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ノヴァの箱舟―The Ark of Nova―

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#7『ファーストリべリオン』:5

「貴様が……今回の反逆の首謀者か?」
「そうだよ。初めまして、第九師団の団長さん」

 時空を切り裂いて突然現れた青年は、チャイネイの問いに、不敵に笑いながらそう答えた。余裕のある態度をとっているが、彼の体からは《覇気》とでも言うべき何かが放出されているように思える。

 ――――こやつ……。

 敵といえども、内心で感嘆せずにはいられない。奇怪な三つ刃の刀を構えるその立ち姿は戦闘慣れしていない初心者のように見えるが、それでいて何百年と戦い続けてきた化け物のようにも見える。それに、構えている武器から放出される圧倒的な業物の気配も見逃せない。第一師団長であるハードリア・キュルックや、第八師団長のヤマト・ユウヒグレも《妖刀》の部類に入るであろう刀を保有しているが、こいつのもっている三つ刃刀は、今まで武器には感じた事の無いほどのプレッシャーを与えてきた。そもそもその奇怪すぎる形状自体、今まで見たことも聞いたことも無い。

「……知っているようだが、名乗ろう。《十字騎士団(クロスラウンズ)》第九師団団長、チャイネイ・ズローイクワットだ。貴様は?」
「《魔王(キング)》。《教会》の――――ひいては《神》の支配に反旗を翻すものだ」

 ――――ふむ……。

 チャイネイはまた一つ、この赤髪の男に対する評価を上げた。この男、《教会》が秘密裏に匿っている《神》の存在を知っている。《教会》が便宜上神を信奉しているのは全人類が知っていることだが、それが『実在の存在』であることを知っているものは一般人には存在しない。あれの存在を知っているのはごく上層部の人間だけ。直接顔を合わせたことがあるのは《教皇》、《教皇補佐官》のスワイの二人だけではないだろうか。チャイネイもその存在は聞いたことがあるが、直接見たことはない。

 それを知っているという事は、その存在を突き止める何らかの手段を有しているという事だ。それが何なのかは分からないが、確実に、野放しにするわけにはいかない人間だ。それに、おびただしい数の雑兵が犠牲になっている。それを引き起こすことを指示したのはこの男だろう。

「――――イーリン、団員たちを下がらせろ」
「ふぇっ!?」

 斜め後ろで構えていたイーリンに小声で指示を飛ばすと、彼女は驚愕で変な声を出した。

「し、失礼しました……しかし、なぜ?」
「あの男は危険だ。実力を計りたい。俺が一人で戦う。お前たちは背後で待機しろ」
「え……」

 イーリンが目を見開いて絶句する。チャイネイの言葉には矛盾がある。反逆者の力量がどれほどなのか分からないのであれば、複数人で同時に攻撃し、消耗させるのが常だ。その桁すら分からないのだから、たった一人で立ち向かうというのは非常に危険な事だ。

「行け」
「……了解しました」

 イーリンが素早く団員たちに指示を飛ばす。団員たちはイーリンの周囲に集合するとすぐに散開、チャイネイと《魔王(キング)》と名乗った男を取り囲むように並んだ。まるでコロシアムの様な形状だ。実によくできた仲間たちだと思う。こんなふうな、気の利いた陣形すら作ってくれるのだから。

「……ククリ、シュート。メイをお願い」

 《魔王》が背後の二人の配下に指示を飛ばす。砂色の髪の少年と、赤紫の長髪の少女が即座に反応し、《魔王》と共に現れた金髪の少女を守るように取り囲む。どうやらあの金髪の少女は、先ほど相手をした二人組よりも階級は上の様だ。

「かしこまりました、我が王」
「ほらほらお姫様、こっちだよ」
「あ、ちょっと……キング……!」

 手を伸ばした金髪の少女にほほえんで、《魔王》はこちらを向く。その眼に宿る感情は、明らかな闘争心。慇懃に歪められた口元には、しかし獰猛な色が混じっていた。

「お待たせ。さぁ、はじめようか?」
「望むところだ」

 実力は未知数―――――全力で行かせてもらう。

 実際のところ、チャイネイが一人で戦おうとしているのは単なる我儘だ。強敵の気配がする男と、たった一人で戦ってみたい――――それは、武人としてチャイネイが抱く願望の一つだ。

 チャイネイは体中のエネルギーを《虎》の《刻印》に流し込む。それだけではない。第四チャクラを解放させ、ダメージに反応して回復を行えるように構える。イーリンも使いこなした第四チャクラは、回復をつかさどるチャクラ。これは体力・精神力、あらゆる面での回復であり、さらにはこうしてトラップのように事前にしかけることで、ダメージに反応して回復する《反応回復魔術》としても使用することができた。もっとも、チャクラは《魔術》の対極にあたる《霊術》の部類なのだが……。

 めき、めき、と音を立てて、チャイネイの体が虎と化していく。完全な獣化は起こさず、半獣人状態となるにとどめておく。完全に獣になってしまうと、人間との対決では不利になる場合が多いからだ。なお、まれに担当する異形の怪物達……どこからあふれだしたのかは知らないが、《ラグ・ナレク》以前の『どこかから流れ着いた異形達』の末裔と思われる……と戦う際には、逆に完全に虎の姿となった方が戦いやすい場合の方が多い。

 解放された獣のパワーを足に集め、跳躍の準備。上半身の動きを使う技にとって重要なのは、上半身そのものの動きよりも、下半身の動き。足場がなければうまく剣を振れないように。

「……行くぞッ!!」

 獣化した腕を振るって、凄まじいスピードでの突進が、《魔王》に踊り掛かった。



 ***



 ――――危ない!

 反射的にそう叫びそうになったメイは、直後のキングの行動に目を見開いた。滑るようにバックステップすると、巨大な三つ刃の刀――――《冥王(ブルートー)》を大きく横に凪いだのだ。ずぱん、という激しい音が鳴り、空間がゆがめられる。

「む!?」

 チャイネイと名乗った男が、なんと空中で姿勢を変えると、歪められた空間から離れた。人間の身体能力では考えられない。《十字騎士団(クロスラウンズ)》の団長格は超人の域に足を踏み入れているというのは実話なのだろう。さらに彼の《刻印》の能力…おそらく…で、彼は体の半分が獣に変わっている(恐らくは虎か何かだろう)。それらが生み出す圧倒的な身体能力が、チャイネイに凄まじいアクションを可能としているのだ。

 だが、そこはキングも負けていない。《冥王》を構え直すと、今度は大上段から斬り下ろす。再びの次元断。

 恐らくはこれが、キングとメイが、《聖印》に封じらていた術式、《王宮の勅令(キングスクラウン・オーバーコマンド)》で呼び出した《神器》、《冥王(ブルートー)》の能力なのだ。強烈な次元断。次元断と言うのは、凄まじい斬撃の威力によって時空を引き裂く、剣術の奥義の一つだ。《冥王》はそれを強制的に発現させることが可能なのだろう。それだけではなく、さらに三本の刀身がそれぞれ共鳴し合って、次元断の強化、加えて力場の拡大をおこなっているのだ。

「凄まじい能力だな、その剣は」
「《現界断(リアリティスラッシュ)》、とか言ったかな」

 そう言って笑うキング。

 次元断を引き起こすには使い手の技量が必要。だが、《冥王》はそれを無視できる。確かに《神器》と言っても差し支えない。

 しかし――――

「武器の能力だけでは勝てんぞ!!」

 大上段からの斬り下ろしを難なく避けたチャイネイが、再び驚異的なスピードでキングに襲い掛かる。再び歪みの壁をつくり出すキング。だが、第九師団一の使い手は、軽やかなステップでそれを回避し、障壁の死角をを狙って襲い掛かる。

「っち……」

 大きくジャンプをして回避するキング。だが、距離をとらせることを拒むように…実際拒んで居るのだろう…チャイネイがするすると近づいてくる。

 キングは、どちらかと言えば圧倒的な力に頼って敵を殲滅するタイプの戦闘をする人間だ。彼は本来司令塔であって、戦うのはククリとシュート、そして時々リビーラの役目。メイほどではないが、彼もあまり戦闘慣れしているとは言えないのだ。

 それに対するチャイネイ・ズローイクワットを始めとする《十字騎士団》のメンバーは、一級の訓練を受けた生粋の戦闘者集団だ。加えてチャイネイは十人しか存在しない団長クラスの一人。キングとの経験差は一目瞭然だ。

「どうしたどうした!」

 チャイネイの腕から繰り出される攻撃は多彩だ。打撃もあれば、獣化した爪を使っての斬撃、さらには突進攻撃まで繰り出してくる。凄まじいスピードの一撃が打ち出されるたびに、キングがひゅばっ、ひゅばっ、と、危なっかしい音を立てて攻撃を避けていく。

 素人目に見ても、確実に押されているのはキングだ。実際に、彼の表情にもまた、焦りが浮かんでいる――――ことは無かった。

 キングは、非常に涼しい表情をしていた。もちろん、戦闘の緊張からか表情は真面目に引き締まっていたが、しかしそこそこ()()()()()、チャイネイの攻撃をぎりぎりで避けているような気がするのだ。

「貴様……」

 それに気づいたのか、チャイネイはさらに攻撃のスピードを上げる。打撃、打撃、斬撃、打撃。打ち上げ、正拳突き、肘打ち、アッパーブロー、爪攻撃。だが、キングはギリギリのところでそれらを回避してしまう。

そこに至って、ようやくメイは思い出した。

そう、キングは転生者。『過去の自分達』が積んだ経験も使う事ができるのだ。彼が経験不足であるわけが無い。

 いつの間にか、焦ったような表情を浮かべているのは、キングではなくチャイネイになっていた。



 ***



 ――――面白い、実に面白いぞ!

 チャイネイは心の中の高揚感に、焦りと共に歓喜を覚えていた。この《魔王》と名乗った男は一級の力をもった戦士だ。確かに攻撃面・防御面では武器の性能に頼っている。体さばきも素人が多少強力になったようなものだ。所詮チャイネイの敵ではない。
 
 だがしかし、彼の攻撃は《魔王》にあたらないのだ。それも、本の紙一重で。なぜか?

 答えはいたって簡単である。チャイネイの攻撃を、彼が先読みしているのだ。何と言う洞察力。何と言う直感。それを平然とやってのけるこの男の頭脳は未知数だ。恐らく、本来は戦場に出て、武器を振るって戦うような人間ではないのだろう。武器だけでなく、魔術をも駆使して戦うタイプのように思えた。《ラグ・ナレク》以前の世界でなら、《魔法剣士(ルーンナイト)》とでも言った(クラス)に就いていたのでは――――

「(……!?)」

 その時だった。チャイネイの脳裏に何かが映ったのは。

 それは、銀色の髪をした少年。年のころは十四歳ほどか。前髪だけが黒い。目の色は赤。その少年は、優しい笑みを浮かべて自分を見ている。だが、自分はどうやら人間ではないらしい――――

 その奇妙な映像に動揺したせいだった。手元が狂った。《魔王》を狙っていたはずの打撃攻撃が大きくそれてしまったのだ。その瞬間に距離をとられ、さらに次元断攻撃。さすがのチャイネイもこれは全力で避ける必要がある。

 大きくかがむと、後ろに向かって飛ぶ。空中で体勢制動をかけて、地面に足をついた瞬間に飛び上がる。本来ならば足場がなければ難しい空中での体勢移動を、超人的な筋肉と、主に《気功術》と呼ばれる霊術系統の武術を使用して行う、チャイネイの十八番だ。上空で足を振り上げ、《断頭台》の構え。だが、今回はそれだけではない。

 《闘気功》。足に闘志のオーラを纏わせる。それだけでなく、体中の霊力・魔力を注ぎ込み、一撃にすべてをかける。

「ぜぁぁぁぁぁ―――――――ッ!!」

 振り下ろされる足。チャイネイの繰り出す奥義の中でもかなり強力な部類に入る、《断頭台》のアレンジ技だ。第九師団で使えるのはチャイネイだけ。イーリンにも教えてあるが、今だ使用は不可能だ。チャイネイ自身、今まで師匠以外と自分以外が使うのを見たことがない。

「――――ッ!!」

 《魔王》が大きく目を見開いた、その瞬間。

 凄まじい爆発が起こり、視界が真っ白に染まった。



 ***


「キング!」

 チャイネイの足技は凄まじい威力だった。発生した爆発は、周囲を囲んでいた第九師団やメイたちをも巻き込んだ。幸い、全員が各々の術技で身を守ったが…因みにメイはシュートとククリが守ってくれた…。

 だが、キングは分からない。あの攻撃を直接受けたのだ。無事だろうか――――

「……?」

 爆風によって巻き上げられた砂埃が掻き消える。その中から見えたのは、獣化が解除されたチャイネイ。一体何のロジックなのか、傷一つついていない。

 そして――――もう一つは、半透明の障壁に守られたキングの姿。安心感から涙が出てしまいそうになる。その体を守っていた障壁は、時折表面にぱち、ぱち、と、電気の様な光を這わせていた。

 そこでふと、メイは気が付いた。キングの左頬。メイのそれと全く同じところに存在する、全く同じ形の《刻印》……《稲妻》が、淡く光り輝いている。思わず、あっ、と声を上げてしまう。

 キングを守っている障壁は、メイがかつてキングと出会う前、《教会》の雑兵に追い詰められたとき、不意打ち気味に使っていた閃光のフィールドと同じロジックによって動いているのだ。メイは攻撃に使用していたが、あんな風な防御に利用する方法もあるとは知らなかった。

「お見事!すごかったね、チャイネイも、そっちの赤い髪の毛のにーちゃんも」

 その時だった。場違いに明るい声が響いたのは。

 第九師団の団員をかき分けて姿を現したのは、六~七歳ばかりの幼い少年だった。前髪だけが黒い長めの銀色の髪に、無邪気な光を宿した赤い目。しかし可愛らしく幼い顔立ちと体格とは裏腹に、少年が放つ気配は凄まじく強い。リビーラに匹敵するクラスだ。

 いったいどこから――――と困惑したメイは、上空に舞い戻っていく巨大な影を見た。大型の鳥だ。鷲か何かの仲間なのだろうが、メイが見たことがないほど大きかった。

「……コーリング様!!」

 立ち上がって、素早く少年に近づくチャイネイ。という事は、あの少年が第九師団が仕えるという《七星司祭(ガァト)》の一人、コーリング・ジェジル――――!?

 なんて幼いのだろうか。もちろん、外見通りの年齢であるとは分からない。だが、メイの直感は彼が外見通りに幼いという事をつげていた。こんな少年が、巨大組織《教会》を統治する七人の一人であるという事に、メイは奇妙な感覚を抱いた。それは怒りや哀切だったようにも、困惑だったようにも思えた。

「帰るよ、チャイネイ。イーリンたちも」
「「はっ!」」

 臣下の礼(?)を取って、第九師団が撤退していく。最後にコーリングはこちらを振り返った。その瞬間、彼の纏っていた重圧とでもいうべきものが薄れた。彼はただの幼い少年の、無邪気すぎる笑顔を浮かべ、言った。

「面白いもの見せてくれてありがと!また会おうね」

 そしてチャイネイもまた、こちらは無表情のまま言うのであった。

「決戦は持ち越しだ。だが、この街の《教会》支部には近づかないことを忠告する。今だ第九師団は待ち受けているぞ」
「そうか……じゃぁいいや。今日はこれくらいにしとくよ――――また会おう、第九師団」

 キングからの言葉を受け取ると、コーリングとチャイネイは、姿を消した。転移魔術に近い何かなのだろうか。恐らくはこの街の《教会》支部に戻ったのだろう。

「……」

 戦いは終わった。と言うのに、キングの表情はそこそこ硬かった。

「……キング?」
「ん?ああ、ごめん。ちょっと考え事をしていてね……シュート」
「はっ!」

 キングに呼ばれ、シュートが素早く近づいてくる。チャイネイを始めとする第九師団と言い、《魔王》のレギオンと言い、メイの周りには打てばすぐ来るような素早い臣下ポジションが多い気がする。

「リビーラに伝えろ。新しい仲間が見つかった」


 
 ***



「どうかしましたか?チャイネイ様」
「いや……」

 Aランク《箱舟》である、第九師団のホームシティ、《知識》へと向かうソーサー。その中で、チャイネイは浮かない表情をして考え事をしていた。

「とにかく一度休憩なさってください。ほら、お茶」
「ああ……ありがとう」

 イーリンの差し出してくる烏龍茶をとると、彼女は顔を真っ赤にして「べ、別にチャイネイ様の為だけではないですから!コーリング様にお茶を入れたついでですから!」と叫んで、パタパタと去ってしまった。

 だが、そんなことはチャイネイの眼に入っていなかった。脳裏で何度も再生されるのは、《魔王》との戦いの最中に見た、あの奇妙な映像。

 人間ではない自分に向かってほほ笑む、銀色の髪の少年。あの少年の顔には、見覚えがある。

 ふと顔を上げると、そこには足をぶらぶらさせながらコップのお茶を飲む主君の姿があった。あの幼く無邪気な顔が、そのまま大人になったなら――――

 あの映像の少年と、同じような顔になるのではないか? 
 

 
後書き
 どうもこんにちは。お久しぶりですAskaです。予定より一話早めて『ファーストリべリオン』完結しました。
 次回はデザイン陣から人気の呼び声高い(そもそも数人しかいないのに「人気が高い」と言えるのか?)三バカ団長の登場です。三バカ系キャラは大事ですよね三バカ。
「甘いものは正義だ」
「ティーポットに入って……空を飛んでみたいと思わないか」
「ダメだこいつら何とかしないと」 
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