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藤崎京之介怪異譚
case.1 「廃病院の陰影」
Z 同日 pm1:18
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 始まった。
 ここに着た当初は何とも感じなかった敷地内が、音楽の響きに逆らうように重く、歪んできたのだ。
 俺はその中を一人、必要な道具を持って廃病院の地下へと向かっていたが、今のところ、先日のような幻想を見せられてはいなかった。
 廃病院に入る前、天宮氏も来ると言っていたのだが、俺は丁重に断ったのだ。
 まさか、こんなところへ地位ある人物を連れてくるわけにはいかないし、第一、全く責任が取れないからな。
「ここ…だな…。」
 俺がいるのは、一階の北廊下の端だ。そこには窓は無く、南側からの細々とした陽射しだけが辺りをうっすらと照らし出している。
 それは…かなり心許ない光と言えた。
 そんな薄暗い廊下の中に、地下室への扉があった。別に他の扉と違うわけではないが、何となく重々しく、人を遠ざける何かがあるように感じられた。
「そう言えば、ここだけ落書きがないな…。」
 ガキどもが悪戯半分で忍び込んで書いたであろう落書きが、なぜかこの北廊下には殆んど見当たらない。目の前の扉には、書いた形跡すらなかった。
「本能…なのかねぇ…。」
 触らぬ神に祟りなし…と言った感じなのかもな。
 そんなことを考えながら、俺はポケットから鍵を出した。天宮氏から借り受けた地下への鍵だ。

 カチッ…。

 鍵の外れる音が、廊下全体に反響した。
 鍵を開くと、俺はポケットに鍵を仕舞い、下に置いておいたランプに火を灯した。
 このランプは天宮氏が用意してくれたもので、何でも、かなり由緒あるものとのことだ。
 殆んどが銀製で、天宮氏曰く“魔除け”に使われていたのだとか…。
「天宮さんがわざわざ持ってきてくれたんだ。きっと、何かの役に立つんだろう…。」
 俺はランプを持ち、地下への扉を開いた。
 長年開かれなかったその扉は、鈍い音をたてながら開いていった。
 その音はまるで…開かれることを拒むような叫びにも聞こえ、開いた扉の先からは、埃やカビなどの臭いが漂ってきた。
「行くか…。」
 外からは音楽が聞こえている。この廃病院の周囲にも幾つものスピーカーを設置してあり、ほぼ全ての場所で音楽は響いているが…。
「地下までは…届かないな…。」
 一人そう呟き、ランプの光を闇へと翳した。
 その時、天宮氏が言った“魔除け”の意味を理解したのだった。
 地下へと導く階段の左右の壁に、光の文字が浮き出していたのだ。
 俺は驚き、そして先人の知恵と信仰に深い感銘を受けた。
 そこにはドイツ語で、こう書かれていたのだ。

“Dir,dir,Jehova,will ich singen,denn,wo ist so ein solcher Gott wie du?”

 有名なコラールの一節だ。日本語に訳すとこうなる。
“汝に向かっ
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