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三笠

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2部分:第二章


第二章

「今にいれば当然だろうな」
「そりゃお爺ちゃんはあれだよね」
 祖父に顔を向けて言う。日露戦争のところは見ていない。
「戦争を知ってるんだし」
「ああ、よくな」
 その戦前に生きた人間なのだ。もう少なくなってきているが。
「この街でよく海軍の軍艦を見ていたよ」
「長門とかそういうの?」
「立派だった」
 顔を上げる。そうして感慨の深い顔になるのだった。
「国の為に戦ってな。今では色々言われてるが」
「それはね。仕方ないよ」
 その感慨に対する孫の言葉は実に素っ気無いものだった。
「負けたんだし」
「それだけか」
「うん、それだけ」
 やはりこの返事も素っ気無いものだった。
「負けたから。仕方ないじゃない」
「そう言ってしまえばそれまでだよ」
 顔を下ろしてまた言うのだった。
「結局な」
「僕にはわからないんだよね」
 保次郎はまた言った。
「こういうの見ても。戦争にしろ」
「知らないか」
「テレビとかゲームでだけ」
 現代日本の若者らしい言葉であった。それがよいのか悪いのかはともかくとしてそれが現実であった。やはり戦争を知らないのである。
「まあ最近のロボットアニメでは変な戦争のものもあるけれどね」
「あの白いロボットのか」
「幾ら何でも一人の人間があそこまでやったり数機でどうにかできるとは思えないけれど」
 その程度の知識も分別も彼にはあった。そもそもそんなおかしなアニメができること自体が戦争を知らない何よりの証拠である。だがそれに気付かない者もいるのだ。
「それでも。やっぱり」
「それも。仕方ないな」
 保正はあらためて呟く。ここでも達観が見える。
「実際に経験したわけじゃないからな」
「見たら一応は大変な状況だったんだってわかるよ」
 三笠のそこにある資料は少なくとも学校の教科書のそれとは違う。日本を断罪するのではなく公平に見て資料が作られている。それはかなり真っ当な内容であった。
「それでも。やっぱり」
「そうか。わからないか」
「悪いけれどね。それでさ」
 保次郎はまた言うのだった。
「お腹空かない?」
「さっき食べなかったか?」
「育ち盛りだから」
 悪戯っぽく笑っての言葉だった。
「何かまたお腹が空いてきたんだ」
「やれやれ、困った奴だ」
 そう言うがここで彼は言うのだった。
「出るまで我慢してくれ」
「食べ物はないんだ」
「ジュースならある」
 こう言葉を返す。
「それで我慢できるか?」
「そんなのじゃ我慢できないよ。仕方ないなあ」
 それを聞いて彼は決めた。彼にとってはいささか苦しい決断だが。
「諦めるよ。ここを出てからでいいよ」
「おお、今日は聞き分けがいいな」
「そっちの方が美味しく食べられるしね」
 空腹は最高の調味料というわけである。とりわけ今の保次郎の年代ならば誰でもそうである。彼とても例外ではないのだ。
「だから。我慢するよ」
「それならいい。さて」
 保正は展示室にあるものを全て見終わってから孫にまた声をかけるのであった。
「ここは終わったし次は何処に行くか」
「艦橋には行けるかな」
 保次郎は不意に祖父にこう尋ねてきたのだった。
「そこの絵に艦橋が描かれているけれど」
「ああ、あれだな」
 保次郎が指差したのは一枚の油絵であった。そこには海軍の軍人達が描かれている。それもまた三笠の絵であった。
「あの絵ってここの艦橋のだよね」
「そうだよ。あそこに行きたいのか」
「絵に描かれているからね」
 興味を持ったのだ。そういうことであった。
「だから。どうかな」
「それはいいことだな」
 祖父は孫のその提案を聞いてにこやかな笑みになる。そのうえでまた言うのだった。
「いい場所に気付いた」
「そこまで言うんだ」
「当たり前だ。あそこが一番大事なんだからな」
 彼にしてみればそうなのだ。それを孫にも告げる。
「あそこで指揮を執ったしな」
「真ん中の小さいお爺さんがだよね」
「待て」
 孫の今の言葉には顔を顰めさせた。
「何が小さいお爺さんだ」
「だって本当に小さいじゃない」
 彼は何も知らないといった調子でまた祖父に言葉を返した。
「偉い人なんだろうけれど」
「あの人が日本海海戦を勝利に導いた人なんだぞ」
「あの人が!?」
「そう」
 強い声で孫に説明する。
「その名も。書いてあるだろ」
「うん、それもかなり」
 三笠の展示室だから当然である。その名は。
「東郷平八郎か。昔の名前だね」
「それだけか?」
「うん、それだけ」
 またしてもあっさりと特に感慨も入れずに答える。そこには何の悪気もない。しかし思い入れもまたないのは確かなことであった。
「戦争を勝たせた人なのはわかったよ」
「当時の情勢は?」
「それもね。一応は」
 わかってはいる。しかしそれでも感慨も思い入れも湧かないのであった。
 
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