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FOOLのアルカニスト

作者:刹那
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名という誓約

 「チェフェイ、いい加減機嫌を直してくれないか?」

 色々あったものの、無事合体を終えた徹はその足で芝浜コアに再び赴き、八角酒店で女将と顔合わせ&挨拶すると共に早速依頼を受け、この異界に足を踏み入れた。そして、入るなり仲魔を召喚したのだが……チェフェイの機嫌は最悪であった。

 「姐さん、あっしからもお願いしやす。そんなにピリピリされると、正直やり辛くて仕方が……」

 徹同様に困ったように言うケライノー。肉体と声が女性型のケライノーにも関わらず、話し方がゴブリンのままなので凄まじくミスマッチであった。まあ、この場にいる誰もそれを指摘しないんで、どうでもいいことかもしれないが……。

 「うるさい!この駄鳥が!大体、お前が散々フラグ立てた挙句、何事もなく戻ってきてるのが悪いんでしょうが!あそこは空気を読んで合体事故か、意思が呑まれてるかして、主様の更なる成長に寄与して然るべきでしょう!」

 チェフェイは叫ぶように言う。言い方もかなりきつい。その内容はメタ的というか何というか、あまりにもアレだった。ぶっちゃければ八つ当たり以外の何ものでもない。

 「えー、そりゃないっすよ姐さん。俺に消えとけっていうんですかい。それなりに長い付き合いだってのにあんまりな物いいじゃありやせんか?!」

 なにせ、意思を呑まれたエンジェルとは異なり、チェフェイと元ゴブリンであるケライノーの付き合いは1年以上あるのだから。確かにあんまりといえばあんまりだろう。しかし、チェフェイは容赦がなかった。

 「主様の糧となれるのなら、貴方も本望でしょう。まったく、いらない根性発揮して、意思を保つなんてしなくていいのに……。このKY!後、その声でその喋りはキモイです」

 「姐さん、その言い様はあんまりですよ!それにキモイって、好きでこうなったわけじゃないっす」

 前言撤回。少なくともチェフェイとケライノーにとっては、どうでもよくなかったらしい。前者は心底嫌そうな顔をしているし、後者は酷く傷ついた表情をしている。

 「そこまでにしといてくれないかチェフェイ。お前が何を危惧しているかは、分かっているつもりだからさ」

 窘めるように言う徹にチェフェイは言葉を止め、目を細める。まるで奥にあるものを見通すかのように……。

 「本当ですか?では、次は問題無いと断言できますか?」

 「ああ、次の悪魔合体では迷わない。躊躇はしないさ」

 「次もこの駄目悪魔の意思が残るとは限りませんよ。それでもですか?」

 「無論だ。俺はもう迷わないさ。数多の悪魔を殺し、そいてついには悪魔合体という禁忌にも触れたんだ。今回は、たまたま、運良くゴブリンの意思が残っただけで、俺がそれを決断したという事実に変わりはないのだからな。俺にもう迷いはない。どこまでも、この道を歩いてみせよう」

 「本当ですか?どうにも信用できませんね……。なにせ、主様は土壇場でヘタレた人ですからね~」

 「ああー、それはあっしも同感かも」

 徹の確固たる宣言に疑いの眼差しを隠そうともしないチェフェイ。それに申し訳なさそうにしながらも、同調するケライノー。

 「ケライノー、お前もか!どいつもこいつも酷いな。お前らなー、もう少しサマナーである俺を信用しろよ!」

 「え~、あれだけの醜態を晒しておいてですか?」

 「あのヘタレぷりじゃあ、そりゃあ無理ってもんですぜ、旦那」

 なんというか信頼0の徹であった。まあ、無理もなかろう。彼が土壇場で躊躇ったのはまごうことなき事実であり、サマナーとして覚悟ができていなかったといえば、そのとおりであるのだから。

 「ぐう、確かに醜態晒したのも、ヘタレてたのも事実だけど……あー、もう分かったよ!
 俺の覚悟を示してやる!」

 「覚悟ですか?」

 「ああ、お前らに名前をやる!ちなみに拒否権はないからな!」

 「名ですか?」

 「チェフェイとかケライノーというのは、お前たちの悪魔としての種族名みたいなもので、お前達だけの個人名というわけじゃないだろ。だから、俺の仲魔であるお前達個人の名をやる!」

 「正気ですか?そんなことをすれば…「分かってる」…」

 「名前何なんてつけたら、余計に情が沸くというんだろ?ああ、そうだろうさ。だが、これはそれでも俺が合体をするという覚悟だ」

 「旦那……」

 「俺は仲魔を道具のように扱わない。苦楽を共にする友としよう。だが、必要なら合体も行う。なぜなら、それはサマナーにとって当然の行為であり、お前達悪魔もそれを理解し、覚悟した上で仲魔になっているのだからな。ゆえに今回のような俺の躊躇いや迷いは、単なる偽善でしかなく、むしろお前達の覚悟を汚すものであり、侮辱でしかない。
 だから、これは俺の誓約だ。俺のサマナーとしての覚悟を形にしたものだと思ってくれ」

 「「………」」

 「ケライノー、お前は俺の初めての仲魔であり、友とも言える存在だ。だから、『友』たる『魔』で、魔を真におきかえて『友真』だ!」

 「あっしを友といってくれるんですかい旦那……。へへ、『友真』悪くない響きでやすね。
 そうだ!折角男らしい名前ももらったし、さっさと男性型悪魔にしてくだせえ!」

 どうやら想像以上に今の状態が嫌だったらしく、勢い込んで、積極的に合体を望むケライノー。なんとも、現金な悪魔であった。

 「アア、分かったよ(そんなに今の状態が嫌なのか。というか、あれだけ悩んだ俺の葛藤とか、感じた罪悪感とかは一体なんだったのか……)」

 その剣幕に押され、乾いた声で了承する徹だったが、嫌がるどころかむしろ積極的に合体を望む様を見て、己の葛藤や迷いが本当に偽善以外の何ものでもなく、酷く馬鹿馬鹿しいものであったことを悟らざる得なかった。

 (よく考えれば、力が絶対の悪魔達にとって、合体は忌避するものじゃないということか。手っ取り早く強くなることができるんだから、むしろ望むところといったところだろうから、当然といば当然の反応なのか。それを俺は、いつまでも一般人の感覚をひきずって、土壇場でヘタレた挙句、醜態を晒したわけか。そりゃ、失望されて当然か……。)

 内心で考えを整理しながら、チェフェイの方に向き直る。もう二度と失望させたりしないという決意を胸に抱いて。
 
 「チェフェイ、お前は直接契約し、俺との繋がりも深い。そして、お前の非情さ、冷酷さが、甘ったるい偽善者の俺には必要だ。できれば俺の良き相棒となり、それが『悠久』のものになることを願って、同時にお前が悠久に咲き誇る『華』であることにちなんで『悠華』だ!」

 その言葉にチェフェイは内心で驚き瞠目する。これがあの情けなく泣き喚いてた少年だろうかと。悪魔の何たるかを理解せず、下らぬ自己満足と偽善でその魂の輝きを消させようとしていた人間とは、到底見えない。その眼光に表れている強さと魂の輝きは、彼女の不意討ちを受けながらも、尚も立ち上がってきた時を不思議と思い起こさせる。いや、むしろ、その時以上の強さと輝きを感じ、その在り方に美しさを感じる。あの時の彼女が、この人間の行く末を見てみたいと興味から、仲魔になった時と同じように。

 (最初から美しいというのも勿論いいですが、成長していく美というのも悪くないのかもしれませんね。今のままでは私が望む相手たりえませんが、成長の余地は十二分にありそうですし、将来には期待できます。いえ、むしろ己の手で望む相手を育て上げるというのはどうでしょう?己が一から育て上げるというのは、最初から望みにたるものを手に入れる以上の楽しみがあるかもしれませんね。
 未来を思えば……何とも心が躍りますね!)

 今まで見出したことのない楽しみを見出し、チェフェイはありえるかもしれない未来を想像して、その身を陶然と震わせる。まあ、第三者的にいえば、それは逆光源氏的な発想で正直微妙な気がしないでもないが、それは言わぬが華だろう。少なくとも、チェフェイという悪魔にとっては、これ以上ない魅力的なものに思えたのだから。

 「『悠華』ですか……。主様、取り消しはききませんよ。私は執念深く、嫉妬深い。それでいて、誰よりも欲深い女です。我慢なんてしませんし、主様の思うままには動きませんよ。それでもなお、この猛毒の華との悠久の絆を望まれるのですか?」

 「ああ」

 最後の確認として発せられたチェフェイの問に徹は即答する。その表情はどこまでも真剣で、眼光には決意の光が満ちていた。

 「……いいでしょう。一時の迷いかもしれませんが、少なくとも今の貴方はこの身を任せるに価する。私が予期したものとは異なりますが、これもまた悪くはないのかもしれません。
 では改めまして、妖獣チェフェイこと『悠華』、今よりこの身は貴方様のものです。MAGで構成された仮初の肉体ですが、髪一本、血の一滴に至るまで、御身の為に使いましょう。
 ですが、お忘れなきよう。この身は貪欲なる獣であることを。貴方様の魂がその輝きを失った時、魂諸共喰らい尽くすものであることを」

 腰を折って、優雅に一礼するチェフェイこと『悠華』。それは彼女なりの誓約であり、覚悟。そして、絶対の契約だ。徹が価値のないものとして、彼女の目に映った時、彼女は容赦無く牙を剥くだろう。それは直接契約であるからこそ、唯一無二絶対不可侵のけして違えることのできないものだ。

 「ああ、契約だ。俺が仕える価値なしと思ったら、殺せ。魂も何もかもくれてやろう。そのかわり、その時まで俺もお前の全てをもらう。肉体は云うに及ばずその魂も例外ではない。必要なら合体もしてもらう」

 「承知しました。
 ……ところで主様、先程聞き捨てならない科白を言っていませんでしたか?誰が血も涙もない女ですか?!」

 どこか厳かな雰囲気の下、誓約にして契約はなされた。しかし、次の瞬間には一変した。

 「いや、そんなこといったけなー?(まあ、言い方は違えど大まかな意味は間違ってないがな)」

 「しらばっくれるつもりですか?!貴方も聞きましたよね友真?」
 
 内心で冷や汗をかきながらとぼける徹だが、悠華の追求の手は緩まない。友真に視線で懇願するも、
それは無情にも裏切られた。

 「ああ、そいや言ってやしたね。「非情」とか「冷酷」とか」

 (何言っちゃてくれてるんだ、お前は!そこは聞いてませんと答えるところだろ!)

 徹は内心で絶叫するが、その叫びは誰にも聞こえることはない。

 「そうですよね。私も確かに聞きましたからね。さて、こんな尽くす女にして、良妻賢母な私にそんな酷いことを言われたのはどこのどなたでしょうね?」

 嗜虐の笑を満面に浮かべながら、顔を近づけてくる悠華に、『笑みとは本来攻撃的なものである』という言葉を思い出し、徹は抵抗を諦めたのだった。

 この後、異界の奥にいる異界の主を見事討ち滅ぼし、依頼を達成した徹だったが、傷一つ負っていないのに凄まじく疲れた様子であったそうな。反面、悠華は非常に機嫌が良さそうで、それを呆れた様子で見つめる友真の姿があったそうな。 
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