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覇王と修羅王

作者:鉄屋
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合宿編
  二十一話

 ふと夜中にヴィヴィオが目を覚ました時、アインハルトはクラウスの回顧録に向かい、想いを口にしていた。己が立てただろう誓いに、掛ける言葉が見つからず、寝たふりをしたまま背中越しに聞いていた。悲願を叶える為、そう口にする声色から見え隠れする想いを感じながらも。

 暫し時が過ぎ、また眠りへ戻るのかと思ったが、アインハルトは部屋の外へ消えて行った。
 何処に行くのだろう。心配に成ったヴィヴィオは、クリスに魔力反応を追跡してもらいながら後を追った。
 ロッジを出て、木々を抜ける手前でアインハルトの他にもう一人、アレクの姿が見えた。
 此処で会う約束でもしてたのだろうか、何を話しているのだろうか。少し距離があるので聞こえず、もどかしい思いに駆られながらも木に隠れながら様子を窺っていたが、アレクがアインハルトを押し倒した辺りで見開いた。
 いやらしく手を動かすアレクに、抵抗するアインハルト。偶にニュースで聞くようないけない現場だ。もしかしたら二人はそういう関係かもしれないと一瞬思うが、それならばアインハルトは抵抗しない筈。
 そうしてヴィヴィオは飛び出した……のだが、今では両手で顔を覆い、縮こまっていた。アインハルトの超必死な訴えにより、誤解と悟った故に。

 なんて勘違いをしていたのだろう。最初は笑って流そうとしたが、同じく行き違いに気付いたアレクの「ヴィヴィお嬢がナニを想像してたか気になりますなぁ?」で盛大に湯気が立ち、更に大爆笑され大いに煽られた。

「ヴィヴィオさん、私は気にしていませんから……」
「アインハルトさん……」

 アインハルトの慰めで顔を上げるが、視界の端に笑い過ぎて腹筋共々壊死寸前のアレクが映る。
 だが、こんな事を考えるのも仕方ない、誤解するような場面だったのだから。少なくともヴィヴィオはそう思う。

「アレクさんも、いい加減にしてください」
「おぅ……クッ、げほっ! ……ぶっ!」

 アインハルトの苦言にアレクは応えはするが、時折咳き込み、未だ笑いの渦から抜け出せていない。
 そしてヴィヴィオを視界に収めると、また噴出した。
 そこまで面白かったのだろうか。いや、面白かったのだろう、アレクにとっては。
 余計な知識を持ったのは、変身制御を身に着ける道中での不可抗力。少なくともヴィヴィオはそう思っているが、アレクは知らぬ事だ。
 だが、二度目となればヴィヴィオも我慢できない。両手を振り上げて叫んだ。

「もうっ! そこまで笑わなくてもいいじゃないですかー!!」
「い、いや……軽く手を出すならまだしも、未発達を襲うなんて、ねえ。くっ……ははっ」

 プリプリと怒りを露わにするヴィヴィオに、無い無いとアレクは手を振って否定するが、発言が悪かった。聞き逃せない単語が耳に入ったアインハルトの目が、鋭く尖った。
 未発達とは、いったい何処を指して言っているのだろうか。やはり胸部か? 胸部なのか? 昨夜ダメージを受けた者総出で説教されたのに、まだ懲りないのか。そうであるならば、此れからもまだ言う積もりならば――――。
 アインハルトは回顧録を置き、誓った。
 クラウス、見ていて下さい。彼の血統に必ずや天誅を下します。本日の模擬戦、トレードした三戦目で敵対した時の分も込めて。
 ルーテシアの指示の下、ガリューの高速投げでアレクが此方の陣地にぶっ飛んで来た時、アインハルトは真っ先に対峙したが、覇気をクレイモア地雷のように飛ばされ、してやられた。撃墜までいかなかったが、アレクは煙を巻くように逃げ、その後も対決出来ずに終わってしまった。ティアナが放つ、お仕置きのファントムブレイズでアレクが沈んだ為に。

「……アインハルトさん?」

 ゆらりと立ち上がるアインハルトにヴィヴィオは不穏な雰囲気を感じ、訝しげ声を掛けるが、そんな事は返答でどうでもよくなった。

「アレクさんをお仕置きします。ヴィヴィオさんもやりますか?」
「――――はいっ!」

 お仕置き=擽り、とヴィヴィオももう分かっているのでアインハルトを止めはしない。寧ろ、ヴィヴィオも盛大に笑われてお冠なので、即同意して未だ転がるアレクににじり寄った

「……ん? お前等なに――――」


 ◇ ◆ ◇


「昨夜はお楽しみでしたね」
「だから楽しんだのは向こうだっつてんだろボケェ……」

 朝食後、ニヤニヤとしながら突っ掛かるルーテシアに、まだ言うか、とアレクは心底面倒そうに答えた。
 昨夜、アインハルトとヴィヴィオに襲われたが、アレクは成されるがままを良しとせず応戦し、二対一の取っ組み合いが始まった。
 アインハルトが掴みに掛かり、応戦するアレクの隙をついてヴィヴィオが懐に手を伸ばし。反対にヴィヴィオが掴みに掛かればアインハルトが手を伸ばし。そして、力ずくで退かし転がり逃れるアレクを押さえるように、寝技の応酬へと移行。
 だが、まだ疲れが残る身体では限界が早く、気づけば三人で縺れるようにして眠っていた。ただ、目を覚ました時、探しに来たコロナとリオに加えエリオまで居たので、この話題は瞬く間に広がっていった――

「でもほらぁ、この写真だと両手に華じゃない。ナニかあったとしか思えないんだけどなぁ~?」

 ――眠りこけた写真付で。
 コロナのデバイスであるブランセルはカメラ機能も充実し、高画質な写真がとても良く撮れる。なので映る三人の表情も鮮明。だらしなく頬を緩ませるヴィヴィオとあどけない顔のアインハルト、その二人の枕になり寝苦しそうなアレクが確りと映っている。
 ルーテシアはチラリとアインハルトの方も見るが、アインハルトは恥ずかしそうに顔を伏せた。
 随分とらしくない事をしたものだ。ムキに成ってたとは言え、擽るのが目的とは言え、自ら襲い掛かるとは……、等と頭の中で巡回しながら。もうヴィヴィオと初めてスパーリングした時、アレクに奇襲した事など頭から抜け落ちていた。

「……ま、積もる話は後にしよっか。そろそろ時間だしね」

 時計を見ればそろそろ約束の通信時間に差し掛かり、共に居るクリスも先に進めるようジェスチャーを飛ばしている。興味をそそる話だが相手を待たせては失礼に当たるので、ルーテシアは後で確り問い詰めると誓いながら通信を繋げた。

「ちぃーす、アギト」
『おぃーす、ルールー。例の件だよね? 呼んでくるからちょっと待ってて」

 呼んでくる相手とは、音に聞こえた八神はやて司令だろう。
 どんな人なのだろう。司令というからには、厳格な人なのだろうか。そのような人に依頼するのだから、失礼があってはいけない。そう思いアインハルトは身を正すが、隣に座るアレクはだらけきっていた。

「……アレクさん、もっと姿勢を正してください」
「あんでだよ」

 アインハルトが軽く睨むが、アレクはすまし顔で流す。
 アレクはデバイス作製を依頼する気もインターミドルに出る気も皆無なので、印象を悪くした方がなにかと都合が良い。
 だが、アインハルトにとっては悪手である。デバイス作成してもらわないとインターミドルに出場できない上に、誘ってもらったヴィヴィオ達に申し訳が立たない。

『こらこら、喧嘩はあかんよ?』
「す、すみませ――――っ!?」

 笑いを含んだ声が通信を通して聞こえ、アインハルトは背を伸ばしながら振り向くと、人では無いモノが居た。アギトともう一人、リインの間に狸が居る。狸が片手――――と言うか前足を上げて、肉球を見せて振っている。見間違いかと何度か瞬きをしたが、狸には変わらなかった。
 八神はやてとは、人では無く狸だったのか!? 目が毀れそうな程に見開らくアインハルトに狸は満足そうに頷くと、ボンッ! と煙を立てて人の姿に変わった。

「今日は随分と手が込んでますね~」
『司令っちゅー肩書きで縮まれてもなー、って力み取ろうかと思ったんやけど、普通にやってもつまらんやろ?」
「なぁ~るほど。でも事前に言ってもらえれば、此方も有る事無い事吹き込んだりして面白可笑しく準備しましたよ?」
『あっはっは~。それはまた今度やろか?」

 化かされた、のだろうか。此方の緊張を解く為にやった事かもしれないが、してやられた感が強い。

「こんなのが司令とか……大丈夫なのか管理局?」

 ぼそりとアレクの呟きがアインハルトの耳に届くが、咄嗟には苦言できなかった。八神はやてという人物像が掴めず、否定要素が見つからなかった故に。
 だが、相手には聞こえてなかったようなので、アインハルトもこれ幸いと聞こえなかった事にした。でないと、アレクの呟きに何かの拍子で頷いてしまいそうになる。首を傾げるクリスにも気にしないようにと首を振った。

「……で、此方がですね」
『ああ、もう聞いとるよ。……そっちの女の子がハイディ・E・S・イングヴァルト、覇王クラウスの正統で覇王流を受け継いでいる。ちょっとやんちゃしたみたいやけど、これからはノーヴェ師匠たちと一緒に頑張って行く子、やろ?』
「もう一人の、アレクの方もご存知ですか?」
『知っとるよー。……アレク・N・アルヴァーク。歴史に記されていない古代の王、修羅王アレディ・ナアシュの血統。こっちもやんちゃは控えるようになったみたいやし、二人纏めて力になるよー』
「……俺は被害者なんすけど」

 ぐっ、と手を握りながら任せろと笑うはやて。
 だが、アレクは力に成ってもらう気は無い。それに、やんちゃをしたのはアインハルトで自分は被害者である。
 つい一言を口に出すと、はやては意外そうな顔をした。

『あれ、憶えてないん? 自分もストリートファイトしとったやん』
「え? そうなの?」
「……アレクさんも?」

 何故知っている!? とアレクは叫びそうになるが、グッと我慢した。好奇と疑問の視線が刺さっている事もあるが、其れ以上に何か思い出しそうな気がしているのだ。
 もう喉元まできているが、それ以上出てこない。

『あ~、その様子だと私のことも憶えてなさそうやなぁ』
「……もしかして、何処かでお会いしてやした?」
『してたよー。それに一緒に警防署まで行った仲やないか、アレきゅん?』
「………………ああーっ!! あんたあん時の酔っ払いかっ!?」

 見開き席を立ち指差すアレクに、はやては満足そうに頷いた。

「アレクとは何時知り合ったんですか?」
『もう……二年以上前かなぁ? 夜中、郊外で賑やかな声が聞こえたんで気になって行ってみたら、ストリートファイトの現場だったんよ』
「……アレクはそこのファイターだったんですか?」
『そうそう。――――賭博のな』
 
 お前そんなことしてたのか、というルーテシアとアインハルトとクリスの何とも言えない視線がアレクに突き刺さるが、アレクは気付かない。
 今のアレクに渦巻くのは、臨時収入を潰された怒り。当時の感情まで思い起こされていた。
 はやてに連れられ警防署に顔を出した時、丁度フェルヴィスも居たので真っ先に鉄拳が落ち、あれよあれよと警防署公認の問題児に。それから暫く郊外の方で喧嘩などが起こる度に呼び出され、関係有るかと問い質された。そして、目を付けられたお蔭で、賭博ファイターへの復帰は完全に断たれ、臨時収入を失った。

「あんたが現れなきゃ……俺は貧乏とは無縁だったのに……」
『アレきゅん、悪い事は何時かはバレてまうもんや。てか、警防署の計らいで罰則が無かっただけでも良しとしとこ?』
「ぐぎぎぎぎぎ」

 フェルヴィスが手を回したのか、罰則は無かった。そして、これを期に法というものを覚え、明らかに不味い物事には手を出さなくなった。
 確かに良い事なのだろうが、ソレはソレ、コレはコレ。子供と侮った相手を下し、手に入れる金と快感は美味だった。美味しいモノを手放す破目に成った喪失感は絶大だったのだ。今では悪い事だと解かっているが、やりきれない思いがある。

「八神司令、とりあえずアレきゅんの諸事情は置いといて。デバイスの事なんですけど……」
『うん、そやね。え~と、公式魔法戦用のデバイスでいいんやった?』
「はい、どんなタイプが良いかは本人に……アインハルト」
「え? あ、はい!」

 歯軋りするアレクを尻目に、ルーテシアはここらで本題に戻そうとデバイスの話に斬り出し、アレクを呆れた視線で見るアインハルトを呼び戻した。

『どんなのがええの? なんでも相談に乗るよ』
「あの……その、格闘戦技だけで挑みたいので……」
『覇王流を受け継いだ格闘家さんやもんな。そーなると、どーゆうのがええかなぁ』
「……ですから、クリスさんのような補助・制御型が望ましいと」
『なるほどなー。ほんなら、クリスをベースにアインハルトに合わせた形で組み上げてみよか』

 クリスの製造はマリエルが行ったので、基本設定はすぐに手に入れられる。それに真正古代ベルカのシステムは馴染みがあるので然したる問題無い。機体自体もすぐに組み上げられるだろう。
 はやてはアインハルトの要望を聞きながら隣に居るリインとアギトに見配りすると、グッと親指を立てた。

『アインハルトのタイプは分かったから、次はアレきゅんやな。アレきゅんも格闘家さんやし、同じがええ? 確か受け継いだ流派は……覇神拳やったか?』
「俺はパス。あと覇神拳じゃなくて覇皇拳と機神拳」
『ごめんごめん。でもデバイスないとインターミドルに出れんよ? 腕試ししたくないん?』
「周りが言ってるだけで俺は出る気無いでーす。腕試しとか興味ありませーん」

 次はアレクのデバイス……といこうとしたが、アレクは不貞腐れていた。態度は兎に角、どうでもいいような口ぶりなので、インターミドル自体にも興味が無いのだろう。
 だが、フェイトから力に成るようメールを受けているし、ティアナ達からのメールでまだ見解が狭い子だと知っている。それに、アレクとはまた巡り合った縁もあるので、助力は惜しまない積もりだ。
 その為にも先ず、どうやってやる気にさせるかだが……はやてには考えるまでもない。既にカードは手元にあるので、迷わず切った。

『アレきゅん、インターミドルの上位入賞者には賞金も出るで』
「マジでっ!?」
 
 

 
後書き
よし、これでアレクはやる気満々でインターミドルに挑むぜぃ 
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