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孤独な牛

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第五章


第五章

「まずは」
「どうなのだ?」
「出られます」
 これがダイダロスの答えだった。
「ミノタウロス様は。ここから」
「出られるのか」
「はい」
 また答えた。
「出られます」
「そうか。私は出られるのか」
 それは聞いた。しかしそれでもミノタウロスの顔は晴れてはいなかった。
「ここから。このラビリンスから」
「出られます、絶対に」
 ダイダロスの返答はさらに強いものになっていた。
「ミノタウロス様がそれを願われれば」
「私自身がか」
「そうです」
 返答はさらに続いていた。
「そして。どうされますか?」
「ここから出るかどうかか」
「そうです」
 やはりそれしかなかった。話はさらに先鋭化してきていた。
「ミノタウロス様が御決断されればです」
「私は。外の世界を見たい」
 ミノタウロスはダイダロスに対して答えるようにして述べた。
「外の世界で暮らしてみたい。そして」
「そして?」
「そなた以外の人間も見てみたい」
 言葉は自然と出て来ていた。彼の心をそのまま出しているかのように。
「是非な。だからこそ」
「出られるのですね」
「うむ」
 ダイダロスの問いに対してはっきりと頷いてみせたのだった。
「出たい。是非な」
「わかりました。それではですね」
「どうやって出るというのだ?」
「ただ外に出ただけでは駄目です」
 それは駄目だというのだった。
「クレタは島になっています。ですからただ逃げ出しただけでは」
「捕まってしまうか」
「海は。御存知ですね」
「本では読んだ」
 あくまで書でのことだけだがそれでも知っているミノタウロスだった。
「この世を覆っている水の集まりだな」
「そうです。それがこのクレタを取り囲んでいるのです」
「泳ぐことができるというが」
 ミノタウロスはこのことも知ってはいた。しかしであった。
「だが私は泳いだことがない」
「はい。ですから海を越えるには船しかありませんが」
「そちらはどうなのだ?」
「それもまた困難です」
 ダイダロスは首を横に振ったうえでまた答えた。
「それもまた」
「難しいか」
「船は全て王の手によるものです」
 クレタは貿易によってかなり栄えておりその繁栄はミノス王の善政によるところが大きかった。それはそのまま船が王の指図で意のままに動くということだった。
「ですから。それもまた」
「使うことはできぬか」
「その通りです」
「ではどうすればいいのだ?」
 不安になり怪訝な顔にもなってダイダロスに対してまた問うた。
「ここから逃げることはできないではないか。どうしても」
「ですが。逃げられます」
 しかしダイダロスはそれでもこう言うのであった。
「必ず」
「必ずか」
「確かに海があります」
 これはどうしようもないことであった。
「ですがこれは越えられるのです」
「どのようにしてだ?」
「三日。お待ち下さい」
 彼は時間を区切ってきた。
 
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