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FOOLのアルカニスト

作者:刹那
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予期せぬ再会

 
前書き
悪魔合体をやるといいながら、最初に話題が出るだけになってしまいました。申し訳ありませんが、次話をお待ちください。

※後書き部分にあるステータスは私の趣味というか、本作の登場人物をゲーム的に表した蛇足です。見なくても、何の問題もありません。
本作の装備品・アイテムやスキルは、ペルソナシリーズだけでなく、真・女神転生シリーズ、ライドウにデビルサマナー、デビルサバイバーといたるところからひっぱっています。その上、本作オリジナルのスキルや特殊能力、アイテム・装備品も存在します。基本的に、原作に沿ったものを出しますし、アイテム等の効力はそのままですが、くれぐれも原作と混同されないようご注意下さい。 

 
 合体魔法を成功させて以来、さらに1年もの修練を経て徹はとうとう成し遂げた。一時期は不可能ではないかとも思えた直接契約下のチェフェイを召喚しつつ、さらにゴブリンをも同時召喚して、全力戦闘を行うという難行を。
 とはいえ、それ程自慢できることでもないと徹自身は思っていた。なにせ、自前で制御しているのはチェフェイだけであり、ゴブリンの制御はCOMP任せにしてようやくであり、実質的に使役できるのは未だに2体。すなわち、なりたてのサマナーとなんら変わるところがないのだから。

 まあ、それでも徹にとっては喜ばしいことに変わりはなかった。師である雷鋼からの指示をきくまでは。

 「ふむ、そろそろいい時期じゃな。徹よ、紹介状を書いてやるから、ちょっと行って悪魔合体してこい」

 徹のこの1年の成果を見届けた雷鋼は、突然そんなことを言ってきたのだった。徹はこれに自分でも驚く程に内心で動揺した。デビルサマナーである以上、悪魔合体は戦力強化の為に必要不可欠なものであり、いずれしなければならないことだと覚悟していたどころか、むしろ早くやってみたいと思っていたにも関わらずだ。
 いや、正確には覚悟しているつもりだったというべきかもしれない。はっきり言えば、徹は理解していなかったのだ。悪魔合体というものの本質を。そして認識していなかったのだ。悪魔合体によって、何を得、何を失うかを。

 「悪魔合体?構わないけど、そう都合よく合体施設があるものかよ?」

 内心の動揺を押し殺して問う徹に、雷鋼はなんでもないことのように予想外の爆弾を落とした。

 「当然じゃろう。ここはファントムのお膝元じゃぞ。合体施設どころか、サマナー御用達の施設が目白押しじゃ」

 「なっ!」

 思わぬ発言に絶句する徹。同時に、よく考えてみれば、彼は今更ながらにここがどこかすら把握していないことに気づいたのだった。だが、幸か不幸かファントムのお膝元とといえば、彼には1つ心当たりがあった。

 「もしかして、その合体施設って業魔殿ていう名前で豪華客船だったりするか?」

 「ほう、よく知っておるな。ファントムのお膝元という情報からそこまでいきつくとは、もしやファントムを題材にしたゲームでもあったか?」

 「ここ、天海市だったのかよ?!ああ、師匠の言うとおりあったよ。卜部のおっさんも、そのゲームの関係で知ってたんだよ」

 『デビルサマナー ソウルハッカーズ』の舞台となる全てがコンピュータで管理され、ネットワークで接続された情報環境モデル都市、それが天海市だ。徹自身、透真だった頃にプレイし、これを皮切りに女神転生をはじめとした悪魔を題材にしたゲームに嵌っていたきっかけとなった作品だけに思い出深い。
まあ、まさか己がその舞台にいようとはさしもの彼も夢にも思わなかったわけだが。

 「ほう、広坊がのう。やはりファントム構成員として登場するのか?」

 「……いや、妻子を殺された復讐者としてだ」

 正直に答えるかどうか、徹はかなり迷ったが、隠し立てしたところで、仙術を極め、また年季も違う雷鋼の前では無意味だと悟り、僅かな逡巡と共に答える。 

 「そうか、やはりのう。いつかはそうなるじゃろうと思っておったわ。あの愚か者めが!」

 苦虫を噛み潰したかのような表情で吐き捨てる雷鋼。どうやら、彼自身卜部の辿る運命を薄々予見していたようだ。卜部自身の行いから仕方のないことと理解しているようであるが、それでも内心忸怩たるものがあるようだ。

 「流石の師匠も、卜部のおっさんのことは心配か?」

 出会いのときといい、今の態度といい、両者には深い繋がりがあるのだろうと徹は思い、揶揄するように問う。

 「ふん、あの愚か者の心配なぞ誰がするものか!儂はあ奴の所業のつけを一緒に払わされることになるであろう妻子が哀れでならんだけじゃ!くだらぬことを言うでない!」

 しかし、予想に反して返ってきたのは強烈な否定であった。まあ、素直じゃないということなのかもしれないが、それでも卜部に対しての心配がないというのは真実のようだ。それが、卜部に対する心配するまでもないという信頼によるものなのか、いい加減愛想を尽かし心配する気もないのか、徹には判断がつかない。もっとも、その一方で両者の間には、他者には理解できぬ繋がりがあるのだと徹が確信するには十分であったが。

 「師匠も素直じゃないな……。まあ、いいや。そんなことより、今まで異界巡り以外で外出を許さなかったあんたがどういう風の吹き回しだい?いくら合体のためとは言え、俺に一時的とはいえ自由を与えていいのか?」

 今更ではあるが、今日この時まで徹の外出は著しく制限されていた。唯一の外出機会である異界探索でさえも、縛り上げられ放り込まれるという形をとっており、事が済めばまたもや強制連行という念の入りようである。今日に至るまで、自身の所在地がどこか、日本であるということくらいしか把握していなかったのであるから、それがどれほど徹底したものであったか理解できるだろう。まあ、ファントムのお膝元であるという事情を考えれば、それもわからないでもないが、なぜ今になって許すのかという疑問が残る。徹が今現在のLVになったのはもう半年も前だし、仲魔の枠が埋まったのも同じ時であったからだ。

 「今のお前ならファントムの連中に遭遇しても、早々遅れをとることはないじゃろうし、今のお前は儂の下から逃げる気もあるまい?」

 「なるほどって……今更だな師匠。逃げる気なんて正式な弟子になった頃には完全に失せてたよ。そうさせたのは他ならぬあんただろうに」

 そう、今でこそ徹は逃げる気などこれっぽちもないが、仮弟子だった当初はに脱走する気満々であった。なぜなら、いくら一度死を経験し成人男性としての精神をもってはいても、徹は一般人のズブの素人でしかなかったからだ。後のために強くなるという目的があっても、雷鋼の失敗=死の鍛錬など到底受け容れられるものではなかったのである。最初の内は鍛錬の最中に他の事を考える余裕などなく、ノルマをこなした後も泥のように眠りこけるのが常であった。しかし、人間嫌なことでも慣れてしまうもので、3ヶ月程たった頃には、鍛錬終了後に逃亡の可能性を考える余裕ができるようになる。実際、脱走を企てたことも、そして実行したことも一度や二度ではない。その度に雷鋼あるいはその仲魔によって悲惨な結末になったのは、徹がこうしている以上語るまでもないだろう。

 「確かに今更じゃな。まあ、それゆえに儂はお前にある程度の自由を認めることができるというわけじゃ。今日からは、早朝から正午迄の鍛錬及び深夜の鍛錬を課すことにする。午後はお前の自由に使うがよい。遊ぶも学ぶもお前の自由じゃ」

 「そいつはまた随分太っ腹な提案だな。師匠、頭でも打ったか?」

 突然降って湧いた自由に戸惑い、そんな事を言う徹。

 「安心せい。儂が何の義務もなしにお前に自由を認めるわけないじゃろう」

 その言葉を待っていたと言わんばかりに人の悪い笑みを浮かべる雷鋼。徹は嫌な予感を感じざるをえない。

 「義務?ははは、なるべく簡単なものにしてくれるとありがたいな……」

 どこか乾いた声で拙い希望を口に出すが、徹は理解していた。その希望が絶対に叶えられないことを。

 「うむ、お前なら簡単なことじゃ。これからの生活費用は自分で稼げ。後、これまでお前にかけた費用の返済として、年5000万円の返済を3回義務付ける。何、高々1億5千万円の借金と己の食い扶持を稼ぐだけじゃ、お前なら軽い軽い」

 「全然容易くねえ!10歳児に1億5千万円の借金とかありえないから!大体、食い扶持稼ぐのすら無理があるわ!」

 なんでもないことのようにいう雷鋼に、思わず全力で反発する徹。まあ、無理もない。日本の一般のサラリーマンが生涯で稼げる額が約3億円であることを考えれば、10歳児にその半分にあたる1億5千万円もの借金である。常識的に考えて、不可能というほかない。

 「ふん、安心せい。こちら側で稼げる金は表とは桁が違うわ。年齢も関係ない。実力さえあれば、1億や2億ははした金じゃ。紹介状は書いてやる。後は己でどうにかせい」

 「1億がはした金だって?!そんなに稼げるものなのかよ!」

 「この世界は常に需要が供給を上回っておるからな。ある程度の実力があれば、引く手数多よ。まず、金に困ることはないじゃろう。但し、忘れるな。我等が賭けているのは命なのだということを。多額の報酬は命という掛け金に対する配当に過ぎんということを。配当に目が眩み真に必要なものを失わぬよう心せよ」

 徹の驚きと疑問に対し、雷鋼は戒めるように言うと懐から3通の封書と地図を取り出し、徹に渡した。

 「3通も?」

 「紅の1通は業魔殿のヴィクトルに、蒼の1通は葛葉のマダム銀子に、白の1通は八角酒店の女将に渡せ。ヴィクトルは紹介なしに手を貸してくれる男ではないし、フリーで生きていくつもりなら、そろそろ葛葉に顔を繋いでおいたほうがいいじゃろう。そして、八角酒店の女将はお前に必要不可欠な仕事を斡旋してくれる。これも、ある程度の信頼と実力を保証する紹介者が必要じゃが、儂がやってやる。場所は、地図にマークしてある。ついでに、サマナー御用達の店の位置もマークしてあるから、どんなものか見てくるが良い。
 これで儂がお前にしてやることは終わりじゃ。後は、己で何とかせい」

 「了解、至れり尽くせりでありがたいこった。何か注意すべきことはあるか?」

 「そうじゃな、葛葉の女狐には気をつけよ。あれは酸いも甘いも噛み分ける底知れぬ女よ。そして、葛葉の狂死ことキョウジには絶対に関わるな。お前には手が負えん相手だし、色々な意味厄介な男だ。命が惜しくばけして関わるでない」

 「分かった、肝に命じておくよ師匠。それじゃあ、行って…「待て」…なんだよ、まだ何かあるのか?」 

 出かける準備をしようと踵を返そうとした徹に、制止の言葉がかかる。

 「その格好で行く気か?」

 「え?だって他に服なんかもってないし……おかしいかな?」

 雷鋼の問に己の格好を見る徹だが、別段おかしいとは思わないようだ。その反応で、雷鋼は頭を抱えたくなった。なぜなら、徹の格好はお世辞にもまともとは言えないからだ。四肢につけられた超重量の錘を皮切りに耐刃繊維で編まれた着込み等、余りにも物々しい格好であった。一言で言えば、ただ道を歩いているだけで、職務質問を受けるであろう格好である。そんな格好をおかしいと思えない辺り、徹の感性は駄目駄目であった。
 とはいえ、これはけして徹だけのせいではない。仮弟子として1年、正式な弟子として4年、合計5年にわたる修行期間は徹の一般人としての常識や感覚・感性を奪うのには十分すぎたからだ。いや、正確に言うならば、そうしなければならなかったのだ。一度死を経験しているとはいえ、一般人のずぶの素人が悪魔と戦えるだけの戦闘力と精神を身につける為には、戦闘と生き残る術に特化し、それ以外のことを切り捨てる必要があったに過ぎない。中でも着飾るとかの外見を気にすることはそのさいたるものであったというだけの話だ。
 肝心の現在の服装は基本的に戦闘に特化した修行着であり、寝間着を除けば平服はここにくる前に着ていた1着だけだ(雷鋼の仲魔である竜吉公主が術で浄化するので着替えはおろか洗濯の必要すらない)。それも、成長に伴いサイズ変更はあったものの基本的なデザインは変わっていないのだ。5年間も同じ格好で何の不自由もなく生活していれば、徹が己の格好に疑問を持たなくなるも仕方のない事であろう。

 「あー、もうよい。公主、こやつを着替えさせよ」

 頭痛をこらえるように雷鋼は言うと、その影から静かに人型が現れる。清流を思わせる長い黒髪が印象的な清楚な美女であった。名を『竜吉公主』、西王母と同様に雷鋼が直接契約している仲魔である。水行を極めており、補助や回復・浄化を得意とする。西王母と同様に徹のお目付役であり、家事・仙術の師でもある。徹にとっては、西王母が厳格な母なら、竜吉公主は優しい姉という感じである。

 「御意。徹、こちらにおいでなさい」

 雷鋼や西王母にはそれなりに反発することがある徹も、竜吉公主には不思議と反発する気がおきない。言われるがままに手を引かれ着替えさせられていく。

 「竜姉、自分でできるから」

 「あのような格好で外出しようとしたくせによく言いますね。信用できません。黙って着せられなさい」

 無駄な抵抗を試みるも、ぴしゃりと言われ黙るほかない徹。その様は、姉に叱られた弟のようであった。

 「これでよし、いい男になりましたよ徹。どこへだしても恥ずかしくありません」

 着替えさせ終わり、少し距離をおいて徹を見て、腰に手を当てて満足気に頷く竜吉公主。その様子に、徹はなんというかいたたまれない気持ちになるのだった。




 いざ出かけようとして出鼻をくじかれたり、竜吉公主に凹まされたりとトラブルはあったものの、徹の初めての外出は概ね上手くいっていた。(あらかじめ雷鋼から話がいっていたらしい)葛葉のマダム銀子が芝浜コアで待ち構えていたのは大いに驚かされたが、挨拶&顔見せ自体は問題なく終わった。雷鋼から注意を受けていたいただけに、最大限の警戒をしていたのだが、何もなくてかえって拍子抜けしたほどであった。その際、チェフェイが「気に入らない女狐です!」と憤っていたが、「お前が言うな」と徹が思ってしまったのは内緒である。

 武器屋である『ビデオマッスル』では、レンタルビデオショップで真剣や銃火器が売られている現実のシュールさに驚かされ、特殊道具屋である『オートマータ』ではアンティークドールと店主の不気味さになんとも思わない己に逆に驚かされ、薬屋である『ドラッグ・ギア』がまんま薬局なのにあきれ、食事をした『タイ料理サワムラ』では、店主の胡散臭さに閉口し、『生体エナジー協会』では店主が明らかに人間ではないことに気づいてしまったり、ゲームにはなかったマッカ(悪魔たちが使う魔界のお金)の買取もやっていることに驚いたりもした。
 そして、出掛ける際の出来事の影響でなんとなく最後にした防具屋『画廊ラダー』では、この日最大のサプライズがあった。それはルパン三世の次元大介を思わせる格好をしたダークサマナー『卜部広一朗』との再開であった。
 両者は、お互いに気づくと思わずお互いの顔を凝視し、固まった。


 徹にとってサプライズであったように、卜部にとってもそれは予想外のものであった。いや、最低限の義理は果たしたとして、積極的に忘れようとしていた卜部にとっては、より大きいものであった。徹に気づけたのも、己と同格の実力者に対して反射的に警戒&護衛として侍らせていたリャナンシーが徹の顔を覚えていたというだけであり、彼自身の手柄というわけではない。
 しかし、それ以上に目の前の少年の変わりように卜部は愕然とする。僅か5年、齢にして10歳の少年が、それなりの修羅場を経験し、サマナーとしては一流と称される己と今や同格なのだ。師がかの雷鋼であるから、ある程度は理解できるが、それにしてもあまりにも異常すぎる力量であった。何せ卜部をして、確実に勝てるとは断言できないのだから。

 「お久しぶりです。いつぞやは世話になりました」

 それを知ってか知らずか、少年の言葉は予想以上に気安い。

 「あ、ああ。もう、過ぎたことだ。気にするな」

 まさか、礼を言われるとは思わなかっただけに卜部の返答はぎこちないものになる。なにせ、あの雷鋼に預けたのだ。その修練の過酷さは卜部自身骨身に染みているし、徹の現在の力量から容易に予想できる。恨み言を言われても、仕方のないことだ彼は思っていたからだ。

 (流石の雷鋼の爺さんも子供には甘かったのか……。正直、ろくでもないことなることを予想していたんだが、まあなにはともあれ良かったというべきか?)

 卜部は内心で胸を撫で下ろすが、その胸中を見透かしたように少年こと徹はそれをきっぱり否定した。

 「まあ、正直師匠に預けられたことについては、色々物申したいところですが、結果的には最高の環境を用意してもらえたのですから、やめておきます」

 どこか遠い目になりながら言う徹の姿に、己の予想が全く外れていなかったことを理解して、心底げんなりする卜部。

 「最高の環境ね……爺さんは良い師か?」

 「ええ、最強最悪で最高の師ですよ。おかげ強くなれました」

 卜部の問に苦笑して答える徹だが、その目は全く笑っていない。『最強最悪』のところの力の入り具合といい、これ以上この話題を続けるべきではないと卜部は本能的に悟った。

 「と、悪いな。ここに用があったんだろ。さっさと用を済ましてきたらどうだ?」

 「それもそうですね。あ、もしお暇なら、この後時間を頂けませんか?少し話したいことがあるんです」

 終わりにするつもりだっただけに徹の提案は、卜部にとって意外なものであったが、卜部としても知りたいことはまだある。―――――特に、雷鋼が徹を表に出していることについて。

 「いいだろう。この先の駐車場に車を止めてある。用が済んだらこい」

 「分かりました」

 目の前の少年が何を話すつもりなのか、それが自分に何をもたらすのか、一抹の不安と期待を胸に抱きながら、卜部は画廊を後にしたのだった。

 卜部の後を追うべく早々に画廊での急いで用を済ませようとした徹だったが、雷鋼の注文により防具一式があらかじめ用意され、すでに料金も支払われていることに驚き、その力と周到さになんともいえない気分を味わうことになる。しかも、普段着として着れるような服も何着か用意されており、鍛錬に使用すると思われる中華風の道着まで用意されていたのだから、最早言葉もない。が、よく考えてみれば、マダム銀子の出会いからして、雷鋼が手を回したものだったのだから、これもある意味予想してしかるべきだったのかもしれない。特に防具などは出来合いの物など、常に死と隣り合わせのこの世界ではまずありえず、オーダーメイドが通常なのだから、これは徹の認識不足といえよう。
 しかし、何もかも雷鋼の手のひらの上のようで、仕方のないことと理解はしても、おもしろくないと徹は思ってしまう。むしろ、感謝すべきなのだが、師への反発をどうにも捨てきれない徹であった。

 まあ、それはさておきとりあえずの用を済ました徹だったが、卜部の元へ向かいながら自問自答していた。――――何を話すつもりなのかと?

 (思わず言ってしまったが、本当に何を話すつもりなんだ俺は?妻子の件は師匠が言っても駄目だったんだぞ。それとは比べくもないただの知り合い程度の俺が、何を言っても無駄だろう。大体、妻子の危険を警告するにしても、どうするつもりだ?確実に起こるか分からないことで不安を煽るだけになったらどうする?確かに現状のままなら高確率でありえる未来だけど、それは結局予測にすぎず確たる根拠はない事に変わりはない。だからといって、何も言わず見過ごすのもな……。)

 いくら考えても堂々巡りになってしまい、確たる答はでない。だが、運命はどこまでも残酷であった。結局、徹は最良の未来が見出せないまま、卜部の待つ場所に着いてしまったのだった。

 「来たか、リャナンシー分かってるな?」

 「はい、ウラベ様」

 卜部の言葉にリャナンシーは頷くと、一旦車から降りて徹に助手席を譲ると自身はその真後ろにあたる後部座席に座った。

 「流石ですね。では、こちらも見習いまして……チェフェイ!」

 「はいはい、主様お任せをー」

 影から音もなく顕現したチェフェイは、リャナンシーの隣、すなわち卜部の真後ろの座席に陣取った。

 「お前、サマナーになったのか?」

 「ええ、時間制限あるものでは心もとないので」

 「なるほどな。まあ、雷鋼の爺さんがそこら辺を見落とすわけないか。まあ、これも何かの縁だ、送ってやる。話は道すがら聞いてやる。送り先は雷鋼の爺さんとこでいいか?」

 「いえ、業魔殿にお願いします。実は今日初めて悪魔合体を試すんですよ」

 「ほう、なるほどな。さしづめ今日は顔見せといったところか?」

 「ええ、一定の力量もついたし、そろそろ自分で稼げということらしいです」

 「一定の力量ね……」

 徹のその言葉に卜部は嘆息しつつ、内心で戦慄する。なぜなら、目の前の少年の力量は今や己と同格だったからだ。いや、それどころか、この場に限っていえば従えている悪魔は卜部のものより高位の存在だであり、サマナーとしての力量も己に迫ると嫌でも認めざるを得ない。卜部とて、純粋な戦闘力ではフィネガンやユダなどの上位クラスには譲るが、腕利きとして知られるサマナーである。それにも関わらず、同格の力量を『一定の力量』、すなわち雷鋼や徹にとって自由を許す為の最低限の力量だというのだから、卜部が心中穏やかでないのも無理も無いことであった。

 「ええ、ようやくです。今現在に至るまで、ここがファントムのお膝元である天海市であることすら知りませんでしたからね。そういえば、何で師匠はこんなところに拠点を……」

 (なるほど。単体でも下っ端どころか中堅ともやりあえる実力になったからこそか。聞く限りこっちの要望どおり、情報封鎖はきっちりやってくれてたようだな。あれから5年、シャドウについてはとんだ見込み違いだったわけだが、その分桐条も大打撃を受け後始末に精一杯だ。こいつに関してはほとぼりが冷めたと思っていいだろう。確かに表に出すには頃合かもな)

 「雷鋼の爺さんとうちの組織には密約があってな。積極的に敵対はしない、基本的に不可侵という条件でな。だからこそ、俺はお前とこうして話してられるわけだ。雷鋼の爺さんの弟子であるお前とな」

 「師匠とファントムの間に密約ですか。そんなものが……」

 『密約』、言葉にすると陳腐であるが、ファントムという世界中に根を張る組織がサマナーとはいえフリーの一個人である『雷鋼』とわざわざ結んだのだ。それは凡百では成し遂げられない偉業である。それを鑑みれば、『雷鋼の弟子』であること、並びに『雷鋼の紹介状』がこの世界においてどれだけの力と重い意味を持つのか、推して知るべしである。徹はそれらを当然の如く甘受しているが、それは彼以外の人間がいくら望んだところで、得られるものではないのである。故に、卜部の口調が少々乱暴になるのも仕方の無いことであった。

 「ふん、雷鋼の爺さんに精々感謝しろよ。お前がこうして表を歩けるのはそのおかげだぞ。そして忘れるな。お前に対する待遇はけしてお前の力じゃない。全ては雷鋼の爺さんがお前のバックにいるからだということを」

 「はい、それは勿論です。俺みたいな小僧に価値を見出してくれるのは、師匠あってのものなのだと肝に銘じておきます」

 「そうか、その言葉忘れるなよ」

 念を押すように言うと、卜部は徹を殺すことを完全に断念した。そう、実のところ、卜部は実は徹を始末することも考えていた。なぜなら、徹という存在は卜部に脳裏に刻まれた大失敗を思い出させ、己の甘さ加減を否応なく自覚させられるからだ。
 2000年9月に起きた桐条の実験、卜部を派遣したファントムを含め、葛葉、メシア教・ガイア教等の有力組織は、シャドウを過小評価し、結果として、みすみすそれを見過ごしてしまう。他組織も同様の状態であったことから、責任こそ問われなかったが、卜部自身組織から厳しい叱責を受けている。
 だが、IFの話をすれば卜部だけには、真相に迫りうる可能性があったのである。そう、徹というペルソナ及びシャドウの脅威を知る存在を彼は確保していたのだから。今更言っても詮無い事ではあるが、もしあの時、卜部が仏心を出して徹の存在を隠蔽していなければ、ファントムは調査継続を命じた可能性が高い。それどころか、徹のペルソナ能力を見れば、脅威と見て桐条ごと計画を潰していた可能性すらある。それを思うと、卜部は己の甘さを思い知るほかないのだ。済んでしまったこと、覆水不返であるとしても、IFを考えてしまうのが人情というものだ。それが己の欠点からきたものであるなら、尚更である。
 すなわち、己の甘さの証、失敗の具現とも言うべき存在が徹なのだ。卜部がそれを消し去りたいと考えるのもの無理ないことであった。とはいえ、チェフェイを徹が呼び出した時点で、卜部はそれを早々に諦めていた。殺すリスクがあまりにも大きすぎる為だ。正直なところ、同格の力量とはいえ、勝てる確信こそないが、徹とやりあって負けるとは卜部は露程も思ってはいなかった。サマナーにとって個人の戦闘力よりも、仲魔である悪魔のそれが重視されるからであり、それをいかに上手く使いこなすかが、サマナーの腕の見せ所であるからだ。
 しかし、チェフェイを召喚された時点で、同格の力量だというのにサマナーという優位はなくなってしまった。勿論、実戦経験や悪魔使役の技量で負けるとは思わないが、仲魔の相性次第では敗北は十分にありえることだ。しかも、一族秘伝の『影封じ』の法で呼び出したのだ。それは雷鋼が徹を己の弟子として認めていることの証左に他ならなかった。この時点で、最早完全に殺すリスクの方が殺して得られるリターンを上回ってしまったのだった。
 それでも、徹が心得違いをした分をわきまえない愚者であるならば、多少困難であっても殺すつもりであったが、そうではないことは理解できたし、それ以上に難敵であることも分かったからこその結論である。

 そんな卜部の葛藤を余所に徹は、いかに雷鋼の鍛錬が厳しいものかを語る。鍛錬の内容自体はぼかし、主に雷鋼の厳しさについて言及しているあたり、芸が細かい。それに気づきながらも、笑って合わせる卜部。なんとも微妙な雰囲気のまま、車は目的地『業魔殿』へ着いたのだった。

 「よし、着いたぞ。降りな」

 「はい、ここまでありがとうございました」

 「雷鋼の爺さんによろしく言っといてくれ。たまには顔を出すからよ」

 「ええ、勿論です。それは是非、師匠も喜ぶと思います。
 あの、一つだけいいですか?」

 どこか決意を秘めた表情で、徹が呼び止める。

 「なんだ?言ってみろ」

 「貴方には恩義があります。貴方の思惑はどうあれ、俺がいまこうしていられるのは、間違いなく貴方の御蔭です。ですから、これを渡しておきます」

 そう言って徹は卜部に一枚のメモを渡す。卜部が目をやると、それには電話番号らしき番号の羅列があった。

 「電話番号?何のつもりだ?」

 「師匠が俺用に用意してくれた携帯の番号です。ただの一度だけですが、俺の力の許す限りにおいて、無条件にどのようなことでも助力します。まあ、貴方ほどのサマナーには不要かもしれませんが、猫の手でも借りたいときにでも使って下さい」

 思いもよらぬ申し出に、さしもの卜部も驚かざるをえない。あまりにも破格であったからだ。己と同格のサマナーを無条件に味方にできるのだ。それは余りにも大きい助力であった。

 「お前、本気か?俺はファントムだぞ?」

 「ええ、理解した上で言っています」

 徹は迷うこともなく卜部の問いかけに即答した。

 (分からんな、どうにも意図が見えん。何を考えている?)

 「(リャナンシー、お前はどう思う?)」

 「(偽りではないと思います。間違いなく本気で言っていると思われます。ウラベ様の疑念はもっともですが、此度は深読みかと。恐らく、本当に『恩返し』以上の意味はないと思います)」

 卜部はMAG力場を用いて相談するも、返ってきたのは予想外の答だ。こうなると困るのは、卜部である。徹の意図が理解できないのだ。『恩返し』という言葉をそのまま信じられるほど、卜部は純粋になれなかったのだ。

 「どういうつもりだ?何を狙っている?」

 結局、卜部は思考を放棄し、本人に確かめることにした。

 「狙いもくそも恩返し以上の意味はありませんよ。使うも使わないも貴方の自由です。信用できないというなら、それも貴方の選択です。無理強いはしませんよ」

 なんでもないことのように答える徹。そこには誠実さはあっても、嘘偽りを述べている様子は微塵もない。

 (確かにそうだ。信用できないなら、使わなきゃいい。それ以前に、このメモを捨てちまえばいいんだからな。それによく考えてみれば、強くなったとはいえこいつは前世も含めて元一般人だ。常人的な思考が残っていたとしても、何ら不思議はないか……。やれやれ、俺もこの世界に毒されすぎかもな。深読みしすぎだ)

 「分かった。貰えるものは貰っておく。一応言っておくが、俺の番号は教えないぜ」

 「ええ、構いませんよ。それでは失礼します」

 一礼して背を向けて去っていく徹。その背後には、チェフェイが付き従う。その様を複雑な心境で卜部は見送るのであった。




 「主様、なぜあのような申し出をされたのですか?あれは女を不幸にする中途半端な男です。どう転んでも主様の益にはならないと思いますよ」

 業魔殿に入ろうとしたところで、徹はチェフェイに問いかけられた。

 「中々辛辣な批評だな。まあ、内容については概ね同意するがな。先も言ったとおり、恩返し以上の意味はない」

 「恩返しですか……。本当にそうでしょうか?」

 「何が言いたい」

 「主様は前世の知識により、あの男の末路を知っているんですよね。それに同情して、くだらない正義感から救ってやろうなどとお考えなのでは?」

 「同情していることは否定しない。だが、正義感とは違うな。確かに哀れだと思うが、それは自業自得な部分も多々あるし、高確率でいずれありえた未来だからな。だから、救える可能性がある選択肢を提示したに過ぎない」

 「選択肢の提示ですか?」

 「そうだ。大体にして、俺が知るとおりになるのかも不明だ。なにせ、俺というイレギュラーが存在し、彼は深く関わってしまったのだからな。それに、もしそうなったとしても、俺がそこに都合よくいけるかも分からないし、間に合う保証もないし、彼が俺に頼むという発想をする保証もないからな。
 だから、あれは恩返し以上の意味はない。まあ、都合よくその助けになればとは思うが、それ以上ではないな。少なくとも、頼まれもしないで助けようとは思わん。それに……」

 後に続くはずの「俺に誰かを救えるとは思えん」という言葉は声にはならなかった。しかし、それこそが、この世界の自分であり、弟のように思っていた半身『透夜』を救えなかったという後悔を根底に抱く徹の偽りなき本音であった。

 「なるほど、主様はお優しいですねー」

 「優しくはない。甘いだけさ。それでいて、積極的に救おうとする意思もない。ただの自己満足に過ぎん。さて、無駄話はここまでだ。行くぞ」

 「はい」

 自嘲するようにだが、はっきりと言う年若い主の背中を興味深げに見つめながら、悪魔は主の後を追うのであった。 
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