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大海原でつかまえて

作者:おかぴ1129
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09.僕はキレた

「離せ岸田!! 姉ちゃんが!! 姉ちゃんが!! ……離せぇエエエ!!!」
「落ち着けシュウ! 落ち着けって!!」

 傷だらけの状態で倒れ伏し、ピクリとも動かない姉ちゃんを前にして、僕は頭に血が上っていた。岸田が僕を羽交い締めにし、必死に僕を制止するが、僕は怒りに任せて岸田を振りほどこうと暴れ周り、てれたびーずの船上で岸田ともみあった。

「落ち着けシュウ!! 泳いでいくつもりか!! みんなに任せろ!!」
「イヤだ!! 姉ちゃんが死ぬ!! 僕が行く!! 離せ岸田!! 離せぇぇエエエ!!」

 岸田を引き剥がそうとするぼくと、僕を離すまいとする岸田のもみ合いが続く。僕が岸田の左腕を剥がせば岸田の右腕の力が強まり、それに僕が気を取られれば左腕が再度絡まる。僕が岸田をやっとの思いで完全に引き剥がし、てれたびーずから飛び降りて姉ちゃんの元に泳いでいこうとしたその時だった。

「シュウくん、どこに行くつもりデスカ?」

 僕の前に金剛さんが立ちふさがった。金剛さんは、怒気こそ感じられないが、先ほど深海棲艦たちを睨んでいた時と変わらない表情で僕を見つめた。それでも僕の勢いは止まらず……

「姉ちゃんの元に行くんです! 泳いででも行きます!!」

 そう答えた瞬間、金剛さんは僕の頬に平手打ちを浴びせた。人の何倍もの力を持つ艦娘の……ましてやその中でも特に力の強い戦艦クラスの金剛さん。その金剛さんの平手打ちの勢いは凄まじく、その一撃を受けた僕の身体は宙に浮き、そしててれたびーずの船体から飛び出して海に落ちた。

 あまりに唐突のことで僕は意味が分からず、ただただ混乱していて、自分が今海に落ちたということを認識するのも不可能だった。ただ、呼吸が出来ず苦しいというシグナルしか僕の頭は発することが出来ず、必死に水中を掻いて水面上に出ようとする。だが僕の身体は鉛のように重くて、掻いても掻いても水面に上がることが出来ない。頭がパニックになり、呼吸も限界に来た頃、誰かの手が僕の襟を掴み、強引に海中から引っ張りあげられた。

 海上に引っ張りあげられた僕は思い切りむせて、肺の中に入りかけた海水を必死に喉から絞り出した。依然ぼくは襟を掴まれて持ち上げられているのだが、その犯人が金剛さんだというのがわかったのは、ぼくがやっと呼吸が出来る程度に回復したときだった。

「シュウくん、少しは落ち着いたデスか?」
「こん……ごうさん……ゼハー……」
「シュウくん、絶対に我を忘れてはダメデス。戦場で取り乱して我を忘れたら……取り返しのつかない事態に陥ることもありマス。余計な犠牲を生むこともありマス」
「でも……ゼハー……でも姉ちゃんがッ……!!!」
「冷静になるネ。ワタシたちに任せて下サイ」

 金剛さんは冷静にそう言うと、僕をてれたびーずの船上に、いとも簡単に投げ捨てた。僕は投げられた勢いでてれたびーずの船上を転がり、反対側のへりにぶつかる。そのへりのすぐそばでは、海面に立つキソーさんがいた。キソーさんは僕の襟を掴んで立たせてくれ、僕の顔を姉ちゃんと深海棲艦がいる方向に向けた。そしてそのまま僕の肩に手を回し、右の耳元に自身の顔を近付け、僕とともに敵を睨みつけて、耳元で呟いた。

「……なぁシュウ。お前がどれだけ比叡さん……姉ちゃんを大切に思ってるか分かった。でもどう見ても、今のは無謀だ。お前だけじゃ、あの敵陣から姉ちゃんを助け出すことは出来ない」
「……」
「でもお前にはムリでも、俺達なら出来ることもある。お前の気持ちは、俺が魚雷に乗せてあいつらにぶつけてやる。お前の代わりに、俺達があいつらにぶちかましてやる」

 金剛さんに平手打ちをされ、海面に落ち、船上に投げ捨てられたことで、僕の頭はだいぶ冷静さを取り戻していた。今なら、さっきの自分がどれだけ無謀なことをやろうとしていたのか理解出来る。確かにぼくは泳いで姉ちゃんの元まで行こうとしたが、それが所詮無理なことは、今の僕なら理解できた。

 僕は自分の足元を見た。足元では二人の妖精さんが心配そうに僕を見つめている。

「……わかった。キソーさん、頼む」
「任せろ。最高の勝利を約束してやる」

 キソーさんは僕の襟から手を離し、再びてれたびーずの前方に戻った。僕は、未だこちらから視線をはずさない金剛さんの元に行き、金剛さんに頭を下げた。

「金剛さんごめん。姉ちゃんのことで取り乱してた」
「……落ち着いたデスか?」
「うん」
「ワタシ、けっこう思いっきり引っ叩いたデスケド、怪我は無かったデスカ?」
「うん大丈夫。ちょっと痛いけど、目が覚めた」

 さっきまでの険しい表情から、金剛さんが笑顔に変わった。妖精さんが僕の肩口によじのぼり、ぼくのほっぺたをさすっている。

「おーけい。さすが比叡の弟。……じゃあワタシは、カワイイ妹と弟のために、ワンスキン脱ぎマス!」

 金剛さんはそういい、てれたびーずから離れて球磨とともに砲撃を開始した。二人の砲撃は何度もレ級やヲ級に直撃するが、どうもバリアのようなものが周囲に張られているらしく、中々ダメージを与えることが出来ないようだ。

 ヲ級が艦載機を飛ばし、レ級が周囲に爆雷をばらまく。てれたびーずからやや離れたところで巨大な水柱が立ち、無線機からゴーヤの悲鳴が聞こえた。

『キャアアッ……?!』
「ゴーヤ?! 大丈夫?!」
『まだ大丈夫……でも、けっこうダメージデカいでち……』
「一回浮上しろ! てれたびーずで回収する!」
『わ……わかったでち……』

 上空ではヲ級の艦載機と加賀さんの艦載機が激しい航空戦を繰り広げていたが、その隙を縫って、加賀さんに上空から別の艦載機が近づいていた。さっきも聞いたキィィイイインという甲高い不快な音が、上空から聞こえる。

「加賀さん!! 上ッ!!」
「……ちいッ!」

 加賀さんは回避行動を取ろうとするが、すでに遅かった。『ドーン!!!』という音と共に加賀さんを中心に爆発が起こり、加賀さんの偽装の破片がこっちにまでたくさん飛んできた。どうやら相手は加賀さんめがけて急降下爆撃を行ったらしい。加賀さん自身の傷は言うほど大したことはなさそうだが、艤装の損傷が酷い。弓矢は問題ないようだが、肩に取り付けられた甲板が損傷し、艦載機の回収が困難となった。

「くッ……」
「加賀さんッ!!」
「私は大丈夫。あなたたちは自分のことだけ考え……木曾ッ!!」

 加賀さんがキソーさんの名を叫ぶのとほぼ同時に、キソーさんを中心に爆発が起こった。

「なッ?!」
「キソーさんッ!!」

 キソーさんの上空に、気持ち悪い亀裂が入った数機の丸い物体が浮かんでいる。その物体が上空からキソーさんを爆撃したようだ。その物体はキソーさんにダメージを与えたことを確認すると、速やかに自陣に戻っていく。どうやら空母棲鬼が発艦させた艦載機のようだ。空母棲鬼は丸い物体を回収すると、こちらを見てニヤリと笑う。

 爆発で立ち込めた粉塵が少しずつ引いてきた。煙の中で立つキソーさんは服と艤装がボロボロになっており、自慢のサーべルも歯がガタガタになっていた。

「……誰が涼しくしてくれなんて言ったよ」
「よかった……キソーさん無事でよかった……」
「心配無用だ」

 よかった。損害は被ったが無事なようだ。

 しかしたてつづけに3人が中破した。今までの順調な進軍がウソだったんじゃないかと思えるほどに敵が強い。突破口がまったく見えない。やはり懸念は当たっていたのか。これは姉ちゃんを餌にした罠だったのか。

 ゴーヤが浮上し、てれたびーずに乗船してきた。キソーさん以上に服と水着がボロボロになっている。ゴーヤが回収されたことで、潜水艦という目標を失ったレ級2隻の雨あられのような砲撃が始まった。岸田が巧みな舵さばきでてれたびーずを蛇行させる。しかしレ級の偏差射撃は思った以上に正確らしく、てれたびーずに着弾するかしないかギリギリのところをかすっていく。てれたびーずの周囲で水柱が上がり、轟音が僕と岸田の鼓膜に襲いかかる。

「岸田!!」
「ヤバいぞシュウ……ヤバイぞ!!」

 不意に、ピーピーという警告音が操舵室のモニターから鳴った。ぼくは操舵で必死な岸田に代わってモニターを見る。魚雷がてれたびーずの船体側面に向かって海中を走っているのが分かった。マズい。このコースだと命中する。この角度でてれたびーずに命中してしまうとひとたまりもない。

「岸田! 魚雷だ!!」
「んだとッ?!!」

 直後、金剛さんが魚雷とてれたびーずの間に割って入った。金剛さんを中心に水柱が上がり、てれたびーずは難を逃れた形となったが……

「金剛さん!!」

 金剛さんの身体が宙に浮き、そして水面に叩きつけられた。艤装が損傷し、砲塔がガクガクと痙攣している。金剛さんはゆっくりと起き上がり、額から血を流しながら、笑顔でこっちを見た。

「岸田……シュウくん、無事デスカ?」
「う、うん……」
「……おーけい。旗艦が無事でよかったデス」

 金剛さんの笑顔が本当に辛そうだ。結構酷い損傷を受けたのかもしれない。ヤバい。5人の艦娘のうち4人が立て続けに傷を負った。一方の相手は無傷。一矢すら報えてない。まったく歯が立たない。マズい。

「なめるなクマぁああ!!」

 ただ一人、無傷の状態の球磨が一人で砲撃を続けるが、火力が足りず、レ級たちにダメージを与えるに至らない。レ級からの執拗な砲撃が続く。全員が必死に回避運動を取っているが、それがいつまで続くかわからない……マズい……マズい!

『シュウくん……聞こえる? お姉ちゃんだよ』

 無線機から、姉ちゃんの声が聞こえた。その直後、周囲の轟音も、球磨の咆哮も、岸田の怒号も何もかもが遠くに聞こえ、僕の耳に届く音は、無線機からの姉ちゃんの声だけになった。

「姉ちゃん! 待ってて今助けるから!!」
『シュウくん……みんなも……引き返して』
「え……姉ちゃん今なんて……」

 周囲の音がさらに聞こえにくくなった。岸田が何かを叫び、加賀さんがそれに何か受け答えをしているのは分かるが、二人の声があまりに小さくて聞き取れない。キソーさんが何か遠いところで爆発に巻き込まれているようだ。僕は姉ちゃんを見た。相変わらず倒れたままだったが、姉ちゃんは必死に上体を起こし、こっちを見ていた。その姉ちゃんと、僕は目があった。

 この瞬間をどれだけ待ちわびただろう。どれだけ願ったことだろう。やっと会えた。やっと姉ちゃんと見つめ合えた。あの日理不尽に姉ちゃんを奪われてから今日まで、どれだけこの瞬間を待ち焦がれたことだろう。世界が僕と姉ちゃんから遠く離れ、周囲には僕と姉ちゃんの二人だけしかいなくなった。

 姉ちゃんに会えた。それなのに、僕と姉ちゃんの間に笑顔はなかった。喜びもなかった。

『シュウくん、引き返して。退却して』
「……なんで?」
『このままじゃみんなが……今なら全速力で退却すれば大丈夫。お姉ちゃんがなんとか食い止める。だからこのまま退却して』

 なぜだか分からないが、遥か遠くにいるはずの金剛さんが、こっちの様子に気付いたのが見えた。その後金剛さんは姉ちゃんに向かって何かを叫んでいたが、距離が遠く声が小さすぎて、何を叫んでいるのか分からない。

『お姉ちゃん、なんとかがんばって空母棲鬼だけでも止めるから。その隙に逃げてね』

 またか。

『ごめんねシュウくん。でも最期にひと目だけでも会えてうれしかった。来てくれてありがとう』

 また僕を困らせるのか。

『シュウくん。……大好きだよ』

 周囲の音が完全に収束して消えた。フラフラの姉ちゃんが力なく立ち上がり、空母棲鬼に向かって、痙攣しているボロボロの砲塔を向けたのが見えた。そして一瞬、姉ちゃんは僕に微笑みかけた。笑顔だけど、神社で見せていた、ベランダで見せていた、あの日消える寸前に見せていた、一瞬で崩れ去りそうな脆い笑顔だった。

 どれだけ僕を困らせれば気が済むんだ姉ちゃん。

 僕はまったくの無音と化した世界で、無線機を通さず、遥か遠くにいる姉ちゃんに向かって、あらん限りの怒りを込めて怒鳴った。

「また僕を困らせるつもりなのか!! 姉ちゃん!!!」

 岸田と艦娘たち、そして深海棲艦も僕を振り返った。僕の怒号は姉ちゃんにまで届いたようで、姉ちゃんも僕が怒鳴った瞬間にビクッと身体をこわばらせた。僕の肩口にいた妖精さんが自分の耳を塞いでいるのが見え、もう一人の妖精さんが乗るカ号が、僕の声でコロンと転がった。そのままの状態で、僕と姉ちゃんのそばに戻った世界は時を止め、僕の声以外の一切の音が消えた。砲撃も止んだ。みんなの動きも止まった。

『シュウ……くん……?』
「あの時みたいに勝手なこと言って……また僕の前から勝手に消えるつもりか!! あの時みたいに、また僕を置いていくのか!! 僕たちは姉ちゃんを助けるためにここまで来たのに……僕は姉ちゃんを助けるためにここまで来たのにッ!!」
『でもシュウくん……』
「うるさいッ!! 今度は絶対一緒に帰るッ!! いなくなるなんて許さないからな!! 頭なでてもらうッ!!! ウザいって思われても隣にずっといてもらうッ!! 分かったら……」

 言ってしまえ。もう知らん。姉ちゃんが困っても知らん。これは今まで散々僕を困らせてきた姉ちゃんへのお仕置きだッ。僕の切り札を喰らえッ!

「黙って指輪を受け取れ!! 僕とケッコンしろぉぉぉぉおオオオオ!!!」

 無音の世界に、僕の声だけが響いた。僕は姉ちゃんを睨みつける。姉ちゃんは目を丸くして顔が真っ赤っ赤だ。金剛さんがニヤーっとほくそ笑み、キソーさんがプッと吹き出した。加賀さんが呆れて頭を抱え、岸田が痛恨の血涙を流す。ゴーヤが鼻の下を伸ばし、妖精さんたちがほっぺたを赤くして照れていた。そして、球磨自身はジト目でこっちを見ていたが、アホ毛が恥ずかしそうにグニグニと動いていた。

 その瞬間、確かに世界は停止していた。

「……こんな時に公開プロポーズは勘弁して欲しかったクマ」

 球磨のこの一言で、再び世界が動き出した。レ級の砲撃音が再開し、水柱がてれたびーずを中心に複数発生した。

 僕はというと、耳から水蒸気が吹き出さん勢いでキレていた。顔に血が集まっているのが分かる。怒りが収まらない。あの日のように、今また僕の前から消えようとする姉ちゃんへの怒りが収まらない。

「頭きた! もう頭きた!! ねえちゃん絶対連れて帰る!! ねえちゃんのわがままなんか聞いてやらんッ!! ケッコンだ! ケッコンしてやるッ!!」
「うん。まぁ……やる気満々になったのは素晴らしいでち」
「当たり前だッ!! そして罰として頭をなでなでわしゃわしゃしてもらうッ!!」
「なるほど……これが風呂あがりの比叡を怒るときのシュウくんなんデスネ。恐ろしいデース……ニヤニヤ」
「やかましいッ!! 絶対全員無事に帰る!! 絶対に帰るぞッ!!!」
『シュウくん』

 再び、無線機から姉ちゃんの声が聞こえた。体力が限界に近いため力はこもってないが、さっき僕に退却を促した時と比べて、声に生気がある。少し元気が戻っているのが手に取るようにわかる。姉ちゃんを見ると、姉ちゃんは海面にペタンと腰を下ろしてはいたが、こっちを真っ直ぐ見つめるその顔に、さっきまでの脆さはなかった。

「なんだ姉ちゃん!!」
『さっきのはホント? お姉ちゃんとずっと一緒にいてくれる?』
「頼まれなくても嫌がられても一緒にいるッ!! 今日の今日までさんっざん僕を困らせたんだから、今度は僕のわがままに付き合ってもらうッ!!!」
『……分かった。私も……シュウくんと一緒にいたい』
「言われなくても助ける!! 絶対一緒に帰る!!」

 決めた。絶対姉ちゃん連れて帰る。何がなんでも連れて帰る。指輪渡してあんな勝手なこと言えないようにしてやるこんちくしょう。消えてたまるか。姉ちゃん置いて向こうの世界になんて帰ってやらん。ムカつく。捕まえてやるから姉ちゃん覚悟しろ。

「シュウ」
「ぁあ?! なんだ岸田?!」
「決心ついたか?」
「当たり前だッ!! どんな手使ってでも連れて帰るからなッ!!」

 さっきとは違う意味で頭に血が上っている僕は、岸田にも食って掛かった。岸田はそんな僕をたしなめることもせず、ニコニコと笑みを浮かべながら僕を見ている。でも目からは血の涙を流しており、そのおぞましさに僕の怒りは一瞬で沈静化し、ゴーヤは一瞬でドン引きした。

「き、岸田さん……その顔……ドン引きです……」
「深海棲艦よりもおぞましいでち……」
「悔しいが仕方ないッ」

 岸田は無線機のスイッチを入れ、マイクを自分の口元に持ってきた。今ここで死力を尽くしている艦娘たちへの極秘通信だ。

「各員、てれたびーずに集まってくれ。これから“大海原でつかまえて大作戦”をはじめる」
 
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