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豹頭王異伝
薄明
悪夢の襲来
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 当初は、普通の夢だった。
 懐かしい記憶が、蘇る。
 幼い彼に手練の技を仕込んだ、博打師コルド。
 チチアの王子と悪名を奉った、気の良い売春婦達。

 ヴァラキアで過ごした、幼年時代。
 今となっては一番、幸福だったと思える時代の記憶が。
 緊張を和ませ、疲労を緩和する。
 イシュトヴァーンは無意識の裡に、ゴーラの玉座を捨てると再び誓った。

 次第に、夢が変化し始めた。
 ミロク教を奉じる少年ヨナを救い、海に出てからの少年時代。
 海賊船の船長を気取り、宝物の眠る島に向かった無謀な冒険と無残な結末。
 自分を慕い冒険を共にした弟分達を襲った末路、正視に耐えない悲惨な最期。

 思い出したくない記憶が、心の底から甦る。
 全く色褪せておらぬ、鮮烈な音響と映像が増殖した。

「アルゴンのエル。
 モンゴールは、決して忘れぬ!」
 耳に焼き付いた、呪詛の声。
 紅蓮の炎に包まれる、カロイの谷。

 マルス伯爵は彼の詭計に陥り、仁王立ちの儘まま焼死した。
 モンゴールの青騎士、2千の軍勢も焼き殺された。
 アリの嫉妬を受け、ユラニアの少年は惨殺された。
 赤い街道の盗賊達もまた、ミダの森で虐殺された。

 ユラニアの紅都、アルセイスの紅玉宮で。
 モンゴールの中枢、トーラスの金蠍宮で。
 彼が王になる為、死ななければならなかった無数の犠牲者達。
 数々の秘められた過去が、甦る。

 魔戦士、災いを呼ぶ男。
 渾名の由来である嘗ての友が全て、無残な亡霊と化し彼を迎えに来ていた。
 気付かぬ内に何時の間にか、手中に心を落ち着けてくれる鋭い幅広の長剣が現れた。
 彼は剣を頼りに忘我の歓喜に酔い痴れ、亡霊を斬り捲った。

 嘗ての友を、親しかった知己達を。
 己が助かる為に、総てを切り捨てた。
 無数の亡者を屠った剣が、夥しく流れ出る血に染まり薔薇色の剣へ変化した。
 夜明けの黎明を連想させる暁の剣は深紅を通り越し、漆黒に染まった。

 黒の剣が、咆哮した。
 無数の魂を喰らい、満足の唸り声を挙げた。
 飽食した剣が、彼の手を離れた。
 血を凍らせる宣告が、冷たい剣の内部から轟いた。

 もう、充分だ。
 最後に、貴様の魂を飲み干してやる。
 宣告と共に、魂を喰らう剣が動いた。
 彼を襲い、激痛が脾腹を貫いた。


 気付くと何時の間にか、空中に吊下げられていた。
 眼下には見渡す限り、視野を埋め尽くす無数の亡者が群れ集っていた。
 朽ち果て崩れかかり、眼も当てられぬ骸達が蠢く。
 豪胆な勇者も怖気を振るう、強烈な死臭と吐き気を催す腐臭。

 彼は、本能的に悟った。
 一言でも彼等と口を利いてしまえば、彼等に同行しなければならぬ。
 たった一つの言葉
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