| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

大海原でつかまえて

作者:おかぴ1129
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

08.ケッコン談義

「ファイヤァァアアア!!!」

 金剛さんの魂を込めた一撃が直撃し、敵駆逐艦は大破炎上した。敵の軽巡洋艦、駆逐艦で編成された偵察部隊は、今撃沈した駆逐艦で全滅。
 
「岸田、周囲に敵艦隊の姿はありません。先に進みましょう」

 加賀さんのその一言に岸田が頷き、艦隊はてれたびーずを中心とした輪形陣を再び組み直し、前進する。

 潜水艦部隊を退けた後は、軽巡洋艦と駆逐艦を中心に編成された部隊と2回遭遇した。しかし、接敵前の加賀さんの爆撃とキソーさんとゴーヤの雷撃によって頭数を減らされ、さらに攻撃の大半はゴーヤが囮となってさばいてくれることで、艦隊の全員がほぼ無傷の状態で進軍ができている。

「だけど、なんで敵はみんなゴーヤを狙ってくるの?」
『そういうもんでち。軽巡や駆逐艦たちは、潜水艦を見たら攻撃したくなるみたいでち』
「しかもそれを全部避けきるからゴーヤはスゴイね」
『普段オリョールで鍛えられてるからね。あれぐらいなら避けきる自信があるでち』

 水中にいるゴーヤに無線で聞いてみたら、こんな返事が返ってきた。この子の心強さもとんでもない……なんだこの歴戦をくぐり抜けた猛者は……しかもでちでち言って……球磨といい、へんな語尾の子は強いってジンクスがあるのか?
 
「……クマ?」

 あ、球磨とそのアホ毛が反応してる。

「そういやシュウ」

 不意に岸田が真剣な眼差しで話しかけてきた。

「提督から受け取った切り札はちゃんと持ってきたか?」
「……うん。ここにある」
「……答えは出たか?」
「……いや、まだ」
「そうか……ごめんな。お前と比叡たんに辛い思いをさせて」

 そう言って岸田はちょっと申し訳無さそうな表情を浮かべた。でもなんで岸田がこんなことを言う?

「でもなシュウ……」
「比叡がどうかしたんデスカ??」

 僕と岸田の会話に、金剛さんも参戦してきた。ちょうどよい機会なのかもしれない。金剛さんと岸田なら、きっと相談に乗ってくれるだろう。

「岸田、ちょっと待って。金剛さん、ちょっと話がしたいんだけど……いいかな」
「What?」

 金剛さんが不思議そうな顔でてれたびーずに近づいてくる。僕はズボンのポケットから、ケッコン指輪のケースを取り出しそれを開いて、中身を岸田と金剛さんに見せた。

「Wow……ケッコン指輪デスネ?……beautiful……」
「え? 指輪を持ってきたんですか?」
「ご、ゴーヤにも見せるでちッ!」

 金剛さんの言葉がみんなの耳にも入り、みんながてれたびーずに乗船してきた。こういうことに興味がなさそうな球磨やキソーさん、クールで大人な印象の加賀さんまで乗船してきて、僕のケッコン指輪を眺める。

「き、岸田……みんな乗ってきたけど大丈夫なの?」
「ちょっと重いけど大丈夫だろ。みんなの休憩もかねようぜ」

 物分かりのいい旗艦・岸田の判断で、少しの間、みんなの休憩タイムとなった。あらかじめ速吸さんから預かっていたおにぎりをみんなで頬張りながら、僕が提督から渡されたケッコン指輪の話が始まる。

「なるほど。現地で比叡に指輪を渡す作戦なんデスネ」
「うん」
「しかし提督、思い切りましたね。まさか提督以外の人間に指輪を渡させるなんて」
「綺麗だクマ?……」
「ほんとでち……」

 球磨とゴーヤは指輪に目が釘付けだ。妖精さんたちも、球磨とゴーヤの頭に飛び乗り、興味津々な面持ちで指輪をジッと見つめている。

「んで? 話ってなんだよ?」

 鋭い眼差しでこちらを見据えたキソーさんが、僕にそう問いかける。

「だからキソーじゃなくて木曾だって言ってんだろ……」
「どっちでもいいデース。ワタシだってキソーって呼んでるんだから、ワタシたちの弟のシュウくんにもそう呼ばせるネー」
「わかったよ……姐さんにそう言われちゃ断れねーな……」

 この人数の前でこの話をするのは正直恥ずかしいが、色々な人の話を聞くチャンスだと思い、勇気を振り絞って話してみることにした。

「正直、迷ってる。提督でもなく、ましてやこの世界の住人ですらない僕が渡していいものかって」
「渡すことをか?」
「うん。これは、艦娘にとっても大きな意味を持つ指輪だと聞いた。そんな大切なものを提督ではない、渡してしまえば消えてしまうかもしれない僕が、姉ちゃんに渡していいものなのか……」
「情けねぇ……そこはスパッと“渡す”って言って欲しいところだぜ。艦娘としてはな」

 キソーさんが険しい顔をしてそう言うが、その直後キソーさんの頭を、球磨がゲンコツで殴った。

「痛って! なにするんだよ球磨姉ぇ!!」
「コラ! 迷ってるシュウに向かってそんな言い方はないクマッ!!」

 なんというか……ものすごい光景だ。あの威圧感バリバリのキソーさんを、威圧感ゼロ
の球磨がぶん殴っている……あのキソーさんが、実に痛そうに頭を抱えながらうっすら目に涙を浮かべている……改めて言うが、ものすごい光景だ……

「だってそうだろ! 惚れた女に指輪を渡すぐらい、迷わずやって欲しいだろ!」
「シュウの気持ちになるクマ! 渡すのは簡単クマ! でも……シュウは比叡に指輪を渡したら、元の世界に戻っちゃうかもしれんクマ! 大好きな姉ちゃんをこっちに残すシュウの気持ちを考えるクマ! 大好きな弟と離れ離れになる比叡の気持ちも考えるクマッ!!」
「そうは言ってもな! 惚れた男からケッコン指輪をもらうのは艦娘の夢だろ!」
「その指輪をくれた人と離れ離れになってもキソーは平気クマか?! いつもみたいに“じゃあな”って平気で言えるクマか?!」

 キソーさんと球磨の姉妹喧嘩が続く。二人とも睨み合って一歩も引かない。球磨に至っては『がるるるるる』という唸り声すら聞こえてきそうな雰囲気だ。

「いつもの事です。ほっといたらそのうち収まりますよ」
「そうなの?」
「喧嘩するほどなんとやら……です」

 二人の噛みつき合いを見ていると今にもどつきあいが始まりそうな感じだが、落ち着き払った加賀さんがそういうのならそうなのだろう……という妙な説得力があった。

「……あなたが悩んでいるのは、先ほど球磨が言った理由が主なんですか?」

 加賀さんが言うとおり、僕が思っていたことを球磨が代弁してくれた。戦いの切り札としてケッコン指輪を扱うことにも抵抗はあるが、正直それよりも、僕がこの世界の人間ではないというところが一番問題だ。きっとぼくは、指輪を渡してしまえば元の世界に戻ってしまう。元の世界に戻れば、再び姉ちゃんに会えるかどうかはわからない。それでも、姉ちゃんに指輪を渡していいのか。後に残された姉ちゃんはどうなる? 再び離れ離れになる人に、こんな大切な指輪を渡していいのか?

 悪い言い方をすれば、ケッコン指輪とは、その人の人生を縛る鎖でもある。二度と会えないかもしれない僕との絆で、こちらの世界で姉ちゃんの人生を縛ってしまってもいいのか……何度考えても答えが出ない。決断出来ない根本の理由はここにある。

「なるほど……確かに難しい問題です。色恋は私には……」

 心持ち、加賀さんの顔が少し赤くなった気がする。話の内容が内容だけに、照れているのかも知れない。

「oh……これはプレミアムなシチュエーションネ。加賀が照れてマース」
「そ、そんなこと……ないですよッ」

 金剛さんがニヤニヤ顔で加賀さんをからかうが、その後すぐにぼくをまっすぐに見据え、笑顔でこう言った。

「シュウくん、知ってマスカ? シュウくんのことを話す比叡は、いつもとっても楽しそうデシタ。いつも笑顔で、ニコニコ笑って話してマシタ」

 金剛さんの話を聞いて、僕の家でいつもお日様のような笑顔で僕に接してくれていた姉ちゃんを思い出した。姉ちゃんは、いつも本当に楽しそうに毎日を送る人だった。

「比叡は今、シュウくんに会いたい一心でがんばってマス。ワタシとテートクがあきつ丸に感謝って言ってたのは、これが理由デス。あの時、比叡は心が折れてまシタ。その比叡を蘇らせてくれたのがシュウくんデス。それぐらい、比叡にとってシュウくんは、とてもとても大切な人デス」

 分からなかった……姉ちゃんと通信したとき、確かに姉ちゃんは僕の声を聞くまで切羽詰まってる感じがしていた。でも、まさかあの姉ちゃんが心が折れていたなんて……でもそれじゃあ僕は、益々指輪を渡すことが出来ない。

「逆デス。それだけ大切に思っているシュウくんから指輪をもらえることは……シュウくんとの絆が出来ることは、比叡にとっては何よりうれしいことだと、お姉ちゃんのお姉ちゃんは思いマス」

 確かに。この指輪は鎖でもあるけれど、同時に絆の証でもあるんだもんな。

「もしシュウくんが決断をして指輪を渡したあと消えたとしても、比叡の心には、シュウくんが指輪をくれたという事実が残りマス。そしてもし今渡さなくても、シュウくんが来てくれたという事実が残りマス。比叡にとって、シュウくんはもうそれだけ大切な存在なんデス」

 金剛さんはそういい、優しくニコッと笑う。金剛さんはいつも破天荒な感じだけど、自分の姉妹や親しい人が悩み苦しんでいると、こうやって救いの手を差し伸べ、背中を後押しして導いてくれる、本当のお姉さんのような人だ。姉ちゃんもなんだかんだで姉っぽい部分はあるが、多分に姉ちゃんの姉っぽい部分というのは、この金剛さんをずっとそばで見てきたからなんだろうなぁというのが分かる。

「もし比叡のことを心配して渡せないというのであれば、気楽に考えればいいデス。そもそもそれは切り札なんだから、慌てて今渡さなければならないものでもないのデス」

 そう言って最後にケラケラと笑うことも忘れない、金剛さんもまた、姉ちゃんに負けないぐらい、優しくて素敵な人だというのが分かる。いや一番は姉ちゃんだけど。

「金剛の言う通りクマ! まだ時間もあるし、よく考えるといいクマ!!」

球磨がキソーさんのこめかみを左右両方ともグーでグリグリしながら笑顔でそう言ってくれる。キソーさんは苦しそうな顔をしながら、それでも自身を折檻する姉に抵抗をしながら涙目で僕にこう言った。

「シュウ…あだッ…お前も色々悩んでいるのはわかった……ただ、さっきの俺の言葉も忘れないでくれ。それだけ、艦娘にとって指輪をもらうことは……イデデ……夢なんだぁあッ?!」
「それでいいクマっ。図体ばっかりでっかくなって自分のことばっかりで、まだまだおこちゃまクマっ」
「うるっさいなー!!」

 真っ赤なままの顔を自分の手でパタパタと仰ぎながら、加賀さんも続ける。

「はぁ……提督は何とおっしゃったんですか?」
「渡す覚悟ができたら渡してやれ。渡さないなら海に捨てろ……と。渡せなくとも誰も責めないし、責めさせないと言ってました」
「あの人の言いそうなことね……」

 ふぅ……と呆れるようにため息をついた加賀さんは、ほんのりほっぺたを赤くしたまま、僕の顔をまっすぐ見つめて話を続けた。

「私は、あなたが思うようにするといいと思うわ。それがあなた自身の決断である限り、どのような結果でも、それが正解です。あなたが自分で考え、自分で決めたことであれば、私たちはそれを否定しないし、比叡さんもきっと受け入れます。あなたが決めたこと。それが正解よ」

 まっすぐに話す加賀さんに続き、指輪を眺めるゴーヤも口を開いた。

「ゴーヤもそう思うよ。二人にとって、後悔のない結果であればそれでいいでち」

 そこまで言うとゴーヤはこっちに顔を向けて微笑み、同じくゴーヤの頭に乗っていた妖精さんがサムズアップをしてくれた。もう一人の妖精さんは、いつの間にか僕の肩口までよじ登ってきていて、僕の顔を見て敬礼をしている。妖精さんたちも僕のことを応援してくれているようだ。

 皆が一様に、僕と姉ちゃんのことを暖かく見守ってくれているのが分かった。僕に辛辣な言葉を向けたキソーさんも、恐らくは姉ちゃんのことを気遣ってのセリフだというのも分かった。球磨は僕に『よく考えるといい』と言ってくれた。加賀さんとゴーヤは、僕の選択が常に正解だと言ってくれたし、金剛さんは『もし渡してくれるとうれしい』と言ってくれる。皆が温かい。皆が皆なりの言葉で、僕のことを応援しようとしていることが手に取るようにわかった。

 そもそも金剛さんが言うとおり、指輪を渡すのは最後の手段だ。このままでは姉ちゃんを助けることが出来ないほどに追い詰められた時の、最後の切り札がこの指輪だ。ギリギリのギリギリまで考えて結論を出そう。

 ……でもいよいよの時は……

「みんな、そろそろ戦闘態勢に入ったほうがいいかもしれん」

 ずっとてれたびーずを操縦していた岸田がそう言った。周囲を見回すと、まだお昼すぎだというのに、周囲が若干暗くなってきている。

「これは……見覚えがあるクマ」
「以前に飛行場姫と戦った時の海域に似てマス。相手テリトリーの最深部に近い海域みたいデスネ」
「現状での比叡たんの最後の通信の発進場所がもうすぐだ」

 今の段階で、僕達がこっちの世界に来た時に辿り着いた小島よりも、さらに鎮守府から離れた場所なのは、周囲の景色を見るだけで分かる。進めば進むほど、真っ赤に染まり暗雲がたちこめた、赤黒い色に染まった悍ましい空が広がる。海の色も次第に赤暗く染まってきて、僕らが知る大海原とはまったく違った、酷く悍ましい場所に感じられた。みんなが海上に出て、陣形を組み始める。さっきまでケラケラ笑っていた金剛さんも笑顔が消え、真剣な眼差しで前を見据え始めた。

 無線機に通信が入り、ピーピーという呼び出し音が鳴った。岸田がマウスから手を離し、無線機のスイッチをひねる。相手は提督だ。鎮守府からかなり離れた場所にいるためか、それともこのおぞましい空気がそうさせているのか、鎮守府からの通信はノイズ混じりでやや聞き取り辛い。

『てれたびーず及び救援艦隊聞こえるか。こちら鎮守府だ』
「こちら救援艦隊だ。もうすぐ比叡たんの最後の通信地点に到着する」

 なんだかこうやって見てると、岸田が本当に艦隊の旗艦みたいに見えてくるから困る。これまでの長い付き合いの中で、これほどまでに岸田のことを頼もしく思ったことはない。少なくとも、僕の記憶にはない。それほどまでに、今の岸田は頼もしく見える。

『ああモニターしている。それから、比叡からの定時連絡が途絶えた。最後の定時連絡の時点での比叡の消耗がかなり激しい。もう限界のはずだ。アイツのことだから心配はないと思うが、可能な限り急いで欲しい』
「最後の通信地点は変わらないか?」
『動いてはいるがそう遠くはない。もう少し最深部に近い場所というか……座標を送った。確認してくれ』

 岸田がキーボードを叩きモニターを確認する。ここから見て、最後の通信地点は元々の目的地点のさらに奥のようだ。

「……最深部に近いな。誘い込まれたか……」
『ありうるな。一対多数の戦いでうまい具合にドツボにはめられたかもしれん。比叡は冷静に戦いを組み立てるタイプじゃないからな』

 岸田が舌打ちをしたのが分かった。僕の胸に不安が押し寄せてくる。岸田と提督の話から推察すると、姉ちゃんは今とんでもないピンチに立たされている。手練のはずの姉ちゃんがいいように相手に誘導されているところを見ると、数や戦い方もさることながら、相手は相当に手強い敵ということになる。しかも潜水艦隊をはじめとした防衛網を敷いていたあたり、相手は確実に姉ちゃんを殺す気でいる。

 僕の頭に、あの日小田浦で戦ったレ級の凶悪や笑みがフラッシュバックした。あの日姉ちゃんは勝つには勝ったが、体中にひどい傷を負った上での勝利だった。戦いが終わった後の姉ちゃんは、自力では立っていられないほど体力と気力を消耗していた。もし今戦っている相手が、その時以上の相手だったら……そしてもし、そんな相手が複数いたとしたら……体中から血の気が引き、除々に力が抜けてきたのが自覚できた。

 不意に、誰かに頭をこそこそと触られる感触がした。肩口を見ると、妖精さんが僕に向かって敬礼をしている。

「あれ……もう一人は?」

 妖精さんに聞くと、妖精さんは黙って僕の頭の上を見上げた。

「もう一人はお前の頭の上でなんかごそごそやってるぞ?」

 岸田がモニターとにらめっこしながら、僕にそう教えてくれた。右手で探ってみると、確かにもう一人の妖精さんが、僕の頭の上でごそごそ何かをやっているのに気付いた。僕は右手で妖精さんの背中を猫のようにつまみあげ、自分の目の前に持ってきた。妖精さんは少し気恥ずかしそうに、苦笑いを浮かべながら敬礼を返してくれた。

「……なにやってたの?」

 僕につままれた妖精さんはそっぽを向き、口笛を吹く素振りを見せる。
肩口にいるもう一人の妖精さんが僕の肩をトントンと叩き、僕の気を引いた。肩にいる妖精さんを見ると、彼は自分の頭を自分で撫でていた。

「頭を撫でてくれてたの?」

 再度問い詰めてみる。相変わらず僕から目をそらして口を尖らせて口笛を吹いているが、ほんのりほっぺたが赤くなっている辺り、恐らく当たりだ。僕の不安を感じ取って、励ますために頭を撫でてくれていたようだ。

「励ましてくれてありがとう。……でもなんで頭をなでなで?」
「比叡が言ってたネー。シュウくんは頭を撫でて欲しい時、すぐ顔に出るらしいデース」

 顔をニヤニヤさせた金剛さんが、僕と妖精さんの会話に乱入してきた。なんでそんな恥ずかしいことを今になって言う?! つーか姉ちゃん、そんなことしゃべってたのかッ?!!

「そんな時に頭を撫でてあげると、心底安心した顔をするらしいデスネ。しかし、妖精さんでも思わずなでなでしたくなる顔だったとは……見られなかったのが残念デース……」
「妖精さんが頭を撫でてあげたくなる顔って……よっぽどですよシュウ……それだけ不安に見えたのか、それとも単なる甘えたがりなのか……はぁ……」

 ニヤニヤする金剛さんに加えて、加賀さんは呆れたように頭を抱えてため息をつく。話に入りたいのか、球磨とキソーさんもてれたびーずに近づいてきて、ゴーヤが水中から顔を出してきた。

「ご、ゴーヤにもなでなでさせるでちッ!」
「球磨にもなでなでさせるクマッ!! ……あ、キソーはヤキモチ焼いたらダメクマよ?」
「誰が誰にヤキモチ焼くッて言うんだよッ!!」
「シュウ、お前人気者だなぁ。ニヤニヤ」
『ブフッ……なんだシュウ、お前ショタ属性でも持ってるのか? 比叡だけじゃなくて妖精さんまで自分の姉ちゃんにするつもりかよ』

 ゴーヤと球磨だけじゃなく、岸田までニヤニヤしながら僕をからかい始める。提督にいたっては僕のことをショタとか言い放つ始末……なんだこれ?! 僕には天性の弟属性でもあるとでもいうのかッ?!

「どこが人気者だッ! 単にからかわれてるだけじゃないかッ!!」
「……まぁいいんじゃないですか? 緊張感でピリピリしてる空気を一瞬でリラックスさせるのは、一種の才能ですよ」

 慰めの言葉なのかそれとも心底呆れているのかよく分からないセリフを吐きながら、加賀さんが矢をつがえて射る。加賀さんによって射られた矢は偵察機となり、空高く飛んでいった。

「加賀の言うとおりデース。シュウくんは貴重な才能を持ってるネー」
『そうだ。艦隊が切羽詰まるよりその方が断然いい』
「何の慰めにもなってないですよ……しょぼーん……」

 僕が落ち込んでいると、肩にいた妖精さんが僕の頭によじのぼって、再び頭を撫で始めた。そんなに僕は頭を撫でて欲しそうに見えるのか。……そういや前に秦野が似たようなこと言ってたな。先輩見てると緊張がほぐれるとか何とか……

 そんな和やかな空気だったが、加賀さんの一言で空気が再び一変した。

「……比叡さんを見つけました」

 皆の顔つきが変わった。加賀さんを見ると、警戒の表情を緩めていない。どうやら事態は芳しくないようだ。

「どんな様子だ」
『状況を詳しく話せ』

 岸田と提督が加賀さんに問いただす。加賀さんは右手を自身の右耳にあて、今自分が放った偵察機からの通信を聞いているようだ。

「……無事です。轟沈はしていません。……ただし大破判定の損傷を受けています。……今倒れました。轟沈は免れてますが、その寸前のようです」
「姉ちゃん……ッ!!」

 岸田が僕の肩を掴む。僕が取り乱さないよう、抑えてくれているのだが……そんな岸田も僕の肩を掴む手に力がこもっており、自身の不安や焦燥感を全力で抑えているのが分かる。

「……敵はいるか? どういう状況だ?」
「……ヲ級のフラグシップが3体。……レ級が2体。……旗艦は空母棲鬼のようです」

 僕の肩を掴む岸田の手にこもる力がさらに増した。僕には知識はない。ないが、この状況がかなり危険な状況であることは分かる。ヲ級のことは分からないが、レ級ってのは、以前に姉ちゃんがギリギリのところで倒せた相手だ。空母棲鬼ってのは、姉ちゃんや金剛さんたちが大苦戦の末に撃破して、生還出来たことを抱き合って喜ぶほどに手強い相手だったはずだ。

『敵陣形は?』
「……輪形陣の変形のようですね。空母棲鬼と比叡さんを中心に、ヲ級とレ級が円形に陣を形成しています。……私達をおびき出す罠かも知れません。」
『分かった。岸田、後はお前たちに任せる。比叡を頼むぞ』
「了解だ。罠だと言うならその罠をぶち潰してやろうじゃないか。おれたちもてれたびーずを中心にした輪形陣で臨もう。先頭はゴーヤとキソーだ。ロングランスで雷撃を頼む。加賀さんは艦載機を発艦させて雷撃を行って下さい」
「了解したでち」
「任せろ」
「わかったわ」

 ゴーヤが返事をし、海中に潜る。キソーさんがサーベルを抜きながらてれたびーずの前に出て魚雷を構え、球磨がバキバキと指を鳴らした。加賀さんが矢筒から矢を取り出して静かに矢をつがえ、金剛さんがまっすぐ前を見据えながら砲塔の角度調整を始める。

「比叡ッ……すぐ行くネ……!」
「仲間をいたぶってくれた礼に、確実に七回葬ってやるクマ」
「比叡さんの分の借りはきっちり返させてもらうわ」

 キソーさんとゴーヤが魚雷を発射したのと、加賀さんが矢を放ったのはほぼ同時だった。加賀さんの矢がたくさんの飛行機に変身して上空を埋め尽くし、キソーさんたちの魚雷が海上をうめつくす。

「……来ます」

 加賀さんが放った艦載機が上空で何者かと交戦に入ったのがわかった。しばらくしてその喧騒の中から数機の敵艦載機が抜け出し、こちらに猛スピードで向かってくるのが見える。姉ちゃんと一緒にレ級と戦った時に見た、あの猫ぐらいの大きさをした、ラジコン飛行機みたいなものがこっちに迫ってきているのが分かった。

「制空権取られました。こちらの艦攻は全滅です。3機の敵艦爆がこちらに向かってきています」
「了解したネー! 球磨?! 行くヨー!!」
「叩き落としてやるクマぁあ!!」

 金剛さんと球磨が敵艦載機に向かって砲撃を行うが、敵はそれらを巧みにかわし、空高くに舞い上がる。
 
「舵を切りなさいッ!!」
「んなろぉおッ!!」

 加賀さんが叫ぶのと、岸田がキーボードを叩くのがほぼ同時だった。上空から『キィィイーン』という風を切る音が聞こえ、てれたびーずが右に舵を切った。てれたびーずが大きく転舵したその瞬間、てれたびーずの船体左側ギリギリに、大きな水柱が上がった。僕は反射的にそれに乗った妖精さんを庇うように、カ号に覆いかぶさった。

「あぶねー……シュウ、大丈夫か?」
「うん大丈夫。……妖精さんは?」

 カ号に乗った二人の妖精さんは、僕に元気よく敬礼を返した。

「岸田! 大丈夫だ! 妖精さんも無事だ!」
「うしっ。キソー、ゴーヤ、ロングランスはどうだ?」
『ダメ。全弾回避されたでちね』
「だな。勘のいいヤツらだぜ……」

 キソーさんが前方を睨みながらそうつぶやく。サーベルを持つ手に力が入り、プルプルと震えているのが分かった。

「……接敵します」

 同じく加賀さんも前を睨みながらそう呟き、少しずつ敵艦隊が見えてきた。今までの深海棲艦たちとは違うプレッシャーのようなものがここまで伝わる。あの、腰から化け物を生やした二人の少女は見覚えがある。レ級だ。頭に大きなかぶりもののようなものをかぶった3人がヲ級ってやつか。そいつらが円形に人を組んでいるのがここから確認できる。
円の中心に一人、一際禍々しいオーラを纏った女性が佇んでいる。艦娘たちのそれとは比べ物にならないほど巨大な艤装を身に纏った女性だ。その女性はこちらをまっすぐ見据え、ニヤリと笑った。その笑みは、あの日のレ級を彷彿とさせた。

 そして、その禍々しい女性の前でぐったりと力尽き、海面に倒れ伏しているのは……

「……!!!」

 僕はその時、生まれて初めて自分の頭の血管が切れる音を聞き、視界が真っ赤に染まるという体験をした。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧