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緋弾のアリアGS  Genius Scientist

作者:白崎黒絵
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イ・ウー編
武偵殺し
  25弾 ファーストキス

「ねえミーくん。知ってる?アタマとカラダで人と戦う才能ってさ、けっこー遺伝するんだよね。武偵校にも、そういう遺伝子系の天才がけっこういる。でも……お前の一族は特別だよ、オルメス」

 途中まではあの狂気的な笑みを携えて俺の方へ、そして最後の方は鋭い刃物のような視線でアリアに向かって。

 俺の良く知る理子は、俺の知らない表情で、声音で、態度で、喋っていた。

「――――!」

 理子に言われた単語に、アリアは電流を打たれたように硬直した。

 表情から察するに……どうしてあんたがその名前を知っているの?って感じだな。

「あんた……一体……何者……!」

 眉を寄せたアリアに、にやり、と理子が笑う。

 その顔を、窓から入った稲光が照らした。

「理子・峰・リュパン4世――――それが理子の本当の名前」

 リュパン……アルセーヌ・リュパンのことか。

 大昔に活躍したフランスの大怪盗。今でもその存在は様々な小説やアニメ、ゲームなどで形を変えて出てくる。

 理子はあのリュパンの曾孫だったのか。道理で、情報を盗むのが上手いはずだ。

「でも……家の人間はみんな理子を『理子』とは呼んでくれなかった。お母様がつけてくれた、このかっわいい名前を。呼び方がさ、おかしいんだよ」

「おかしい……?」

 アリアが、呟く。

「4世。4世。4世さまぁー。どいつもこいつも、使用人どもまで……理子をそう呼んでたんだよ。ひっどいよねぇ」

「そ、それがどうしたってのよ……4世の何が悪いってのよ!」

 同じ4世として何か思うところがあったらしく、ハッキリとそう言ったアリアに、理子はいきなり目玉をひんむいた。

「――――悪いに決まってんだろ!!あたしは数字か!?あたしはただの、DNAかよ!?あたしは理子だ!数字じゃない!どいつもこいつもよぉ!」

 突然、キレた理子は――――

 俺たちではない、誰かに対して、叫んでいた。

 ここではない、どこかに対して怒っていた。

「曾お爺様を越えなければ、あたしは一生あたしじゃない、『リュパンの曾孫』として扱われる。だからイ・ウーに入って、この力を得た――――この力で、あたしはもぎ取るんだ――――あたしをッ!」

 悲しげな顔で訴え、悲痛な面持ちで叫び、激怒した顔で怒鳴る。そんな理子の言葉を、アリアは深刻な面持ちで聞いていた。

 本来ならここは空気を読んで黙っておくべきなんだろうが、俺はキンジの親友として、そして金一の弟として、理子に聞かなければならないことがあった。

「理子。1つだけ、質問させてもらうが……結局、何でおまえは『武偵殺し』なんてやってたんだ?」

「……『武偵殺し』?ああ。あんなの」

 じろ、と、理子がアリアを見る。

「プロローグを兼ねたお遊びよ。本命はオルメス4世――――アリア。お前だ」

 その眼は、俺の知ってる理子の眼ではなかった。

 獲物を狙う、獣の眼だ。

「100年前、曾お爺様同士の対決は引き分けだった。つまり、オルメス4世を(たお)せば、あたしは曾お爺様を超えたことを証明できる。ミズキ……お前もちゃんと、役割を果たせよ?」

 獣の眼が、今度は俺に向けられる。

「オルメスの一族にはパートナーが必要なんだ。知ってるだろ?曾お爺様と戦った初代オルメスには、優秀なパートナーがいた。だから条件を合わせるために、お前をくっつけてやったんだよ」

「俺とアリアを近づけたのは計算通りだったってわけですねわかります」

「そゆことっ」

 理子は再びいつもの軽い調子に戻って、くふ、と笑った。

 こいつ。

 このバカ理子を――――演じてたみたいだな。今まで。ずっと。

「ミズキのチャリに爆弾を仕掛けて、わっかりやすぅーい電波を出してあげたの」

「そんで、マヌケなアリアはそれにあっさりと引っかかったと。つーかそれ、アリアが万が一気付かなかったら俺死んでんじゃん」

「まあミズキなら1人でも何とかできたんじゃないかな?」

 理子が可愛らしく首を傾げる。いくら可愛いくても許さねえからな。

「それに、もしミズキが死んじゃっても別の人をアリアにくっつければいいだけだし」

「つまりお前は俺を友達として認識してなかったんだな?なら先週貸した『リトルバスターズ!』を今すぐ返せ」

「それは無理ー。何故なら今理子の手元に無いから。理子、ほとんど手ぶらで来ちゃったんだよねー。それに、理子はちゃんとミズキのことを友達だと思ってたよ?ミズキが死んだら毎日お墓参りに行ってあげるつもりだったよ?」

 どの口が言うんだこの薄情者。

「……まあいいか。結局そこのマヌケなアリアが気付いてくれたわけだし。結果オーライだな」

「誰がマヌケよ!?」

 俺が何気なくアリアをディスると、今までまた空気になって会話に入れなかったアリアがここぞとばかりに入ってくる。今回は邪魔しない。

 俺が黙るのを見て、再び理子の方を向いて睨みつけるアリア。

「……あんた、あたしが『武偵殺し』の電波を追ってることに気付いてたのね……!」

「そりゃ気付くよぉー。あんなに堂々と通信科(コネクト)に出入りしてればねぇ―。でも、ミズキがあんまり乗り気じゃないみたいだったから……バスジャックで協力させてあげたんだぁ」

「バスジャックもあんたの仕業だったのね……!」

 いや、理子が『武偵殺し』だったんだからそりゃそうだろ。それでもオルメス4世なのかアリア。

「ミズキはもう気付いてるよね。あたしが腕時計の針を狂わせてたこと」

「もちろん。ちなみにまだ直してないけどな。時間なかったし」

 理子との温室での密会の時、理子はわざと俺の腕時計を壊した。

 そして理子は修理を口実にそれを持ち帰り、細工を仕込んだ。

 そのせいで俺はあの日、7時58分のバスに乗り遅れて――――

「何もかも……あんたの計画通りだったってわけね……!」

「んー。そうでもないよ?予想外のこともあったもん。チャリジャックで出会わせて、バスジャックでチームを組ませたのに――――ミズキがアリアとくっつききらなかったのは、計算外だった。ミズキがそこまで去年の夏のことを引きずってるとは思わなかったもん」

「黙れ」

 俺は考えるよりも早く、拳銃を抜いて安全装置を外し、理子の頭部に照準を合わせていた。

「くふふ。怖い怖い。でもかっこいいよ。ミズキは怒ってる顔も素敵だね」

「それ以上ふざけるなよ、理子。去年の夏――――キンジが死んだあの日のことは、俺にとって禁句(タブー)なんだ。お前だって知ってるだろ?」

「そうだったっけ?理子忘れちゃったぁー。なーんて、本当は知ってて言ったんだけどね。それにしても、キンジもキンジでかっこよかったし強かったよねぇ。理子、最初はアリアはキンジと組ませようと思ってたもん」

 ふざけた態度でキンジのことを話し続ける理子に、俺の中の何かがキレそうになってるのが分かる。

 これは俺の弱点だ。

 キンジのことになると、俺は冷静でいられなくなる。

「くふ。ほらアリア。パートナーさんが怒ってるよぉー?一緒に戦ってあげなよー!」

 理子。さすが、怪盗リュパンの4世だな。

 ここもまた、お前の筋書き通りなんだろ――――!

「ミズキ。何でキンジは死んじゃったんだろうね。あんなに強かったのにさ。一体、誰のせいだったんだろうね」

「やめろ!」

「ミズキ!理子はあたしたちを挑発してるわ!落ち着きなさい!」

「これが落ち着いていられるか!」

 これ以上、キンジの話をされるのは、耐えられない!

 衝動的に、俺が拳銃を握る右手に力を込めた瞬間。

 飛行機がまた、ぐらり、と揺れて。

「!」

「おーらら♪」

 気が付いた時には、俺の手から――――拳銃が消えていた。

 がしゃん、がしゃ……と、虚ろな音を立てて、銃は真後ろの床を滑って行く。

 見えたのは、こっちに小ぶりな拳銃――――ワルサ―P99を構えた理子の笑顔だった。

「ノン、ノン。ダメだよミズキ。今のお前じゃ、戦闘の役には立たない。なにせお前は、去年の夏のあの時以来――――」

「やめろ!」

 次の瞬間、理子が何を言うのか反射的に理解した俺は、その言葉を遮ろうと叫ぶが、理子は俺に向かって微笑むと声を出す。

 これは誰にも、特にアリアにだけは聞かれたくなかった。

 バスジャックのあの時、アリアに見せた俺の無様な姿。

 あの時は自分から明かそうとしていたその理由が今、最悪のタイミングで、明かされた。

「――――仲間が一緒にいると、戦えない体質になったんだもんね」



「あの夏。自分のミスでキンジが死んだお前は、それから仲間と共に戦うことが出来なくなった。仲間がいると、不安になって、冷静さを失って、動悸が激しくなり、視野が狭くなり、震えが止まらなくなるようになった。ほら、必死に隠してるつもりみたいだけど、今も震えてる」

「やめろ……やめてくれ」

 震える手を背中の後ろに隠し、俺は言う。

 それでも、理子の口は止まらない。

「今だって立ってるのが精一杯のはずでしょ?アリアの前でかっこつけたいのはわからなくもないけど、我慢は身体の毒だよ?ミーくん」

「やめて……くれ……」

 遂に声も掠れてきた俺を見て、理子が盛大に笑う。俺はそんな理子から目を逸らし、アリアの方に視線を向けようとして――――やめる。

 今の話を聞いたアリアは十中八九、俺に失望しているだろう。この前まではそれを望んでいたはずなのに、今はアリアに失望されてることを知るのが怖い。

 俺がそんな風に固まっていると、不意に――――

「……ッ!」

 アリアが動いた。まるで小さな、獅子のように。

 ばんっ!と床を蹴ったかと思うと、2丁拳銃を構えて襲い掛かる。

「……さっきから聞いてればぐちぐちぐちぐち言って。パートナーへの暴言は、あたしが許さないわ!」

 一気に距離を詰めたアリアは、そのまま近距離で理子に向かって発砲する。

 理子はそれをぎりぎり躱し、後ろに大きく跳んで距離を取る。

 アリアは理子を追撃しようとせず、そのまま自分も後ろに跳ぶ。

 そして俺の方に向かってきて――――

 げしっ!

 頭に踵落としを喰らわせてきた。

「痛っつ!……おいアリア!お前急に何して……!」

「うるさい。男ならそれくらいで文句を言うんじゃない!」

 アリアは俺が今まで見たことが無いほど怒っていた。むしろ激怒していた。

「えっと……アリア、さん?もしかしなくても……怒ってます?」

 アリアのあまりの怒りっぷりに敬語になってしまった。アリアさん迫力マジぱない。

「怒ってるわよ!そりゃ怒るわよ!あんた、あいつにあんだけ言われて悔しくないの!?武偵なら、一回言われたら一発撃ち返しなさい!」

「いや……言葉に銃弾で返したらダメだろ……」

 アリアのあまりに暴走しすぎた考えにツッコミを入れる俺。でも、確かにアリアの言ってることには賛成だ。俺は武偵で理子は犯罪者。遠慮する必要はない。

 そして俺は気付いた。手の震えが治まってることに。

 アリアの、おかげだな。

「悪いな、手間かけさせて。俺はもう大丈夫……とはさすがに言えないが、少なくともさっきよりはマシになった。ありがとな、アリア」

「ふん!別に、お礼を言われるほどのことじゃないわ。あんたは今、あたしのパートナーなんだから。武偵憲章1条『仲間を信じ、仲間を助けよ』。あたしはそれに従ったに過ぎないわ」

 お礼を言われたアリアは頬を少し赤らめてそっぽを向き、早口でまくしたてる。本当、素直じゃないやつだよな。

「……で、ミズキ。どうする?あんた、あたしと一緒じゃ戦えないんでしょ?」

「ああ。今は震えも止まってるが、たぶん戦闘が始まったら再発するな」

「じゃ、あたしが1人で戦うわね。『武偵殺し』とは、元々1人で戦うつもりだったし」

「分かった。でも、無理はするな。いざとなったら、すぐに引け。俺が何とかする」

 アリアは俺のその言葉に返事はせず、一度頷いてから理子の方に振り向き睨みつける。

 理子はそんなアリアの明らかな敵意をものともせず、笑顔のまま正対する。

「あ、もう話は終わったー?2人のイチャイチャ、存分に堪能させてもらったよ?」

「い、イチャイチャなんてしてないわよ!」

 理子が茶化して、アリアが赤面する。このやりとりも、しばらくは見納めだな。

 何故なら――――

「それじゃ、そろそろ本当に始めようか。理子とアリア――――リュパンとオルメス、どっちが強いのか決める戦いを。理子が、理子を手に入れるための戦いをッ!」

 そう言うや否や理子はアリアに襲い掛かる。右手だけで構えたワルサーP99から9×19㎜パラペラム弾を発射する。

 アリアはそれを難なく躱すと、自分もダッシュで理子に近づき、至近距離で発砲する。

 理子は上に跳んで空中で身を捻りながらアリアの後方に着地。少し距離の開いた2人は、お互いに視線で牽制しながら再装填(リロード)を行う。

 かならず常にどちらかの銃を理子に向けて再装填(リロード)を行うアリアは、笑っていた。

 いける、と判断したのだろう。相手の火器を見て。

 常に防弾服を着用している武偵同士の近接戦では、拳銃弾は一撃必殺の刺突武器になりえない。打撃武器なのだ。

 そうなるとものを言うのは、装弾数となる。

 あの広いスカートの中に、弾が20発でも30発でも入るUZIを隠し持たれていたら詰みだが、ワルサーP99には通常16発までしか入らない。

 対するアリアのガバメントは7発。チェンバーにあらかじめ入れておくか、エジェクションポートから手で1発入れておけば、8発まで入る。

 これが2丁あるから、最大16発。互角だ。

 だが――――

「アリア。2丁拳銃が自分だけだと思っちゃダメだよ?」

 お互いに再装填(リロード)が終わると、理子はカクテルグラスを投げ捨て、その手で――――

 もう一丁、ワルサ―P99をスカートから取り出した。

「!」

 アリアが驚いて一瞬動きを止めた。そしてその隙を狙って理子が再びアリアに襲い掛かる。

「くッ……このっ!」

「あはっ、あはははっ!」

 アリアと理子は至近距離から、拳銃でお互いを撃とうとせめぎ合う。

 武偵法9条。

 武偵は如何なる状況に於いても、その武偵活動中に人を殺害してはならない。

 その法を遵守するため、アリアは理子の頭部を狙えない。

 そして理子も――――合わせているつもりか、アリアの頭部を狙わない。

 まるで格闘技のように、アリアと理子の手が交差する。

 武偵同士の近接拳銃戦は、射撃線を避け、躱し、あるいは相手の腕を自らの腕で弾いての戦いだ。

 バッ!ババッ!

 放たれる銃弾は、お互いの小柄な体を捕らえず壁に、床に、撃ち込まれていく。

「――――はっ!」

 弾切れを起こした次の瞬間、アリアはその両脇で理子の両腕を抱えた。

 2人は抱き合うような姿勢になり、理子の銃撃が止む。

 いいぞ。格闘戦では、アリアの方に分がありそうだ。

「これで――――チェックメイトよ!」

 アリアが理子の腕を抱えたまま足を払って押し倒そうとする、その直前。

双剣双銃(カドラ)――――奇遇よね、アリア」

 理子が、言った。

 突然話し始めた理子に、アリアは足払いを中断してしまう。

「理子とアリアは色んなところが似てる。家系、キュートな姿、それと……2つ名」

「?」

「あたしも同じ名前を持ってるんだよ。『双剣双銃(カドラ)の理子』。でもね、アリア」

 理子以外のすべての動きが、止まる。

 その、ありえない、不気味な光景に。

 無機物さえ、恐れおののいて時が止まる。

 なんだ……あれは!?

「アリアの双剣双銃(カドラ)は本物じゃない。お前はまだ知らない。この力のことを――――!」

 しゅら……しゅるるっ。

 笑う理子の、ツーサイドアップの、テールの片方が――――まるでギリシャ神話のメデューサの髪のように、動いて――――

 シャッ!

 背後に隠していたらしいナイフを握り、アリアに襲い掛かった。

「!」

 一撃目は、驚きながら避けたアリアだったが――――

 ザシュッ!

 反対のテールに握られたもう一本のナイフが、鮮血を飛び散らせた。

「うあっ!」

 アリアが――――真後ろに、仰け反る。

 側頭部を斬られた。血が、赤く、紅く、朱く、緋く、ほとばしる。

「あは……あはは……曾お爺様。108年の歳月は、こうも子孫に差を作っちゃうもんなんだね。勝負にならない。コイツ、パートナーどころか、自分の力さえ使えてない!勝てる!勝てるよ!理子は今日、理子になれる!あは、あはは、あははははは!」

 また、狂ったような声音で叫びながら――――

 理子は髪で押しのけるようにして、アリアを突き飛ばした。

 あの髪、よほど怪力なのだろうか。アリアは驚くほど易々と吹っ飛ばされ――――ボロ雑巾みたいに、俺の足元に転がって来た。

「アリア……アリア!」

 顔面を真紅に染める血に瞼をきつく閉ざしながらも――――アリアは、拳銃を放さずにいた。

 理子は――――テールで握ったナイフについた血を、ぺろり。美味そうに、舐める。

 ありえない……

 あいつは化け物だ。

 とにかくアリアを連れて、逃げなければ!

 高笑いしながらの理子の声が、背中にかけられる。

 きゃははははっ!――――ねえねえ、この狭い飛行機の中、どこへ行こうっていうのー?



 久々のお姫様抱っこで抱えたアリアは――――悲しいほどに、軽かった。

 人間というものは、強張っていたり暴れてたりすると実際より重く感じられる。

 アリアは意識が途切れつつあるのか、脱力しきっているのだ。

 さっきのスィートルームに逃げ込んだ俺は、アリアをベッドに横たわらせた。

 血まみれの顔面を、まずは備え付けのタオルで拭ってやる。

「う……っ」

 うめくアリアのこめかみの上、髪の中には、深い傷がついていた。

 まずい――――側頭動脈をやられてる。

 頸動脈ほどの急所じゃないが、すぐに血を止めなければ――――!

「しっかりしろ……傷は浅い!」

 武偵手帳に挟んであった止血テープで、アリアの傷をとにかく塞ぐ。だが、止血テープとはワセリンで強引に血を止めるだけの、その場しのぎにしかならないモノだ。

 それが分かっているのだろう。アリアは、俺の嘘を力なく笑って流していた。

「アリア!」

 俺は半ばキレ気味に、白衣の中に手を突っ込んだ。内側に大量に増設されていたポケット中から、1つの薬品を取り出す。

「応急的な回復薬だ!アレルギーは無いな!?」

「…………な……い……」

 俺が作ったこの傷薬は、一時的に傷の治りを爆発的に早め、なおかつ気付け薬と鎮痛剤の役割も果たしている。まさにゲームに出てくるみたいな、回復薬だ。

「これは心臓に直接打つタイプの薬だ。いいか、これは必要悪なんだからな」

 前置きすると、俺はアリアの小さな身体にまたがるようにベッドに上がり、薬を注射器に入れる。

 そしてアリアのセーラー服の胸元に、手をかける。

「へ……ヘンなこと……したら、風、穴……」

「ああ、風穴をあけられるぐらい、元気になってくれ――――!」

 俺はブラウスのジッパーを乱暴に下ろし、左右に引き開けた。

「う……」

 アリアが、小さく震えて――――

 あの、トランプ柄の下着が(あら)わになった。

 白磁のような肌。最後の最後まで薄布1枚で守られている、愛らしい、女の子の胸。

 どきん、と、俺の心臓が跳ねる。

 こんな時に不謹慎も甚だしい。

 でも、これはあれだ。アリアが可愛すぎるのが悪い。

「アリア……!」

 アリアの白い肌に、震える指を乗せる。

 ミニチュアのように小柄な胴に指を這わせ、胸骨を探し当てる。

 そこから指2本分、上――――そこが心臓だ。ちょうど、フロントホックの辺り。

「ミ、ミズキ……」

「動くな」

「こ……こわい……」

 蚊の泣くような声を聞きながら、右手に持った注射器のキャップを口で外す。

「――――アリア、聞こえるか!打つぞ!」

 アリアは、答えない。

 ピクリとも動かない。

 心臓の鼓動が――――

 止まってる。

 アリア!

「――――帰ってこい!!」



  ぐさッ――――!



 殴るように、注射器を突き立てた。

 迷うと失敗する。だから一思いに、ぎゅっ。薬剤をアリアの心臓にぶち込む。

「――――!」

 びくん、とアリアが痙攣した。

 薬の激しい威力に、歪む顔。

 だがそれすら、どういうわけか愛おしく思える。

 生きてる。生き返った。その証拠だからだ。

「う……!」

 アリアは大きく息を吸い込むと、ぷるぷる震えながらその小さな口を開く。

 どうなる……?

 甦ろうとするアリアは……青ざめていた肌をピンクがかったものに戻しつつ、呼吸を次第に強めていく。

 そして……

「――――っはぁ!」

 がばっ!

 某有名ゾンビゲーみたいに、上半身を起こしてきた。

「って……えっ!?な、な、なな、何!?何これ!む、胸!?」

 だが薬のせいか、アリアの記憶は混乱し、いくらか飛んでるようだ。改良の余地ありだな、あの薬。

「ミ――――ミズキ!またあんたの仕業ね!こ……こんな胸!なんで見たがるのよ!嫌味のつもりか!小さいからか!いつまで!たっても!成長しないからか!どうせ!身長だって!万年142センチよっ!」

「落ち着けアリア。あと、一部では貧乳はステータスらしいぞ?」

「嘘言うなっ!」

 混乱状態のアリアは顔どころか全身ゆでダコみたいに真っ赤になって、ブラウスの前を閉じようとした。そして自分の胸に、注射器が突き刺さっていることに気付く。

「ぎゃー!!」

 花の女子高生とは思えない悲鳴を上げ、豪快に注射器を引っこ抜くアリア。

「どういうこと!?ねえミズキ、これどういうこと!?」

「ああ、それな。お前は理子にやられて、俺が、自作の回復薬で――――」

「りこ……理子――――ッ!!」

 服を乱暴に整えると、アリアはベッドの上から左右の拳銃をむしり取った。

 そして、鬼の形相のまま、バランスの悪い足取りで部屋を出て行こうとする。

 ――――まずい。

 あの薬は回復薬であると同時に、興奮剤でもある。

 薬が効きやすい体質なのか、アリアは正気を失っているようだ。

 自分と理子の、戦力の優劣が判断できていない――――!

「待てアリア!まともにやっても、理子には勝てない!」

 俺はドアの前に立ちふさがり、アリアの左右の拳銃を手のひらごと鷲づかみにした。

「そんなの関係ない!は、な、せ!あんたなんか、どっかに隠れてなさい!」

 アリアは俺に両手を握られたまま、牙のような犬歯をむいて喚く。

「静かにしろアリア!これじゃあ理子に――――俺とお前が同じ部屋にいて、チームワークが働いてないことまでバレる!」

「かまわないわ!あたしはどうせ独唱曲(アリア)よ!理子は1人で片付ける!それにだいたい、そもそも、あんたはあたしのことなんか助けに来なくても良かったのよ!」

 俺を睨むアリアのツリ目は、その紅い瞳を激しい興奮に潤ませていた。

「あんた、あたしのこと嫌いなんでしょ!?あんたは言った!青海に行ったとき!ブティックに行く前に!あたし――――覚えてるんだから!」

 それを覚えてるなら理子と遭遇する前にここでした俺との会話も覚えてろよ!割とストーレートに好意を伝えたぞちくしょう!

 そう言いたい気持ちを抑えて、俺は冷静に、思考を巡らせる。

 アニメ声で叫ぶこの口を、塞がなければならない。でも、アリアの銃を押さえるこの両手は絶対に離せない。

 これを離したら、アリアは俺を撃って、すぐさま部屋を出て行ってしまうだろう。

 ――――これを何とかする方法は――――

 ……無くは、ない。

 アリアの弱点を突く、最終手段がある。

 だがそれをやれば、おそらくアリアを傷つけてしまう。

 俺はもう、アリアの傷ついた顔を見たくない。

 でも……でも!

 今はもう、四の五の言ってられない!

 このままだと、理子は真っ直ぐここにやってきてしまう。

 俺たちが言い争っているに気づけば、簡単に始末できると踏むだろう。

 そしてそれは、おそらく正解で。

 戦えない俺は元より、アリアまで――――殺される――――!



「あたしは覚えてる!あんたは、あたしに『スキかキライで言えばキライ』って言った!あたし、あの時は普通の顔してたけど――――あたし、あんたのこと、パートナー候補だと思ってたのに、『キライ』って言われて――――あの時、本当は、胸が、ズキンって――――」



 ああ、アリア。

 ――――許せ!必要悪だ!

「だからもういいのよ!あたしのことキライならいいのよ!あたしのことキラ――――」

 喚くアリアの口を、俺は。

 塞いだ。

 口で。

「――――!!!」

 赤紫色(カメリア)の目を、飛び出させんばかりにして驚くアリア。

 恋愛沙汰の苦手なアリアは、俺の決死のキスに――――

 思った通り、完全に、固まってくれた。

 黙るどころか、両手の先までまるで石化したようにびびんと突っ張っている。

 ――――ぷは!

 2人は口を離し、同時に息を継いだ。

 長い――――キスだった。お互い硬直してたせいで。

「アリア……すまない。こうするしか、なかった」

「……か……か、か、かざ、あにゃ……」

 ふら、ふらら、へなへな。

 アリアが……その場にへたり込んだ。

「バ、バ、バカミズキ……!あんた、こ、こんな時に……なんてこと、するのよ……!あたし、あたし、あたし、ふあ、ふぁ……ファーストキス、だったのに……!」

 また騒ぎ出すかとも一瞬思ったが、それは無さそうだ。

 ノドの奥から出るその涙声は、脱力しきって、かすれている。

「安心していい。俺もだ」

「バカ……!せ、責任……!」

 涙目で俺を見上げ、プルプルと小動物のように震えるアリアに――――

 恥ずかしさが顔に出るのを全力で押さえながら俺は、屈んで、目線の高さを合わせてやった。

「ああ、どんな責任でも取ってやる。でも――――仕事が、先だ」

「……」

 ついに黙りこくってしまったアリアの耳元に口元を寄せ、俺は囁く。

「武偵憲章1条。仲間を信じ、仲間を助けよ。さっきアリアはこの憲章に従って、俺を救ってくれた。だから次は、俺から行動を起こそう。俺は、アリアを信じる。だからアリアももう一度、俺のことを信じてくれ。いいか。2人で協力して――――『武偵殺し』を、逮捕するぞ」



「バッドエンドのお時間ですよー。くふふっ。くふふふっ」

 理子はどこからか用意したらしい鍵で、スィートルームのドアを開けてきた。

 そして、ナイフを握る髪の毛を手のように使って扉を押さえつつ――――両手に銃を携え、笑いかけてくる。

「もしかしたら、仲間割れして自滅しちゃったりしてくれないかなぁーなんて思ってたんだけど。そうでもなかったみたいなんで、ここで理子の登場でぇーす」

「俺はアリアシナリオをプレイしてるんだ。理子ルートは次の周回でやってやるから、今はお引き取り願えないか?」

「ダメダメ。ヒロインのシナリオ中に、他のヒロインが敵キャラとして出てくるのは定番でしょ?……で?アリアは?まさか死んじゃった?」

 髪のナイフでベッドを指しながら、理子が言う。

 そこは枕と毛布を詰めて、人がいるように見せかけているだけの膨らみだ。

「さあな」

 チラ、と俺が眼だけで横のシャワールームを見ると、理子は目ざとくその視線を追った。

「そういえばミズキ。戻ってるみたいだね、あの頃に。そういうミズキ、素敵だよ。どっきどきする。勢い余って殺しちゃうかも」

「そのつもりで来い。じゃなきゃ……お前が死ぬぜ?」

 低く、威圧するように言った、俺に――――

 理子はクラッときたような顔をして、拳銃を向けてきた。

「――――さいっこー。愛してるよ、ミズキ。見せて――――オルメスの、パートナーの力」

 引き金を引こうとした、理子に。

 俺は、ベッドの脇に隠しておいた非常用の酸素ボンベを盾にするように掲げた。

「――――!」

 撃てば、爆発する。

 俺ごと。そして理子ごと。

 それを悟った理子の手が、一瞬、止まる。

 一瞬で充分だった。

 俺はボンベを投げつけながら、理子に飛びかかろうとする。

 ゼロ距離になってしまえば、体格で圧倒できる。

「――――!」

 理子が眉を寄せた、その瞬間。

 ぐらっ!

「うっ!?」

 飛行機が突然大きく傾いた。

 足元がブレて、姿勢を崩した俺の目の前に――――

 斜めに傾いた部屋の中で、笑う理子のワルサーが俺の額を狙うのが見えた。

 そして。

 ――――!

 その銃口から鉛玉が放たれ、こっちに飛んでくる。

 ああ。これは避けられない。右にも。左にも。人間は銃弾より速く動けないからだ。

 絶対に避けられない。

 ならば――――

「こんなことも、あろうかと――――」

 俺は右手に持った、文から受け取った球体についたスイッチを押した。

 すると――――



  バンッ!



 その球体が超高速で大きくなり、俺と銃弾を遮る。

「なっ!?」

 理子のワルサ―から放たれた銃弾はそのまま球体へとぶつかり……

 ぼすっ

 と、音を立てて停止する。

 予想外のことに理子が眼を見開いた瞬間――――俺は横に移動して、アリアから借りた漆黒のガバメントを抜いて理子に向けていた。

「動くな!」

「アリアを撃つよ!」

 体勢的にこっちに銃を向けるのは間に合わないと判断したらしい理子が、シャワールームにワルサーを向けた時。

 がたんっ!

 天井の荷物入れに潜んでいたアリアが。

 転げ出てきながら、白銀のガバメントで――――

 ガンガンッ!!

 理子の左右のワルサーを、精密に手から弾き落とした。

「!!」

 さらにアリアは空中で拳銃を放し、背中から流星のように日本刀を2本抜く。

「――――やっ!」

 そして抜刀と同時に、振り返った理子の左右のツインテールを切断する。

 ばさっ、ばさっ――――

 茶色いクセっ毛を結ったテールが、握っていたナイフごと床に落ちる。

 さらにアリアは刀の峰の部分で、理子の髪を薙ぐ。

 すると、理子の髪の中から一つのコントローラーが落ちてきた。

 理子が、この飛行機を遠隔操作するために使っていたコントローラーだ。

「うッ――――!」

 理子は両手を自分の側頭部に当て、初めて、焦ったような声を上げた。

 ちゃき、とアリアは刀を納め、流れるような動作で拳銃を拾い上げる。

「峰・理子・リュパン4世――――」「――――殺人未遂の現行犯で逮捕するわ!」

 俺とアリアが、黒と銀のガバメントを同時に向けると――――

 理子は……にやぁ――――、と満面の笑みを浮かべて俺とアリアを交互に見た。

「そっかぁ。ベッドにいると見せかけて、シャワールームにいると見せかけて――――どっちもブラフ。本当はアリアのちっこさを活かして、キャビネットの中に隠してたのかぁ……すごぉい。ダブルブラフって、よっぽど息が合ってないとできないことなんだけどねぇ」

「不本意ながら一緒に生活してたからな。合わせようとも思わなくても、自然に合ってたんだよ」

「ふぅーん。ああ、あともう一つ聞くことがあったんだ。ミズキ、さっき銃弾を防いだあれ、何?」

「俺と文が共同で開発してた、銃弾防御用の道具。俺が開発した特殊な薬物を、文がお前からもらった爆弾の爆風を利用して、超高速で膨らむようにしたものだよ」

 そう、俺が文に開発を依頼し、そして先ほどもらった球体の正体はこれだったのだ。アリアと組んで仕事していると、銃弾を喰らう可能性がかなりありそうだと思って、念のために作っておいたんだが……結構大事な場面で役に立ってくれた。

「なるほど……理子が今回、敵に回したと思ってたのはアリアとミズキだけだったんだけど……もう一人、あややがいたのかぁ。それはちょっと盲点だったな。2人――――いや、あややを含めて3人か。3人は誇りに思っていいよ。理子、ここまで追い詰められたのは初めて」

「追い詰めるも何も、もうチェックメイトよ」

「ぶわぁーか」

 憎々しげに言うと、理子は髪を……わさわさっと全体的に動かした。

 マズイ――――!

 髪の中で、何か操作している!

 俺がダッシュで理子に接近しようとするも、

 ぐらり!

 また機体が大きく傾き、体勢を崩してしまう。どうやら、急降下しているようだ。

 俺と同じく体勢を崩したアリアが、壁にぶつかる。

 やられた。どうやら理子は、髪の中にもう一つコントローラーを持っていたらしい。

「ばいばいきーん」

 次の瞬間、理子は脱兎の如くスィートルームから飛び出していった。 
 

 
後書き
お久しぶりです+初めまして!白崎黒絵です!
やっと書きあがった……今回はかなり文量が多めになってしまい、投稿が遅くなってしまいました。すみません。

内容という名の妄想:理子りんが狂ってアリアが死にかけてミズキがトラウマ掘り返される話。あとついでにキスとかあったような気がするけど知らない。私は絶対に認めませんからね!

それでは恒例のあのコーナー!……と行きたいところですが。
今回からしばらく、「GS!今日の一言誰でShow!」はお休みにします。
何故かというと、ネタが尽きたから。
次回からは別の企画をやるつもりですので、お楽しみに。

それでは今回はこの辺で。次回のGSはまた一週間後位になりそうです。期末テストとテスト期間とか無くなればいいのに……
疑問、質問、感想、誤字脱字の指摘など、何かありましたらコメントください! 
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