身長差から言って難しいし、払った刀を切り返しての胴は振りにくい。しかしそんな攻撃が柳田に通じる訳もなく、巧の刀は易々と防がれた。そして鍔迫り合い。そこで柳田は攻勢に出る。
「ふんっ!」
息を吐き出すとともに巧を吹き飛ばす柳田。大人と子供の圧倒的な力量差にあえ無く巧は吹っ飛ばされ道場の壁に激突した。
「ぐぅっ…。」
息が詰まる。分っていたことだが全く歯が立たない。技量以前に力の差があり過ぎた。どんなに訓練を積んでも子供は子供。斯衛の剣士からすれば赤子の手を捻るのと同じ。今この場において、柳田は絶対的な強者だった。
「ほらどうした!今度はこちらから行くぞ!」
柳田が大上段に振りかぶって巧に迫る。迫りくる柳田はその気迫もあってか山のように大きく見えた。巧には柳田が鬼に見えた。自分の命を刈り取りに来る巨大な鬼。事前に力は抑えると言われていたが、そんなことはもう巧の頭にはない。とにかく怖かった。しかし動かなければ死ぬ。その思いが辛うじて巧を動かした。
上段から振り下ろされる斬撃を必死の思いで防ぐ。体全体に衝撃が走り、手がしびれる。しかし柳田は止まらない。大きな声を上げながら振りかぶっては斬り、振りかぶっては斬り。それを必死に防ぐ巧。しかし防ぎきれないこともあった。防ぎきれなかった分は巧の体に刻まれ、少しずつだが浅い切り傷がつけられていく。痛いというよりも熱い。始まってまだ数分しか経っていないが、恐怖、闘争心、緊張、そして切られた傷の痛みが相まって、巧は体が燃え上がっている錯覚に陥った。しかしまだ闘争心はある。その気持ちに任せて再び巧は斬りかかった。小手、付き、胴、脛。ありとあらゆるところに、自分がこれまで培った全ての力をかけて斬りかかる。しかしその全てを防がれる。防がれ、吹っ飛ばされ、叩きつけられ、そして何倍もの力で斬りつけられる。その度に巧の心は削られていった。
もう何をしても敵わない。
そんな弱気が心をよぎり、急速に闘争心が萎む。それと同時に恐怖が心を占めるようになってきた。
「防ぐだけか!それでは死ぬぞ!」
「ぐぅっ!うわぁぁぁ!!!」
再び斬りかかる巧。最初の方の攻撃は相手の隙や、間合いなどを計って斬りかかったが、もうそんな余裕はない。まさに恐慌状態だった。恐怖に駆られ剣を振るう。しかしそんな破れかぶれな一撃は柳田の刀に弾き飛ばされてしまう。そして巧は見た。刀を弾き飛ばされもはや防ぎようのない巧に容赦なく振り下ろされる刃。その時間違いなく巧は死んだ。巧は失禁し、気を失った。

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「うっ、うぅ。はっ・・・!?」
巧が目を覚ますとそこは知らない部屋だった。外は暗く、着替えをさせられている。
「気が付きましたか?体は大丈夫?」
傍に和服を着た女性が座っていた。女性は心配そうな声で巧に語りかける。
「はじめまして。柳田の妻、智美といいます。ずいぶん無茶をされたようですね…。傷の治療は済んでいますが、大丈夫ですか?」
体を見ると数か所に治療した跡がある。どれも小さなものばかりであった。巧は戦っているときズタボロの血まみれになっていたように錯覚していたが、実際は大した傷はなかった。恐怖と興奮でそう見えていただけだったのだ。
「本当に驚きましたよ。用事から帰ってきてみればあの人は居なくて、道場で今日から弟子入りした子を鍛えてるって聞いてね。道場に行ってみれば君が倒れていたし。あ、君って遠田巧君よね?」
「あ、はい。」
「ふふっ…。手当も体を拭くのも着替えさせるのも私がやったのよ。弟子というより息子って感じね。」
それを聞いて巧は顔を赤くして狼狽した。見知らぬ女性に裸にされて色々世話を焼かれるというのは非常に恥ずかしかったのだ。さらに柳田の妻、智美は妙齢の美しい女性だったのでなおさらである。
「あらあら、恥ずかしがっちゃって。良いのよ。まだ子供だし、弟子って言うのは家族みたいなものなんだから。さて、少し待ってて。あの人を呼んでくるから。」
まだまだ子供の巧にはそういう割り切りはできなかったが、そう話す前に智美は出ていってしまう。しばらくして柳田が入ってきた。

 
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