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ノヴァの箱舟―The Ark of Nova―

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#6『ファーストリべリオン』:4

 ――――幸せが欲しい。

 最初にそれを願ったのはいつのことだっただろうか。覚えている限りの無限の記憶の中をたどってみるが、そこに自らの願いの根源を探すことはとてつもなく難しく見えた。唯でさえ自分の記憶の量は多いのだ。今となっては意味すらなさないその有象無象の中から、意味のあるワンシーンを探すことは非常に難しい。

 ――――幸せが欲しい。

 覚えている限り最初の記憶は、貧相なナイフを手に町中を歩いている自分だ。誰かを探して。『その人』は、自分に『幸せ』をくれるはずだった人のはずだ。『その人』がいれば、自分は『幸せ』を手に入れられたはずだ。けれど『その人』は結局、自分に『幸せ』をくれはしなかった。

 探して探して。いつまでもどこまでも『その人』を探して。結局、その人は自分を裏切って、どこかへ行ってしまった。

 ――――幸せが欲しい。

 それからしばらく、形を成さない有象無象が続く。次に像を結ぶのは、誰かに玩具の様に扱われている自分。たぶん、誰かの『幸せ』を自分の『幸せ』に変えられないかと思って暮らしていたのだろう。けれど結局、誰かの『幸せ』は自分を『幸せ』にしてはくれなかった。もてあそばれて、ごみのように捨てられて……。

 『その自分』には、その先の記憶は残っていない。

 ――――幸せが欲しい。
 
 それからまたしばらく、形を成さない有象無象が続く。次に像を結ぶのは、誰かと共に笑っている自分。これからしばらくの間は、『幸せ』が続いている。満ち足りた世界。この『幸せ』が永遠に続けばいいのに、と何度も願った。ああ、だが悲しいかな。『彼』がくれた『幸せ』は、『彼』の死と共に終わりを告げる。もっともっと、『幸せ』を味わいたい。まだまだ満ち足りない。永遠を。幸せを。永遠の幸せを。

 ――――幸せが欲しい。

 流れ流れていく有象無象。手に届かない永遠の『幸せ』たち。救われることのない自らの魂。『しあわせ』を追い求めているうちに、いつの間にか漆黒の奈落に堕ちていた。もう自分の手では、這い上がる言すらできない奈落の底。『幸せ』がいくらたまっても、此処から抜け出せない。

 他人の『幸せ』は自分を『幸せ』にしてくれない。自分の『幸せ』は永遠にやってこない。ならばどうするのか?

 ――――幸せが欲しい。

 ククリ・アメミヤが辿り着いた答えは、『幸せ』の略奪だった。他人の『幸せ』を奪い、自分と同じ『幸せ』を持たない存在に蹴落とす。『幸せ』を持つ者達を基準にするのだから、『幸せ』を持たない人間が生まれるのだ。ならば、『幸せ』がない世界を作ればいいではないか。『幸せ』なんてない世界で生きればいいではないか。

 だが悲しいかな。ククリ・アメミヤには、そこまでの覚悟が無かった。悠久の時を生きてなお、自らの『幸せ』を追い求めずにはいられなかったのだ。

 ――――幸せが欲しい。

 だから願う。だから望む。その先に、他者の『幸せ』を奪い尽くしたその先に、自らの『幸せ』があると信じて。それをこの手で、つかみ取る時が来るのだと信じて。

 だから――――ねぇ、私に、教えてよ。何が私の『幸せ』になるのか。


 『幸せ』を奪われる運命にある者が、その運命を遠ざけようと顔をそむける。その姿が、かつてどこかで見た『ダレカ(その人)』にそっくりで――――

 過去の自分が、過去の自分たちと、今の自分と共に云う。


「―――――――――ねぇ、どーして私を見てくれないの?」


 ***


 ずびしゃっ!という身の毛もよだつような怪音と共に、教会雑兵の首が、胴体と切り離された。凶器は小型の肉切り包丁……より正確には、それを模した短剣(ダガーナイフ)だ。ククリがその短剣の柄をしっかりと握り、雑兵の首をどこかへと吹き飛ばす。シュートは返り血を浴びて恍惚とほほ笑むククリをしり目に、周囲の状況を確認した。

 生き人はもはやほとんど残っていない。万全の状態で立っている人間については、自分たちを除けば皆無だ。全員が何らかの重傷を負っているか、もしくは絶命している。

 どれもこれも、すべてこの少女――――ククリ・アメミヤの仕業である。赤みがかった菫色の髪を広げ、まるで死神の鎌か何かの様に包丁を振り回して、彼女は死をばらまいていく。彼女が通った後には一片の《幸せ》も残らない。彼女は略奪者。彼女は他人の幸せを奪うために生きている。

 『クロート・シュート』としての自分が、初めて彼女に出会ったのは、《教会》の監獄、その最奥部の中だった。その少女には、右半身がほとんどといっていいほど無かった。腕と脚は完全に消失し、下半身もほとんど形を成していない。薄気味悪い笑みを浮かべて、体のほとんどをマーキングに覆われた、醜い姿。それが、シュートが最初に見たククリの姿だった。

 そのときシュートの肉体は、彼女とほとんど同じ状態だったと記憶している。四肢を失い、右目は無く、体中をマーカーで覆われていた、だが、彼女ほどひどい状態ではなかったと思う。少なくとも、一日の大半は意識があったし、自分の意思で思考することができた。

 だが、初めて会った時、ククリはそうではなかった。一日の大半を昏倒してすごし、その間中、此処ではない何処かにいるかのようにうなされていた。目を覚ましても、誰か別の人間を見ているかのように、状況とずれた言葉を口にすることが多かった。

 彼女が見た目通りの十代の少女でないことは、偶然彼女から聞いた。彼女の記憶は、覚えている限りで1210年以上続いているという。もっとも古い記憶では、いまだ文明が旧時代の物であったという。彼女は凄まじい量の魂を保有していた。それは全て、かつて『ククリ・アメミヤ』と名乗った少女たちの魂だった。さらに現在の彼女自身が、すでに250年近く前から生きているという。

 そんな事実を知った、直後のことだったと思う。毒を含んだ笑みを浮かべた、眼鏡の神父が姿を現したのは。

『神を殺してみたくは有りませんか?』

 その神父は、笑顔でとんでもないことを口にした。

 ところで、クロート・シュートはいわゆる《邪教の徒》である。彼は世界の支配者たる《教会》の掲げる、《教皇》及びその上に立つという《神》には従わず、その存在すらも定かではない邪神の教えに従った者だった。シュートの多くの行動は、その邪教の法に乗っ取ったもので、その行いによってシュートは『異端』と判断され、何度も断罪を受けた。

 因みに『異端』は一歩間違えば『|反教会活動(レジスタント)』になる危険な行為だ。
 現在、世界で大ぴらに『異端』が許容されているのは、《教会》が手を出せない独立国家《ギリシア神国》だけである。

 シュートがその時獄につながれ、ククリと出会ったのも、『異端』の行為に対する断罪だった。

 そこに、金髪の《毒殺神父》が現れ、契約を持ちかけたのだった。

 シュートは、『以前の自分』の記憶の一部を取り戻した。同時に、今までは所持していなかった《刻印》を入手したのだ。

 シュートの刻印、《十字架》の能力は『永劫回復』。あまねく傷を延々と治癒させることができる。シュートはこの能力で消滅した体を治癒し、自らの体を駆動させている。致命傷を与えられ、一撃死しない限りは延々と回復し続ける体は呪とも取れるが、シュートはそれを祝福と受け取った。

 一方、ククリもまた《刻印》を手に入れていた。シュートと対をなす《逆十字》の能力は、『消滅しない限り不死』。一撃でその存在を消滅させることができなければ、たとえ体が肉片ひとかけらすら残っていなくとも蘇る。魂が存在として残っているからだ。さらに彼女は保有する何百もの数の魂を身代りに使う事で、その魂の分の記憶を失う代わりに消滅すらしないという凄まじい性能を誇るようになった。彼女もまた、その能力で失われた体を再生し、駆動させた。

 神父は、シュートとククリの右目だけを、治癒することを許さなかった。それが何のためなのかは教えてもらえなかったが、(しゅくふく)を運んできた神父の言葉だ。何か真実があるのだろう。

 そして、神父……リビーラ・ロイ・セイに連れられて、ククリと共に牢獄を脱したシュートが、彼の本拠地だという辺境の《箱舟》で出会ったのは――――圧倒的な能力を持った《魔王》だった。

 その総力の気配は、今まで出会ってきたあらゆる英雄の中でも随一だった。彼はその力をもってして、あらゆる《魔王》の称号を持つ者達を、宝具として従えていたのだ。その中には、シュートの信奉した邪神もいた。

 その時、シュートの忠誠心は完全に邪神から《魔王(キング)》へと移ったのだった。彼の為す神殺しについて行こう。彼の歩む覇道を切り開く刃となろうではないか。シュートはそう誓った。

 同時に、シュートが決意したこともあった。それは、ともに仲間となった逆さ十字の少女を救う、という事。

 獄中にいた時、何度も何度も彼女がうなされるのを聞いた。その中で、彼女は幾度となく『幸せが欲しい』と呟いたのだ。幸せ。それは、シュートとも無縁の感情だった。だがそれでも、シュートはそれに焦がれるほど幸せを持っていなかったわけではないのだろう。だが、ククリは幸せに飢えていた。それを得るためだけに、気の遠くなるほどの年月を費やしてきた。

 だから――――



「……そこまでにしてもらおうか、逆賊(ファンパン)共よ」

 思考を引き戻したのは、若い男の声だった。闘気のみなぎる、戦士の声だった。顔を上げると、遠くに赤い一団が見えた。全員が《真》の名で知られる箱舟国家の戦闘衣に身を包んでいる。声を発したのはその先頭、長い黒髪をポニーテール状に結んだ男だろう。

 《教会》側の、援軍――――。シュートは、緊急用に所持していた連絡用の護符を使用して、キングに連絡を取る。帰ってきたのは頼もしい声。もうしばらくすれば、彼らもこちらに到着するだろう。

 理性を取り戻したククリが、珍しく真剣な表情で近寄ってくる。相手が危険な存在であると、シュートよりも鋭い本能で直感したのだろうか。

「クロート、あいつらは?」
「……《教会》の高位戦闘師団だろう。纏ってる雰囲気が雑兵と違う」

 暗に『詳しくは分からない』と答えたシュートだったが、本当は彼らの正体に心当たりがあった。真紅に染まった《真》国の戦闘衣。武器をもたぬ、徒手空拳の騎士たち。それを束ねる黒髪の長――――ただ、そんな馬鹿な、という疑いの感情の方が強かったのだ。《教会》の最高位戦闘師団である彼らが、こんな場所に来ることがあるのだろうか、と。大体この《箱舟》――――Dランク《箱舟》《アルレフィク》はそこまで重要視されている《箱舟》ではなかったはずだ。

 だが、その見立ては彼ら本人たちによってあっさりと覆された。

「我らは《七星司祭(ガァト)》が一人、コーリング・ジェジル様にお仕えする、《十字騎士団(クロスラウンズ)》第九師団だ。貴様たちを掃討せよとの命により、此処に参じた。コーリング様が統治を任されていらっしゃるこの《箱舟》を襲った罪、その命を持って償ってもらおうか」

 やはりか――――という苦い確信と共に、なるほど――――という納得。第九師団、特にその団長であるチャイネイ・ズローイクワット…目の前の青年だろう…の、彼らを率いる《七星司祭》第六席、コーリング・ジェジルに対する狂信ぶりはそこそこ有名だ。どうやらここは、コーリングに支配権のある《箱舟》だったらしい。《魔王(キング)》のレギオンは、意図せずして地雷を踏んでしまった、という事なのだろう。

 そして第九師団の面々は、シュートやククリと戦闘面での相性が悪い。《刻印》の効果によって死ぬことはほぼないとは言っても、シュートもククリも、武器はダガーナイフなどの刀剣武器だ。鍛え上げられた鋼の肉体をもつ彼らには、刀剣で傷をつけることは難しいだろう。

 ここは素直に退散すべきだろうか。いや――――望めなさそうだ。

 いつの間にか、シュートとククリを、第九師団の面々が取り囲んでいる。

「賊といえども、これだけの被害を引き起こしたのだ。相当の手練れと見受ける。故に――――悪いが、我ら全員で相手をさせてもらおう!」

 瞬間、第九師団が距離を詰める。豪風の様な、凄まじいスピードだ。雑兵たちとは比べ物にならない。

「ククリッ!!」
「分かってる!」

 彼らを十分にひきつれて―――――跳躍。半ば化外と化しているシュートとククリは、人体を明らかに凌駕した身体能力を保持していた。だが、第九師団も一般人ではない。彼らもまた、鍛え抜かれた精鋭たちだ。特に、その団長であるチャイネイの戦闘能力は『異常』の域へと踏み込んでいた。

「覇ッ!!」

 飛び上がったシュートとククリよりもさらに上空に跳躍力だけで瞬時に出現するチャイネイ。その足が空中で高々と上げられ――――凄まじい速度で振り下ろされる。その型、断頭台のごとし。

 豪速の踵落しを、シュートとククリはお互いの足の裏を足場にして、横に飛ぶことで回避した。ズン、という激しいインパクト。チャイネイの踵落しが《着弾》した地面が、大きくえぐれていた。

 ――――凄まじい威力だ。

 本来ならば、刀剣術も含むありとあらゆる格闘術は、足場がなければ真価を発揮しえない。踏込が甘いと、攻撃を行う部分に力がうまく入らないからだ。回避でも同様。空中での姿勢制御が困難とされるのはそれがゆえんだ。空中で素早く攻撃を回避するには、先ほどのシュートとククリが行ったように、別の何かを足場にして跳躍するなどの方法が必要である。

 だが、チャイネイの踵落しは、それを全く行わずに放たれたにもかかわらず、とても人間業とは思えない凄まじい威力をたたき出した。一体彼の身体はどうなっているのだろうか。

 ふとそこで、シュートはチャイネイの体を、淡い黄金色のオーラが蓋っていることに気づく。その気は彼の体の内側からあふれ出ているようだった。

 そう言えば、と、ふと思い出す。旧世界の東方に、《チャクラ》と呼ばれる秘術の使い手がいたと言うことを。人間を逸脱した様々な能力を得て、やがて神仏に至るまでの霊力回路。それがチャクラだ。超人ですらその力を開放するのは難しいという。

 間違いなくチャイネイの術はそれだ。チャクラの使い手と、まさかこのような形で対峙することになるとは――――。

 これはまずい。かなりまずい。いよいよもって、シュートとククリが、二人だけでこの男に勝つのは難しくなった。それだけではなく、この場には他の第九師団のメンバーも存在する。おまけにシュートとククリは、先ほどの回避でそれぞれ真反対の方向に分けられてしまっていた。それぞれの周囲を、構えた第九師団が囲っていく。

 どうするか――――シュートが起死回生の一策を模索し始めたその時だった。


 ズパァンッ!!と、凄まじい音と共に時空がはじけた。亀裂が生まれ、そこから見慣れた赤い髪の青年と、金色の髪の少女が姿を現す。

「我が王……それに、姫様!?」
「わお、王様にお姫様だ」

 《魔王(キング)》と、メイだった。キングは宝具のうちの一つ、巨大な三つ刃の刀を装備して、堂々とそこに君臨していた。

「遅くなってすまないね、シュート、ククリ」
「いえ……こちらこそ及び立てして申し訳ございません」
「謝る必要はないよ。丁度、完全開放できるようになった《冥王(ブルートー)》を試したかったんだ」

 ギラリ、と、三つ刃の刀が禍々しく輝く。

「さぁ、勝負しようか、第九師団の皆さん?」 
 

 
後書き
 お待たせしました。『ファーストリべリオン編』第四話です。FL編は全六話を予定しているので、予定通りに行けばあと二話ですね。次回の更新もやはり遅くなるでしょうが、気長にお待ちいただけると嬉しいです。

 感想・ご指摘等お待ちしております。 
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