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【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス

作者:海戦型
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第百二一幕「エンドレス問答」

 
 ―中国・山東地区……古代遺跡、蚩尤塚(しゆうづか)

 草木の生えぬ荒れ地と砂、そして荒削りな岩ばかりが立ち並ぶ、生命の息吹を感じられない広漠とした大地が広がっていた。その中でもひときわ大きな岩は古代遺跡になっており、中国当局の息のかかった学者たちが発掘作業を行っている。

 その現場が見える丘に、二人の男女の姿があった。年齢はおおよそ4,50代ほどと思われる皺が入り、隣り合っている姿と薬指に嵌まった指輪が、二人が夫婦であることを示唆するように輝いている。

「あの子、もうすぐ帰ってくるのね……」
「ああ……ジョウ君からも連絡があったよ。『隠し通すのは不可能だ』、ってね」
「私、あの子の事は苦手だわ。子供の筈なのに、気が付いたら言うつもりもなかったことを引き出されてる……離婚の話だって、本当は教える気なんてなかった」
「そう言うな。ジョウ君なりに、あの時の俺達の関係がどこか歪んでいる事に気付いていたんだろう」

 顔を伏せる妻――(ファン)花琳(ファリン)の肩を、鐘音(チュンイン)は優しく抱きとめた。

「託された使命とは、後の代に託していくものだと思っていた。鈴もいずれ誰かにそれを託すのだと思っていた。……鈴がそれを解き放つことになるなんて、思いもしなかった」
「その一族の力で、貴方は隠し通そうとしたじゃない!IS学園に提出するデータまで偽って、遠ざけようとしたじゃない!!なのにどうして……ISの所為?それとも、これが鈴音の天命だとでも言うの!?」

 どうして私の娘が――そんな言葉ばかり、二人の脳裏をよぎっては消えていく。
 当の昔に形骸化し、ただ最低限の義理のように脈々と受け継がれていったペンダントと伝承。それが意味のあるものだとは、鐘音自身も数年前まで信じてはいなかった。

 だが、事実は小説を上回っていた。
 夢のお告げ。水津花(みずか)という青年の来訪と、お告げに符合する情報。
 そして、「列車事故というもっともらしい形で隠蔽された事実」と、その当事者として生き延びた鈴。

 彼女は目を覚ました時、数日間の記憶がすっぽりと抜けていた。だからこそ、二人は離婚を取りやめてまで彼女に嘘の現実を教え込み、今まで隠し通してきたのだ。
 偽りの現実は、3人家族にとって心地よい物だった。使命も辛い現実も全てを優しく覆い隠し、二人に子宝の愛おしさを改めて実感させた。一度は離婚で引き裂かれようとした仲も、子供を中心に修復される結果になった。

 だが、偽りの世界はいずれ真実に引き裂かれ、風に靡いて消えてゆく。

「きっと鈴音だけではないのだろう。もっと大勢の人間が立ち向かわなければいけない使命が、人類に迫っているのだ。『百邪』もまた動きつつある」
「それも前の宇宙から引き継がれたものなのでしょう!?どうしてそんな昔の驚異の尻拭いに私たちの娘が駆り出されなければいけなかったの………」

 花琳とて分かってはいる。ゆっくりと時間をかけて、鐘音は一族の使命やお告げの内容を自分なりに分析して、少しずつ彼女に説明した。知識では分かっているのだ。それでも認められないのは、彼女が母親であるからだろう。

「………そろそろ空港に行こう。あの子を出迎えるまでに、泣きはらした顔を笑顔に戻さなければ」
「勝手だわ……鈴もあなたもこの世界も、みんな人の話なんて本当は聞いていない………」

 乾いた大地に響いたその呟きは、虚しく霧散していった。



 = =


 
 もしも永遠に醒めない夢があるとしたら、現実と夢にはどんな違いがあるのだろう。
 夢の中で一生を終えても、現実で一生を終えても、感覚とてはそこに違いなどない。何故ならば夢の中には自分を騙すほどのリアリティを内包しているからだ。自分が現実だと思っている者が幻でないとは言い切れないし、その逆もまた然り。つまり、夢の中にこそ現実では見つからない真実を見いだせるのかもしれない。

 鈴もまた、夢の中に真実の片鱗を感じ取った。

「飛行機に乗るの、これで何回目だっけ……中国に戻った時の飛行機、ファーストだったっけ?エコノミーだったっけ?」

 その答えは簡単で、「覚えていない」、だ。両親の話によると鈴は中国に行く前に高熱を出し、ずっと寝ていたらしい。寝ている間にいつのまにか飛行機に乗って中国に渡り、家までついていたという訳だ。
 今になって思えばあまりにもおかしな話だった。幾ら高熱が出たからと言って、子供ならともかく、中学生だった鈴の記憶がそんなに簡単に抜けるだろうか。

「やっぱり……パパもママも何か隠してる。今になって思えばあの時のジョウもそれに気付いて……」

 IS学園に辿り着いて直ぐの頃、ジョウと両親の話をした時や一夏の話をした時、両方とも一瞬だけ話が噛みあっていなかった(第十九幕参照)。

 窓の外を眺めながら、鈴はひとりごちた。手は無意識に右手首に嵌めたブレスレットを弄っている。彼女の専用IS、甲龍………だったものだ。韓紅花(からくれない)色の落ち着いた装飾だった筈のそれは、いつの間にか(オレンジ)と金を基調とした高価そうなデザインに変貌している。

「これも、夢の声の仕業かぁ………ISの構造を変化させて強化するなんて、途方もない存在よね」

 甲龍は、鈴の意志に関係なく「二次移行」に近いことを起こした。
 それは、「内に眠る意志」が完全にISより上位の存在であることを指し示している。
 鈴の予想が正しければ……それは、現在鈴の心臓となって存在している筈だ。
 ――鈴の見たあの光景が幻想でないのならば。

 鈴は、これから両親に問わなければならない。

 どうして本当の事を隠していたのか――と、問い質さねばならない。

「ああ、憂鬱だったらありゃしない………テレビでも見ようかしら?確かそろそろセシリアが宇宙に旅立つ頃よね!」

 ここ数年の技術革新の賜物か、最近は飛行機内のテレビで最新のニュースを見ることも可能になっている。代表候補生らしくファーストクラスで悠々としている鈴は、テレビの電源を入れた。

『――ご覧ください!最年少宇宙飛行士となったセシリア・オルコット氏の乗った宇宙船の発射まであと3分を切りました!オルコットさんはIS操縦者としてあの日本の期待の新星『佐藤さん』を撃墜した凄腕のIS操縦者として知られています!――』
「あっるぇー!?一緒に戦った筈の一夏の存在がスルーされてる!?」

 どうやら世間の目は男性IS操縦者から『SATOU』に移りつつあるらしい事実に戦慄する鈴だった。

 なお、この放送を見た佐藤さん本人が同じリアクションをしたのは言わずもがな、その他のメンバー及び武者修行の旅に出たユウでさえその放送に吹き出したという。ちなみに一夏本人は自分の存在がカットされたにも拘らず「同級生の名前がテレビ放送されてるって不思議な気分だなー」などとズレたことを抜かしていた、と後に千冬が証言する。



 = =



 同刻、某所のカラオケBOXの中。
 歌もそっちのけにスマホに釘付けになる女子中高生の集団がいた。スマホには世界中で大注目される連合王国の世紀の試み――ISのシステムを組み込んだ世界初の有人宇宙船に、15歳のIS操縦者が乗って宇宙で活動するという内容が放送されている。

 そして、彼女たちにはそのニュースに隠された別の真実と深い関わりがあった。

「ついに『40番台の姉妹』が舞台に立つときが来たか……」
「40番台のロールアウト………か。ISの技術で我々旧世代を越える性能にマッシュアップされた躯体を以ってすれば、第三世代ISの撃破など容易い筈だ」
「連合王国も愚かな判断をしたものだ。宇宙(そら)に夢などという実体のないものを求めなければ良かったものを……」
「妙な探りを入れられるのは面倒だ。地球人は、永遠に地球の重力に囚われていればいい」

 彼女たちは、自らを『アニマスナンバー』と定義する。
 外見は唯の一般人に過ぎず、行動、思考、家庭環境に到るまでの全てを疑似人格プログラムに従って行動することで『どこにでもいる一般人』のように見えるよう擬態した存在。傀儡にして尖兵、雑兵にして精鋭、個にして隊。それが、彼女たちの正体だった。

「捕捉される可能性は?」
「40番台にはフィリピンで破壊されたステルスより更に完璧に近づけた装備が備えられている。加えて宇宙という観測されにくい環境……リスクは0,001%以下と予測される」
「だが、セシリア・オルコットはC級注意人物である。28番の監視があるとはいえ、不測の事態も考えられる」
「その意見を否定する。そもそもあのISのペイロードは現在宇宙機材で埋め尽くされている」

 ――そんな彼女たちに「個体差」という概念が少しずつ表出化し始めたのは、つい最近の事だ。その事実に気付いているアニマスナンバーはごく少数であり、彼女たちはまだその変化に気付いていない。

 もしも彼女たちの思考、能力が画一的なものであるならば、本体彼女たちに問答というコミュニケーション過程は意味を為さない筈である。同じ上下関係、同じ命令系統の下に統一され、環境は違えど根幹にあるプログラムは同じ。ある意味で、彼女たちは複数の同一人物とでも言うべき存在だ。

 だが彼女たちは少しずつ、この問答という本来非効率的な手段での情報交換や提案に意義を感じ始めていた。
 事の始まりは数日前――『神子』を確保しようと出撃した4人は、逆に『神子』に内包された力の発露によって2人が行動不能に陥った。この際、無事な機の片割れであるアニマス10が突如として命令内容に記述されていない行動を開始した。
 もう片方のアニマス31は当然それに反論し、戦闘を続行して『神子』を確保することを優先しようとしたが、アニマス10は今までにない思考ルーチンで「合理的である」と判断するに足る根拠を説明し、結局アニマス31はそのルーチンを肯定した。

 結果として任務は失敗したが、ナンバーの損失は免れた。
 実際、あの場には神子の他にも複数の敵対ISが存在し、奇襲も失敗に終わっていたため、作戦成功率はほぼ0%だった。結果論にはなるが、損害を減らすという点では正しい選択をしたと言えるだろう。

「しかし、我々によるこの『問答』は作戦遂行規則に記されて以内行為だ。本当にこれは我らの存在意義と合致しているのだろうか?」
「合致していなかった場合は、不適合個体として人格ユニットを排除され、無人機になるだろう」
「何を言う。事実としてこれは有用な行為だ。任務の成功率を上昇させ損耗を抑える事に繋がるということは、効率の上昇である。任務遂行への助長効果が期待されるため、我等の行動指針と食い違う部分は存在しない」
「アニマス10の意見に同意する。この行為に違法性、不適合性は確認されない。」
「不適合性といえば……当該施設は歌を歌う施設である。我々の合議行動は万が一他の個体に発見された際に不信感を抱かれる可能性がある」

 ぽつんと指摘された事実に、全員のスマホを見る目が一斉に止まった。

「では……アニマス19、マイクを装備して先行する」
「曲はどうするべきだろうか……我々の年齢設定からして、流行の曲を歌うべきだろうか」
「どれにする。『Realize』などどうだ?」
「いや、ここは『My Frends』のほうが……」
「敢えてここは『ひろしのテーマ』など………」
「その提案を却下する」
「その提案を却下する」
「その提案を承認する」
「え?」
「え?」
「え?」
「………状況の理解が困難である。誰か説明を要求する」

 ……こうしてアニマスシリーズ達は、誰も与り知らない所で摩訶不思議なワールドを展開しつつあるのだった。なお、この後彼女たちは「アリとナシの境界線」をたっぷり2時間ほど彷徨った挙句、「世界に一つだけの花」という歌を全員で合唱することになったのであった。
  
 

 
後書き
何だこの……何だ?
何だか分かりませんが、何故か彼女たちのやり取りを書き終ったあと変な笑いが止まらなくなりました。精神崩壊かな? 
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