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蒼き夢の果てに

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第5章 契約
  第91話 夜の翼

 
前書き
 第91話を更新します。

 次回更新は、
 7月2日。『蒼き夢の果てに』第92話。
 タイトルは『血の盟約』です。

  

 
「小僧を捕らえろ。但し、生きたまま。生きたまま心臓をえぐり出さなければ、夜の翼が呼び出せない!」



 左右から挟み込むように接近して来た黒い影。黒のマントを広げ迫り来る様は、まるで魔鳥の如し。その瞬間のヤツラの動きは常人に取っては、正に疾風迅雷で有っただろうか。しかし、この場の精霊を完全に支配している俺たちに取っては、幼稚園児の御遊戯に等しい動き。
 右の個体が上体を抑え込むように。左が下半身にタックルを掛けて来るかのように接近して来た黒い影。
 刹那。左手に持つ明かりを点した見せかけだけの魔術師の杖を高く放り上げ、左脚を軸に回転する大振りの回し蹴りにて軽く一蹴。
 小さな精霊を視認できる人間にのみ見る事の出来る淡い光輝(ひかり)。俺の行を指し示す蒼い光輝に包まれた右脚が、酷くゆっくりとした。……まるでスローモーションの映像のような動きで近付いて来る二体の黒いフード付きのマントを捉え――
 蹴り上げられたジャガーの戦士たちが一瞬、赤とも黒とも付かない霧に包まれた後、軽く十メートルは跳ね飛ばされ、泉の向こう側の森に到達。其処で数本の樹木をへし折り、そのまま視界から消えた。
 そう正に瞬殺。相手に俺を殺せない事情が有るのなら、この場で俺がヤツラに負ける理由は存在しなくなる。

 そのまま勢いを付けて一回転。その瞬間に視界に入ったタバサは普段通りのやや人形じみた無機質な表情で、俺の瞳を覗き込んだ後、僅かに首肯く。
 未だ十五……いや、彼女は既に十六歳に成っていましたか。しかし、それでも高が十六歳に過ぎない少女にしては何処か老成した雰囲気。それは、この暗闇の中。更に戦場の中に有っても尚、一切動じていない様子からも感じられる。

 最近、強く感じる……。まるで、彼女の方が俺よりも年上なのかも知れない、と言う有り得ない感覚をこの場でも更に強く感じた。
 しかし、それも流れる景色の中での一瞬の出来事。

 自分よりも明らかに体格の良い、更に加速のついた存在を二体、蹴り飛ばした反動から一回転。再び正面を向いたその時――

 俺を三方向から取り囲むように接近しつつあるジャガーの戦士。
 しかし!

 後方より俺の右横を走り抜ける黒炎が俺の右半身を。
 そして同時に、左半身はそれよりも明るい光を放つ炎が照らし出す。

 共に炎の攻撃。この攻撃は、タバサが召喚した三体の魔将の内の二体の攻撃。

 そう、右側を抜けた黒い炎……。マルコシアスの放つ炎の氷柱(つらら)は、熾天使ミカエルと互角に戦い、
 ウヴァルとは創世戦争の際、自らの主古き月の女神レヴァナに従って堕天した元能天使パワー。常に光と闇の狭間……、ヘブライの神により悪魔と規定された古の神々との戦いの最前線に立ち続けた調和と力学を司る天使。
 そもそも、この二柱の前では、人間レベルの相手をする為に召喚されたジャガーの戦士などが相手に成るはずはない。

 一瞬の内に炎の塊へと変えられたジャガーの戦士たちが悲鳴ひとつ上げる事もなく、彼らに相応しい臭気を放ちながら、やがて黒き消し炭へとその姿を変えられた。

 そして接近しつつ有った三体の内、最後に残った正面に迫るジャガーの戦士の瞳……。暗闇に光る猫族の瞳と、俺の蒼と紅。ふたつの視線が今、交わった。
 その無機質な瞳に――

 いや、猫の瞳は自らの感情を映す鏡。今この瞬間に俺が何を感じたとしても、それは単なる気の迷い。
 そんな思考に囚われながらも、身体は素直に戦闘状態を維持。
 特殊な体術を使用する事もなく、ただ掴みかかって来るのみのジャガーの戦士。その突き出して来た右腕を軽く紙一重で躱し空を切らせる俺。
 そして、空しく空を掴んだ状態で一瞬の空白を作った右腕を取り、そのまま巻き込むようにして腰で跳ね上げる。そう、これは一本背負いの形。神速で巻き込まれたジャガーの戦士が受け身の形を取る前。そもそも、自らが投げられたと意識する前に大地に叩き付けられるジャガーの戦士。
 次の瞬間。腕にあまり感じたくはない感触が伝わり、首をかなりマズイ形で折り曲げた人型の黒いフード姿が大地に転がった。

 これで残りは二体。
 心を殺し、そう考えた瞬間。

 目も眩むような閃光。そして同時に発生する轟音。
 刹那に走る空間に刻まれた蒼白き亀裂。それらはソロモンの魔将に因り強化された俺の瞳でも一瞬の煌めきとしか認識出来ない光の速度。
 タバサの放った九天応元雷声普化天尊(きゅうてんおうげんらいせいふかてんそん)の雷と、古き月の女神レヴァナが放つ雷が光の速さで奔り、残った二体のジャガーの戦士を無力化したのだった。


☆★☆★☆


 そうして……。

「すべてのジャガーの戦士は無力化された。後残るのはアンタだけやで、アルマンさんよ」

 氷空(そら)に描き出された炎の五芒星が発する明かりと、生命の息吹に溢れた世界。そして、霊力の籠められた鐘の音が響く中、最後の通告を行う俺。
 当然、アルマンに因る武装の解除と俺たちへの恭順の態度が示されれば、この場でのこれ以上の戦闘が為される事はなくなる。

 実際、ここまでの能力差を見せつけられれば、これ以上の抵抗が無意味だと悟ると思うのですが……。

「ア、アルマンの旦那――」

 アルマン・ドートヴィエイユに残された最後の部下、ルルド村のラバンがかなり不安げな表情で、自らの背後を振り返った。
 しかし……。
 しかし、その視線の先に存在する貴族然とした壮年の男は……。

「確かに、簒奪者どもの家系にしてはやるようだが、所詮はそのレベル。まして、使い魔など使い捨て。召喚者の俺が居れば、いくらでも呼び出せる駒に過ぎない」

 相変わらず自信に満ちた雰囲気でその場に立つのみ。上空の炎が作り出す明かりに照らし出されたその姿は、正に王の如し。
 ただ、更に続けて、

「しかし、ラバン。お前にはひとつ熟して貰いたい仕事が出来たのだが、頼めるかな」

 貴族としての余裕を残しながらも、振り返ったラバンを一瞥した後にそう話し掛けるアルマン。
 しかし、人外のジャガーの戦士八体を瞬殺出来る相手に、今更人間。それもネズミ程度の役にしか立たないと思われるラバンに頼みたい事など……。

「ええ、そりゃあもう旦那の為ならば、どんな仕事だってやって見せまさぁ」

 本心から……とは思えない気配を発しながら、それでも上っ面だけは媚びるような雰囲気でそう答えるラバン。もっとも、これも当然と言えば、当然の答え。
 ヤツは俺やタバサの正体がガリアの王太子とその未来の后……オルレアン家の当主と言う事を知って居るはずですから、この場でアルマンが俺やタバサに敗れると、自らもガリアに対する反逆者として処分される事は判って居るはずです。
 この場でのラバンの選択肢は初めからひとつしかなかったと言う事ですから。

 ラバンの答えに満足気にひとつ首肯くアルマン。
 そして次の瞬間!

「な、ダっ?」

 突如、突き出されたアルマンの右手が自らの胸にめり込むのを、信じられないと言う表情で見つめるラバン。その口から、逆流して来たどす黒い血液が溢れ出して来る。
 そうして……。
 直ぐに引き抜かれた右手を追い掛けるかのように、傷口から吹き出す液体が周囲を赤に染め、妙に鉄臭い臭気を広げて行った。

 ゆっくりと。本当にゆっくりと自らの作り出した血だまりに膝から崩れ落ち、物言わぬ存在へと変わるラバン。
 確かに、今までの被害者たちの何人かも、このラバンと言う男がおびき出していたのでしょうが、それにしても……。

「心配するな、ラバン。貴様程度でも、夜の翼を召喚する多少の役には立つ」

 彼と、そして生け贄となったラバンに相応しい色に染まった右手を頭上へと掲げながら、そう高らかに宣言するアルマン。赤とそれ以外の色にまだら模様に染まったその姿は明らかな狂気。
 そのまま、滴り落ちる液体ごと自らの口元に――

 しかし!

「止めろ、外道」

 上空からの光を反射して放たれる二筋の銀光が、アルマンの右手首と、そして、その手の中に存在する肉塊を貫いた。
 あまりの高速で飛来するその銀光……長さ十五センチほどの釘に因り、アルマンの右手首から上は斬り跳ばされ、その手の中に存在していたこぶし大の肉塊は四散。赤く細かな霧状の何かへと変わって仕舞う。

「確かに、そのラバンが生前に行って居た事が正道を歩んで居たとは言い難いと思う。しかし、それでもやって良い事と、やったらアカン事は有る」

 それに少なくとも、同族を喰うような行為を許す訳には行かない。
 そう。例え今、目の前に居るアルマンが自らの事を人間以上の存在――故に、人を喰ったとしても問題はない、と嘯いて居たとしていても、俺はそれを受け入れる訳には行きませんから。

 それを簡単に受け入れて仕舞うと、俺やタバサも人間ではない存在。異種と呼ばれる、人類とは違う種族だと言う事を受け入れて仕舞う事と成って仕舞いますから。

 しかし……。
 怒りとは違う、何か奇異な物を見つめる瞳で、俺の方を見つめるアルマン。
 そうして、

「人間以上の存在と成った俺を縛る正道など存在しないぞ、小僧」

 何とも表現のし難い……。にたぁと言う表現が一番しっくり来る表情を浮かべながら、そう言うアルマン。その口元に存在する、普通の人間では有り得ない程に尖った犬歯が、上空から照らし続ける炎を反射して鈍く光った。
 その時に確信する。人か、そうで無いかを決めるのは、見た目やその他――。例えば人語を話すかどうかなどが問題ではなく、その精神の在り様だと言う事を。

 しかし、この不利な状況下。陰の気の生命である吸血鬼に取っては、陽の気に溢れた世界も、そして、煩悩を払うと言われている除夜の鐘の響く世界も苦手なはず。まして、ヤツは周囲の気を取り込み、自らの気へと変換させるような方法は持っていないはずなのですが……。

 俺が瞳に霊力を籠めて、もう一度、眼前の元東薔薇騎士団所属の騎士の姿を見つめようとする。
 しかし……。

「小僧、死合え」

 腰に差して居たレイピアを、つい先ほど跳ね飛ばしたはずの右手に抜き放ち、そう言うアルマン。
 吸血鬼故の回復力。……としか考えられない状況。例え、水の秘薬を隠し持って居たにしても、そんな物を使用したような素振りを見せる事はなかったし、更に、俺の知らない系統魔法を使用して新しい手を形成したにしても、周囲の精霊力が系統魔法によって消費された兆候は感じなかった。

 見鬼の結果は生成り。半分、吸血鬼に成り掛けの人間。これ以外の結果は出ない。……だとすると、このアルマン自身の才が治癒能力に秀でた吸血鬼と言う事に成るのか、
 あるいは……。

 相変わらず思考は別の方向に向かいながらも、それでも一歩前に進み出る俺。多少の不確定要素が有るからと言って、ぐずぐずしているとタバサの方がこの一騎打ちを受けて仕舞いかねませんから。
 何故ならば、この目の前の男が、オルレアン大公の暗殺の実行犯の可能性も有るのです。流石に、自らの父親の仇討ちを考えていない、と言うタバサでも、目の前に実行犯かも知れない人間が現れたら、心穏やかで居られる訳は有りません。

 流石に、敵討ちなど意味がない。例え、相手を討ち果たしたとしても、殺された父親が帰って来る事はない、と頭では理解していたとしても、感情がそれを押し止めて置く事が出来るとは限りません。
 それに何より、そんな負の感情に染まる彼女を俺が見たくは有りませんから。

「王太子殿下は杖を持たないのですかな」

 飽くまでも余裕のある振りを続けて居るのか、それとも、本当に余裕が有るのかは判りませんが、それでも少し揶揄するような口調で、そう問い掛けて来るアルマン。その視線の先には、先ほど俺が放り出した状態。大地の上でぼぅと淡い魔法の光を灯したままの指揮者のタクト風の魔術師の杖が転がって居る。

 しかし、

「そのような心配は無用」

 非常に落ち着いた雰囲気で答えを返す俺。死合いを前にした高ぶった気を押し隠したような雰囲気などではなく、本当に何でもない事。ごく日常的な事を為そうとしているかのような雰囲気で。
 ひとつ、大きく呼吸を吐き出す俺。その時、真冬に相応しい大気が、俺の吐き出した吐息によって白く色を着けた。

 そして更に続けて、

「ガリアの王太子と有ろう者が地に落ちた杖を拾って、再び使用するような真似が出来る訳がない。まして、生成りを相手にするのに、魔術師の杖が必要な程度の術者と言う訳でもない」

 それに、そもそも俺の魔法。仙術を行使するのに、魔術師の杖は必要ありませんから。



 徒手空拳。一歩前に出たものの、その場でただ立ち尽くすだけの俺に向け、五メートルほどの距離を一瞬で詰めるアルマン。
 その動きは正に達人クラス。人としては最高レベルの剣士であるのが一瞬で判断出来る動き。

 しかし!

 初手は刺突。軽く右に上体を動かすだけで、剣風が頬を打つだけに止め、
 僅かに手首を捻る事に因り続けて繰り出された袈裟懸けの一撃は、左足を半歩後退させる事に因り、大地を深々と抉らせる。
 其処から、足を払うように薙ぎ払われた銀光も、非常にゆっくりとしたモーションから空中へと跳び上がる事に因り簡単に回避。

 すべての攻撃を紙一重……と言えば、まるで両者の実力が伯仲して居るかのように聞こえるが、実際はかなり余裕のある体捌きで躱して行く俺。
 そして確信する。アルマンは肉体強化系の魔法。吸血鬼の生来の能力として強化や加速は使用しているが、精霊の能力を借りて時間自体を操って居る訳ではない、と言う事を。

 つまり、どんなに足掻こうとも、ヤツの攻撃では俺やタバサを完全に捉える事は出来ない。コイツは神の領域での戦いについて来られる程の能力は有していない、と言う事。
 まして魔法に至っては発動しない可能性の方が高い。此処までの流れから、ヤツ自身が精霊を支配する能力を有してはいないと考える方が妥当。故に魔法を発動させるには、この世界独特の系統魔法の呪文の中に存在する、精霊に対する支配力だけが頼りと成るのですが……。
 俺やタバサが居るこの空間では、ヤツが精霊を強制的に支配出来るとは思えませんから。

 まるで体重のない者のように……。いや、この滞空して居る間だけは本当に重力を操り、ほんの一瞬、アルマンの首の辺りに滞空。
 そして!

 次の瞬間、無様に俺の左側に膝から落ちるアルマン。おそらく、ヤツは何故、自分が倒れ込んだのか、その理由すら判ってはいないはず。

 僅かに滞空した瞬間、正面から放たれた右脚に因る回し蹴りがアルマンの後頭部を強打。但し、俺の本気の蹴りが完全にヒットしたのなら、真っ当な生命体ならば首から上が爆発する事となる。これほど実力に差が有る相手ならば、生きたまま捕らえてタバサの父親の死の真相や、その他の情報を聞き出す事が可能でしょう。そう考えて、十分に威力の押さえられた延髄斬りの一閃に因りアルマンの無力化を図ったと言う事。

「ば、馬鹿な。俺は神に選ばれた人間のはず。だから、吸血鬼に血を吸われた訳でもないのに吸血鬼の能力を得、更に一人に一体しか召喚出来ないはずの使い魔を、何体も召喚出来るようになったと言うのに」

 両手と両膝を大地に着けた状態で、そう叫ぶアルマン。おそらく、立ち上がりたくても、立ち上がれない状態だとは思いますが。
 ……って言うか、その程度の事で神に選ばれたと勘違いしていたのか、コイツは。

「使い魔……式神を複数体召喚して、それぞれと契約を交わして居るのなら、それは俺やシャルロット姫も同じ。能力に関しても、さっきの戦いの結果から類推すると、神に選ばれたと言っているオマエよりも俺たちの方が上なのは確実」

 まして、タバサも吸血鬼に血を吸われた訳でもないのに吸血姫へと血の覚醒を果たしましたし、俺も別に龍の血を浴びた訳でもなければ、龍を喰った訳でもないのに龍の能力を得て居ます。
 少なくとも、俺の知って居る世界の理はそう言う物。ヤツがどう言う経緯で生成りへと変生したのかは判りませんが、その程度の事ならば、誰にだって訪れる可能性の有る当たり前の出来事に過ぎません。

 それに、現実問題として、ヤツを選んだ神とやらが何モノかは知らないけど、本当にこのアルマン・ドートヴィエイユと言う人物を英雄の位にまで引き上げようと考えたのならば、生成りなどと言う中途半端な状態で止め置く事はないでしょう。普通に考えるのならば。少なくとも完全な吸血鬼として覚醒を果たして、俺と互角に戦えるぐらいには成って居ると思いますよ。
 ――本当に神に選ばれた英雄ならばね。
 俺は神殺しの属性を持つ龍。更に、東洋の神話では神を封じる事の出来る仙人の属性も持つ存在。そして、仮にも神だと言うのなら、俺やタバサのような敵対者が現われる事も想定して居るはず。
 その敵対者にあっさりキャインと言わされる神に選ばれた英雄って……。

「木行を以て捕縄と為せ」

 何にしても、このまま茫洋として時を過ぎさせる訳には行きませんか。そう考え、素早く導印を結び、口訣を唱える俺。その次の瞬間、

「な、キサマ! これはっ――――」

 かなり驚いた、更に怒気を含んだアルマンの声。しかし、その声も直ぐに沈黙させられて仕舞う。
 そう。軍杖は取り落とし、大地に両手両膝を着いた状態で動こうとしなかったアルマンの身体を、大地から伸びて来た蔓が完全に拘束して仕舞ったのだ。それも、舌を噛み切って自決されないように、口腔内にまで蔓を侵入させるような形にして。

「悪いな、アルマンさんよ。剣を交えた相手に敬意を表したいのは山々なんやけど、アンタらは、他人の生命どころか自分の生命さえ簡単に邪神の贄にして仕舞うような御方やから、少しばかり手荒な方法で拘束させて貰った」

 状態としては、自分の召喚した鎖に雁字搦め(がんじがらめ)に縛り上げられたジュール・セザールと名乗った悪霊と同じ状態。いや、口すらも封じた以上、あの時よりも更に拘束度は上がっていると思いますね。身体中を蔓に覆われて大地に無様に転がされている様は、ギャグ漫画の登場人物、もしくはミノムシ。
 上空に輝く炎の五芒星の明かりに照らされたその姿は、……何と言うか、少し倒錯した趣味の人間のようで非常に嫌なのですが、この場合は背に腹は代えられませんから。

 そして、一歩、そのミノムシ状態のアルマンに近付き、最後の仕上げ。自称英雄ジュール・セザール殿の時と同じように額に術を完全に封じる禁呪の札を貼り付ける俺。これで、自分の魔力のみで発動するコモンマジックの方も封じたので大丈夫。もうヤツは何も出来ないでしょう。
 確かにこれまで……。以前の事は判りませんが、今回のルルド村近辺でこのアルマンが行って来た行為は、正義の名の元に俺が断罪したとしても誰からも非難される事はないでしょう。いや、むしろそれは、ガリア王太子ルイの英雄王伝説に新たな一頁を追加する内容となるはずです。

 しかし……。矢張り、それは違うと思いますから。
 このアルマンを裁くのは俺ではなくガリアの法。まして、ここまで能力に差が有れば無傷で捕らえる事も可能でしたから。
 後は、コイツをリュティスに連れて帰ってから、色々と話して貰うだけです。

 ソルジーヴィオの事。オルレアン大公の事。
 そして……。

 其処まで思考を巡らせてから、ゆっくりと振り返り、この世界にやって来てから出来た家族に少しの笑みを見せる俺。そう。このミノムシからは、彼女の妹の現在の居場所を聞き出す事も可能かも知れませんから。
 その瞬間も響き続ける遠くからの鐘の音。そして、視界の中心に存在する蒼き彼女を照らし続ける五山の送り火の明かり。

 大丈夫。周囲の気配も未だ陽の気が支配する世界。少なくとも、陰気に支配されたモノ達が騒ぐ夜では有りません。
 どうやら、今回の事件はこれで終了。後は穢された泉に元の清浄な水を戻し、聖域を清めて、復活させられようとした邪神をもう一度、ちゃんとした封印を行えば良いだけ。

 そう考えながら、タバサの元に歩みよろうとした正にその時。

 みちり、……と言う何かが軋むような音が聞こえて来る。
 そして同時に、くぐもった笑い声が響いた。

 いや、それを笑い声と呼ぶ訳には行かない。四肢を。そして、口を完全に封じられ、声さえまともに発する事が出来ない男に残された最後の行為。咽喉を鳴らすような、おそらく笑って居るのだろうと言う空気が震える音。
 そして、その音に重なる、みしみしと言う何かが軋むような音。

 足元。振り返った先……ほんの三歩の距離に横たわる男から発せられているはずのその笑い声は、何故か遙か彼方。遠い海の底から聞こえて来るような、昏く、そして冷たい気配を発し、その異質な気配が陽の気に支配された周囲の雰囲気を一気に浸食して行く。
 そう、危険な邪神が発する此の世ならざる気配が……。

 次の瞬間、生木が弾けるような音が。
 更に、今まで一度も聞いた事のない……いや、召喚された日に一度だけ、レンのクモに俺が倒された、と見えた瞬間にだけ聞いた事の有る少女の悲鳴が響き――

 マズイ!

 背後から叩き付けられるような鬼気は無視。アルマンの元で何が起きて居るのか判りません。しかし、今は――――
 膝から崩れ落ちる蒼い少女。彼女までの距離は五歩。

 一歩目。瞬間的に戦闘態勢に入ったマルコシアスから放たれる業火。伝承に残るマルコシアスの蒼白き炎が進む毎に大気をイオン化。空気自体が爆ぜるような音を立て、数多の雷となって周囲に降り注ぐ。
 二歩目。自らの懐に手を入れる。同時にウヴァルより放たれる光の矢。元は能天使パワーの放つ光の矢は善と悪。すべての存在を糾弾する力を持つ。
 三歩目。印を結ぶ。そして、その瞬間にレヴァナにより構築される不可視の陣。アダムの最初の妻リリスの妹にして正統なる古き月の女神。彼女はすべての魔女の源流にも当たる存在。
 四歩目。自らの息を吹きかけ、ばら撒かれる剪紙鬼兵衛符(せんしきへいふ)

 後一歩。そう考えた瞬間。突如、背筋に走る悪寒。その距離が今は果てしなく遠く感じる。その瞬間に聞こえて来る獣の遠吠えにも似た哀しげな……しかし、非常に不快な響き。
 このまま進むか。それとも――

「ええい!」

 自らの直感を信じ、タバサに向け飛び込む俺。
 (うずくま)るタバサを左腕で抱き寄せ、右肩から受け身を取るように接地。半回転した後に胸にタバサを抱き留め、上空の炎を視界に納めながら滑り行く俺。
 その俺の上。先ほどまで自らの頭が存在して居た空間を何かが瞬時に過ぎ行き――

 次の刹那――森の木々がその梢を震わせ、次々と倒れ始めた。その倒木……俺の胴体よりも太い幹回りを持つ、何れも巨木と言っても良い倒木たちは、すべて俺の首辺りの高さで滑らかな分離面を俺の方に晒していた。
 そう。まるで途方もない切れ味を誇る鋭利な刃物……俺の扱うクラウ・ソラス(勝利もたらす光輝)並みの刃物で瞬時に斬り裂かれたかのように。

 確かに、今の俺、そしてタバサにも一度だけ魔法と物理攻撃を反射する術が施されて居ます。しかし、それは貴重な一回。簡単に浪費して良い物では有りません。
 この術を消費する時は、詰めの一手を放つ際に消費すべき術式。それ以前は自らの能力を駆使して、すべての攻撃を回避する必要が有ります。
 所詮、戦いとは騙し合い。切り札は最後まで取って置く。切り札を場に晒す事なく勝利出来るのなら、それに越した事は有りませんから。

 現状は、先ほどアルマンとの間で行われた一騎打ちとは別次元の戦い。四肢の自由を、術の行使を完全に封じたはずのアルマンに何が起きたのかは判りませんが、それでもこうやって縛めを、そして術を解いて再び立ち向かって来たのです。尋常ならざる事態が進行中と言う事なのでしょう。

「我、世の理を知りて陣を画く!」

 タバサを抱え滑ること数メートル。大木に足を掛け停止した瞬間、左腕にタバサを抱えたまま起き上がって、同時にシルフを起動。再び右に――森の入り口に存在する別の巨木の影へと跳ぶ(瞬間移動)
 その瞬間に構築される防御用の結界。但し、これは相手の攻撃方法が判らないので、攻撃に対する防御用の陣を構築しただけ。故に、防御能力は低く、簡単に無力化される可能性も有る信用度の低い陣。
 ほぼ気休め程度の陣の構築。一瞬、元アルマンの視界や探知能力から消える程度の瞬間移動。もっとも、こんな物でどうにか出来る相手なら、あのアルマン自身を封じていた縛めは破れないはず。

 ならば!

「我、世の理を知り、虚ろに隠れる」

 続けざまに発動させる仙術。空間に歪みを発生させ、其処に潜む事によって敵の視界から一時的に完全に隠れる仙術。但し、この術の難点は、こちらからの攻撃は一切不可能と成って仕舞う点。まして、大きな動きや有る一定以上の声、物音などでも簡単に術の効力が失われて仕舞うと言う事。
 もっとも、現状は意識を失ったタバサを正気に戻すだけですから、問題はないでしょう。

 刹那、まるで熟練の木こりが木を伐り倒しているかのような音が鳴り響き、同時にタバサを抱える左腕に微かな痛み。大樹を背に繁みに隠れ、顧みた方向に立つ白い彫像。俺たちと、元アルマンが変化した魔物との間に自らを盾として割り込んだ剪紙鬼兵の一体が氷の彫像と化して居たのだ。
 そして次の瞬間。そのままの姿勢で大地へと倒れ込み――
 無数の煌めく破片と化し、その美しい姿に相応しい涼やかな音色……。氷が砕け散るに相応しい音階を奏で、元の紙切れへと還って行った。

 再び響く振り下ろされる斧の音。
 その音の発生源とは……。

 
 

 
後書き
 それでは次回タイトルは『血の盟約』です。

 
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