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トワノクウ

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トワノクウ
  第十一夜 羽根の幻痛(三)

 
前書き
 残酷 な 現実 

 
『潤朱様!!』

 竹藪を掻き分けて現れたのは、武装した大勢の巫女と、巫女勢よりは少ないもののやはり数多くの陰陽衆の白装束。

 巫女たちの安否確認に潤は冷静に対処する。

「大丈夫だ。特に問題はなかったから……」
「潤朱」

 巫女たちの中から現れたのは銀朱だった。もう具合はいいらしい。しかし、くうは先ほどの銀朱のイメージを思い出してつい一歩下がった。

「銀朱様! お身体の具合はもうよろしいのですか?」
「神社の敷地で起きる危険を看過するわけにはいきません。これしきの勤めで倒れるほど柔ではありませんよ。――それで潤朱、先ほど現れた天狗の気配はどういうことですか?」

 くうは息を呑んで一歩下がった。銀朱が放つ空気が変わったのだ。

 憎悪。ちがう。敵意。ちがう。――殺意だ。

(この人、梵天さんに対する感情が半端じゃない。サカガミ神社は妖退治の総本山で、天座は妖の一番偉いとこだから、トップ同士で確執があるにしても、これじゃまるで、銀朱さんが個人的に梵天さんを殺したいと思っているみたい)

 こんな銀朱を相手に、今の今まで梵天と談笑(?)していたことを話せば、くうの身すら危ういのではないか。今の銀朱の笑顔にはくうをそう怯えさせるだけのどす黒いものがある。

 だが、くうの心境などお構いなしに、潤はその場に跪いて報告を始めてしまった。

「先刻まで天座がここに出現しておりました。篠ノ女が目的だったようです」
「なぜ彼女を?」
「それについては不明です。ただ、わざわざ彼女を誘い出すような真似をしたことから、天狗も彼女との接触は示し合わせて行ったものではないと思われます」

 焼け石に水ほどの効果しかない推測を添えた報告に、やはり、銀朱は無言で眉根を寄せてくうを見据えた。

 いやだ、こわい、にげたい。

 くうは自身を抱くようにしてあとずさった。されども周りは坂守神社と陰陽寮の双方の退治人が群れをなし、これを抜けるには相当の覚悟がいるだろう。


 ――ニンゲンガ、コワイ――


(あ。陰陽寮がいるってことは、薫ちゃんもこの中にいるってことよね。薫ちゃんだったら駆け寄っても平気かもしれない)

 くうは群れの中から薫を探す。――いた。際立つ濃紫の羽織を見つける。銀朱の味方についている潤はこの場では頼りにならないから、いざ薫に――そうして実行しようとした直前だった。

 ドクン、と背中が大きく脈打った。

 くうは足を踏み出した姿勢で固まる。

「篠ノ女? どうした?」

 潤が他意を窺わせずに手を伸ばしてくる。その手がくうには知らない人間の、〝人間〟という不特定多数のものの象徴の手に見えた。

 二度、背中が大きく脈打つ。くうは上半身をくの字に折る。

 圧倒的な奔流が体内で暴れて、背中の皮を突き破って出てきてしまいそうな錯覚。背骨が軋んでいる。膝を屈してしまいそうだ。痛みは少ないが、痛みがないままに体が裂けてしまいそうな恐怖がある。

 顔を上げれば、無数の目。無数の人。

(見ないで。見ないで。見ないで!)

 群衆の視線という暴力にさらされたプレッシャーがピークに達した瞬間、背中がばきっと砕けた、ような気がした。

 くうは衝撃に思わず膝を突いた。背中が内側から盛り上がっているのが分かる。痛くはない。それが怖い。

「……潤、くん……薫ちゃ、ん……っ」

 助けを求めて呼んだ友の名に反応してか、二人分の足音が、俯いたくうの耳に届いた。ああ、ふたりとも、来てくれるんだ。よかった。うれしい。ありがとう。

 ――だが、間に合わなかった。

 砕けて飛び散った。そんな感じ。それと、バサッという大きなものが開く音。――それらをくうは呆然と五感に受理していた。

 視界に、人間の肉体には本来あるはずのないものが、飛び込んだ。くうは破れた着物を片手で押さえ、余った手でそれを辿る。背中に行きついた。

 白の粋を極めた真白の、翼。

 くうは言葉もなく自らの背中から顕れたそれを撫でる。羽毛の柔らかさと高めの体温を手の平に感じる。ハリボテでも幻覚でもなく、これはまぎれもなくくう自身の体器官だ。

「妖……」

 誰かが呟いた。
 それを合図にしたように、巫女が一斉にくうに武器を向ける。己に向いた薙刀の鈍い輝きや、今すぐにでも放てる矢の緊迫感。数は二十を超えようか。斉射されたら大怪我ではすまない。

 どうして。くうは何もしていない。くう自身、何故この翼が自分にあるのか知らない。これが何か教えてほしいのはくうのほうだ。

 くうはつい助けを求めて級友を顧みる。

「潤く」

 答は、敵意のこもったまなざしと銃口だった。

「――ぇ、なんで……?」

 引き攣った口から間抜けな声が出る。

「どこで人間やめたか知らないが、妖なら神社と姫の敵だ。悪く思うなよ。恨むなら妖の自分を恨め。――銀朱様、御前を汚します」
「よしなに。神域に踏み入った罪、きっちり償わせなさい」

 銀朱は何の動揺もなく、潤にくうを〝処分〟する許可を出した。

(潤君、庇って、くれない?)

 ――さっき感じた不安のかけら。潤の弁護はくうが人間であることに立脚していた。ならば、くうが妖であったなら?
 これが答えだ。

 足元から黒いもやが這い上がってくる。脳が昏いものに侵されていく。目眩がする。倒れたい。全部
悪い夢にしてしまいたい。

「薫ちゃ……っ」

 一歩を踏みきる前に、爪先にトカゲが変化した細長い鞭が叩きつけられた。
 薫には潤のような敵意はない。あるのは嫌悪と、屈辱感。

「同級生とか彼岸人とか、よくも言いたい放題言ってくれたね。最低。妖だって知ってりゃ信じなかったのに」
「……っおる、ちゃ」
「呼ぶな。あたしは藤袴だ。その可愛い声にもかわいそうな顔にも、もう騙されない。ここで死ねよ、化物」

 信じていた。
 ほんの数日前まで間違いなく潤も薫も友達だった。薫はぶっきらぼうだったけれど決してくうを置いて行かなかったし、潤は言葉少なに、いつもくうを待っていてくれた。

 二人にとってはそうではなかった?
 潤や薫にとってのくうは、簡単に殺す決断ができるほど軽い存在だった?

「言っただろう」

 潤はピストルの激鉄を起こす。

「人と妖は敵対するものだって」

 くうに反論の術はなかった。



 Continue… 
 

 
後書き
 友情は案外もろい。異世界トリップなんてした日にはなおさら。
 住む世界が変われば価値観が変わる。価値観が変われば昨日の友も敵になりうる。異世界でも現実でも不文律だと思います。 
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