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乱世の確率事象改変
浅き夢見し、酔いもせず
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人で雪蓮と戦い、自分を置いて華琳を守れと言うに違いない。春蘭でさえ命を賭けなければ今の雪蓮は止められない。
 雪蓮の状態を見抜けたのは、今この場所には断金の友しか居ない。王という重要な役目を負いながらも命を賭ける戦姫が、どれほど強いか知っているのは彼女だけ。

 ギシリ、と雪蓮の拳が握られる。いつもよりも力が入る。それでいて最善の所作を繰り出せる最高の状態であった。
 疲れなど全く感じない。脳のリミッターなど既に外されてしまった。自然と浮かぶ笑みは慈愛に満ち、先程までの暴力的な空気など欠片も見当たらなかった。
 一呼吸。たわわに実った果実が揺れ動く。威風堂々と胸を張った孫呉の王が、大きな、大きな声を上げた。

「我が名は孫策っ! 江東を守護する虎なり! 平穏を乱す徒は決して許さぬ! その頸、噛み切るまで我が牙は止まることはないぞ! 同朋の命、その血と肉で贖って貰おうかっ!」

 叩きつけられる覇気に劉表軍の兵士達がたたらを踏んだ。同時に、孫呉の兵士達がその隙を見逃すはずも無く、周りに群れていた薄緑色の鎧が朱に染まるのも詮無きこと。
 突き刺すように向けた剣は指揮する為には無かった。怯えた敵兵を一人、また一人と切り裂き屠る。戦姫は馬上であれども舞い踊るように武を結ぶ。
 視線は決して敵将から離さないというのに、まるで草を薙ぐように兵士を物言わぬ屍に変えていく。

 それでも、肩に方天画戟を担いだ少女は動かない。
 まだ遠く。兵士の壁の向こうで赤い馬に跨ったまま、無機質な瞳で雪蓮を見つめていた。
 なんのことは無いと、突き刺さるような覇気を受けても同様せず、危機感など感じないまま人形のように。

――敵将は怯えて前にも出れないぞ、なんて煽ってみてもいいんだけど……なんか変ね。

 違和感が一つ。雪蓮は眉根を僅かに寄せた。
 これだけの気迫を見せても相手が何も反応しない。前なら少しは興味の籠った視線を向けてきたモノである。
 取るに足らない相手だと思われているのか……否、全く別種だと直感が告げていた。
 じっと見やった。一人、二人と切り殺しながら最強の瞳を。
 吸い込まれそうな闇の中、その瞳には何も映っていなかった。

――嗚呼、なんだ。

 いやに冷静な自分を不思議に感じる。だが、不思議なことに落ち着き払った自分の心は慢心では無く……落胆に彩られた。

――私達の平穏は……“この程度の敵”に乱されたのか

 想いが無い。人の命に価値さえ感じていない。人々が形作る営みに心を向けることすらない。下らない。本当に下らない相手……雪蓮はそう思った。
 欲望の為に嬉々として戦うモノ達なら、まだ分かる。吐き気がする程大嫌いだが、自分の幸せという分かり易い欲望があるのだ。
 そういった相手なら怒りを向けられる。
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