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機動6課副部隊長の憂鬱な日々(リメイク版)

作者:hyuki
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第3話

 
前書き
今回は回想のお話です。 

 

ゲオルグと別れた後、はやては情報部の区画を出て自分のオフィスがある
捜査部のフロアへと向かった。
自室に入り席に座ると、彼女はデスクの上に置かれた1つの写真立てに目を向けた。
写真の中央には現在よりも少し若いはやてとゲオルグが、そしてその周りには
戦闘服に身を包んだ武装隊員たちが映っていた。
どの顔も疲労の色が濃く、だがどの顔にも笑顔があった。

「あれから、もう3年になるんやね・・・」

はやては写真立てを手にとると、小さくつぶやいて目を閉じた。





3年前の新暦71年7月某日。
当時捜査部の捜査官と作戦部に所属する2尉だったはやてとゲオルグは、
とある管理世界を任務で訪れていた。

任務とははやてとミゼットが話していた武装集団の本拠地攻略である。
その武装集団は複数の管理世界で武装強盗事件を起こしており、
はやてがそれらの事件の捜査を担当していた。

はやては武装集団の行方を追うために情報部にも協力を求め、
ようやく武装集団の本拠地を突きとめた。
彼女がこの武装集団を追い始めて1年が経っていた。
ちなみに彼女がヨシオカと知己を得たのはこのときである。

これを受けて捜査部は武装集団を壊滅させるためにとるべき方策について
作戦部とプロジェクトチームを作り協議を始めた。
このチームにゲオルグも作戦部の代表の一員として参加した。
こうして、はやてとゲオルグは初めて一緒に仕事をすることになったのである。

何度かの会議を経てプロジェクトチームは攻略作戦を策定した。
動員される戦力は3個陸士部隊と次元航行艦1隻。
作戦の総指揮は作戦部の高等参事官である少将が務め、作戦部から司令部要員と
連絡員として10名の士官が作戦に参加、捜査部も同じく10名の捜査官を
前線部隊に同行させるべく派遣することとなった。

作戦に参加する者は全員が次元航行艦で移動し、武装集団の本拠地がある
旧時代の遺跡を望む丘陵に作戦司令部を置いて部隊を展開した。
ただ、作戦司令部とはいっても所詮は仮設であり雨風がしのげる程度の
ものでしかなかったが。

とまれ、現地司令部が開設されるとともに早速作戦会議が開かれることになり
はやてとゲオルグはそれぞれの立場でこの場に参加することになった。
はやては前線部隊に同行する捜査官として、ゲオルグは前線部隊に帯同する
連絡員としてである。

会議が始まると司令官たる少将の挨拶につづいて、主任参謀を務める1佐が
作戦の説明を始めた。

作戦は至って単純であり、3方向から陸士部隊がそれぞれ遺跡に突入し
敵の抵抗を排除しながら武装集団全員を捕縛するというもので、
いわゆる掃討作戦に類するものだった。

幸いにして無限書庫にこの遺跡の調査結果が残されており、内部構造も
既に判明していた。
また、武装集団側には強力な魔導師がいないことは確認されており、
所持している武器もせいぜい小火器程度とみられていた。

作戦の説明が終わると質疑の時間となったが、出発前にさんざん議論を
重ねていたこともあってさしたる質問もなく、司令官の
"次元世界の守護者としての諸君の献身に期待する"
との言葉で会議は終了した。


会議に末席で参加していたゲオルグとはやては、司令部を出ると前線へ
移動するために装甲車に乗り込んだ。
装甲車が走りだすと、はやてはゲオルグに話しかけた。

「なあ、ゲオルグくん。 この作戦についてどない思う?」

「どう思うって、どうもこうもないよ。 決まった以上は従う、それだけだよ」

ゲオルグが肩をすくめて答えたとき、装甲車が地面の凹凸によって大きく揺れた。
しばらくして車内が落ち着くと、ゲオルグは言葉を続けた。

「そう言うはやてはどう思ってるのさ?」

「出発前にも話したけど、正直言って今でも不安やね。
 武装勢力の戦力分析が足りない部分もあるし、もうちょっと慎重にコトを
 運んだ方がええんちゃうかなって今でも思っとるし。
 けど、それはゲオルグくんもいっしょやろ?」

「まあそうなんだけど、それについてはもう考えないことにしたよ」

はやての問いかけに答えると、ゲオルグは装甲車の小さな窓から
外の景色に目をやった。
赤茶けた土に覆われた荒涼とした大地が延々と続く光景を見ながら
ゲオルグは小さくため息をついた。
そしてはやての方に顔を向けて話を続けた。

「作戦計画が大体固まってきたころにさ、2人で修正案を作ったじゃない」

「大型の魔導砲を使うやつやろ? アレ、却下されたやん」

はやては苦虫をかみつぶしたような渋い表情で吐き捨てるように言った。


ゲオルグとはやては制圧作戦の開始前に魔導砲による砲撃を実施することで
武装集団の反撃能力を奪ってから部隊を突入させるという作戦の修正案を
少将に対して提出していた。
だが、その修正案は武装集団が本拠地としている遺跡が文化遺産であるために
極力破壊を避ける必要があるという理由で却下されていた。


ゲオルグは怒りを露わにするはやてをなだめるようにその肩をポンと叩いた。

「まあまあ。 少将の言うことにも一理あるっていうのははやても
 判ってるんでしょ?」

「そらそうやけどさぁ・・・」

なおも不機嫌な表情で膝を揺らすはやてをゲオルグは苦笑しながら見ていたが、
ふいに真剣な表情を浮かべた。

「実はさ、僕、あの作戦案を持ってきてるんだよね」

ゲオルグがそう言った瞬間、はやての貧乏ゆすりが止まってゲオルグの
顔をまじまじと見た。
しばし無言のまま時間が流れた後、呆れたとばかりにはやては首を振った。

「魔導砲を持ってきてへんのに意味ないやん。それに少将が採用するわけないやろ。
 何のために持ってきたん?」

「念のため、かな。魔導砲の代用は次元航行艦からの精密射撃で行けると思うし。
 まあ、役に立たないまま無事に終わってくれるに越したことはないんだけどさ」

「当たり前やんそんなん。 無事に終わってくれな困るっちゅうねん」

はやてはそう呟くと、窓の外に目を向けた。
ちょうどはやてとゲオルグが同行する陸士部隊の姿が見えてきて、
装甲車は止まった。

2人はドアを開けて装甲車から降りて、指揮所となっているテントの中に入り、
陸士部隊の部隊長に予定通り作戦が開始されることを伝えると、
部隊長は2人に向かって頷くと、副官を伴ってテントから出ていった。
ゲオルグとはやても部隊長に続いてテントから出ていく。

テントの外には、先ほどはいくつかの集団になって話をしていた陸士部隊の
隊員たちが部隊長の前にきれいに整列していた。
ゲオルグとはやては部隊長から少し距離を取ったところに立ち、
隊員たちと向かいあった。

「あと15分ほどで作戦開始だ。 各小隊とも作戦計画を再確認して
 各隊の役割をしっかりと頭に叩き込んどけ。 いいな?」

「「はいっ!」」

部隊長の言葉に隊員たちは声を揃えて返事をすると、小隊ごとに集まって
各々の役割について最後の確認を始めた。
部隊長はその様子を見て満足げに頷くと、ゲオルグたちの方を振り返って
手招きした。

2人が近寄っていくと、部隊長がゲオルグに話しかけてきた。

「シュミット2尉。 作戦についてひとつ確認しておきたいんだが・・・」

ゲオルグが部隊長に向かって頷きかけたとき、ふいに"ドンッ"という音が
数度鳴り響いた。
それに続いて、"ヒューン"という何かが風を切るような音が徐々に近づいてきたとき
部隊長の表情が一変した。

「総員、伏せろーっ!」

部隊長の叫び声と同時に隊員たちはその場で頭を抱えて伏せ込んだ。
ゲオルグも同じくその場に伏せて頭を抱えた。

「え、えっ!?」

だがすぐ隣でうろたえた声がして、ゲオルグは顔を上げた。
そこにはきょろきょろと周りを見回しながら立ちつくすはやての姿があった。

「はやてっ! 何やってんの!?」

ゲオルグははやてを強引に引き倒すと彼女の上に覆いかぶさった。
次の瞬間、爆発音とともに砂煙が辺りを包み、パラパラと何かの破片が
落ちる音がした。
砂煙が晴れてきてから、ゲオルグが顔を上げて辺りの様子を窺うと、
陸士部隊の隊員たちがゆっくりと立ち上がっているのが目に入った。

「ううっ・・・なんやの?」

はやてがあげるうめき声が耳に届き、ゲオルグは彼女の身体の上から飛びのいた。

「ごめん。大丈夫、はやて?」

「うん、大丈夫・・・やと思う」

はやては頭を振りながらゆっくりと立ち上がり、辺りの様子を見まわして絶句した。
彼女の目線の先にはバラバラに飛び散った指揮所のテントの跡があった。

「何があったんよ、これ・・・」

「砲撃だよ」

唖然として呟くはやてに対して、ゲオルグは短く答えると部隊長の姿を見つけて
駆け寄っていった。

「部隊長、ご無事ですか?」

部下からの報告を受けていた部隊長は、ゲオルグの方に向き直って頷いた。

「ああ。 部下たちも全員無事だ。 君も怪我はないかね?」

「はい、八神捜査官も無事です。 ところで、これは砲撃だと思うのですが」

「ああ、まちがいないだろうな。 指揮所に居なくて助かったよ」

部隊長はそう言ってテントの残骸に目をやるが、すぐに慌てた様子で
ゲオルグの方を再び振り返った。

「そういえば、司令部は無事か? 砲撃音は一度ではなかったような気がするが」

「すぐに連絡してみます」

ゲオルグが緊張した面持ちで頷くと、司令部との通信を繋ごうとする。
が、何度繰り返しても応答はなく、ゲオルグの焦燥は高まっていく。

「ダメか?」

「はい・・・、もう少し試してみます」

その時、ゲオルグの前に通信ウィンドウが開いた。
てっきり司令部からのものだと思ったゲオルグは安堵の吐息をもらしかけたが
その中に映っているのが次元航行艦のオペレータであることに気がつくと、
再びその表情をこわばらせた。

『え、繋がった? シュミット2尉は無事だったんですね、よかった・・・』

オペレータは安堵した表情を浮かべるが、その言葉にゲオルグは表情を固くする。

「僕は無事って・・・どういうことですか?」

『えっ!? あの・・・それは・・・・・。あっ、はい』

ゲオルグの問いにオペレータは口ごもり、最後は横を向いて頷くと画面から消えた。
そして、代わって現れたのは艦長だった。

『私が説明する。 先ほど本艦と地上の作戦司令部との連絡が突如寸断されたのだが
 司令部と各陸士部隊の指揮所が全て破壊されていることが映像で確認できた』

「なんですって!? では少将は?」

ゲオルグが声を荒げると、近くに寄ってきていたはやてがギョッとした表情をする。
必死に問いかけるゲオルグに対する艦長からの返答はにべないものであった。

『不明だ。 恐らくは司令部を破壊した攻撃により死亡されたものと推定している。
 それだけでなく、作戦司令部の全員が死亡したと推定せざるを得ない状況だ』

「そんな・・・。では作戦指揮は?」

艦長からの返答に絶句し、弱々しい口調でゲオルグはこれからのことを尋ねる。
対して、艦長は淡々とした口調で歴史的事実でも語るかのように話し始めた。

『貴官も知っての通り、本作戦の地上における指揮権は作戦部の士官に
 委譲されることになっていた。 よって、貴官が本時刻をもって
 地上部隊の司令官となった。 貴官の階級は2尉だが本作戦の間のみ
 臨時に2佐相当とする』

次々と艦長の口から飛び出る言葉を理解するにつれ、ゲオルグの顔はだんだんと
青ざめていった。
彼の額からはたらりと一筋の汗が流れ落ちる。

「ちょ、ちょっと待ってください。 急にそんなことを言われてもできませんよ!
 それに、各陸士部隊の部隊長はいずれも佐官です。 
 そのどなたかが指揮するのが自然ではないですか?」

ゲオルグは言葉に詰まりながらも声を大にして常識的な説を唱える。

『彼らは作戦立案過程を当初から知っているわけではないから、適任ではない。
 だから先ほど言ったような指揮権委譲のルールが定められたのは貴官も
 判っているはずだ。 速やかに指揮を引き継ぎ給え』

だが、艦長は作戦立案のプロセスに言及しながら、あくまで当初の計画通りに
ゲオルグに指揮権を引き継ぐよう促した。
ゲオルグは目を閉じて大きく一度深呼吸すると、カッと目を見開いて画面の中の
艦長に向かってゆっくりと頷いた。

「・・・判りました。 指揮権を引き継ぎます」

その声は低く抑えられていて、直前までの取り乱した様子をほとんど感じさせない
落ち着いた調子であった。
そして、ゲオルグは意志の光をその両目に宿らせると艦長に話しかけた。

「それでは、各陸士部隊の指揮官との通信確保を頼みます」

『了解した。 少し待ってくれ』

艦長は一変したゲオルグの雰囲気に気圧されつつ艦のオペレータに
指示を出しはじめた。

「ゲオルグくん」

厳しい表情で画面を見つめるゲオルグの背後から近寄り声を掛けたはやて。
その顔には不安げな表情が浮かんでいた。

「どうなっとんの?」

弱々しい声ではやてが尋ねると、ゲオルグはちらりと目を向けてすぐに画面に
目線を戻した。

「さっき僕らを襲ったのと同じような砲撃が司令部を直撃して司令部の全員と
 連絡がとれなくなったらしい。 で、事前の定めに従って地上部隊の指揮は
 僕が執ることになった」
 
「ええっ!? そんな・・・・・大丈夫なん?」

ゲオルグのことを心配して声を掛けるはやてだったが、ゲオルグはそれに
返答することなく、画面の中で視線を慌ただしく動かす艦長に向かって話しかけた。

「艦長。 そちらで敵の砲撃の発射点は観測できていますか?」

『ん? それは観測できているが、それがどうした?』

ゲオルグの問いを予想もしていなかった艦長は目を丸くしつつ答えると、
逆にゲオルグに向かってその質問の意図を問い返す。
だが、ゲオルグは顎に手をやってじっと何かを考え込んでいて、艦長の問いに
答えを返すことはなかった。

「・・・・・やっぱりこの手しかないな」

しばらくして顔を上げたゲオルグは小さな声で呟くようにそう言うと、
相変わらず不安げな表情で自身を見つめるはやてに声を掛けた。

「はやて。 ちょっと意見を聞きたいんだけどいいかな?」

「えっ!? あ、うん・・・・・もちろんええよ」

そんなことを言われるとは思っていなかったはやては、うろたえつつも
気を取り直して頷いた。
対してゲオルグは、ちらりとはやての方に目を向けたきり通信画面を見つめたまま
続けてはやてに話しかける。

「常識的に考えれば、この状況での作戦継続は難しいんだけど
 捜査部の代表としてはやてはどう思う?」

「どう思うって・・・・・そら厳しいよ。
 この連中はどうせ拠点を移動するやろうから、またその拠点探しからやり直しや。
 その間に犠牲になる人のことを考えたら、多少の無理は押してでもこの機会に
 一網打尽にしておきたいとは思う。 そやけど・・・」

”それは難しいだろう?”と続けようとしたはやてだったが、
ゲオルグの言葉によってそれは遮られてしまった。

「判った。 ありがとう、はやて」

ゲオルグははやてに背を向けたままそう言うと、通信画面の中の艦長に向かって
話しかけた。

「艦長。 他の部隊との通信はどうなりましたか?」

『ちょうど今つながったところだ』

艦長の言葉とともに新たに2つの通信画面がゲオルグの前に開いた。
そこには、他の陸士部隊の部隊長と帯同する作戦部の士官が映っていた。
ゲオルグは2つの画面を順番に見てから小さく一度咳払いをした。

「お2人とも既にお聞き及びと思いますが司令部が敵の砲撃に直撃され、
 司令官以下司令部全員との連絡が取れなくなっています。
 この事態を受けて、事前の定めに従って私が地上部隊の全指揮権を
 引き継ぐことになりました。 ついては、2佐相当の権限を臨時に頂いて
 おりますのでご承知置きください」

早口ではあるが落ち着いた口調でそこまで言い終えると、ゲオルグは一旦
言葉を止めた。
それぞれの画面の中で2人の部隊長は虚を突かれたように目を見開いていたが
ややあって2人は小さく頷いた。
ゲオルグは2人の部隊長が頷いたことを確認すると、話を先に進める。

「ここからが本題ですが、作戦をどうするかです。
 状況から見れば、作戦は中断して撤退するのが常道だと思います」

艦長と3人の部隊長がゲオルグの言葉に頷くなか、はやてはゲオルグの
背後でことの成行きをじっと見守っていた。

「ですが捜査部の八神捜査官の意見を伺った結果、私は本作戦を継続するべきと
 判断しました」

続いてゲオルグが発した言葉は、艦長たちに衝撃を与えた。
彼らは一様に目を見開いてのけぞるように硬直してから、やや間をおいて
ゲオルグに向かって食ってかかった。

『待つんだ、2尉。 司令部なき今作戦を継続するのは困難だ。
 それに単に作戦を継続しても敵の砲撃で我が方が一方的に殲滅されるだけだ。
 ここは一旦引いて、態勢を立て直すべきだろう』

艦長の言葉に3人の部隊長も大きく頷いて賛意を示した。
だが、一人ゲオルグだけは首を横に振った。

「いえ、態勢を立て直している間に奴らは本拠地を移動しますよ。
 そうなったら我々はまた本拠地探しからやり直しです。
 その間に奴らの犯罪行為によってどれだけの新たな被害者が出るか
 考えれば、多少の無理は押してでも今ここで奴らを捕えておくべきです」

強い口調で言い切ったゲオルグの言葉に対して、艦長は眉間にしわを寄せて
渋い顔をする。

『それはそうかもしれんが・・・・・だが、当初の作戦計画をそのまま実行しても
 むざむざ砲撃の餌食になるだけだろう。 やはりここは・・・』

「それについては別案があります。 本作戦の共有領域に作戦案Bという文書を
 転送しましたので、皆さんそれを一読願えますか?」

艦長の台詞を遮ってゲオルグがそう言うと、画面の中の艦長と2人の部隊長は
顔を横に向け、ゲオルグの側に立っていた部隊長は自分の携帯端末を操作して
文書を探し始めた。

「・・・これは!」

しばらくして文書を読み終えた部隊長は、ゲオルグの方に勢いよく顔を向けながら
驚愕の声を上げた。

「これは、少将が却下された君の作戦修正案じゃないか。
 まさかとは思うが、これを実行しようというのではあるまいな?」

「そのつもりですが」

部隊長の問いかけに対してゲオルグが振り返りつつ平然とした口調で答えた瞬間、
部隊長はゲオルグの襟をつかみあげた。

「何がそのつもりだ、ふざけるな!」

目じりを吊り上げてゲオルグを睨みつけながら部隊長がどなり声を上げる。
その剣幕に、側で見ていたはやては身をすくませながら2人の方に歩み寄っていく。

「あの、あんまり乱暴なことは・・・」

2人の争いに割って入ろうとしたはやての台詞は、自らに向けられたゲオルグの
鋭い視線によって遮られた。
ゲオルグは厳しい表情のまま視線をはやてから、自分の襟をつかみあげる
部隊長に移した。
自らの襟をつかみあげる部隊長の手にちらりと目をやると、部隊長の顔を
キッと睨みつける。

「なんですか、この手は?」

押し殺した低い声で部隊長に向かって凄むゲオルグ。
10代の青年とは思えない迫力に部隊長はわずかにひるむ。

「私は、少将が定められた規定にのっとって地上部隊の指揮権を預かりました。
 また、それに伴って2佐相当の権限も与えられています。
 2度は言いませんよ。 この手を離しなさい」

淡々と押し殺した、だが歴戦の勇士のような凄みすら感じさせる口調で
ゲオルグが部隊長に向かって言葉を放つと、部隊長は完全に気圧されてしまい
ゲオルグの襟をつかんでいた手を離してゆっくりと数歩後ずさった。

「申し訳、ありません」

部隊長の手から解放されたゲオルグは服装を整えて数度深呼吸すると
少し表情をゆるめて部隊長の顔を見た。

「いえ、こちらこそ。 頭に血が上っていたからとはいえ
 偉そうなことを言ってすみません」

そのとき、通信画面の向こう側から艦長が声を上げた。

『お取り込み中申し訳ないが、話しかけてもかまわんかね?』

その声に反応してビクッと身を震わせたゲオルグは慌てて通信画面の方に
向き直った。
彼が通信画面をその視界にとらえた時、3つの画面の向こうには一様に苦笑した
顔が並んでいた。

「すみません。 文書は読んでいただけましたか?」

ゲオルグがやや気まずげに問いかけると、画面の向こうに居る人々は揃って頷いた。
そして代表して艦長がゲオルグに話しかけてくる。

『文書は読ませてもらった。 が、私の意見もそこにいる彼とほぼ同じだ。
 付け加えるなら、この作戦案では大型魔導砲が作戦のキモになるはずだが
 今はそれがない。 にもかかわらずこの案を提示してくるということは
 それに代わる何かを考えていると思うのだが、違うかね?』

艦長の言葉にゲオルグはゆっくりと頷いた。

「はい。 現在の問題は敵の砲撃によって当方の部隊が接近できないことです。
 なのでこちらの砲撃によって敵の火砲をつぶしてしまおうというのがこの作戦案を
 提案した理由です。
 ただ、艦長の言われるように文書にある魔導砲が今は手元にありません。
 そこで、その代わりに艦長にひと働きしていただこうと思っています」

ゲオルグはそこで口元ににやりと笑みを浮かべた。
その小悪人じみた表情に艦長は思わず口元を引き攣らせる。

『私にかね? 君は私になにをさせようと言うんだ』

「そう構えて頂かなくても結構ですよ。 敵の火砲の位置さえ把握されていれば
 さほど難しいことではありませんからね」

ゲオルグは艦長に向かって微笑みかけてそう言うと、再び表情を引き締める。

「以前、私は軌道からの急襲降下演習に同行したことがあるんですが、
 そのとき、軌道上の次元航行艦からの精密砲撃との連携によって
 地上の抵抗を無力化してから部隊を突入させていました。
 今回も同じ手法が使えると思うんです。
 幸い、艦長の艦は対地精密射撃ができるタイプのはずですよね?」

『それはそうだが・・・・・。
 つまり君は、この作戦案にある魔導砲の代役を本艦にやらせようというのかね?』

「そうです」

ゲオルグは画面の中で眉間にしわを寄せる艦長に向かって大きく頷いた。

「軌道上からの精密射撃によって敵の火砲を潰し、しかるのちに
 陸士部隊を突入させる。 これが私の案です」

自身に満ちた表情で自らの考えを述べたゲオルグ。
その言葉を艦長と3人のを咀嚼するまでの僅かな間、沈黙がその場を支配した。

『私は・・・シュミット2尉の案に賛成だ。 地上作戦の専門家である
 君たちの意見はどうかね?』

その言葉で沈黙は破られ、3人の部隊長たちは少し考え込んだのちに
納得顔で頷いた。

「ありがとうございます。 それでは、準備をお願いします」

ゲオルグが4人に向かって感謝の言葉を述べると、彼の前にあった
通信ウィンドウは一斉に姿を消した。
そして、ゲオルグのそばに立っていた部隊長は微笑を浮かべてゲオルグの肩を
ポンと叩くと、部隊員たちの方へと去っていく。

ゲオルグはその背中を見送りながら安堵の吐息をもらした。

「ゲオルグくん・・・」

そんなゲオルグに背後からはやてが声を掛ける。
ゲオルグは振り返り、はやてに向かって優しく微笑んだ。

「まさかこんなことになるとは思ってなかったよ。 びっくりだよね」

「びっくりって・・・そんな他人ごとみたいな」

はやてはゲオルグのあまりにも普段通りな態度に呆れていた。
だが同時に、この若い士官の戦術眼に敬服の念も抱いていたのである。





「・・・主はやて」

回想に耽っていたはやては、自らに向かって掛けられた言葉で我に返った。
そこは不毛の大地が広がる場所などではなく、白い壁に覆われた彼女自身の
オフィスであった。
はやては手に持った写真立てにもう一度目を向ける。

その後、結局作戦はゲオルグの考えた通りに進み、味方の被害は軽傷者2名という
軽微なもので無事に当初の作戦目的を達成したのである。
作戦終了後、陸士部隊の隊長たちは口ぐちにゲオルグの戦術眼を絶賛する
コメントを残し、次元航行艦の艦長に至っては勲章の推薦人を買って
出るほどだった。
だが、ゲオルグはそれらを意に介さないように笑って受け流した。
そして彼の指揮のもとで戦った、陸士部隊の隊員たちのもとへと向かったのである。

はやての手にある写真はそのときに撮られたものである。
写真の中で満面の笑みを浮かべる自分自身とゲオルグの姿を見て、はやては
軽くクスッと笑うと、彼女に向かって声を掛けた相手に目を向けた。

「ごめんごめん、シグナム。 ちょっとぼーっとしとったわ」

「別にかまいません。 ですが、騎士カリムとの約束の時間まで余裕はありません」

「うん、そやね。 ほんなら行こか!」

はやてはシグナムに向かってそう言うと、意気込んで立ち上がり部屋を後にした。

 
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