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【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス

作者:海戦型
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炎夏と暗幕
  第百二十幕「重力に引かれたこころ」

 
前書き
ここ最近すっかり一か月に数話というペースまで落ち込んだこの小説。
実際、他に書きたい物が沢山あるのでどうしたものかと悩ましく思います。 

 
 
 セシリア・オルコットは母親と猛烈に折り合いが悪い。
 その仲の悪さたるやIS界隈や英国のゴシップ誌では有名な話であり、更にそれを記事にしようものならオルコット家の権力により制裁を受けるため触れてはいけないとまで言われているほどだ。

 オルコット家の当主にして大手総合企業の大株主など様々な顔を持つセラフィーナ・オルコットは、イギリスでも有数の実業家である。財力も権力も教養も美貌も、人生で成功するための一通りの才覚と地位を持ち合わせている。
 そしてその娘にして跡取りのセシリア・オルコットは、母親の美貌と才覚を見事に受け継いだ。頭脳明晰で気品に溢れ、若くして連合王国の専用ISを授かる国家代表候補にまで上り詰めている。

 一見して素晴らしい親子に見える。人生勝ち組まっしぐらだし、何を不満に思う事があるのだろうと周囲は不思議に思うかもしれない。それでも二人の親子仲は、鉄道事故の発生以来歪みきっていた。

 国際空港に降り立ったセシリアを待っていたのは、母国で一番顔を見たくない女の姿だった。

「お帰りなさい、セシリア」
「ただいま、お母様」
「暫く見ないうちに少し大人びたわね……長旅に疲れたでしょう。学園では上手く行っていますか?」
「ええ、学友にはよくしてもらっています。お母様がご心配なさることはありませんわ?」

 セシリアがあと十数年ほど年を取ればこのような婦人になるであろう女性。歳を重ねることによって若さに変わる色気を得た彼女は10人が10人美しいと呼ぶ微笑を浮かべ、セシリアも優美な笑顔でこれに応える。他人から見れば何の事はない家族の邂逅だ。

 だが、このワンシーンに込められた裏の情報を基にこのシーンを再構成すると、こうだ。

『連絡も寄越さずのこのこ帰ってきたからわざわざ出迎えに来てやりましたが、何か言う事は?』
『ねぇよババァ。こっちの事に口出しすんなって何度も言っただろ!』

 ………これはひどい。お嬢様のイメージが一気に非行少女になってしまった。
 世間の目の前では決してそのようには取れない言葉を選んでいるが、二人の全く笑っていない目は今も壮絶な嫌味合戦を繰り広げている。セシリアとしてはこのまま無視して横を通り過ぎてもよかったくらいに考えているが、これから宇宙に旅立つという時に面倒事は避けたいから「一番無難な煽り」を選んだのだ。
 これを踏まえて続く会話を見てみよう。

「まぁ、それは何よりだわ?可愛い一人娘だものね。遅くなってしまったけれど、タッグトーナメントの優勝おめでとう!我が事のように嬉しいわ!」
「お母様ったら大袈裟なんですから!でも、ご期待に沿えて何よりですわ!」
「もっと学園のお話が聞きたいわ。折角の帰国なのですから、一度は屋敷に顔を出すのですよ?(カルロ)も貴方に会いたがっています」
「まぁ、そうですの?では宇宙の旅を終えてもスケジュールに余裕があれば、そのようにします」

 どうだろう。何の変哲もない会話に恐ろしいまでの悪意と歪みを感じないだろうか。セシリアが母親からの手紙を読みもせずに破り捨てていた事を鑑みれば、どれだけ二人の仲が歪んでいるかがよく分かる。なお、セシリアは家に帰る気は殆ど無いことを母は文脈から感じ取っている。
 これで互いの意志がほぼ完全に疎通出来ているのだからおかしな話だ。

(ああ、お嬢様……これ以上奥様を煽らないでくださいませ……!)
(我等護衛一同、お嬢様が『それ』をやるたびに八つ当たりを受けるのですが……!)
(旦那様にも飛び火しているのです!どうか、どうかそれ以上はぁ……!!)

 後ろに控えているオルコット家の護衛兼召使いメイドたちが頭を下げたまま胃を痛くする。
 セシリアは当然そのことに気付いているし、彼らが悪くない事は知っている。しかし、その為に母親に譲歩するのは「セシリア」の気位が許さない。絶対に退いてなるものか、という不動の決意を彼らの手で動かすのは無理らしい。

(ああ、昔はお嬢様もあんなに可愛かったのになぁ……)
(何も親子揃ってそんな頑固なところまで似なくとも……)
「あら、何か進言したいことでも?」
「あらあら、それはわたくしも興味がございますわ?」
「「いえ、何でもありません!!」」

 この勘の鋭さこそが最も恐ろしいところである。藪をつついてヨルムンガンドを出したくないメイドは、即座に二人の「来月の給与査定を楽しみにしておけ」と言わんばかりの視線を無難に避けることにした。
 ともかくこの家族の会合は、周囲の胃に悪い。

 お願いだから早く終わってくれ、とメイドたちは内心で叫んだ。



 = =



 チームというのは素晴らしい。同じ目的に違う思考を持ち、互いの想いや熱意を言葉に乗せて交換し合い、多用なアプローチで夢を追求する。歴史は一握りの人間が創るのではなく、大勢の人間が創り上げた歴史の中で一番目立っている人間が祀り上げられているだけに過ぎない。

 歴史には、当事者にしか解らない世界がある。
 

 セシリアは自分がその当事者になったことを実感しながらティアーズを通して動くマニュピレータの感触を確かめた。例えこの場で最も脚光を浴びているのがセシリアだけだとしても、この宇宙船を作り上げたのは間違いなく母国で宇宙を追い求めたチームだった。

「世界最大のオートクチュールにして、世界初のロケット不使用有人宇宙船……『クイーン・メアリ号』……その最初の乗員になれるなんて、人生史上最高の瞬間だわ……」

 今は誰もセシリアの独り言を聞いていない。あのですわ口調も今はする必要がない。
 激しく胸を打つ鼓動が、うずうずするような高揚を更に加速させる。恋する乙女のように、これから訪れる人生最高の瞬間が愛おしくてしょうがない。

 『クイーン・メアリ号』。ISと一体化して運用することを前提に設計され、その全高は宇宙ステーションを打ち上げるにも拘らず全長約10メートル、重量僅か1トン程度でしかない。最大の特徴は、従来の宇宙船がロケット推進で大気圏を突破し、そのロケットを切り離して漸く宇宙船としての活動を始めるのに対し、『クイーン・メアリ号』は単独での大気圏突破、及び突入が可能な点にある。
 これは、同時に世界初のIS搭載宇宙船であることをも意味し、スキンバリアー技術とPIC技術の応用によって従来考えるべき数多の問題を解消したことをも意味する。

 構想は何年も前から存在した。セシリアも加わり、国が本腰を入れてからは加速度的に開発が進み……そして最後に連合王国の熱意はとうとう篠ノ之博士にまで届いた。約1か月程前、行方知れずである筈の博士から「お墨付き」が送られてきたという。詳しい内容は(口調があんまりなんで)伏せられたが、現状でISによる有人宇宙飛行は可能であるとの旨が示されたのだ。

 『クイーン・メアリ号』の最大の懸念である「人が乗らなければ機能が維持できないため、テスト運用が不可能である」という点が解消された瞬間だった。もう、この国はISを宇宙で使う事を待てないのだ。

 宇宙。
 そこに、これから行くのだ。
 あらゆるしがらみから解放され、新たな世界を――IS操縦者と宇宙飛行士の融合した新たな人類のステージの端緒を開くのだ。オルコットとしてでも貴族としてでもない、宇宙を目指した「セシリア」ちして。例えこれが本国からすればパフォーマンスで、パイロットがセシリアである必然性のないもので、従来の宇宙飛行士に比べて求められる仕事量が圧倒的に少ないのだとしても。

 セシリアは夢に旅立つだけではなく、これから続くであろう未来を照らす一番星になって輝くのだ。

 世界のどこかで、この光景を友人たちも見ているだろうか。
 この光景は全世界に生放送されている。発射場は連合王国の警備の下、世界中の主要なメディアと未だ根強く宇宙開発へのロマンを抱く人々、世紀の光景を見逃すまいと集合した人々が集まり、大騒ぎになっている。ならば、他の皆にもこの光景が届いているかもしれない。特につららとか。

 しかし、つららには念を押して付いてこないように言っておいたので流石に直接見に来ている事はない筈だ。なお、付いてこないように言った理由は、両親のことや仕事の関係で一緒に行動する時間が皆無に等しいからである。そのことを伝えると彼女は渋々イギリス行きを諦めた。
 と、管制から通信が入る。

『こちら管制室。調子はどうかな、お姫様?バイタルチェックによると少々心拍が早いようだ。緊張かな』

 お姫様とは、船の主であり(他人曰く)気が強い貴族のセシリアの、チーム内での仇名のようなものだ。計画の要でもありIS関連ではリーダーシップさえ取っていた彼女に相応しいと言えば相応しい。時折容赦なく飛ばした叱咤激励に仰々しく挨拶をしていた男性連中を思い出させる。

「まさか。楽しみでしょうがないのですよ……宇宙が。この胸のときめきは、例え何度深呼吸しようと抑える事は出来ませんわ?」
『きゃー!お姉さま格好いい~~~!!』
『あ、こら。勝手に通信に割り込んじゃ駄目だろ?ミス・ミネユキ!』
「ちょっと待ちなさいコラ」

 なんか今聞こえてはいけない声と聞こえてはいけない名前が耳に入ってきた。
 いやいやまさか。よりにもよってこんな所に居る筈はない。ないない。
 ない筈なのだが、最近の周辺では起こりそうにないことばかり発生するのである。

『あ、お姉さま~~!!つららですよ、つ・ら・ら!!お姉さまにはああ言われましたけど、やっぱりお姉さまの偉業を間近で見たかったから来ちゃいました~!』

 学園で最もセシリアの頭痛を加速させる金魚のお粗相的な何か、峰雪つららのハイテンションな声を、間違えようはずもなかった。セシリアは一つ大きなため息をつき――

「管制。部外者ですのでつまみ出しなさい」
『ええっ!?ひ、ひどい!!せっかく連合王国本土くんだりまでやって来たのに!!というか、部外者じゃありませんから!!』
『ああ、お姫様は知らないかもしれないが、彼女は『クイーン・メアリ号』の開発に携わった企業の一つ、「最上重工」からの正式なお客さんだ。ジャパンの技術力なしには今月中の打ち上げは無理だったんでな』
「初耳なのですが!?」

 セシリアだって今回の打ち上げ計画の中枢を担っている筈なのに、全然知らなかった。というか最上重工はどんだけ手広く商売をやっているのだろうか。IS産業としては新参だが、案外宇宙性やスペースシャトルの部品くらいは作っていたのかもしれない。
 通信先からは誇らしげな少女の笑い声が響き、ちょっとだけイラっとする。

『ふっふっふっ……お姉さまを驚かせようと思って今まで黙っていたのです!作戦成功です!コンプリートです!!』
「帰ってきたらオシオキですわ。お尻百叩きくらいの覚悟はしておきなさい」
『フギャー!?ちょっと驚かせようとしただけなのにぃぃぃーーーーっ!!』
『はっはっはっ!国際交友でもお姫様はお姫様だな!』

 他人より下に立つことを良しとしない性格超強気の彼女が他国でも他人を尻に敷いている事が判明した所で、雑談は打ち切られた。

『さて、他愛もない会話で少しはバイタルも落ち着いたようだ。ミス・ミネユキ?ここからは本格的な打ち上げ段階に入るから、混乱を避けるためにインカムを切ってくれ。音声の一部は外部にも放送するんでね?』
『了解です!お姉さま、つららは管制からお姉さまの旅立ちを見守っていますので~~!!』
「まったく……喜びすぎて周りに迷惑をかけないようにするのですよ!」

 これを機に、時間は完全に発射前段階の最終チェックに移行した。
 湿度、風向き、エネルギー残量、執拗なまでのシステムチェック。射出角度から軌道変更のタイミングに到るまで、ISと従来のプログラムを併用した綿密な計画を洗い出してゆく。

「見ていますか、お父様。娘の宇宙旅行をどうか安心して見守っていてくださいませ。見ていなさい、お母様。貴方の娘はこれから貴方の手の及びもしない所へと旅立ちます。そこで指をくわえて見ていなさい」

 この家族のしがらみさえも、重力がわたしから剥がしてくれればいいのに。
 そんな自嘲的な思いも微かに交えながら――夢の時間は刻一刻と近づいてきた。
  
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