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黒魔術師松本沙耶香 毒婦篇

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15部分:第十五章


第十五章

「思ったよりいい部屋ね」
「たまたまいい席が空いていまして」
 店員は沙耶香をその部屋に案内し終えてにこやかに述べる。
「それでです」
「そうなの。それにしては」
「何か?」
「いえ、いいわ」
 店員が沙耶香の言葉に目をしばたかせたのを見て言葉を引っ込めた。彼女が関係ないことがわかったからだ。それならばどうでもいいことであった。
「メニューは」
「何が宜しいでしょうか」
「そうね。その前に」
「はい、どうぞ」
 椅子を引かれる。沙耶香はその席に座る。それから差し出されたメニューを受け取ってそれを開くのであった。
「まずはね」
「どれが宜しいですか」
「蟹は外せないわね」
 昨夜食べたばかりだがそれでも食べるのであった。
「丸蒸しでいいかしら」
「はい、他には」
「麺ね」
 次に頼むのはそれであった。
「蟹を頼んだからそれで統一するわ」
「それでは上海蟹みそ入煮込みそばですね」
「ええ、それを御願い」
 にこりと笑って答える。
「点心は二つね。蟹入りの小龍包と焼売。そうね、蒸し餃子も」
「他には」
「後は上海炒飯だけれど。ついでに蟹の野菜炒めももらうわ」
「わかりました、それではその二つも」
「お酒も頼むわ」
 それも忘れないのであった。沙耶香にとっては酒は常に欠かせないものなのだ。だからこそここでも頼むのであった。決して忘れることはない。
「杏露酒を御願いね」
「そちらを」
「そうそう、デザートも」
 それを忘れては駄目だった。注文しながらうっすらと笑う。
「マンゴープリンを貰うわ」
「以上で宜しいでしょうか」
「杏露酒はボトルでね」
 それを言い加える。
「それは忘れないでね。それじゃあ」
「はい、わかりました」
 店員はそこまで聞いて頷くのであった。
「すぐにお持ち致しますので」
「待たせてもらうわ。それじゃあ」
「はい」
 こうして注文を終えて暫く待つ。まずは麺が来てそれからそれぞれやって来る。沙耶香は杏露酒を飲みながら料理を楽しむ。蟹尽くしのその上海料理は素晴らしい味であった。蟹と杏の味を楽しんでいると肝心の酒がなくなった。それで注文するとやって来たのは。
「ようやくといった感じかしら」
 一人の美女が妖しい微笑みを浮かべながら部屋に入って来た。黒く長い髪に漆黒のチャイナドレスを着た凄みのある艶を持つ女だ。白い脚を沙耶香にまじまじと見せつけながら部屋の中に入って来た。その手にはボトルがある。
「折角だと思って」
 彼女はその微笑みのまま沙耶香に声をかけてきた。
「相席していいかしら」
「ええ、どうぞ」
 沙耶香は座ったまま彼女に顔を向けて応える。そうして自分の前に彼女を座らせたのであった。
 それを受けて沙耶香の向かい側に座ったのは。李妖鈴であった。凄みのある艶をたたえて沙耶香の前に座るのであった。その姿はまるで闇に舞う蝶の様であった。
「私が座っても取り乱さないのね」
「何故取り乱す必要があるのかしら」
 食事を楽しみながら妖鈴に問う。特に動じたところはない。
「想定していたことだから」
「ここに私がいるということが?」
「そうよ。気配でわかったわ」
 また述べる。
「貴女のその禍々しい気配がね。店の中に入ると」
「隠してはいなかったけれど」
 自分でもそれを言うのだった。
「そうだったのね。私にも貴女が来たってわかったわ」
「私の気配で?」
「いえ」
 その言葉は笑って否定する。
「違うわ。恋心よ」
 両肘をテーブルの上に置き手と手を組み合わせる。その上に整った形の顎を置いて沙耶香に対して言うのだった。
「貴女へのね」
「あら、貴女も同じなのね」
 沙耶香はその言葉を受けて微笑む。
「私と同じなのね。同じ趣味を持つ者」
「そうね。それを感じたからここに来たのよ」
「そうだったの。ところで」
 妖鈴にここで言葉をかける。
「その杏露酒貰えるかしら」
「これを注文していたわね」
「ええ。だから欲しいのだけれど」
 こう妖鈴に対して言う。
「駄目かしら」
「いえ、いいわ」
 笑って沙耶香に答える。
「是非共。愛しい方に飲んでもらいたいわ」
「私に入れてくれるのね」
「いいかしら」
「いいわ。何故なら」
 ここで笑ってまた妖鈴に対して言う。
「今はユニコーンの角を飲んでいるから。大丈夫よ」
「また随分と用意がいいわね」
「少しだけならどんな毒も効果がないわ」
 そう妖鈴に対して述べる。
「少しだけなら。つまり」
「ふふふ。いいのね」 
 妖鈴には今の沙耶香の言葉の意味がはっきりとわかった。わかっているからこそ同じ笑みを見せ合うのであった。
「それなら。楽しくね」
「まさか乗るとは思わなかったわ」
「私はそういうことには構わないのよ」
 同じ妖しい笑みを浮かべ合っている。その中で言葉を交あわせるのであった。
「むしろ。楽しいわ」
「楽しいのね」
「敵と寝るいうのも」
「確かにね」
 沙耶香はここで小龍包を口に含んだ。すると蟹の味が濃厚に入ったスープが口の中に溢れ出る。その熱さと美味さを味わいながら妖鈴と話すのであった。
「それでも。まだよ」
「まだなの」
 妖鈴はその言葉に少し寂しそうな声を出してきた。
「またそれはどうして」
「まだ食べているからよ」
 見ればその通りであった。沙耶香はまだ食べている。相変わらず上海の蟹料理を堪能していた。既にかなり食べていてもう少しだがそれでも食べていることには変わりない。
「食べ終わってから行きましょう」
「わかったわ」
 妖鈴もその言葉に頷く。
「それならね」
「あと。一つ気になることがあるけれど」
「何かしら」
 沙耶香の言葉に応える。
「貴女は食べないのかしら」
「私はいいわ」
 だが彼女は沙耶香の言葉にうっすらと笑ってこう答えるだけであった。
 
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