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心の傷

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第二章


第二章

「けれど。もう」
「会いたくはないのですか」
「本当に」
「もう傷つきたくないんだ」
 彼はまた言った。
「あんな目に遭うのはとても」
「だからですか」
「それで」
「もういいんだ」
 彼はこう言うばかりだった。そうして屋敷の中でも一人になっていった。家の者達はその彼を何とか立ち直らせようと思った。彼等にとっては彼は優しく親しみのある主であり憎い筈もない。だからこそだった。
「どうしたものかな」
「そうだよな」
「あのままでは旦那様にとってもよくない」
「そうだな」
「全くだ」
 こう口々に言うのだった。
 そしてその中の最年長の執事がだ。こう言った。
「ここはだ」
「ここは?」
「何かお考えがありますか?」
「人を呼ぼう」
 こう言うのである。
「人をだ」
「ですが今はそれは」
「そうですよ。とても」
「旦那様は」
 他の者達は暗い顔でそれに反論する。屋敷の一室でそれぞれ席に座って話をしているがどの顔も暗いものだった。その顔で話をしているのだ。
「誰とも御会いになられませんし」
「そうも仰っています」
「それでは」
「いや、できる」
 だが執事はここで確かな言葉を出した。
「絶対にできる」
「できると仰いますが」
「というと何ができますか?」
「一体誰を」
「知っている方だが」
 こう話すのだった。
「キャベンディッシュ卿を御呼びしよう」
「えっ、キャベンディッシュといいますと」
「あの方ですか」
「あの方をこの屋敷に御呼びするのですか」
「そうだ、あの方をだ」
 執事の言葉は本気のものだった。それで言うのだ。
「御呼びしよう」
「何故あの方をでしょうか」
「それは一体」
「あの方には謎が多い」
 そのキャベンディッシュという人物はイギリスで最も謎に包まれた人物だと言われている。その生活や素性が一切謎に包まれている。そうした人物であるのだ。
 だが執事はその彼をあえて呼ぶという。皆それが何故なのかどうしてもわからないのだ。
「だが。それでもだ」
「それでもですか」
「御呼びするというのですか」
「若しかしたらだ」
 執事はまた言った。
「あの人なら旦那様のお話を聞いてくれるかも知れない」
「その謎に包まれた方がですか」
「それができるというのですね」
「少なくとも悪い方ではないらしい」
 謎に包まれているがその評判は決して悪くなかったのである。
「決してな」
「ではあの方を御呼びするのですね」
「この屋敷に」
「そうだ。早速わしが手紙を書く」
 執事はすぐにこう言った。
「あの方にあててな」
「すいません、私共は」
「字は」
「いや、いい」
 申し訳なさそうな周りに落ち着いて返す。この時代のイギリスでは字を読めない人間もまだ多かったのである。読み書きだけでも結構なものだったのだ。
 
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