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FOOLのアルカニスト

作者:刹那
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悪魔合体

 「業魔殿へヨーソロ。私はヴィクトル。悪魔合体を生業とするものだ。若きサマナーよ、雷鋼から話は聞いている。私はお前を歓迎しよう」

 徹は業魔殿に入るなり、青白い肌と真紅の眼が特徴的な人造人間のメイド『メアリ』に迎えられ、紹介状を出すまでもなく、あっさりとヴィクトルのいる地下工房へと通された。ソウルハッカーズの主人公と違い、止められることもなかったのは、悪魔であるチェフェイを侍らせていたことが原因ではなく、やはりすでに雷鋼から話が通っていたからなのだろう。それをヴィクトルの言葉は証明していた。

 (何もかもが師匠の手のひらの上のようで、正直気に入らないが。だが、紹介なしじゃ、門前払いが関の山だろうからな。癪だが、素直に感謝しておくべきなのだろうな。)

 同時に、ゲームであった挨拶を現実に肉声で実際に聞いたことで、なんともいえない感慨を徹は味わう。複雑な思いを内心で押し殺し、表情に出さぬように小さく頭を下げる。

 「お初にお目にかかります。雷鋼の弟子で、水原徹と申します。以後、よろしくお願いします。これは我が師よりの書状です」

 これから何度も世話になるだろうし、何よりもこの世界における大先輩である。礼を失するのは下策でしかないと言う考えの下、礼儀正しく挨拶する徹。書状を渡す様も心なし丁寧なあたり彼の細心が透けて見える。

 「ふむ、拝見しよう」

 渡された紅の封書をとき、中身を読むヴィクトル。その格好は改めて見るとなんともいえないものがある。まず、目を引くのは白の帽子だ。錨を模したものが中央にあり、この客船の主が誰かを示しているかのようだ。次には、全身を包む長大な真紅なマントだ。裏地は漆黒であり、どこか底知れないものを感じさせる。最後に、中世の貴族を思わせる服がその身を包み、片手で杖を保持する姿は没落した貴族のようだ。まあ、はっきり言えば、不気味である。片目を隠すようにのびた前髪と逆側から僅かに覗いた輝く真紅の瞳がそれをより一層にひきたてており、お世辞でも、二人きりになりたい人種ではないだろう。

 しかし、徹はなんとも思わなかった。僅かな嫌悪すら浮かべない。その格好すら奇妙に感じず、それどころか興味深げに地下工房の様子を見回す余裕すらあるあたり、彼の感覚はすでにおよそ一般のものとはかけ離れているといっていいだろう。

 「なるほど、今更私にCOMPの設計を頼むとは何事かと思ったが、お前の為だったわけだ。あの傍若無人な男も、己が弟子には甘いと見える」

 ヴィクトルは書状の内容を読み終わると、一人得心したと頷くと興味深げに徹を見つめる。

 「師匠が貴方にCOMPの設計を?」

 徹は予想だにしない事に驚く。これは無理もない。雷鋼という男は、お世辞にも弟子に甘いなどと言える人物ではないからだ。普段の鍛錬や己に対する仕打ちを見る限り、甘いなどとは到底認めがたいものがあるのだ。

 「うむ、わざわざ媒体まで用意してな。しかも、私特性のコスト度外視の最高級品だ。性能は折り紙付きだ。代価もすでにもらっている。師に感謝することだ。現行のいかなるCOMMPにも劣ることのない一品だぞ。メアリ、あれを」

 何というか余りにも自分に都合のよすぎる展開に徹は慌てふためく。余りの厚遇ぶりに悪寒を感じずにはいられなかったからだ。なにせ雷鋼は、10歳児に自活しろと言った挙句、1億5千万円の借金を平然と背負わせる人物なのだ。裏に何があるかわかったものではなかった。

 そんな徹を余所に、現実は待ってくれない。ヴィクトルの声にどこらともなくメアリが姿を現し、その手に見覚えのあるものを徹に渡してくる。今や尋常ではない感覚を持つ己に何の気配も感じさせずに現れたメアリにも戦慄を隠せない徹であったが、それ以上に渡されたもの意外さに驚愕した。

 「P、PSP!これが俺のためのCOMP?!」

 「そうだ、つい最近発売されたもののようだな。とはいっても、中身は全くの別物だがな。外見上、幼いお前が持っていてもおかしくないものだし、大きさからいって携帯性も優れている。雷鋼なりの親心であろう」

 PSP、正式名称『プレイステーション・ポータブル』。水無月透真であった世界では、2004年の12月にSONYから発売された携帯ゲーム機だ。確かに、未だ肉体年齢的には幼いといってもいい徹にはもってこいのものであろう。外見的にも、彼が所持していても何ら不思議なものではないし、携帯性も優れている。徹のCOMPとしては、銃型のGUMPやアームターミナルなどよりうってつけの最高のものであるといえよう。しかし、さしもの徹もまさか携帯ゲーム機を渡されようとは夢にも思わない。いや、デビルサバイバーのものが、携帯ゲーム機であったことを考えれば、何ら不思議はないのかもしれないが。

 「まさかPSPとはね。というか何気にもう12月かよ?!季節感ないのは自覚してたけど、道理で肌寒いと思ったよ!」

 透真であった時、発売されて即購入しただけに、徹は発売された月を覚えていた。日々鍛錬漬けの日々を送っている徹にとって、季節感などあってなきが如しだったが、それにしても余りにも今更すぎる叫びであった。

 「何を驚いているかは知らぬが、さっさと認証を済ませるがいい。私も暇ではないのでな」

 急かすように向けられた紅の眼光を受けて、徹はいちもにもなく頷いて作業にとりかかる。とはいっても、やることは自身のMAGを用いてCOMPを起動するだけだ。それだけで、徹の生体マグネタイトが登録され、彼以外の起動及び使用を不可能にするのだ。

 「ふう、起動完了。これで認証も済みましたけど、今まで使っていたCOMPはどうすれば?」
 
 徹は無事に起動できたことに胸を撫で下ろしながら、今まで使用していたポケベル型COMPを差し出す。

 「ほう、なるほどな。そういうことか、雷鋼の奴め……。お前の使っていたCOMPは私が、どこまで最小化できるか調べる為に戯れに作ったものでな。まあ、その為に性能は本当に最低レベルなので、誰も使おうとしなかったのだが、雷鋼がよこせというので、譲ったものだ。まさかお前が使っていたとはな。
 ふむ、若きサマナーよ。よければそれを私に譲ってもらえぬか?相応の対価は支払おう」

 思わぬポケベル型COMPの来歴とヴィクトルの申し出に驚く徹。

 「ええ、構いませんよ。それから対価は頂きません。今後、悪魔合体のことで色々世話になりますから」

 ヴィクトルはこう見えて義理堅い男だ。元々己が作ったものにも関わらず、かつ徹のような若僧の新参サマナーに対して対価を支払うと言ってくるあたり、彼の誠実さというか義理堅さが伺える。それをなんとなく悟った徹は、あえて対価を要求しないことにした。
 とはいえ、当然そこには徹なりの計算がある。ここが天海市で、かつ未だソウルハッカーズ関連の事件が起きていないことに気づいた彼は、将来の布石の為にあることを思いついたのだ。それには、どうしても優れた悪魔合体の技術者が必要であったからだ。ヴィクトルはそれにうってつけの人物であり、手を貸してもらうためのとっかかりにできると考えたのだった。

 「ふむ、そういうならばお言葉に甘えよう。
 ではせめてもの返礼にというわけではないが、私の悪魔合体の秘儀をお見せしよう。COMPのデータ移行の手間も省けることだしな」

 「分かりました。ゴブリン、エンジェル来い!」

 徹の叫びと共に召喚される妖精ゴブリンと天使エンジェル。エンジェルは、チェフェイの異界の次に入れられた異界で、これまた命乞いされて仲魔にした悪魔である。つくづく、普通の交渉で仲魔ができない男であった。

 「旦那、お呼びで?」

 「サマナー様、私に何用でしょうか?」

 子鬼のような妖精と最下級とはいえ清らかな天使が、目の前に姿を現す。これが合体して1つになるなど、どう考えても ありえないことのように思われて、徹は苦笑する。それを可能としてしまう悪魔合体という秘儀の恐ろしさと奥深さに対する畏怖を隠して。

 「呼んだのは他でもない。お前達に悪魔合体してもらおうと思ってな。構わないか?」

 「拒否などできるはずもないでしょう。この身の生死はすでに貴方様のもの。合体材料でも好きなようにされたらよいでしょう」

 どこか投げやりに諦観の表情でエンジェルが答え、合体装置の魔法陣の上に進み出る。

 「旦那、やっとですかい。旦那のレベルとはかなり離されちまいましたからね。確かに、ここら辺が潮時でしょう。正直、遅すぎるくらいでさあ」

 ゴブリンはどこか感慨深げに答え、エンジェルの反対側の魔法陣へと進み出る。

 「……ああ、悪かったな」

 そう答えた徹の声は震えていた。来るべき時が来た。実際にはそれだけなのだ。この世界で強くなることを目指すなら、悪魔合体というデビルサマナー必須の行為はけして外すことのできないものだ。お気に入りの悪魔や苦労してスキル承継させた悪魔とかは流石に躊躇うこともあったが、ゲームであった時には何の感慨もなくなくやってきた事である。
 だが、現実に行うとなると、それに対しての躊躇は比べくもないものであり、同時に忌避感や罪悪感を覚えずにはいられない行為であった。最初から合体材料として仲魔にし、共闘した経験もないエンジェルはともかく、一番最初の仲魔であり、それなりの共闘経験はおろか、話し相手や相談相手にしていたゴブリンとなると、その躊躇いは半端なものではなかった。本体であるゴブリンの方が残る可能性が高いとはいえ、レベルはエンジェルの方が上なのだ。逆になる可能性はけして低くない事を考えると、やはり迷いは捨てきれない。

 「では、合体させるが、いいのだな?」

 そんな徹の内心を見透かしたようにヴィクトルは確認してくる。

 「……」

 その確認に徹は即答できない。必要であることは分かっている。ここでしないことは、ただの逃げでしかないことも、自身の罪悪感が偽善でしかないことも理解している。それでも、徹は本当にそれでいいのかという迷いを捨てきれない。

 「主様、逃げるんですか?」

 今まで一言も発さず、影のように侍っているだけだったチェフェイが声を発する。その声には失望の色があり、目には剣呑な光が宿っている。返答しだいでは、殺すことも辞さないといわんばかりである。それを認めながらも、徹は決定的な一言がいえない。合体を決断できない。親しい者をある意味殺すより悲惨なめにあわせるかもしれない事をするのは、彼にとって譲れない一線を越えることであった。あるいはそれは、徹にとって唯一残った一般人らしい感覚だったのかもしれない。他者の生命の理を歪めて犯すことに対する禁忌への忌避は……。

 「旦那、何を怖気づいてるんですか!あっしを脅してまで仲魔にしたあんたはどこにいったんですか?!大体、今更でしょう。悪魔なら、散々殺してきたでしょう。今更、1体や2体増えたところでなんになりやす!」

 チェフェイが今にも動き出さんとしたとき、それを静止するように、そして徹の迷いを断ち切るように叫んだのはゴブリンだった。

 「そんなことは分かってる。偽善でしかないってことも。でも、合体は!」

 「あっしのことなら心配いりやせん。きっちりあのへぼ天使食らって、強くなって戻ってきやすから。大体、悪魔がサマナーの仲魔になる最大の理由の1つが悪魔合体なんすよ。迷う必要ありやせんよ」

 「いくら本体でも、LV差があるんだぞ。下手をすれば逆もありえるんだぞ!」

 「かー、情けねえ。俺のサマナーがこんな甘ちゃんの坊やだったとは。いい加減、愛想がつきますぜ旦那。いえ、今のあんたには坊ちゃんがお似合いですかね」
 
 「俺は……」

 「いつまでも女々しいこと言ってんじゃねえ!男ならきっちり決断してみろ。てめえはなんだ?サマナーだろうが!目的があるんだろ?強くなるんだろ?こんなところで燻ってないで、さっさと先へ行きやがれ!」

 「……ヴィクトル、やってくれ」

 徹は俯いたまま、震える声でだが、はっきりと言った。

 「本当によいのだな?」

 「ああ、やってくれ!」

 今度こそ、毅然と顔を上げて徹は叫ぶように言う。

 「承知した。では私の秘儀をとくと見るがいい」

 「それでこそ俺が見込んだ旦那でさあ!」

 行使される悪魔合体の秘儀。それがなされる直前のゴブリンの声と不細工な笑顔を徹は確かに聞き見た。知らず知らずの内に涙がこぼれるが、涙を拭い泣き言は言わず、儀式の全てをその目に焼き付ける。ここで目をそらしてしまったら、あの気のいい仲魔に顔向けできなくなると……。
 凄まじい轟音が響き、装置の冷却の際に排出された蒸気が視界を閉ざし、一瞬の後に晴れ渡る。エンジェルとゴブリンがいた魔法陣の中心に位置する魔法陣に、そのどちらでもない悪魔はいた。

 妖鳥ケライノー。タウマースの娘で、アエロー、オキュぺテーとともに『ハピュルアイ三姉妹』と呼ばれるギリシア神話の悪魔である。

 「私はケライノー。随分幼いけど、貴方が私のサマナー?」

 「……ああ。俺がお前のサマナーだ」

 答える徹だが、必死に湧き上がる落胆を隠そうと顔を伏せる。どちらの意思でもない、強いていえばそれらをも内包した新しい何かとして新生したのだろう。望んだ結果ではなく、最悪の結果でもない。だが、この悪魔に罪はない。だから、こんな表情はみせるべきではない。むしろ歓迎の意を示すべきなのだから。

 「……何しょぼくれた顔してるの……よ?!ううん、違うな。あ、ああ、よし!
 何、辛気臭い顔してるんすか旦那!それでも俺のサマナーなんすか!」

 突如、変わった口調。そして、聞き覚えのある呼ばれ方に徹は驚愕と共に顔を上げる。そこには、なんともいえない表情で佇む悪魔がいた。

 「合体直後で、あっちの概念にひきづられちまいましたが、あっしはきっちり戻ってきましたよ。
 おっと、お約束を忘れてましたぜ。あっしは妖鳥ケライノー、今後ともヨロシク」

 姿形は似ても似つかないが、その下手くそな笑顔が間違いなく己の知る仲魔のものだと徹には分かった。

 「ああ、よろしくな!」

 だから、満面の笑顔で迎えてやったのだった。
 
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