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MÄR - メルヘヴン - 竜殺しの騎士

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050話

一瞬なのか永遠なのか区別がつかないほどに何もない空間を駆け下りていく。闇は次第に体を侵食していき身体の機能を奪っていく。偽りの感情、記憶が生み出した闇は深く厚い地層の如く連なりこちらを拒絶している。

「これが………ジーくんの心の中………!!」

既にどれだけの時間が過ぎ去っているのかさえ解らない。時折周囲を登っていく、否自分が降りる際にすれ違う球体にはディアナが生み出した記憶らしき風景が浮かんでいる。矛盾だらけの記憶、だがそれはジークの心に奥深くまで感情を芽吹かせていた。感謝、愛情、忠誠。ディアナを絶対的に、妄信的にまでに信用する原因。

「これがぁっ!!」

記憶の泡を割る、瞬時に記憶は四散し消えていく。気分が良かった、自分の大切なものを奪っていった女の記憶を消す事が出来たのだから。心が晴れるような気分がしてならなかった、だがこんなことをしても無駄だと理解しすぐにやめた。

幾ら矛盾だらけに記憶を消したとて、奥まで根を張り巡らせた感情は変わる事はない。本来の記憶を呼び覚まし本来の自分を自覚させない限り終わりはない。一刻も早く奥へと進まなければ。




一体どれほど降りたのだろうか、恐らく数十キロでも足りないほど降りていると体感では感じる。心の奥の奥、ジークの深層心理。意識の下層において更に深い層、人間が無意識的なプロセスが起きている場。此処にジークの記憶が眠らされている。

「随分と、早いのねドロシー」
「ディアナ!!!」

遅れたのかワザと遅く来たのかは定かではないか降り立ったディアナ。すぐに戦おうとするドロシーだが手を挙げて戦う意思を見せないディアナ。

「言ったでしょ?愛を証明するって」
「………信用しろとでも?」
「気持ちは解るわ。でもね、彼の目の前なのよ」

そういうディアナが指差す先には瞳の光を失い呆然と立ち尽くしているジークの姿があった。ドロシーは駆け出し彼へと抱きついた。

「ジーくん………ぁぁジーくん………」

至福の喜び、此処まで嬉しいと思えたのも久しぶりだ。愛しの彼を抱きしめる事が出来ている、それがうれしいのだ。だが勝負はこれからだ、自分は彼の心を溶かす必要がある。厚い層に覆われた記憶を掘り起こし彼を取り戻す。それが自分のすべき事。

「ジーくん………聞こえてる……?」
「………」
「返事はなくていいの、聞いてくれるだけで良いの………」

今自分に出来るのは今胸の内に秘めている思いを打ち明ける事だけ。

「私は貴方に一目惚れしたの………。魂が、心が震えた。この人は私の運命の人なんだって思えた、格好良すぎたんだもんジーくん……あまりにも完璧すぎた…子供のころに読んだ王子様の騎士だって」

初めて出会ったのはバッボを手に入れるために封印の洞窟に向かっている時、偶然ジークとドロシーは出会いそこから自分たちの関係は始まった。

「でも、私には似合わないって気持ちもあったの……私はカルデアの為、使命の為にARMを集めていた。でもやっている事は火事場泥棒みたいなもの、悪名高い魔女。そんな私が貴方の傍にいていいのかとさえ思った」

ジークはじっと動かぬまま、彼女の言葉を聞き続けていた。ディアナもそれを聞いていた、この心の中に入ったのは一人の女としてドロシーとして戦う為。ならその為には見届ける必要がある。

「ねえ覚えてる……?ヴェストリで私に言ってくれた言葉、月が綺麗って。あの時は意味を理解してなかった、唯の感想だと思ってた………でも解ったの。月って愛しい君を示す言葉でもあったのよね………?私はあまり器用じゃないからはっきり言うね……?」

恋には積極的であったがその方面の知識が薄かったためかあの時にはちゃんとした答えを出す事は出来なかった。だからこそ今こそそれをはっきりと伝える。これが、今の彼女のすべての愛の言葉。

「私は……私は………貴方が大好き!!!貴方の全てが欲しいぃぃ!!!ジークゥウウウウウ!!!!!」
「……ドロシィイイイイイ!!!」

声を上げた、腕を動かした、瞳に光を灯した。今、届いた。彼女の魂の叫びが世界を突き抜けて彼を突き動かした。深く芽吹いていた感情など突き抜けて記憶などすっ飛ばし魂へと叫びを木霊させた。

「ジークゥウウ!!!」
「ああドロシー………俺は、もう、君から離れない……!!俺は君から……」
「もう、離しはしないから……!!」
「「ず~っと、ず~っと一緒………!!!」」

強く強く、力の限り愛を噛みしめ合う二人は互いの感触を味わいながら愛を囁き合う。今この瞬間を心の奥底から待ち侘びていたのだから。

「……ディアナ」
「全く、見てて口が甘くなるわ。此処まで愛し合ってるなんて勘弁してほしいわよ」

自分たちの姿を見てやれやれと肩を竦めるディアナ、自分たちの愛情に参っているという姿にも思えるが同時にドロシーは違和感を覚えた。

「えっ……?どういう、事なの………?ディアナから、魔力を感じ、ない………!?」
「正確には邪悪な魔力をだろう。仮にも俺の心の中だ、オーブの魔力は完全に遮断される。ファヴニールも協力してくれているしな」
『世話の焼ける野郎だ……その女の肉体の保護はやっておく。小僧にも先に行けと言った、後は適当に待っていろ』

響いてくるのは心を揺さぶる威圧的な声、悪竜ファヴニールの声であった。ジークはその声に礼を言うとドロシーの肩に手を置いた。

「聞いてくれドロシー、ディアナは確かに欲望の怪物だ。但しその実際はオーブに取り憑かれ欲望を増幅させられていたに過ぎなかったんだ」
「オ、オーブに!?」
「そうだ」

次々と明らかになっていく事実、頭が追い付かなくなっていくドロシーに一つ一つ解説していくジーク。

まずディアナは誤ってオーブが安置されている部屋に入ってしまった際にオーブに取り憑かれ洗脳され、このメルヘヴンを滅ぼすように仕向けるように欲望を増幅させられた。その後はチェスの兵隊のクイーンとして君臨しながらレスターヴァ城の女王となりその地位を利用し様々な事をした。

そして今、女としての欲望が増幅され自分を手に入れたいという欲望で心の中に入ってきた。だがジークの心の中までオーブの洗脳は届かず今ディアナは正気に戻っているっという事になる。

「つ、つまりディアナは……カルデアを、裏切った訳じゃ、なかった………?」
「そういうことになるな」

ゆっくりと身体をディアナへと向け思わず涙を流しながらこう呟いてしまった。

「お姉ちゃん」

っと。その言葉でディアナの涙腺は崩壊し大粒の涙を流しながらドロシーへと抱きついてしまった。

「ごめんなさい……ごめんなさい………謝ってももう許されないかもしれないけどごめんなさいねドロシー………」
「お姉、ちゃん……お姉ちゃん……ぁぁぁぁ………」

10年という長い時を跨ぎ二人は姉妹とした再び触れ合った。そしてそんな二人を抱きしめるジークはある事を決意しながら静かに記憶を開放しながら天を見た。自分が知っている中で一番強く常識はずれな少年の事を。

「ギンタ、頼むぜ!!」 
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