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黒魔術師松本沙耶香 魔鏡篇

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9部分:第九章


第九章

「同じ世界の住人よ」
「そうだったのですか」
「ええ、だからね」
「仕事の後で、ですか」
「どうかしら」
 春香をあらためて見ての言葉だった。
「それは」
「私は」
「無理にとは言わないわ」
 余裕も見せた。これもあえてである。
「私はそういうことはしないから」
「左様ですか」
「それで」
 それでもだった。春香に対してさらに言ってみせた。それが術であるかのようにだ。
「仕事の後でね。答えを聞くわ」
「では私はその時までは」
「自由よ」
 今度の言葉は一言だった。
「その時まではね」
「わかりました」
 春香は沙耶香の言葉にこくりと頷いた。そうしてであった。
 あらためて沙耶香を見てだ。言葉を返した。真剣な面持ちで。
「ではその時に御答えします」
「わかったわ。吉報を待っているわ」
「はい」
 沙耶香の言葉にまた頷いた。
「ではその時に」
「そういうことでね。では行ってくるわ」
「また会えることを御祈りしています」
 こう話してであった。二人は別れた。沙耶香は仕事の後のことも考えつつ静かに屋敷を後にした。そのうえで銀座に向かったのであった。
 銀座は今日も人が多い。白い百貨店が立ち並びその前を人々が行き交っている。
 そのショーウィンドゥの前を歩いていた。するとだ。
 窓のところに何かが見えた。沙耶香はすぐにそれに気付いた。
「もう来たのね」
「あら、気付いたのね」
 窓の中から声がした。既に相手はそこにいる。
 沙耶香以外には見えないようだった。そして声もだ。それもまた沙耶香には聞こえないようである。沙耶香も他の者に聞こえないように魔術を使って言葉を出していた。
 その魔術を使ったやり取りの中でだ。鏡の中の青白い肌をしていて黒というよりは紫の、夜の色の髪を持つ美女を見ていた。豊満でありその肢体を白い死者のそれを思わせるドレスで覆っている。青白い顔は細めであり目はすっと横に引かれている。眉目も整っている。しかしその色も動きも生者のそれではなかった。この世のものではなかった。
 その美女が沙耶香に応えながらだ。言ってきていたのである。
「私に」
「最初から。屋敷で話を聞いた時からね」
「あら、気付くのが早いわね」
「鏡はあらゆる場所にあるものだから」
「だから気付いたというのね」
「そうよ。気付いたわ」
 その青ざめた美女に対しての言葉だった。
「私なら気付けるものだったわ」
「そう、貴女ならなのね」
「貴女のこともわかっているわ」
 それもだというのである。
「そう、貴女が何者なのかもね」
「それもわかっているというのね」
「死美人ね」
 それだというのだ。
「鏡の中にいる死美人。鏡の向こうの美しいものを手に入れそれを自分のものにしていくという。話には聞いていたけれど会ったのははじめてよ」
「私は美しいものの前にしか姿を現わさないわ」
「姿をなのね」
「そう、そして手に入れる」
 そうだというのである。
「あの奇術師もそうよ」
「確かにね。彼女は美しいわ」 
 春香についての話になった。彼女の美しさは両者共認めるものだった。沙耶香にしても死美人にしてもだ。どちらも同じであった。
 
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