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その魂に祝福を

作者:玄月
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魔石の時代
第二章
  魔法使い達の狂騒劇1

 
前書き
新章突入。エンカウント編。あるいは、すれ違い編。 

 


 全く、どいつもこいつも業が深い。
 兄嫁の実家の御家騒動に巻き込まれ、思わず毒づく。
 この騒動、一体誰の業が原因なのか。例え死んでも魔物とは縁が切れないどこぞの怪物か。その怪物――得体の知れない魔法使いをわざわざ連れて帰った士郎達か。あるいは、吸血鬼を嫁に貰うそこの長男か。それとも、金欲と権力に溺れ、身内の恋路一つ満足に祝福できないこの馬鹿どもか。
 何であれ、これだけ因果が重なりあえば、吸血鬼同士の抗争に巻き込まれるくらいはもはや必然と言わざるを得まい。
 そう。相手は吸血鬼だ。もっとも、今まで散々殺し合った魔物に比べれば遥かに劣る――が、それは自分ひとりだけだった時の話だ。連中の狙いは小さな可愛いお姫様。その彼女を――将来の義妹を庇ったまま、しかも向こうは複数人で銃器を持っているなれば、さすがにいくらか分が悪い。まぁ、もっとも……。
「ごめんなさい……」
 当然ながら、お家騒動である以上はそのお姫様自身も吸血鬼な訳だが。
 気にするな。傷を負った身体を誤魔化しながら、泣きじゃくる彼女を宥める。ふつふつと怒りがわき上がってきた。全く、どいつもこいつも業が深い。何もこんな少女を巻き込む事はないだろうに。
 金欲は人を狂わせる――恩師の友人の言葉だった。全くその通りだ。そして……。
 物陰に身を潜め、呻く。欲望に溺れ、魔性に堕ちたもの。それを魔物と呼ぶのだと。
「でも! こんなに怪我をして……」
 自分の怪我など取るに足らない。例え肉片になっても、死ぬ事はないだろう。何にしろ、自分は不老不死の怪物なのだから。彼女達より、よほど人間離れしている。
 傷は魔法で癒した――そんな適当な嘘で誤魔化し、立ち上がる。いい加減、追い回されるのにも飽き飽きしていた。ここから先は、狩りの時間だ。
 魔法使いの本業が、魔物の殺害だと言う事を思い知らせてやる。
「ありがとうございました」
 ……結局、誰も殺しはしなかったが。
 だからだろう。全てが終わった後、彼女はそう言って微笑んだ。彼女に恐れられていないのなら、幸いだった。彼女は妹の親友の一人なのだから。
 ともあれ、この一件を契機に、自分は三つ目の異境を構築する事となる。
 月村邸の異境。それは、毒属性を基本とする。いや、ゴリアテ迷宮に近いと言った方が適切だろうか。もちろん、さすがに見た目まで再現した訳ではないが。つまりは、そこに住まう吸血鬼の姫君達に仇をなす侵入者――その欲望を抱くものの立ち入りを拒む。具体的には侵入者を徐々に蝕み、全ての力を奪い去っていくという代物だった。異変に気付き、退けばよし。それでも先を進もうとするなら――最後は心臓の鼓動を奪い取る。そういった異境である。
「何でお前はそういう物騒な魔法ばかり使うんだ?」
 将来の義姉と義妹のためにと、せっかく作ったというのにこの言いよう。まったく、このチャンバラ馬鹿には困ったものだ。
「というか、冷静に考えてみろよ。自分の家の庭先で人が死んでいたらかなり嫌だろ?」
 当たり前だろうが。何を当たり前の事を言い出すのか――そう告げると、何やら恭也は深刻に頭を抱え始めた。
「そう思うなら、もう少しこう……何とかならないか?」
 心配しなくても心臓が止まるのは一番最後だ。最初は、魔力の減衰。続いて悪寒。そして、虚脱感。次に身体に痺れが生じ、五感が狂い始め、その次に身体が徐々に動かなくなり――いずれは完全に動かなくなる。その頃にはまず間違いなく魔法も使えなっているはずだ。そして、最後に心臓が停止する。普通の人間なら、身体が動きにくくなった時点で諦めて引き返すだろう。それに、引き返せば後遺症もなく全てが元通りになる。……もちろん、死んでしまえばその限りではないが。
「ここは、この街で一番危険な場所ってことか……」
 一番安全な場所でもある。この屋敷に関係する者たちには作用しないから、姉妹喧嘩やら痴話喧嘩くらいなら心おきなくできるはずだ――告げると、恭也はさらに深々としたため息をついた。
「……お前とは、一度安全っていう言葉の定義について話し合う必要があるらしいな」
 そんな馬鹿げた会話をした日から――その異境が、最後まで起動した事はない。それは喜ばしい事だろう。




「おっはよ~! 今日のメシは何だい?」
「おはようございます。あの、何か手伝える事はありますか?」
 異界の魔法使い達――アルフとフェイトとの生活が始まって早六日。どうやら、着実に餌付けには成功しているらしい。喜ぶべきかどうなのかは、よく分からないが。
(根が素直だというのは、まぁ、喜ばしい事だろうな)
 魔法使いらしからぬが、年相応ではある。取りあえず、それで自分を納得させていた。
「今日はハムエッグとサラダ。あとはコーンスープだ」
 もちろん、トーストもつくが。ここ数日の観察結果から、今朝はいわゆる洋食で纏めてみた。二人とも、こちらの方が食べ慣れているようだ。ちなみに、仮にも主食を用意すると言う意味では、正しくは洋食風と言うべきなのかもしれない……が、正直なところ、良く分からない。桃子ならその辺りの細かな違いについても詳しく知っているのだろうが。
「もう一通りできているから、テーブルまで運んでくれるか?」
 最後にスープを注ぎながら、フェイトに告げる。
「お前はこれでテーブルを拭いておいてくれ」
 ついで、アルフに向かってよく絞った台拭きを放り投げた。本来なら逆の方がいいのだろうが……アルフに任せるとつまみ食いしかねない。いや、別に店で出す訳ではないので、つまみ食いを嫌悪する理由もないが……彼女の場合平気で焼き鮭の半分を喰い齧ったりする。あれにはさすがに驚いた。つまみ食いならばれないように――せめて隠そうとするような努力を見せてもらいたいものだ。
(いや、下手に小賢しくなられる方が問題か……)
 鼻歌を歌いながらテーブルを拭くアルフに、こっそりとため息をつく。悪気がない訳ではないのだ。悪いと理解していて……それでも、じゃれてくる。信用の形として。それなら、この程度の悪さは可愛いものだ。
(なのはは、あまり我儘を言わなかったからな)
 リブロムには散々甘やかせすぎだと言われたが――そもそも、手を焼くような我儘など言われたためしがない。思い出し、再びため息をつく。自分が未練を断ち切るには、まだしばらく時間がかかるようだった。
(いや、断ち切れないのかもな……)
 右腕が疼く。突如として蘇った殺戮衝動は、日増しにその存在感を強めていく。まるで恩師と――リブロムの時と同じだった。もっとも、いくら未練があろうとも、これが目覚めてしまった以上、なおさらあの家には戻れない。そんな事は分かっていた。
 帰る場所を切り捨てたら、その郷愁に苦しめられる。なるほど、かつての恩師と似ているかもしれない。
「どうしたの、光?」
 気づかうように、フェイトが覗きこんでいた。気付けば、手が止まっていた。何でもないよ、笑って見せる。似ていたとしても、恩師とは違う。まだ誰も失われていない。例え帰れなくとも。それに、決して孤独ではない。例え仮初でも。そこには、少しだけ救いがあるように思えた。
「さて。今日はどこを探したものかな」
 朝食を済ませ、片付けを終えてから、再びテーブルに集まる。俺達の目的は、あくまでもジュエルシードの回収だ。……少なくとも、当面は。
「そうだねぇ……。正直、街中は一通り見終わった気がするし」
「そうだな」
 暴走した場合、被害が大きくなる街中から捜索を進める。その方針に、フェイト側も特に異議を申し立てはしなかった。取引があったから、という事もあるだろうが、それ以前に事を荒立てたくないのは彼女達も同じだという事だろう。それに関して、自分達の意見が対立する事はない。
「ってことは、今度は街の外に行くしかないんじゃないかい?」
「その通りだが、郊外という括りでは範囲が広すぎる。ある程度の範囲ごとに区切って、一つずつ潰していかなければ収拾がつかないだろう」
 彼女達と行動を共にするようになってから、街の異境は使用していない。理由はいくつかあるが、最大の理由としてここはすでに異境の外だった。今も少しずつ拡大しているが――残念ながら、今の自分にはそれほど広大な異境を構築し管理する事などできない。
 もっとも、それ以前の前提として異境の存在が魔導師達に知られるのは避けたいという事もあるが。
「えっとね……。それなら……」
 デバイスから地図を投射しながら、フェイトがとある一点を指差した。
「この場所から、ジュエルシードの反応があるみたい。ここのを封印したら、そのあとでその周りを探そう」
 投射された地図は、あくまで簡易的なものだ。縮尺は正確だが、いくつかの建物名……目印となりそうな施設や企業の他は省略されており、大雑把な街の形しか分からない。言うまでも無く、個人的な家の位置など望むべくもなかった。だが、
「確認するが、本当にここで間違いないんだな?」
「え? うん。間違いないよ」
 だとするなら、俺は相当に不抜けている。全く、つくづく救い難い。
 フェイトが指差している場所は広大な私有地だ。この街で、これほど広大な私有地というのはそういくつもない。その持ち主のどちらとも面識があるが――こちらの方が圧倒的に馴染みがある。つまり――
(本当に、何で気付かなかったんだ?)
 そこは月村邸で間違いなかった。




 光がいなくなって、もうじき半月にもなる。こんなにも長い間離れ離れになった事は今までなかった。
「そっか。光君、まだ帰ってきてないんだ……」
「放浪癖があるって言うのは前から知ってたけど……。二週間も帰ってこないっていうのは珍しいわね」
 気分転換に行こう。恭也と美由紀に連れ出されたのは、月村邸――すずかの家。すずかの他にもアリサがいた。大切な親友二人とのひと時は、塞ぎこみがちだった気分をいくらか軽くしてくれる。
「まぁ、どんな用事か知らないけど、アイツの事だから、すぐに終わらせて帰ってくるでしょ。なのはも待ってる訳だし」
「うん……。そうだね」
 光がいなくなって二週間。それはつまり、私達がジュエルシードを探している期間でもあった。その間で、私が回収できたのはたった三つ。リブロムは、光を探す事に集中すればいいと言ったが……大切な人達が住むこの街が危険だと言うのに無視はできない。それに、
(ジュエルシードを探せば、きっと光お兄ちゃんにも会えるはず……)
 その時こそ、きっと力になって見せる。そう自分に言い聞かせる事くらいしか、今できる事はなかった。
「それにしても、あんなに走り回れるなんて、この子もすっかり元気になったわね」
 うりうりと、ユーノの鼻先で軽く指先を動かしながら、アリサが言った。当然ながら、彼女達にはユーノが魔法使い――魔導師である事は話していない。と、それはさておき。
「あ、あははは……。うん、そうだね」
 あれは元気になったとは少し違う気がするけれど。そんな事を思う。
 すずかの家は、猫屋敷だった。そこにユーノを連れ込んだのは失敗だったのかもしれない。入って早々に、ユーノは部屋にいた猫達にさんざん追い回される羽目になった。ネズミと間違えられたのだろうか。……リブロムが言うには、フェレットはネコ科の動物らしいのだけれど。
「ところで、最近ずっとその鞄を持ち歩いてるけど、何が入ってるの?」
 隙を見てまたユーノに飛びかかろうとした子猫を抱き止めながら、すずかが言った。彼女が言うのは、リブロムの入ったリュックサックだろう。
「えっと……」
 光の相棒の、喋る本が入っています――なんて事は、口が裂けても言えない。本当なら、大切な親友に隠し事などしたくないけれど……自分が魔法使いになった事と同じで言えない事もある。
「光お兄ちゃんから預かってるの。中身は、開けちゃダメって言われてるから分らないけど……」
 嘘ではない。少なくとも半分……に、少し欠けるくらいは。それで何とか自分自身を納得させる。
「光から? な~んか怪しいわね……」
「だ、ダメだよ? 開けないって約束してるんだから!」
 目を輝かせるアリサに、慌ててリュックを抱きしめる。
『いいじゃねえか。話し相手くらいにはなるぜ?』
 小声で、リブロムが笑う。初めて聞くくらいに、楽しそうな声だった。ああもう、どうしてこの本はこんなに意地悪なのか。そう言う部分は光にそっくりだ。
「あ、アイ君! ダメ――!」
≪ひぃぁあぁぁあぁぁあああッ!?≫
「きゃあ!? ユーノ君!?」
 一瞬の隙をついて、すずかが抱いていた子猫がユーノに飛びついた。そして、再び始まる追いかけっこ。
『アイツも大変だねぇ。いや、自業自得か? ヒャハハハハハッ!』
 相変わらず無責任なリブロムは放っておいて、私達も慌てて子猫の後を追う。
「お待たせ――ってきゃああああっ!?」
 そんなタイミングで、部屋に入ってきたファリンの足の間を縫うように、ユーノと子猫は走りまわり――
「ああ! ファリンさんしっかり!?」
 踏まないように、その場でくるくる回る事になったファリンは、そのまま目を回して倒れそうになるからもう大変。みんなでファリンを支え、子猫を捕まえ、ユーノを抱き上げる。大変だったけど――それでも、何だか笑えてきた。ユーノには悪いけれど。
「ああもう……。笑ってる場合じゃないでしょ?」
 言いながら、アリサも笑っている。子猫を抱きながら、すずかも笑っていた。
 光がいなくなってから――本当に久しぶりにお腹の底から笑った気がする。光が守りたいものはきっとこんな光景なのだ。そう思った。
 だから。
≪なのは!≫
 ジュエルシードの気配を感じた時、私の心臓は大きく跳ね上がった。嫌でも、街を飲み込んだあの大樹が思い出される。ここで、あれを再現する訳にはいかない。でも、どうすれば? どうすれば不自然なくそこに向かう事が出来る?
≪大丈夫。任せて≫
 言うが早いか、ユーノが床に飛び降り、誘うように尻尾を揺らした。途端に、近くでこちらを見ていた猫が彼に跳びかかる。
「きゃああ! また!?」
「ああもう! アンタ達、あれは玩具じゃないんだってば!」
 すずかとアリサ――それに、ファリンが慌てて猫達を捕まえようとする。その隙に、ユーノは近くの森……ジュエルシードの気配がする森の中へと走っていった。
「私、ユーノ君を探してくる!」
 リブロムの入った鞄を片手に、私も慌てて後を追う。光が傍にいるかもしれない。でも今は――大切な親友達を守らなければならない。きっと、光もそれを望んでいるから。




「えっと……。ユーノ君、これは……」
 ジュエルシードを追ってこの世界に辿り着き、早半月。一つだけ、確信した事がある。この世界は魔窟に違いない。そうでなければ、あの恐ろしい魔導師を皮切りに、何故こんなにも恐ろしい相手ばかりが姿を見せるのか。
 この屋敷を訪れてから、散々僕の前に立ちはだかったあの猫を見上げ、呻く。そう。見上げて、だ。ほんの数分前まで体格的には大差なかったその猫は、今や見上げるほどの巨体となって僕らの前に立ちはだかっていた。ちなみに、比喩表現ではない。本当に見上げるほどの巨体になっている。おおよそ間違いなく、ジュエルシードのせいだ。
「……多分、この子の大きくなりたいって願いが叶ったんじゃないかな?」
 ぽかんとした顔で呟くなのはに、自分でもよく分からないまま答える。今さらながらに思う。あの宝石、実はどこか壊れているんじゃないだろうか。
「あの、この子が大きくなりたいっていうのは、多分こう言う意味じゃないと思うの」
 それには力の限り同意したい――が、猫を見る限りどうやら随分とご機嫌のようだ。案外、これでいいのかもしれない。あくまで結果論のような気がしてならないが。
「ま、まぁ、こんなに大きいとさすがにすずかちゃんも困っちゃうだろうし、ささっと封印を……」
 気を取り直して、なのはがレイジングハートを取りだす。確かに、ささっと封印してもらいたい。……僕らの姿を認めた途端、また猫の瞳が爛々と輝き始めた事だし。
 そんな呑気な事を考えていられたのは、そこまでだった。
「にゃあああああっ!?」
 閃光が爆ぜ、猫の悲鳴が響く。明らかに魔力による攻撃。
「何? 何なの?! ひょっとして、光お兄ちゃん!?」
 しかも、撃ったのはなのはではない。もちろん、光でもない。それは、明らかに僕らの魔法だった。となると、一体誰が?
「あそこだ!」
 慌てて視線を巡らせると、近くの木の上にその魔導師はいた。黒いマントを羽織った、金髪の少女。手には、黒いデバイスが握られている。間違いなく、僕らと同じ魔導師だ。
「ジュエルシード、頂いていきます」
 彼女は、静かに僕らに向かって告げた。
「君は何者なんだ!? 何でジュエルシードを狙う?!」
 僕が叫ぶと、少女はほんの一瞬だけ奇妙な表情――例えるなら、ああ、やっぱりとでも言いたげな――を浮かべた……ような気がした。だが、次の瞬間には実際は落ち着き払った声でこう告げた。
「答える必要はありません」
 盗掘者。いや、この場合は火事場泥棒か。そう言った相手と遭遇したのは、別にこれが初めてという訳ではない。だが、彼女は危険だ。なのはに匹敵するほどの魔力を感じる。
(僕じゃ勝てないかも……)
 だが、ジュエルシードほどの力を秘めたロストロギアを、盗掘者に渡す訳にはいかない。覚悟を決め、なけなしの魔力を全力でかき集める。
「そうはいかない!」
 弱気になった自分を叱咤するように叫ぶ。と、
「ほう。随分と威勢がいいな」
 途端に聞き覚えのある――というか、何となくしばらく忘れられそうにない……ついでに言えば、できればもう聞きたくなかった声がした。
「その娘を巻き込むなと言ったはずだが……。どうやら命がいらないようだな」
 高町――いや、御神光というべきか。この世界の魔導師は、その少女の傍に静かに立っていた。
「ひ、み、ひ、ひ、つ……」
 呼吸が引き攣って、自分でもよく分からない呪文のようなものを唱えだす。どっと冷や汗が吹き出した。まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。何がどうまずいか分らないくらいにまずい。絶対何か良くない事が起こっている。
「光お兄ちゃん!」
 叫び、駈け寄ろうとするなのはだったが――
「俺が動きを止める。お前は、早く封印しろ」
 それより早く、光が告げた。それは、なのはに向けての言葉ではない。
「なるべくお手柔らかにな」
 もう一人の魔導師――金髪の少女に向けての言葉だった。それと同時、光は右手を掲げる。その先に、奇妙な砂時計の幻影が浮かんだ。金色の砂が入ったその砂時計の幻影は、何故か下から上に向かって砂が流れ始めた。
「待って!」
 なのはの制止より先に、猫が不自然に動きを止める。まるで、時間が止まってまったかのように。その隙に、金髪の少女はあっさりとジュエルシードを封印してしまった。
「光さん、何で!?」
「悪く思うな。俺はこの子に協力する事に決めたんだ」
 最悪の回答だった。一体何故。彼には、僕が正規の――少なくとも許可をもった回収要員だと言う事は説明してあるはずなのに。
(僕なんかじゃ勝てないかもしれないけど……!)
 いずれにせよ、彼を止めなくてはならなくなった。なけなしの――どころか、死に物狂いで身体中から魔力をかき集める。それでも、自分が彼に勝てる姿など想像もできなかったが――
(クソ、震えている場合じゃないのに!)
 性質の悪い熱病にでも罹ったかのような、悪寒が身体を包み込む。だが、それでもやらなければ――酷くなる寒気を何とかねじ伏せる。途端、意に反して身体から力が抜けていく。さらには、視界までが歪み始めた。
「あ、れ……?」
 世界が捻じれる。立っていられなくなって、地面に崩れ落ちた。地面ってどこにあるのだろう。グネグネと音を立てて捻じれ、身体は空に浮かび上がる。風に締めあげられた身体は動かなくなり――なけなしの魔力はどこかへ行ってしまった。
「やめておけ」
 極彩色で描かれた抽象画みたいな世界の中で、光の声だけが妙にはっきりと聞こえた。
「この屋敷は、兄嫁の実家でね。彼女の身内に危害を加えるような、礼儀のなっていない客は、丁重にもてなすように細工がしてある」
 どうやら、その身内に俺も含まれているらしい。光は苦笑したようだった。
「やめて、光お兄ちゃん!」
 なのはは無事なのだろう。その声は大きく歪んでいて、別人のようにも聞こえるが。
「心配しなくても、ここでの戦闘を諦めれば効果は消える。あくまで続行する気なら……そろそろ心臓が止まる頃だろうが。一応言っておくが、さすがに死人は蘇らないぞ」
 確かに、脈拍が弱まりつつあるように思えた。耳元でドクドク言っているのが、本当に僕の心臓なら、だが。
「お前達もだ」
 どうやら、あの金髪の少女――達と言うからにはまだ他にもいるのだろうが――にもこの影響は出ているらしい。
(ああ、そっか。なのはも身内だ……)
 一方的に戦えない訳ではない。向こうも迂闊には手出しできない。それに気付くと同時、身体から力が抜けた。光の言葉通り、徐々に症状が治まっていくのを感じる。
「それに、妹には手を出さないと約束しただろ?」
「いや、そりゃそうだけどさ……」
「でも、あの子もいくつか持っているみたい……」
「それは後で考えよう。そろそろ恭也達が嗅ぎつけて飛び出してくるだろうし、それまでに御暇しないと面倒な事になる」
 言うが早いか、光はさっさと屋敷の外に向かって飛び立った。どうやら空も飛べるらしい。今さら驚く訳もないが。
「待って! 待ってよ、光お兄ちゃん!」
 ようやく五感が正常に戻った。ふらふらと立ち上がった僕の耳に、金髪の少女の囁きが聞こえた。
「ごめんね……」
 なのはを見て、確かにそう言い残した彼女は――いつの間にか姿を現していた狼と共に、光の跡を追って空へと舞い上がっていった。



 
「恭也ッ!」
 血相を変えた忍が駈け寄ってきたのは、なのは達の談笑が始まってから――ついでに言えば、美由紀と共に目を回して倒れたファリンの面倒を見始めてすぐの事だった。
「ごめんなさい! あの宝石が――」
 今日月村邸に来た理由は――まぁ、忍に会いに来たと言うのも本当だし、なのはの気分転換になればと思ったのも本当だが――光達が探している宝石を見つけたとの連絡が入ったからだった。私室の宝石箱に入れてあったらしいのだが、どうやら少し目を離したすきに月村邸在住の猫がその宝石箱を蹴飛ばして持ちだしたらしい。猫と言うのはどうしてこう、ときおり思ってもみない事をするのか。まぁ、愚痴っていても仕方がないことではあるが。しかし、
(悠長に構えている場合じゃないか)
 あの魔石は怪物を生み出す。つまり、この屋敷のすぐ近くでそれが発生する可能性があると言う事だ。幸いなのはとユーノがいるため、発見すれば封印はすぐにできるだろう。それに美由紀もいる。忍とすずか、ノエルなら自分で逃げるくらいはできるだろうが……正直ファリンは少し不安だ。それに、ここにはアリサまでいる。俺一人でどこまで守れるかと言われれば、かなり怪しい。ならば、打って出るだけだ。
「急いで探そう。まだ、この屋敷の敷地内にあるはずだ」
 俺がそう言い聞かす頃には、すでになのは達が動き出していた。それはいい。だが、
「そんな!」
 程なくして忍が悲鳴を上げた。何かが異境に引っ掛かったらしい。つまり、この屋敷の関係者に害意を持った何者かが侵入したと言う事だ。消えた宝石と併せて考えれば、あまり愉快な想像には繋がりそうにない。
「ノエル、美由紀。皆の守りは任せた。俺は客人の相手をしてくる」
「承知いたしました。ご武運を」
「気をつけてね、恭ちゃん」
 忍とすずか、そしてアリサの護衛はノエルに任せ、慌てて屋敷を飛び出す。だが、
「なのは! ユーノ!」
 幸いにと言うべきかは分からないが――原因はユーノだった。何でも、光に喧嘩を売ったらしい。この屋敷の関係者という括りなら、将来的には義理の弟になる訳だし、当たり前といえば当たり前の事だが……それはともかく。
 光がいた。おそらくあの宝石――ジュエルシードとやらを嗅ぎつけてきたのだろう。それはいい。その為に忍に探してもらったのだから。だが、二人の話を聞く限り、何やらさらに妙な事になっているらしい。
「念のため確認するが、その金髪の子は本当にお前の仲間じゃないんだな?」
「は、はい……。面識はありません」
 うなだれるユーノに、ため息をつく。別に彼が悪い訳ではないが。 
 もう二人、魔導師がこの街にいる。しかも、光はその二人と行動を共にしている。だからユーノが喧嘩など売る羽目になったのだが――それは辻褄が合わなかった。今までの言動を顧みるに、光はユーノのような異世界の魔法使い、彼の言葉に合わせるなら魔導師こそを警戒しているはずなのだが。突然の心変りは一体何を意味するのか。
(いや、待てよ……?)
 光は魔導師と言う存在を知っていた。つまり、どこかで面識があったと考えるべきだろう。リブロムもそれらしい事を言っていた。そして、あいつは誰かを探しているらしい。
「あいつがやらなければならない事っていうのは、その子が関係しているのか?」
 光には何か目的があるらしい。その目的と言うのがどんな事かは知らないが……。
『いや、違う。そもそも、オレはあの金髪娘を知らねえ。つまり、アイツらとは家を出た後に出会ったって事だ』
 俺の呟きに反応したのは、リブロムだった。光の相棒。おそらく、俺達が知らない光の秘密を全て知っている存在。彼を解読すれば、光の行動を理解できるのかもしれないが。
「じゃあ、何でなの?」
『そりゃ、単独で突撃して無様にも返り討ちにあった挙句、可愛い可愛い妹を巻き込んだどこぞのネズミ野郎より、自力で解決できそうなあの金髪娘どもの方がいくらかマシだと踏んだんじゃねえか?』
「あうううううう……」
 ああ、なるほど。ついつい納得すると、ユーノが頭を抱えて呻きだす。
「でも、ジュエルシードはユーノ君が見つけたものなの!」
『相棒の目的は、あくまでもこの世界からあの宝石を――ひいては、魔導師を排除する事だ。誰が持ち主かなんてのはたいした問題じゃねえ。誰が正当な持ち主かなんてのは、そいつらの事情にすぎねえしな。正当な持ち主が誰かって話をしだすなら……そうだな。穿った見方をするなら、そのネズミもどきどもも、あの宝石を生み出した連中の墓から当事者の許可なく勝手に持ち出したと言える。ソイツが掘り返さなけりゃ、こんな事にゃならなかったかもしれないしな』
「でも!」
 なのはは納得しなかったようだが――リブロムの言い分が正しいだろう。所有権云々はともかくとして……少なくとも、光の目的は魔導師の排除と考えて間違いない。間違いなかったはずだ。それが、その魔導師の少女との接触によって変化した。一体何故?
(案外、リブロムの言う通りなのかもな……)
 目的を達成するために、魔法使いは手段を選ばない。それは光自身が言っていた事だ。ユーノと組むより、その子達と組んだ方が都合がいい。そう判断したとして、確かに不思議ではない――が、何かが納得いかない。俺が知っている御神光は――弟は、そこまで打算的な人間ではない。
(となると、ユーノに渡す訳にはいかなくなったってことか?)
 彼が何か嘘をついている。その可能性も、考慮に入れた方がいいのかもしれない。嘘と言うほど積極的なものではなくとも、彼が気付いていない何かがあるという可能性もだ。
 もっとも、仮にそうだとして魔法使いではない俺にその判断ができるとも思えないが。
「その子の人相は分かるか?」
 ため息をついて、問いかける。その少女についても情報を集めた方がよさそうだった。相手が異世界の魔法使いでは、さすがに分が悪いが。
「え? ええ、分かりますが……。なのは、お願い」
「うん。レイジングハート、お願い」
≪Yes,Master≫
 赤い宝玉から映し出されたのは、確かに可愛らしい少女だった。とはいえ、その表情にはどこか陰りがある。その陰りには、見覚えがあった。
「この子……。この目は……」
 思わず声に出していた。この目。訴える事の出来ない寂しさと哀しさが宿ったこの目。この目を知っている。かつて、見て見ぬふりをした事がある。
(昔のなのはに似ている、かな?)
 取り戻せない過去が痛む。光がいなければ、今もこんな顔をしていたのだろうか。
「ひょっとして……。だから、光は……」
 放っておけなかったのだ。光が彼女と行動を共にした理由が分かった気がした。
「分かった。この子は俺が探してみる。なのはは今まで通りに光を探してくれ」
 いくら異世界の魔法使いとはいえ、人間だ。必ずどこかに足跡を残しているはず。必ずどこかに拠点があるはずだった。それを見つけ出せれば、接触できる。おそらく光とも。
 それに人探しなら俺が魔法使いでない事も、それほど問題にはなるまい。リブロムが言うには、ユーノ達は永続的に効果を発揮する異境を構築する術を知らないらしい。必ず俺が手を伸ばせる場所にいる。それなら、探して探せない事はない。
「恭也お兄ちゃん……。うん、ありがとう」
 頷くなのはの頭を、軽く撫でてやる。
 とはいえ、さすがにこればかりは忍に頼む訳にはいかない。俺としても、素性の知れない連中に、彼女達の『体質』に目をつけられたくはなかった。
 それに、つまらない意地ではあるが――この子のもとには自分で辿り着かなければならないだろう。それは、過去に置き去りにしてきた壁だ。今さらそれを乗り越える事はできない。だが、それでも――…。
(罪滅ぼしって訳じゃないけどな……) 
 ただ無駄にするわけにもいくまい。何の因果か……よく似たものがもう一度姿を現したのだから。

 
 

 
後書き
月村邸にお越しの皆様へ。
覚悟の刻印保有者の皆様は興奮すると大変危険です。大人しくしていましょう。
あの禁術の使用も大変危険な環境となっております。心臓に悪い事はやめましょう。
変態騎士や荒ぶる料理長はいませんが、無自覚女誑しの剣士や料理長の弟子とエンカウントする可能性はあります。

2015年10月17日:脱字修正 
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