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愛の証

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第一章

                    愛の証
 画家遠山高山は今も絵を描いていた、だがだった。
 今描いているその絵はどうしても思った通りに描けない、それでだ。
 自宅にあるアトリエに茶を入れて来た妻の美咲にもだ、その茶を受け取りながら難しい顔でこう言うのだった。
「どうもな」
「描けないの?」
「ああ、今の絵はな」
「どうした絵なの?」
「恋人が死んでな」
 そして、とだ。遠山は妻に今彼が描いている絵がどういったものか話した。
「嘆き悲しんでいる絵だが」
「そうした絵なのね」
「考えてみればはじめて描く絵だ」
 彼にとってはというのだ。
「だからな、どうにもな」
「はじめてだとどうしてもね」
「ああ、上手くいかないな」
 実際にそうだと言う彼だった。
「中々な」
「そういうものよね」
「ああ、しかしな」
「それでもよね」
「一旦描いたならな」
 それならとだ、高山は今描いているその絵を見つつ妻に話す。キャンバスのその絵は実際にあまり進んではいない。
「最後まで描けないとな」
「それがあなたの心情よね」
「だからだ」
 それでだというのだ。
「この絵もな」
「最後まで描くのね」
「ああ、しかしな」
 絵の前の椅子に座りつつやはり茶を飲みつつ言うのだった。
「この絵はな」
「進まないのね」
「恋人が死んで嘆き悲しむ美女か」
「よくある感じの題材よね」
「恋愛小説なりファンタジー小説ならな」
 それか、だった。
「そうしたジャンルの漫画ならな」
「それなら本屋さんに行ってね」
「そうした小説なり漫画を買ってか」
「読んでみたら?」
 妻はこう夫に勧めた。
「そういうものも参考になるでしょ」
「いいインスピレーショnになる」
 実際にそうだとだ、高山は妻に答えた。
「そういうものはな」
「そうよね、じゃあ今から」
「そうしようか、ところでだ」
「ところで?」
「真希絵はどうしているんだ」
 ここで自分達の娘の名前も出した彼だった、二人の間に生まれた可愛い娘だ。
「今は」
「どうしてるってさっき連絡してたわよ」
「貴明君と貴博にか」
「ええ、携帯でね」
「自分の家族にか」
「今のあの娘の家族は三人だから」
「全く、たまに帰ってきても」
 彼は娘のことにも苦い顔で話すのだった、今描いている絵のこととはまた別の苦いものを感じながらである。
「旦那さんと息子ばかりだな」
「今日もたまたま帰ってきたのじゃない」
「わしが呼んだからな」
「そうじゃない、半ば強引に」
「いい菓子を買ったからな」
「それで一緒に食べろって言ってね」
「娘だからたまには付き合え」
 高山は実に身勝手な親である、一歩間違えれば人類普遍の敵である巨人、よりによって戦後日本の深刻な業病の象徴であるこの忌まわしい球団を舞台にした何とかの星とかいう漫画の主人公の父親になりかねない位に。
「全く」
「そんな身勝手だと嫌われるわよ」
「父親とはそういうものだ」
 特に娘を持つ、というのだ。
「何歳になっても娘は娘だ」
「結婚して子供がいても?」
「そうだ、だからな」
 それでだというのだ。 
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