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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百二十三話 要塞建設




宇宙歴 796年 4月 30日  ハイネセン  最高評議会ビル  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「諮問委員長、我が国としてはフェザーンを独立させフェザーン回廊を緩衝地帯にしたいという考えだが帝国はフェザーンの独立を許すかな? 先程の君の話しではブラウンシュバイク公は迷っている様だが……」
「難しいところです。しかし迷っているのです、可能性は有るでしょう。問題は独立の代償だと思いますよ、リウ書記」

リウが“代償か”と吐いた。トーマス・リウ、最高評議会では書記の役職に就いている。この書記っていうのが良く分からず調べたんだが最高評議会における書記の役割は結構複雑で重要だ。機密文書の管掌、最高評議会の庶務の統理、最高評議会が発信する公式の文書に署名する事と定められている。

機密文書の管掌は良い、何となく分かる。よく分からんのが最高評議会の庶務の統理だ。規定では最高評議会議長の監督の下に最高評議会の事務を統理するとなっている。つまり最高評議会の構成員である委員長が職務を遂行するために必要となる事務全てを書記が統括するという事らしい。

実際には書記は最高評議会事務局の長として議長の監督の下に局中一切の事務を統理し所属職員を監督している。諮問委員会なんて自前の内部部局を持たないし庁舎も持っていない、何から何まで書記の世話になりっぱなしだ。頭が上がらん。

最後の最高評議会が発信する公式の文書に署名する事だがこれは文字通り公文書に署名する事だが最高評議会議長との連署になる。つまり理論上はトリューニヒトが署名してもリウが署名しなければ公文書としては認められない、リウの同意なしでは公文書は発信出来ないという事になる。リウは実力者なのだ。

「代償というがそんなものが有るかね? フェザーンに用意出来るかな? 容易ではないと思うんだが……」
トレルが疑問を呈すると皆が同意の声を上げた。そりゃそうだよな、この手の独立問題は昔から厄介で混乱すると相場が決まっている。

「諮問委員長、如何かな?」
トレルが問い掛けてきた。なんか厄介事は全部俺へ、そんな感じだな。
「フェザーンに無ければ同盟が用意しても良いでしょう。上手くいくかどうか分かりませんが試してみる手は有ると思います」
「……」
「フェザーンから譲渡させた企業の株ですがその中にはフェザーンの物も含まれています。それを使っては如何かと」

俺の言葉にレベロとトリューニヒトを除く委員長達が困惑を浮かべた。ターレルが“そんなものが有るのか”とレベロに問い掛けた。レベロは顔を顰めている。
「有る。皆には黙っていたがフェザーンの自治領主府は同盟、帝国だけでなくフェザーン企業の株も取得していた。その殆どが金融、物流、エネルギー関係の大手企業の株だ。フェザーン経済の動向を左右すると言っても差し支えない。黙っていたのはあの当時これを公にすれば騒動の本になると考えたからだ。いや、今でも騒動の本だろう」
何人かが溜息を吐いた。

「同盟の対外純資産高はとんでもない数字になっている。同盟が発行した国債はその殆どが消えた。その代わりに帝国の国債と株が入ってきたのだからな。実体経済とまるで一致していない。役人達は頭を痛めている、景気動向の判断材料には使えないと言っているよ。数字を信じるなら同盟は今空前の好景気という事になる。有り得ん話だ」
ぼやくなよ、レベロ。俺の所為じゃないぞ。大体借金が無くなったって喜んだのはお前だろう。人間って贅沢だよな、常に不満を持つんだから。

「しかしその株を如何使うのかね?」
ホアンが首を傾げている。
「フェザーンでは先日の貴族連合軍の横暴に対して損害賠償を求めるべきだという声が上がっているそうです。加害者の貴族達は滅んでいますから帝国政府を相手に請求する事になるでしょう。二千万人が好き勝手やったんです。ボルテックも殺されている。かなりの額になるでしょうね」
「……」
話についてこれない、そんな感じだな。トリューニヒトだけは楽しそうだ。

「同盟がフェザーンに株を返します。そしてフェザーンはその代償として帝国に対する損害賠償の請求を放棄する」
「……帝国はそれに対してフェザーンの独立を認めるか……」
ホアンの言葉に“ウム”、“なるほど”といった声が上がった。

「或いは株の半分を帝国に譲渡します。経済面で同盟と帝国がフェザーンを支配下に置く。その上で独立を認める」
「なるほど、独立の名誉は与えるが実利は同盟と帝国が握るという事か。君は辛辣だな、フェザーン人にとっては最大の屈辱だろう」
ターレルの言葉に皆が失笑した。別にそういうわけじゃない、どうしてそう捻くれてとるかな……。

「私としては株をフェザーンに返還する方を奨めます。株を持ち続けるのは同盟にとって必ずしも得策ではありません」
皆が不審そうな表情をしている。
「あの株は地球教に利用されないために同盟が接収したという形になっています。地球教の脅威が無くなれば必ず返せとフェザーンは言ってきます。同盟、帝国の分はともかくフェザーンの株は必ず返せと言ってくる。あの株を同盟に握られてはフェザーンは首根っこを押さえ付けられたも同然です。独立など形だけにものになる」
何人かが頷いた。

「フェザーンが議会制民主主義を導入しようとしているのもそれに関係あると考えています」
「……なるほど、個人の独裁を許さない、地球教に付け込まれることは無い、そういう事か」
ホアンが納得したというように声を出した。

「それだけじゃありません。拒否すればフェザーンは同盟は自らの政治体制を信じていないのかと非難してきます。こっちは言い訳が出来ない、一方的に責められて終わるでしょう。そんな事になる前に何らかの取引に使った方が得策だと言っています」
彼方此方から唸り声が起きた。

「私は既にヴァレンシュタイン諮問委員長からこの話を聞いていたのだがもっともだと思う。株を保有し続けるのは後々面倒なことになるかもしれん。フェザーンだけではない、帝国も不快に思うだろう。それならば株を使ってフェザーンを独立させ緩衝地帯として利用した方が得策だと思うんだが」
トリューニヒトが問い掛けると皆が頷いた。

「惜しいような気もするが」
「しかし後々面倒になるのは目に見えているからな」
「確かに」
「交渉のカードに使った方が良かろう。その方が後腐れが無い」
様々な声が上がった。トリューニヒトが交渉のカードに使ってよいかと念を押すと皆が頷いた。

「だとすると帝国の株は如何するのかな? こちらも返すのか?」
小首を傾げながらマクワイヤーが疑問を呈した。皆の視線がトリューニヒトと俺に集中した。なんか不本意だなあ、なんでだろう?
「その事だが諮問委員長から提案がある、聞いて欲しい」
トリューニヒトの言葉に俺だけに視線が集中した。こいつ、やり方が上手いよな……。



宇宙歴 796年 5月 15日  ハイネセン  最高評議会ビル  ミハマ・サアヤ



「ようやく終わりましたね」
「そうね、外交委員会は総合外交政策局、銀河帝国局、フェザーン局、経済局、国際協力局、国際法整備局、国際情報分析局、それと対外交流審議会。結構大きいわね」
私とアブローズ委員の会話に諮問委員会の皆が頷きました。確かに大きいです、発足すれば一大官庁の誕生でしょう。

「通商委員会はそれほどでもありませんね。通商政策局、貿易経済協力局、通商情報分析局、商取引監督局、通商機構整備局、それに輸出入取引審議会」
「管轄が通商だけだからね、範囲が狭いよ。但し影響力は結構大きそうだ。企業は通商委員会の顔色を窺いそうだな」
パール委員とリード委員の言葉にまた皆が頷きました。

「後は捕虜交換、首脳会談が終わってからか」
「出立は五日後でしたね」
「首脳会談、上手く行きますかね」
「行くだろう、向こうは皇帝陛下が自ら調印に臨むんだ。本気だよ」
「同盟市民もかなり期待していますよ。やっぱり皇帝っていうのは凄いんだな、実感しましたよ」
一仕事終わった所為で気が楽になったのでしょう。とりとめのない会話に会議室に笑い声が満ちました。“同盟市民らしくない言葉だぞ”という皮肉に笑い声が更に大きくなりました。

「ヴァレンシュタイン委員長も同行するそうですけど大丈夫ですかね」
「大丈夫でしょう、滅多な事はしないわよ」
「しかし今じゃ自由惑星同盟きっての実力者ですからね、万一の事が有ったら大変ですよ」
「護衛に三個艦隊を動員するそうです。ウランフ元帥、ヤン大将、ワイドボーン大将です」

私が答えるとディーレン委員が口笛を吹きました。“勇将ウランフ元帥と知将ヤン大将か”と言ったのはクライ委員です。ワイドボーン大将だって凄いんですよ、ヴァレンシュタイン大将は“攻守のバランスが良い、良将だね”と評価していました。士官学校首席は伊達じゃありません。

「まあ当然よね、軍にとっては恩人だし国防委員会だって頭が上がらないんでしょう?」
アブローズ委員の問い掛けに皆の視線が私とデロリアン委員に集中しました。デロリアン委員が“否定はしません”と答えました。
「捕虜交換の予算を取ってくれましたしフェザーン回廊の入り口に要塞建設も決めてくれた。軍も国防委員会も感謝してます。頼りになりますよ」

「あーあ、国防費の削減は無しか……」
ノエルベーカー委員が嘆息すると皆が遣る瀬無さそうな表情をしました。困ったな、また軍が予算を取ってると思われてる。
「そんな事は有りません。予算は減りますよ」
デロリアン委員も困ったような表情をしています。

「国防委員会の友人に聞いたのですがね、補給基地の統廃合、人員の整理、それに戦争が無くなれば人件費、武器弾薬の補充も減少します。新たな軍艦の建造も当分は老朽艦の代替えだけになる。今年度は捕虜交換で予想外の出費が有った所為でほぼ去年並みですが来年度以降は人員の整理と補給基地の統廃合が進めば最低でも一千億ディナールは減るそうです」
皆がちょっと驚いています。“本当?”という声も上がりました。

「でもフェザーン回廊の入り口に要塞を造るんだろう?」
「造ると言っても七年がかりですよ。確かに巨額の予算ですが単年で計算すればちょっと多いな、と思うレベルです」
デロリアン委員がリード委員に応えると“ふーん”という感じになりました。

「まあ国防費の削減が出来なくても各委員会の予算は増える筈ですよ」
幾分笑いながら皆に言ったのはモンテイユ委員です。
「どういう事です、それは?」
「簡単ですよ、クライ委員。国債の償還が無くなったんです。その分余裕が出た。個人に例えればローンの返済が終わって可処分所得が増えた、そんなところです」

なるほどと思いました。私だけじゃありません、皆も納得顔です。
「財政委員会では来年度からは減税も考えています。まだ検討段階ですけどね」
“へぇー”という声が上がりました。私も声を上げたい、税金なんて上がる事は有っても下がる事なんて無かったんですから。本当にそんな事になるのかしら。

「しかし、軍は満足しているのかな。もっと軍艦を造れとか言いそうなものだけど」
ディーレン委員がちょっと心配そうに言うとデロリアン委員が苦笑しました。
「今造っても使い道が無いですよ。新しく艦隊を編成するわけにもいきませんしね。それなら要塞を造って貰った方が同盟の安全保障のためになります。軍人達は満足していますよ。彼らが恐れているのは和平ムードに浸って国防が疎かになる事なんです」

アブローズ委員が“そうなの?”と私に問いかけてきました。
「そうですね。フェザーン回廊の出口に要塞が有れば帝国軍はそれを無視は出来ません。攻略するか、或いは抑えの艦隊を残して同盟領に侵攻するかです。侵攻する場合には抑えの艦隊は最低でも二個艦隊は必要です。そうなれば遠征軍の総兵力は最低でも四個艦隊から五個艦隊は必要になる。コストパフォーマンスを考えればかなり効率が悪いといえます」
皆が頷いています。もうちょっと続けよう。

「それにもし侵攻した帝国軍が敗北すると最悪の場合追撃してきた同盟軍と要塞にいる同盟軍によって挟撃されかねません。大敗北を喫する危険性が出てきます。となると要塞を攻略するのがベストなんですが十分な艦隊戦力がある要塞は攻略が難しいんです。イゼルローン要塞がそれを証明しています。抑止力としては十分だと思います」
“なるほどねえ”という声が聞こえました。凄い、私。皆に感心されてる。でも半分以上ヴァレンシュタイン大将に教えられた事なのよね……。

「軍事産業も喜んでいますよ。軍艦の建造なんて何時打ち切りになるか分かりません、極めて不安定です。それに比べれば要塞建設は七年かかりますし一旦始まれば打ち切られる事も無い。この七年の間に経営を軍需中心から民需中心に切り替えられます。企業の救済っていう意味も有るんです」

「となると要塞建造は必要不可欠か。道理でヴァレンシュタイン委員長の所に国防委員会や軍事産業の人間が最近来るわけだ」
バーバー委員が呟くとデロリアン委員が“頼りになりますからね”と答えました。実際国防費に目を尖らせるレベロ委員長もヴァレンシュタイン委員長には一目も二目も置いています。ネグロポンティ委員長が頼りにするのも無理は有りません。

「しかしフェザーンは如何思うだろう、当然だけど面白く無いわよね?」
「確かに面白くは無いでしょう。しかしですね、パール委員。これは受け入れざるを得ないんですよ。それがフェザーンの安全と中立を保障する事になるんですから」

デロリアン委員の言う通りです。要塞を造るのは同盟だけではありません。帝国もフェザーン回廊の帝国側に要塞を造る事で合意が出来ています。そうする事でお互いに攻め込み辛くする。その事がフェザーンの安全と中立を保障するのです。

「ウチの委員長はなかなか強かで辛辣ですよ。安全と中立を保障するとは言っていますが要塞が出来上がれば帝国、同盟は何時でも回廊を封鎖してフェザーンを締め上げる事が出来るんです。フェザーンは生殺与奪の権を握られた、そんなところですね」
皆頷いています。

「そうなるとイゼルローンはどうなるんです。要塞は置かないのかな?」
「考えているみたいですよ、バーバー委員。最近国防委員会からウチの委員長に面会が多いのもそれが理由でしょう。ただ色々と有るみたいですね。和平を結ぶんですから帝国を余り刺激はしたくないでしょうし簡単ではないようです」

まあそうなんですけどね。でも皆分かっていません。そういう難しい問題を簡単に解決しちゃうのがヴァレンシュタイン大将なんです。なんと言っても大魔王様なんですから……。




 
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