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トワノクウ

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トワノクウ
  第十一夜 羽根の幻痛(二)

 
前書き
 時鳥 と 母親 

 
「逃げる気か!?」

 潤が銃口を梵天に向けたまま威嚇した。

「天座だなんだと言われながら、そうやって回りくどくこそこそと立ち回りやがって。この走狗が! 姫様に呪いをかけた次は彼女に何をしようっていうんだ!」

 梵天は怒るでもなく呆れたように溜息をついた。

「俺は気の強いのは嫌いじゃないが、傲慢で無価値な人間は嫌いだよ。頭の悪い奴はさらに、ね」

 梵天はあっという間に潤との間合いを詰めた。
 速い。移動が視えなかった。
 潤もそうなのか、くうを庇った左腕がこわばって緊張を伝えた。

「ここで姫巫女の守り刀を折ってやってもいいんだよ?」

 梵天の腕が上がる。
 くうはとっさに、潤に後ろから抱きついて潤を自分ごと後ろに引っ張り倒した。梵天の腕は空振りした。

 味方に奇襲された潤の声にならない非難を右から左へ。目を丸くする梵天をくうはじっと見定める。

(こうしないと梵天さんは止まれなかった)

 梵天に害意はない。事情はひとまず置いて、梵天はくうの同行を望んでいる。くうの知り合いを傷つければくうが付いて来ないことも分かっている。以上から導かれるのは、今の台詞はブラフであるとの解。言い出した手前止まれなかっただけだ。

(そんな勢い任せなとこ、知ってる。お母さんとそっくりだ)

 やっと分かった。この美貌の妖は母親に似ているのだ。だから、警戒心を抱かせなかった。両親を知っている、との発言を疑わなかった。

「離せ、篠ノ女! 天狗をむざむざ放っておけない」
「待ってください、潤君。ちょっとでいいですから、お話しする時間を下さい。梵天さんの言ったこと、どうしても気になるんです」
「――話し合えば理解し合えるとか、まさか言い出さないよな?」

 潤の声の温度がすっと下がった。
 潤に怒りに類する感情を向けられたことがないくうは、とまどってすぐには答えられなかった。
 答え損ねた間は、潤の憤りを高めるには充分だった。

「妖と人は敵対し合うものだ! 相互理解なんてありえない。情を交わすなんてもってのほかだ! 俺達と奴らは根本から違うんだ。体の造りも、心の中身も。相入れる部分なんてこれっぽっちもない。人のような見てくれをしていても、しょせん奴らはバケモノなんだよ!」

 中原潤から、他者を全否定する台詞が飛び出した、その現実に心が付いて行けない。

 茫然自失のくうを置いて、潤はあらためてピストルを持って梵天たちに向き直った。

「化物か。よく言うわ」

 口を開いたのは空五倍子のほうだ。

「姫巫女のかようにおぞましい姿を人だというのなら、化物などどこにもおらぬわ」

 空五倍子の言葉は、くうには理解できなかったが、潤には覿面(てきめん)かつ痛烈に効いたようだった。いつか楽研のステージで急に彼のサックスの調子がおかしくなったときのように、潤の集中が乱れたのが、背中からでさえ伝わった。

 傷ついた潤をこのまま放っておくことが、くうにはどうしてもできず、くうはぐいっと潤の腕を後ろから引っ張った。

「篠ノ女……?」

 貴方が何に傷ついたかは分からないけれど、きっと貴方が悪いわけではないから。その気持ちが伝わるように見つめる。きっちりと視線が交わってから、くうは一つ肯いて梵天に向き直った。

「貴方が用があるのは私でしょう? 場外乱闘しないでください」

 梵天は「だとさ」と空五倍子を笑う。空五倍子がやはり体躯に似合わぬ愛嬌で、はたとするのも置いて、梵天はくうに対して感心を示す。割り込んだくうの勇気を評価されたらしい。

「用件を一番におっしゃってくださればよかったのに。いきなり世界観の説明をなさったり、お父さんとお母さんの影をちらつかせたり、回りくどいことをされなくてもよかったんですよ。くうがそんな、人様の頼み事を聞きもせず断るような娘だと思われていたなら残念です。()()()()()()()()()()()()()()ってんです。()()()()()()()()()どこへでもお付き合いしましたのに」

 するとここで、梵天はひどく虚を突かれたような表情を浮かべた。部屋のずっと奥から本人も忘れていたアルバムを見つけたような貌だ。

 くうの台詞に失礼や失敗でもあったのかと心配していたが、梵天はくうには何も言わずに苦笑しただけだった。

「いいだろう。君の流儀に合わせよう。――今ここで俺に付いて来なければ、このあとの坂守神社、特に当代姫巫女の追求は苛烈を極める。君の身の安全のためにもここで俺の手を取ることを勧めるよ、篠ノ女空」
「貴方と会ったから責められる、という見方もできます」

 そこで梵天は潤を見やり、またくうに視線を戻した。

「とんでもない。これは俺の滅多にないサービスだ。このままでいればやっぱり君は神社に酷な待遇を強いられる。早い内に離れるべきだ」

 核心に触れない持って回った言い方に非難の声を上げかけて、くうははたと息を呑んだ。

(潤君がいるから、私と潤君の関係に不利になることを言わないでくれているとしたら? もしそうだとしたら、私が神社にいると危なくなる理由なんて、一つしかないじゃないですか)

 同行を断るつもりでいたが、雲行きが怪しくなってきた。高校進学を決意した日以来の激しい迷いに、くうは喘ぐようにただ梵天を見上げるしかできなかった。

 すると、今度は潤がくうの腕を後ろから引いた。交わる視線に、言葉にしがたい芯の強さがある。

「坂守神社は妖には容赦しない。だが、彼女は間違いなく篠ノ女空という俺の友人だ。篠ノ女が俺達と同じ人間なのは俺や長渕がよく知っている。それをさも貴様らの同類であるように語るのは、俺が許さない!」

 好きな男の子に庇われている。状況を忘れさせるほどの歓びと恍惚と――かすかな不安。

「梵、神社の手勢が近付いているようであるぞ」
「……刻限か。帰るぞ、空五倍子」

 あっけなく、梵天は空五倍子の腕に乗った。空五倍子が翼を広げる。

「くう。君は間違いなく萌黄の娘だ」

 梵天が言い残した直後、空五倍子が飛び上がり、彼らの姿は夜空へと消えた。




(お母さんの娘、か……)

 くうは自分の顔、唇の右のほくろを撫でた。
 自分が、若い頃の母親によく似ているのは自覚があった。ただし、女性特有の輝かしさがあるだけ母親のほうが美しかったが。

(娘だからって、お母さんみたいに育つとは限らない)

 あの言い方から察するに、梵天はくうに母に近しい性質か働きかを期待している。くうは困ってしまう。篠ノ女空は篠ノ女萌黄にはなれないのだと知った梵天がくうに失望したらどうしよう。

「大丈夫か、篠ノ女」
「あ、はい。問題ありません」
「問題ないって顔してないぞ」

 潤が心配してくれている。気をしっかり持たねば。

「天狗が言ったことなら気にするな。天座に接触しのだって向こうが勝手に呼びつけただけのことだ。篠ノ女には非はないって、銀朱様にも俺からちゃんと説明するからさ」

 な、と笑いかける潤は、学校で、楽研で毎日を過ごした潤その人だ。くうは少しだけ安心して微笑むことができた。



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