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乱世の確率事象改変
浅き夢見し、酔いもせず
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けが無い。

 徐々に、徐々に雪蓮の剣が恋の方へと傾いていく。
 ギリギリと音を立てて近づくその刃を見て、人形に堕ちた恋は初めて目を見開いた。
 押し返そうともがいても、圧し戻そうと足掻いても、どれだけの力を込めてもその刃は戻る事がなかった。

「――――――っ」

 歓声が後ろから上がる。激が後ろから聞こえる。供に戦ってきた兵士達が、雪蓮へと激励の叫びを上げた。
 恋の後ろには誰も居ない。最強が圧されているという有り得ない事態に怯え、戸惑い、声を掛けることすら出来ずに居た。

 笑みさえ浮かべた雪蓮に、初めて恐怖が滲んだ恋の唇が動いた。

「……な、んで」

 か細い声が宙に溶ける。
 聞こえたのは雪蓮だけ。子供のような疑問に、雪蓮は真っ直ぐ目を見つめて答えを返した。

「私の剣には……失った人たちと、今生きる人たちの想いが乗ってるからよ」

 今尚、胸に生き続ける英雄達と、平穏を求め続ける民の声。彼女の力はその為だけに。
 理解出来ないというように、恋は小さく首を振った。瞳にはまだ、光が戻ることは無かった。
 真正面から合わされた蒼の瞳に炎が燃える。

「人形が戦場に立つなっ! 此処は今を生きる人間達が形作る夢の階だ! 絶望したなら自分の意思で殺しに来い! それが出来なかったお前に、それを為している私が負けるはず無いだろうが!」

 ズシリ、と馬の蹄が地に埋まる。
 増した重圧を受け止めて、恋の体勢が遂に崩れた。
 両の手で方天画戟を掲げて雪蓮の刃をどうにか耐える。それでも、その重さに耐えきれるかも時間の問題。
 赤兎馬が嘶いた。か細く、主を求めるような寂しげな嘶き。乗せているのはカタチは同じでも、きっと違うと赤兎馬も分かっている。

 あと少し、あと少しで倒せる。
 冷や汗を流しながら耐え続ける恋の手も徐々に下がっていた。
 首筋に、顔に、胸に、肩に……何処かしらを切り裂く未来が見えてきた。
 慢心は無く、油断も無い。このまま圧せると……雪蓮は確信していた。

 ただ……他にも勘が働いた。否、働いてしまった。研ぎ澄まし過ぎた勘が、不可測の未来を捉えてしまった。
 力は変わらず推し続ける。
 このまま振り切れば終わりなのだ。

 しかし……遠くで、弓の弦が引かれた気がした。
 先ほどから予測していた未来。これがお綺麗な一騎打ちでは無いのなら……他からの攻撃も有り得るだろう。

 穏やかな表情で雪蓮はその方を見た。
 憎しみの炎を宿した兵士が一人、雪蓮に弓を向けていた。
 ああ、なんだ……と納得と安心が湧く。

 所詮やったらやり返される。正しく、その兵士は絶望した後に自分を殺しに来たのだ。
 なら、自分を殺してもいい。殺されてなんかやらないと腹を決めていたが…
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