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その魂に祝福を

作者:玄月
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魔石の時代
第二章
  魔法使い達の狂騒劇2

 
前書き
温泉編。あるいはまさかの暴挙編。
 

 


「貴方には食事を楽しもうっていう考えがないの?」
 遥か昔、とある料理人に言われた事があった。
 それは人里から離れた館で魔法の研究に没頭していた頃だったと記憶している。人里に下りる事は稀で、それこそ限られた伝手で魔物の討伐――あるいは、救済の依頼を受けでもしない限り、館から出る事さえ稀だ。当然、食料も保存が利くような代物ばかりで、腹が減ればそれらを適当に齧るという有様だった。
 優れた料理人である彼女には、どうやらそれがお気に召さなかったようだ。その日から、徹底して料理を叩き込まれた。その甲斐あって、彼女が館から旅立っていく頃には彼女のお墨付きをもらえる程度には料理を身につける事が出来たが。
 結局、彼女が館からいなくなってからも――いや、それから数十年の月日が経ち、彼女がこの世からいなくなってからも、料理を作る事は止めなかった。彼女がいなくなってからも、時々は同居人がいた事もあったし……何より、それが彼女への手向けだと思った。もちろん、彼女の作る料理には遠く及ばないとしても。
 それから、忘れるほどの年月が過ぎて。
 お前には食事を楽しもうという考えはないのか? ――今の自分にそんな事を言わせたのは、相棒――御神美沙斗だった。復讐心に取りつかれているせいなのか何なのか、この女は当時とにかく食事に無頓着だった。安いからと言って、狙い澄ましたかのようにまずい缶詰ばかり買ってくる。それでも、半年ほどは我慢した。いや、最初の二ヶ月程はそれどころではなかったから、実際に我慢したのは精々数ヶ月程度か。どちらでもいいが――いずれにせよ我慢の限界を迎えた。事ここに至って、ようやく彼女の嘆きを理解する事が出来たらしい。……もっとも、この時の自分は彼女の事もろくに覚えていなかったが。
 ともあれ、そんな環境に耐えかね、この世界で初めて料理を作った結果、言われたのがこんな言葉だった。
「味噌汁が飲みたい。あと、鮭の塩焼きと肉じゃが」
 この女、どうしてくれよう。こめかみを引き攣らせる自分を他所に、彼女は他にもいくつかの料理名を挙げた。それらは、彼女の故郷の郷土料理らしい。この身体に残された記憶から、それくらいは理解できる。だが、作り方となれば話は別だ。素直に告げると、相棒は鷹揚に頷いて見せた。
「心配するな。私が教えてやろう」
 言うが早いか、相棒は足取りも軽く材料を買いに行き――尋常ではない早さで調味料込みで一通り揃えて帰ってきた。さらには、実に手際よく調理してみせる。訊けば料理は得意だという。なら、今まで何故作らなかった?――今までの過酷な食事事情を思い出すにつけ実に腹立たしい。ああ、本当にこの女一体どうしてくれよう。
「美味しいよ、光」
 結局、どうする事も出来なかったが。嬉々として皿を空にしていく相棒を見ながら、ため息をつく。いや、笑ったのか。……まぁ、復讐に没頭し生き急ぐ相棒に、僅かでも安らぎを与えられたのなら、それに越したことはない。
 かつて、不老不死の怪物に料理を教え込むなんて酔狂な真似をした彼女も、あるいはそう思ったのかもしれない。……今となっては、もう確かめる術もないが。
「光、今日はわかめと豆腐の味噌汁がいいな」
 ともあれ、それからというものほぼ毎日のように相棒の食事の世話をする羽目になったのは言うまでも無い事だろう。そのおかげで、この世界の――彼女の故郷の料理についても随分と詳しくなった。まぁ、それはそれで悪いことではない。
 ちなみに。それからしばらくの後、相棒の料理の才能がその娘には一欠片たりとも受け継がれていない……いや、それどころか欠損している事を知る羽目になり、頭を抱える事になるわけだが――それはまた別の話である。




「光、温泉に行くよ!」
 朝っぱらから、アルフが唐突にそんな事を言いだした。珍しく俺より早く起きたと思ったら、いきなり何を言い出すのか。
「あのね。この場所で、ジュエルシードの反応があったの」
 困惑が表情に表れていたのだろう。アルフの傍らにいたフェイトが、例によって地図を投射しながら言った。
「なるほど……」
 その場所は、海鳴温泉の近くだった。士郎達に何度か連れて行かれた事がある。
「この反応だと、あと二、三日くらいで臨界に達すると思うから……。早く封印しに行かないと」
「そうそう。ささっと封印して、ゆっくり温泉に入って、山の幸でも食べて帰ってこようじゃないか!」
「いや、それは別に構わないが……」
 この場所はそれなりに馴染みがある。ジュエルシードに荒らされるのは、あまり良い気分ではない。封印ついでに温泉に浸かってくるというのも悪くないだろう。山の幸……は立地的に難しいかも知れないが。どちらかと言えば、出てくるのは海の幸だろう。海鳴市は、その名の通り海岸沿いの街だ。確かに山の中にはあるが、あの旅館も例外ではない。
「よしよし。それじゃ、さっそく予約を入れてくるよ。どうせただの週末だし、そう混む事もないだろ?」
 それはそうだ。上機嫌に電話に向かうアルフを見送り――ふと何かが引っ掛かった。
「どうせなら、週末はそっちで過ごせばいいよね。二泊三日の温泉旅行。いいねぇ。わくわくしてきた」
 そんな事をしなくても、俺達の生活に週末も平日もないと思うが。しかし……。
 二泊三日?――その言葉が、妙に記憶を刺激する。だが、カレンダーを見たところで、その日はごく平凡な週末に過ぎない。連休と言えば連休だが――普通なら、一泊二日が限界だろう。土日しか休みではないのだから。……そのはずだ。
「予約取れたよ~!」
 カレンダーを見やり、記憶を探っているとアルフの上機嫌な声がした。
「さ、やる事はやったし次はメシだよ! ほら、早く早く!」
「分かった。分かったから揺さぶるな」
 どうやら俺の周りには食欲のスライム候補が多いらしい。あるいはハーピーかもしれないが。朝から体力を奪われた気がして、のろのろと寝床――代わりのソファから起き上がる。まぁ、魔物化される前に手を打っておくのが正解だろう。そんな事を考えながら料理を作っているうちに――妙な違和感などすっかり忘れてしまっていた。
 そして翌日。元より旅には慣れていた俺は言うに及ばず、今一つ物欲に乏しいフェイトも荷づくりには大して困りはしなかった。強いて言うなら、アルフがドッグフードを持ち込みそうになり、それを止めた事くらいか。
 今日の予定としては、まず旅館のある山の麓までバスで移動し、そこから先はジュエルシードの捜索ついでに森の中を旅館まで飛ぶ事になっている。荷物が少ないというのは、むしろ好都合だった。
「いや~、いいところだねえ! アタシゃ気にいったよ!」
 木々の隙間を縫うように飛び――いや、駆け抜けながら狼の姿となったアルフが上機嫌に言った。彼女にとっては自然の多いこの場所の方が居心地がいいのかもしれない。
(いや、俺も人の事は言えないか……)
 かつての自分がいた世界とこの世界では文明差がありすぎる。この身体に宿ってからもう一〇年ほどになるが――未だに機械には慣れなかった。それでも必要に駆られ、調理機器くらいはどうにか使えるようになったが。
 とはいえ、やはりこちらの方が馴染みがある。遥か昔――不死の怪物どころか魔法使いですらなかった頃、山中の隠れ里で猟師やら樵やら薬師やらの真似事をしながら生きていたせいかもしれないが。
(あの頃は、できるだけ多くの事をしなけりゃならなかったしな)
 遥か昔、『マーリン』に蹂躙された世界……滅んだ世界での話だ。動物を取り、木材を切り出し、見かけた薬草を採取する。女子どもも合わせて一〇〇人いるかどうかだったあの隠れ里では、それぞれができる限りの事をしなければ生きていけなかった。特に、若い男など自分以外にそう何人もいた訳ではないのだから。
「あ、そろそろ建物が近づいたみたい」
 曖昧な思い出に浸っていると、フェイトの声がした。慌てて速度を落とす。旅館に近づいたという事は、誰かに見られる可能性があるという事だ。面倒事は避けるに限る。
「何か地味だねぇ……」
「……趣があるって言うらしいぞ」
 旅館を見上げ呟いたアルフに、一応釘を刺しておく。彼女達の隠れ家に比べれば地味かもしれないが。
(だが、こっちの方が落ち着くな……)
 というのは、この身体の影響なのかもしれないが。
「それじゃ、早く手続きを済ませようか。明るいうちに周りを見ておきたいし」
「そうだな。アルフ、まかせた」
 フェイトの言葉に頷き、アルフを促す。何せフェイトは言うに及ばず、俺も見た目は一〇歳をようやく超えた程度。アルフも――いや、フェイトが言うには一六歳程度の外見年齢にしたつもりらしいのだが……その割には背丈やら何やら色々と発育がいいせいで、もう少し年上に見える。
 それこそ、やや童顔の保護者だという言い訳ができる程度には。
「あいよ~」
 ともあれ、鼻歌交じりに歩き出したアルフの背中を見送りつつ、魔力を練る。この旅館には、士郎達に連れられ、何度か来た事がある。一応姿を誤魔化しておくべきだろう。
 いや、一応どころでは済まされないらしい。旅館の入口にある、本日の宿泊予定者の一覧を見やり、思わず絶句した。
「そうか……。今日だったか……」
 平和ボケ――いや、この場合はむしろ平穏から距離を取りすぎた事が原因なのか。すっかり忘れていた。ああ、クソったれ。いつも思う事だが、こういう詰めの甘さは絶対に恩師の呪いに違いない。なんせ俺の恩師は果物一つで借金王になっちまうような奴だ。
「えっと……。光、どうしたの?」
 きょとんとするフェイトを見やり、呻く。
「妹がいる。……少なくとも、今日中に来る。向こうも、多分二泊三日で」
「え……?」
 高町様御一行と書かれたプレートを指差すと、フェイトも絶句した。言い訳をするような気分で告げる。
「……今日は、俺達が通っている学校の開校記念日なんだ」
 正確には違うのだが――あの学校は週末に開校記念日を移動させ、連休にするのが通例であり……その連休を利用してこの温泉宿に来るのが、高町家の通例だった。




 フェイトと二人、森の中を歩く。旅館の敷地から、少し離れた場所にある、ほとんど人の手の入っていない森だった。俺としては懐かしくもあり、そもそも過去に足を運んだ事もある場所だ――が、フェイトにとっては歩き難いだろう。とはいえ、ユーノに魔力を察知される可能性もある。迂闊に飛ぶ訳にもいかない。
「別に、お前まで付き合わなくていいんだぞ?」
 裾を気にしながら歩くフェイトに声をかけると、彼女は困ったように笑って言った。
「ううん、私も顔を見られてるから……。それに、光だけに任せる訳にもいかないよ」
 その言葉を深読みすべきか――例えば監視が目的であるといったように――どうかは判断に困るが……まぁ、言葉通りの善意だと思っておく事にしよう。と、それはさておき。
 旅館を中心とした一定範囲の中に、必ずジュエルシードが存在する。それが結論だった。ただ、反応が鈍くフェイト達には正確な位置を絞り切れない。もちろん、心眼を用いれば見つけられるだろうが、異境を使用しないとなると範囲が狭い。結局のとこは、暴走が始まるまで、情報は足で稼ぐしかなかった。暴走が始まるまで待つしかないというのはあまり気分のいい話ではないが……ある程度場所を絞り込めていれば、臨界を超えた直後に封印作業に入れる。その為にも、積極的に場所を絞り込んでおく必要があった。とはいえ……。
(なのは達が来るとなるとな。あまりのんびりはしていられないか)
 なのは……少なくともユーノがジュエルシードの反応に気付かないとは思えない。争奪戦になれば、妹が向こうにつくのは想像に難くなかった。間違っても、なのはと殺し合いなどしたくない。それが偽らざる本音だ。仲間殺しの業と、妹殺しの業。どちらの方が重いかなど確かめたくもなかった。
(まぁ、なのはが来ていると決った訳ではないが……)
 自分でも全く信じていない可能性を呟く。あの一家が、末の娘だけを置いて遊びに出かける訳がない。必ず、なのははこの場所に来る。それまでに回収できればいいのだが。
(それも難しいか……)
 今の自分の感覚では、それもできない。この一件が始まってからの半月で、嫌と言うほど思い知っていた。忌々しく認める。かつての自分なら、とっくに見つけられているはずだった。
(結局、俺は自分で自覚している以上に弱くなっているんだ……)
 焦りや苛立ちより先に、恐怖を覚えた。こんな無様な有様で、本当に『本来の目的』を達成できるのか。……かつての自分ですら、今一歩力及ばなかったというのに。
「光、どうかしたの?」
 知らぬ間に立ち止まっていたらしい。不思議そうな顔で、フェイトが言った。まずはこの一件に集中するべきだろう。首を振って焦燥を追い払う。
「何でもない。それより、そろそろ昼食にしよう」
 木々の隙間から太陽を透かし見て、告げた。簡単なものだが、食事は携帯している。もっとも、この一食分だけだが。
「そうだね」
 わざわざ旅館まで来て、俺の手料理というのも何だとは思うが――これは、フェイトの要望だった。確かにこの場所からわざわざ旅館まで戻るのも二度手間だとは思うが。
「近くに川があったはずだ。そこで食べようか」
「うん」
 フェイトを連れて、少し移動する。間もなく、森が途切れ、清流が姿を現した。せせらぎが発する冷気は、春の陽気には肌寒いくらいだったが、山中を歩きまわり火照った体にはむしろ心地よい。見晴らしのいい岩の上に荷物を広げて、食事を始める。
「いい天気だね」
「そうだな」
 少し緊張を緩め、のんびりとした声でフェイトが言った。そのまま、大きく伸びをする。ここ数日で、随分と子どもらしい――年相応の姿を見せてくれるようになった。
(俺に対する緊張が緩んだからか?)
 可能性としては、決して低くない。だが、何かがおかしい。
(一体、この子の何が原因なんだ?)
 彼女の控えめな笑顔を見る度に、右腕が疼く。右腕の殺戮衝動は日増しにその存在感を増していた。それが何に由来するものなのか。まだ結論にまでは至っていないが――
(鍵となるのは『母親』だ)
 この衝動のそもそもの発端を考えれば、そもそも他の可能性は考え辛い訳だが。
 ともかく、この数日でその確信を得ていた。切っ掛けは、フェイトの部屋にある写真だった。母親と、今より少し幼いフェイト自身が写っているというその写真。だが――
(あの子は、本当にフェイトか?)
 あの少女とフェイトは、確かによく似ている。だが、別人のように思えた。どこをどうとは言えないが――雰囲気が違う。それも、成長による変化ではないように思えた。
(だが、この子に姉妹はいない)
 フェイト本人が言うには――いや、アルフにも確認したが、フェイトに妹はいない。もちろん、姉もいないらしい。そもそも、フェイト自身が写真に写るのは自分だと言い張っている。嫌な感じだった。酷く嫌な予感がする。
(早めに解決した方がいいだろうが……)
 結局のところ、初めて彼女達の部屋に立ち入った時から気になっている物の一つが、あの写真であり――未だに解決の糸口を見つけられずにいる訳だが。
「ごちそうさまでした」
 サンドウィッチを全て平らげ、礼儀正しくフェイトが言った。
「それじゃあ、少し休憩したら捜索を再開しよう」
「そうだね。日が沈むまで、もう少し時間があるし」
 日が沈んでからは、旅館の周辺を捜索する予定だった。日没後なら、周辺を出歩く宿泊客もある程度は減る。まして、今日は宿泊客も多くない。
(他の客は、確か敬老会のご老人達だったな……)
 他にも宿泊客がいないわけではないが……一番人数が多いのはそれだろう。となると、わざわざ外で逢瀬を交わすような連中は――まぁ、恭也と忍くらいなものだろう。老いらくの恋と言うのもあるかもしれないし、この半月で美由紀に相手が出来ている可能性も……さすがに皆無だとは言わないが。
(いずれにせよ、問題となるのは夜だ。特に今夜。そこだけ切り抜けれれば――後は何とかなるだろう)
 それに関しては、楽観を極め込む事にした――のがやはりまずかったのだろう。フェイトがこんな事を言いだした。
「あ……。光の妹さん、本当に来たみたい」
「アルフからの連絡か?」
 思念通話と呼ばれる魔法だろう。かつての自分も体得していたはずだ。今は使えないが――今後の事を思えば、もう一度フェイトにでも教わっておいた方がいいかもしれない。
(相棒もいない事だしな……)
 あいつとは近いうちに合流しなければならない――が、そのためには、まず魔導師にこの世界から……せめてあの家からお引き取り願う必要がある。つまり、この一件に決着をつけてからという事だ。できる事を、できる範囲からやっていくしかない。
「それで、アルフは何だって?」
「え? ちゃんと挨拶しておいたって」
 それはまた……何とも不吉な予感がする返事だった。アイツは妙なところで妙な悪乗り
を見せる事がある。今回もそうだろう。
 その挨拶とやらの内容次第では――しばらく肉抜きにしてやろう。そう心に決めた。




「せめて! せめて家に帰るまで御慈悲を!」
 床に平伏したアルフを見やり、ため息をつく。問い詰めたところ、風呂上りに偶然見かけ、つい調子に乗って喧嘩を売ったらしい。しっかりくつろいで気分が大きくなっていたということなのだろうが――やれやれ、困った奴だ。
(しかし、面倒な事になったな……)
 なのはとユーノ経由――いや、話を聞いた限り傍にはすずかとアリサもいたようだから、彼女達からも恭也やら忍やら美由紀やらノエルやらに話がいくだろう。今頃俺達を探していたとしても全く驚くに値しない。……残念だが、風呂に行くのはやめておいた方がいいだろう。風呂場で遭遇なんて色々と間抜けすぎる。
「まぁいい。わざわざ厨房まで行って、肉抜きにしてくれと頼むのも面倒だ」
 というより、今は可能な限り部屋から出たくない。
「え? 肉抜き……?」
「何だ。不服か?」
「いや、アタシはてっきり湯けむり殺人事件にでもなるかと……」
「待て。そこまで派手に喧嘩を売ったのか?」
「いやいやいやいや! そんな訳ないだろ!?」
 目を細めると、心底慌てた様子でアルフが手やら首やらを振りまわす。もっとも、そんな事は問い詰めるまでもなかったが。もしも取引に反するほど派手に喧嘩を売っていたなら、もっと騒ぎになっているだろう。ついでに言えば、俺がどうこうする以前に恭也達が黙っていない。それこそ俺が手出しするまでもなく、湯けむり殺人事件が発生しかねない。
「というか、それなら何で家に帰るまでとか半端な事を言うんだ?」
「え? いや、ほら最後の晩餐的な……」
 潔いというべきなのかどうなのか。ともあれ――殺戮衝動がなくとも、すでに彼女達を殺す気など失せていた。簡単に殺す事が出来るほどには、俺達はもう『他人』ではない。たった数日とはいえ、共に生活した日々を消す事は出来そうになかった。とはいえ、釘だけは刺しておくべきだろう。のちに起こりえるかもしれない惨劇を回避するためにも。
「その潔さに免じて、今回は大目に見るが――命が惜しいならあまりやりすぎるなよ」
「ももももちろんだよ!」
 こくこくと頷くアルフの後ろで、固唾を飲んで見守っていたフェイトがホッとした表情を見せた。この二人を見ていると、時々どちらが主か分からなくなる。今日も、妹達の到着を確認するという名目で、アルフだけが温泉を堪能していた。
(いや……。アイツらもこんな調子だったか?)
 痛みと共に、優しい記憶を思い出す。あの光景を取り戻す事は、二度とできないが。
「まぁいい。そろそろ食事が運ばれてくる頃だ。食事を済ませ、軽く仮眠を取ったら周辺の捜索に行くぞ。……妹に嗅ぎつけられる前にな」
 そんな事を言っていると、ちょうど扉の向こうから夕食を知らせる声がした。心眼で確認する限り、恭也達の罠と言う事もないようだ。それだけ確認してから、急いで魔力を練る。顔見知りの仲居が来ないという保証はない。用心して損はないだろう。
「いや~、美味しい料理に温泉! たまんないねえ」
 泣いたカラスが何とやら――とは少し違うが。上機嫌にアルフが笑う。まったく、現金な奴だった。というか、せめて裾を気にしろ。浴衣姿で乱暴に胡坐などかくから、下着が丸見えだ。ついでに帯をちゃんと締めて、襟元も気にしろ。風呂上りで、上はつけてすらいないのならなおさらだ。
(別に女だからとは言わんが……。もう少し気にしないか?)
 やはり酒など飲ませるべきではなかった。この一行の保護者は彼女で――つまり、成人扱いされる。その結果、仲居の言葉巧みな売り込みで熱燗を一本注文する事になったのだが、失敗だったと言わざるを得ない。まったく、仮にも男がいると言う事を忘れないで欲しいものだ。
「そうだね。捜索が終わったら、私もお風呂に行ってこようかな」
 そう言ってフェイトも笑う――が、見たところあまり食事は進んでいない。少なくとも、いつもより箸の進みは遅かった。
「やはり刺身は食べ慣れないか?」
 かく言う自分も、初めて見た時は戸惑ったものだ。とはいえ、この身体にとってはそうではなかったし――何より、いわゆる御馳走の部類に入っていたらしい。食べる事への抵抗など、全くなかったが。
「え? ううん、そんな事はないよ」
 否定するが、やはり箸の進みは遅い。さて。一体どうしたものか。
「美味しいけど……私は、光のご飯の方が好きかな」
「それは光栄だが……」
 返事に困り、曖昧に苦笑する。それなりの腕だという自負はあるが、さすがに本業には勝てまい。例えば、桃子のような。
「まぁ、何だ……。帰ったら、お前の好きなものを作るよ」
「うん。楽しみにしてるよ」
 花がほころぶようにフェイトが笑う。何故彼女がこんなにも嬉しそうなのか、それは分からない。だが――やはり、右腕が酷く疼いた。




 温泉郷で迎える二日目の昼下がり。昨夜は空ぶりだった以上、今日中に決着をつけなければならない。……まぁ、山中で野宿をしたくないのなら、だが。
「心配しなくても多分、今日中には臨界を迎えるから……」
「そうそう。嫌でも見つかるよ」
「それはそれで素直に喜べないんだが……」
 二人の言葉に、思わず頭を抱える。臨界を迎えるという事は、ジュエルシードの暴走が始まるという事だ。市街地ではない以上、被害も限定的だろうが――かといって、むざむざと見逃す訳にはいかない。それに――
「暴走が始まれば、ウチの妹も気付くって事を忘れないで欲しいな」
 仮にフェイトとなのはの間で戦闘が生じた場合、どちらの味方になるのか。正直なところ、それをまだ決めかねていた。もちろん、フェイトにしろなのはにしろ、非殺設定とやらを使用するはず。それなら、命のやり取りにはならないのだろうが。
 だからと言って、わざわざ彼女達を戦わせる必要もない。避けられるなら、避けるべきだ。非殺設定とやらも完全に安全だという訳ではないようだから。
「まぁいい。まずは昼食を済ませよう」
 これもまた通例通りだが、月村家――つまり、忍、すずか、ノエル、ファリンの四名とその他にアリサも同行している。すずかとアリサがいる以上、なのはも日中は彼女達と行動するはずだ。……少なくとも、はっきりとした暴走と言う形にならない限りは。
(つまり、勝負は今夜、か……)
 それも正確ではない。なのはとフェイトの激突を回避したいのであれば、日中に決着をつける事こそが望ましい。
(それができれば、苦労はしていないんだが……)
 呻いていても仕方がないのは分かっている――が、朝から色々と問題があって今まで捜索できていない。もっとも、その問題と言うのは別に第三勢力の台頭や、恭也達の山狩が始まったというようなことではなく、単純にアルフの二日酔いだ。つい先ほどまで憐れもない姿で唸っていた。やれやれ。浴衣のまま寝かせるべきではなかったかもしれない。
(まぁ、どこぞの官能画家が見れば喜んで題材にしたかも知れないな)
 上下ともに程良く肌蹴た浴衣と頭痛に耐え身もだえ、喘ぎ声をあげる辺りだけ切り取って見れば、まぁそれなりに色気があった……ような気がしないでもない。そんな羽目に陥っている原因を知っている――ついでに言えば、その他の始末をした身としてはため息しか出ないが。 
 と、それはともかく。すでに時間は正午を大きく回っている。もっとも、俺達とてただ時間を浪費した訳ではない。前日に得た情報を精査する事で程度の範囲は絞る事に成功していた――が、その結果として別の問題が浮上した。
 いや、浮上と言うより明確化したというべきだろうか。
「まいったねぇ、これは……」
「うん。この様子なら多分……」
 地図を見ながら、アルフとフェイトが呻く。呻きたいのは俺も同じだが。
「ああ。おそらくだが……この分だと旅館の周辺にあるらしいな」
 残された範囲。それは、旅館の敷地内しかなかった。とはいえ、旅館の建物のどこかと
いう事はないだろう。それなら、さすがに気付く。
「アタシが言うのも何だけど、もう少しゆっくり色々と見て回れば良かったねぇ……」
「全くだな」
 ここ最近、やる事が全て裏目に出ている気がする。痛み出した頭を抱えて呻く。
 考えられる可能性は、周囲の整備された遊歩道のどこかだ。下手に探し回ろうものなら、誰に見られるか分かったものではない――が、のんびりと散策するくらいなら別に不自然でもなかっただろう。確かに想定外の出来事はあったとはいえ……それでも、時間のあるうちに済ませておくべきだった。いくら呻いても、時間は戻らないが。
「仕方がない。いったん戻ろう」
「そうだね。それに、そろそろお昼の時間だし」
 何気なくフェイトがそんな事を言った。彼女がちゃんと食事の習慣を身につけてくれたのは幸いだ。アルフと二人、ホッとしたような気分で笑いあった。
(女ってのは大したもんだ……)
 部屋に戻り、昼食を済ませてから。変装したフェイトとアルフを見やり、思わず呟く。いや、変装と言うのは正しくないのかもしれない。
「どうかな? これならあの子に見られても大丈夫?」
「ああ。見違えたよ」
 浴衣に着替え、髪の結い方を替える。さらに、売店で買ってきた安物の伊達メガネをかける。それだけで、二人とも随分と印象が変わった。俺が浴衣に着替え、髪型を変えて眼鏡をかけた程度ではここまでの変化は望めまい。アルフに関しては、その上でさらに、同じく売店で買ってきた化粧をうっすらと施していている。化粧そのものにあまり慣れてい
ないようだが……それでも、浴衣姿で平然とあぐらがかける彼女が、お淑やかな大人の女性に見えた。全く、見事に化けたものだ。
 これなら、多分なのはにも気付かれない――と、思うのだが。
(同じ女から見れば、ひょっとして分かるものなのか?)
 仲良く散策――を装った捜索に向かう二人を見送りながら、そこはかとない不安にから
れなくもなかった。……まぁ、かくいう俺自身も、変装を見破るコツには覚えがある。あれくらいなら、見抜けない事はないだろう。
(まぁ、恭也や士郎とは面識がないから大丈夫か)
 それに、積極的になのは達に会いに行く訳ではないのだから問題あるまい。とりあえず、自分を納得させておく。
「夜遊の衣よ」
 俺もいつまでも呆けている場合ではない。練り上げた魔力が七色に輝く衣となって、身体にまとわりつく。鏡で確認すれば、自分の姿は消えていた。
「これでいい」
 不死の怪物からゴーストへと転身を遂げた我が身を見やり、にやりとする。これでよほどの事がない限り、誰かに発見される事はない。もっとも、魔力を知覚できるなのは、心眼を教えた恭也と士朗など、見つかりたくない連中に限って見つかる可能性があるが。
「きゃ?!」
「どうしたの、アリサちゃん?」
「え? 今何か通らなかった?」
「あれ? 今一瞬魔力を感じたような……」
「なのはちゃん?」
「え? ううん、何でもないよ!」
(余計な事を教えるんじゃなかったか……)
 廊下の曲がり角でついうっかりアリサとぶつかりそうになり――近くの売店で何やら物色中の妹に気付かれる前に慌てて走り去りながら、そんな事を思った。




『おい、起きろ……。起きろっつってんだろこのチビ!』
 旅館で過ごす最後の夜。こつこつと、何かが乱暴に頭にぶつかってくる。ぼんやりと目を開くと、何やらごとごととリュックサックが飛び跳ねていた。いや、違う。
「リブロム君、どうしたの?」
 寝ぼけた目をこすりながら、鞄を開け――それから、慌てて周りを見回す。幸い、すずかもアリサも寝ているようだった。それを確認してから、改めてリブロムを取り出す。
『どうしたもこうしたもねえよ。さっさと『流れ星』探しに行くぞ』
 リブロムがいつになく可愛らしい事を言う――訳ではない。実際、私達はその『流れ星』を探しに来たのだ。
 事の発端は、数日前。お母さんが、常連のお客さんから噂話を聞きつけた事に始まる。
『海鳴温泉の近くに、流れ星が落ちたらしい』
 もちろん、実際のところはそれくらい間近に見えたというのが正しいのだが――詳しく話を聞いてみると、どうやらそれは、この世界にジュエルシードがばら撒かれた日と一致するようだった。
 海鳴温泉は、毎年この時期には家族で出かける場所だったが――今年は、光もいないし、ジュエルシードの事もあるので、見合わせようかという話になっていた。だが、その噂話は無視できない。お父さんや、恭也、リブロムやユーノと話し合った結果、私達はい
つも通り、この旅館へと行く事に決めた。その時、いつもは一緒に行くすずかやアリサをどうしようかという事でも少しもめたのだが――
『街中のどこにいたって危険性は変わらねえよ。それなら、オレ達の傍にいた方がいくらか安全だろ。相棒だってあの金髪小娘どもまで巻き込む気はねえだろうしな』
 というリブロムの言葉で、今まで通り一緒に行く事に決まった。
 みんなを守らなければならない。恭也やリブロム、ユーノはそんなに気負わなくていいと言ってくれたけれど、それでもやはり緊張するのは仕方がない。もっとも――
「でも、恭也お兄ちゃんもお父さんもユーノ君も見つけられなかったって……」
 もちろん、私も。みんなで交代しながら、二日間探し続けても空ぶりだった。
『暴走が始まるまでは、安定していて見つけにくいってのは知ってんだろうが。それに、
相棒がいる。つーことは、あの金髪の嬢ちゃん達もいるって事だ。アイツらがいるなら、単なる噂話じゃねえよ』
 それはそうだろうけど――って、ちょっと待って。
「光お兄ちゃんいたの?!」
 それは一体いつの話なのか。光がいなくなってから、リブロムはずっと肌身離さず持ち歩いているし――今日だって、お風呂に入る以外はずっと一緒だったはずなのに。
『アリサが幽霊を見たって騒いでただろ。あれが相棒だ』
「そうなの!?」
『魔法使いが姿を消せるくらいでいちいち驚くんじゃねえよ』
「そうじゃなくて、何で早く言ってくれなかったの?!」
『ほう? あの二人の前で口をきいて良かったのか?』
 ククク、とリブロムが意地悪く笑う。ああもう、本当にどうしてこの本はこんなに意地が悪いのか。
『心配すんな。お前達がいる事を知ってなお、相棒がこの辺をうろうろしている以上、ジュエルシードは、この建物の周辺……おそらくは、遊歩道のどこかにあるはずだ。となりゃ、真昼間から下手に探し回ろうもんなら誰に見られるか分かったもんじゃねえ。かと言って、大規模な魔法で誤魔化そうものなら、オマエらに嗅ぎつけられる。なら、後に残る選択肢はただ一つ。他の客が寝静まってからこっそり探すしかねえだろ』
 つまり、ちょうど今くらいからという事だろう。それなら――
「今すぐ探しに行けば、光さんやあの子たちとも出会える?」
 目を覚ましたらしいユーノが言った。
『そういうことだ。運が良けりゃあの宝石も手に入るかもな』
 にやりとして、リブロムが答える。
『まぁ、オマエらに相棒が出し抜けるなら、だけどな』

 
 

 
後書き
温泉回だというのに、まさかの入浴シーンなしという……。
おそらく某フェレット氏の女湯潜入事件が、居合わせた某剣士により未遂に終わったためと考えられます(言い訳)。
その代わり、アルフがさりげなく体を張って頑張っています。……多分。

2015年10月17日:誤字脱字修正
 
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