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自由惑星同盟最高評議会議長ホアン・ルイ

作者:SF-825T
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第十三話

 
前書き

    

 
 同盟軍がフェザーン回廊に侵入、その結果妨害電波によって帝国本隊とフェザーン駐留部隊・帝国本土の駐留部隊との通信が途絶。これによりフェザーン駐留部隊は同盟軍の回廊侵入を察知する。
 フェザーン駐留艦隊司令官のメックリンガーは初め機雷を撒こうとした。しかし回廊を機雷で封鎖すればそれは長期にわたり民間船をも通れなくなることになる。そうすればフェザーンの基幹産業は壊滅的打撃を受けるためそれを断念。艦隊のみで迎撃に出ることになる。
 メックリンガー艦隊は数にいて同盟本隊に劣るが狭い回廊の地形を生かし防御の姿勢を取った。同盟領から来る帝国本隊、もしくは帝国領からくるワーレン艦隊と合流するまで防御に徹する構えである。対する同盟軍は限られた時間での突破を迫られた。
「撃て!」
「撃て!」
 人類史上初めてフェザーン回廊での放火が交えられた。帝国軍、同盟軍ともに押しもせず引きもせず数時間の打ち合い続ける。
 その静止状態を打ち破るべく先に行動を起こしたのは当然時間的制限がある同盟軍である。彼らは帝国本隊がここに来るまでに目の前の敵を突破しなくてはならない。出来なければ前後を挟まれて袋叩きである。
 同盟軍は凸陣形を取り突撃を敢行した。
 央突破を図るべく突撃を始めた同盟軍に対し帝国軍は中央だけを下げV字状の陣形を取り縦深陣となった。
「さすがのヤン・ウェンリーも焦ると見える」
 同盟軍の動きに合わせ完璧なタイミングで縦深陣を作り上げたメックリンガーはそうつぶやいた。帝国艦隊の放火は完全に同盟軍の先頭集団の勢いをそいでおりこれ以上の前進を不可能としているように見えた。これに対する同盟軍はおとなしく凸陣形を解き艦隊を再編成するするしかないとメックリンガーは考えていた。しかし事態は別の方向へと向かう。
 同盟艦隊の凸陣形の先端が突如わかれるように移動しその中から勢いのついた新たな戦闘集団が現れたのである。イメージとしては後ろのボタンを押すと先っぽが出てくるボールペンの先に似ている。
 凸陣形という外壁に守られ陣形を整えたまま十分な加速をつけた新しい戦闘集団は帝国軍の縦深陣を突破、メックリンガー艦隊は自身の予想をはるかに下回る時間での潰走を余儀なくされた。


 フェザーンのある酒場でアンダーグラウンドの放送が流れていた。流れているのは同盟の放送である。
「一般的に皇帝ラインハルトは名君とされている。彼が旧帝国宰相であったときから行われた政策はすばらしいものだ。閉塞感漂う帝国の規律と統制は見直され、公然と横行していた汚職は取り締まられ社会は活気を取り戻した。言い表せば一言だがその困難さは政治家として理解している。このような面では間違いなく彼は名君だろう」
 スクリーンに映っているのは現同盟議長のホアン・ルイである。
「しかしながら彼の行ってきたことにはいくつかの疑問を呈せざるを得ない」
 フェザーンの人口は帝国全体の13分の1を占めとても管理できるものではなかったのである。
「たとえば彼が旧帝国の副宇宙艦隊総司令官の役職にあったとき、彼は焦土作戦を行った。その作戦は効果的で同盟は惨敗した。しかし忘れてはならない。かれは自らが守るべき人々を敵である同盟から守るどころか日々の生活な食料品を含めた物資だけを徴発しほんのわずかな食料しか残さなかった。私が言いたいのは作戦の効果ではない。ラインハルトは守るべき民間人を守らずそれどころか飢えさせ利用し殺すような作戦を平然ととれるという事実である。つまり帝国に住んでいる人々すべてが簡単に切り捨てられる可能性を持っているということだ」
 放送の内容はあり大抵なネガティブキャンペーンである。このような放送帝国臣民が聞いたところでほとんど効果がないであろう。彼らは事実としてラインハルトから恩恵を受け同盟から何も受けていないからだ。しかしフェザーン人は別である。占拠されている不満に漬け込み煽っているのだ。
「ラインハルトの統治への不信にほかにはヴェスターラントの件がある。証拠として提示された映像を解析すればわかることだが……」
「おい聞いたか?帝国軍の双璧の片割れが同盟軍にやられたらしいぞ」
「ああ聞いた。ほかにも次々と帝国の艦隊がやられているらしいな。もしかしたら同盟軍が勝ってしまうんじゃないか?」
 話をしている2人は商人だが、アンダーグラウンドの放送が流れるようなところにいる時点で反帝国派であることは明白である。
「はは、いくらなんでもそれはないだろう」
「そうだな。しかしもし同盟が帝国に一泡食らわせるってのがあるなら乗ってみたいとは思わないか?」
 一方の男はテーブルの上にあるグラスを眺めた。2つあるグラスの中身は両方ともほとんど減っていない。
「……酔っているわけじゃあなさそうだな。それはどういう話だ?」


 フェザーンに移された帝国軍本部である大本営は混乱に包まれていた。守備隊であるメックリンガー艦隊が敗退し急きょ脱出せねばならなくなったのである。
 それに加えどこからか帝国軍の敗退を嗅ぎ付けフェザーン市民が暴動まがいのデモを起こしていた。
 脱出の指揮をとったのはオーベルシュタイン元帥だった。彼の指揮は完璧であったが、それ以上に人を安心させる何かに欠けていた。
「船が足りないぞ!何でもいいもっとよこしてくれ」
「軍艦は迎撃に出る。脱出する奴はほかの船に行ってくれ!」
「今更迎撃などできん。それよりも早く人を乗せて逃ろ」
「市民に発砲はするな!帝国の威信を貶めるつもりか」
 船がまったく足りていなかった。数千万にも上る人員事前の用意なしに一度にを乗せて運ぼう、しかも輸送船より足が速い軍艦から逃げつつなど無理難題である。


 混乱のさなかにあるのは帝国だけではない。自らの国を帝国に売り渡し、フェザーンの形式上の統治者であるボルッテクもである。帝国の庇護がなくなればボルテックとその部下達は怒り狂ったフェザーン人に襲われることは明白である。そしてフェザーンを脱出する船はほとんどが帝国が使用しており彼らが使う船はなかった。そんなボルテックの元に通信が届いた。
「いやはやずいぶんお困りのようで」
 声の主は同盟軍バグダッシュ大佐だ。
「なんだ、同盟軍が私達を助けてくれるのかね?」
「ええ。ただしあなたがどれほど私達に利をもたらしてくれるのか、によりますがね」
「わかった。フェザーンが持っている航路図をすべてやろう。商業データもだ」
「ただの航路図はいりませんな。帝国のはイゼルローンで手に入れましたし、おおまかな情報は他のフェザーン有志のかたがたから頂いておりますので。もっと他にありませんかね?」
 どこまで情報を開示するべきか返答に窮したボルテックを前にバグダッシュは気にせず続けた。
「あなたに与えられた選択肢は3つです。いかり狂ったフェザーン人に殺されるか、私達に従うか、なんとか自力で生きるかです。ではまた後で伺ます」
 通信は同盟側から切られた。ボルテックは悪態をつきたくなった。自力で脱出できる可能性は低く、同盟を頼るにしろ本当に自分を守ってくれるかどうかはわからない。おそらくあのヤン元帥なら約束は違わないだろうと信じるしかないのだ。

 メックリンガー艦隊を撃破した同盟軍は追撃に移った。何も障害がない回廊をすさまじい進軍速度で進み、ついに惑星フェザーンまで到達した。軌道上からの砲撃と爆撃後、強襲揚陸艦が大気圏へ突入、帝国施設の制圧を開始する。同盟艦隊の半分ははそのまま進軍し回廊を帝国領に向かって逃げている船を捕捉しに向かう。
 脱出が間に合わずフェザーンに取り残された帝国軍は抵抗するも軌道上からの砲撃で重火器や陣地は壊滅、その後降下してきた同盟軍最強の陸戦隊の前になすすべもなかった。なんとか脱出できた船も軍用船には速度が劣る上、帝国領まで一本道の航路を通らざるを得ず次から次えと捕えられる。
「地上で捕えた生存者はほとんどが非戦闘員です。戦闘員は降伏が遅れ被害が出ています。こちらの戦闘員の死傷者は軽微です。正直戦闘とはいえませんな」
「わかった。大目に人員輸送艦を持ってきたが全員は乗らないだろう。重要な役職についてる人から連行してくれ。それが終わり次第フェザーン回廊を抜け帝国領に侵入、イゼルローン回廊へ向かう」
 ヤンはフェザーン地上にいるシェーンコップとの通信を切った。
「作戦は成功だ。あとは帰るだけだ」
「帝国領を突破し帰るとはまた無理がありませんか?」
「別にむずかしいことじゃないはずだよ。帝国領に残っているのはワーレン艦隊だけだ。数の上でなら警備部隊などをかき集めれば10万隻に上るだろうけれど当然それらの艦隊にも任務があるしなにより指揮をとれる人材がない。どう頑張っても私たち以上の数は用意できないよ」

 ヤンはスクリーンに映ったフェザーンを眺めた。例えばの話だ。今この惑星に熱核兵器を打ち込んだらどうなるだろう?このたった1惑星に20億の人々が住んでいる。どうせ将来的には名実ともに帝国領になることは分かっている。この20億の人口、それも労働生産性が非常に高い、をそのまま帝国に渡すぐらいなら今の内に消してしまえばいいのではないか?フェザーンと言う人が消えれば同盟が負った国債も払わなくてもよくなる。
 実行レベルではなんら障害はない。バグダッシュあたりに頼めば核兵器の使用から、公式見解用の偽造まで行ってくれるだろう。民主主義ではなく自分を崇拝している部下が数多くいるのも知っている。彼らを利用することも考えられる。拿捕した帝国艦から核兵器が発射されるのを映像に撮りその惨劇は物資を奪われるのを恐れた帝国軍がやったとでも言い張れば真実は闇の中である。
 ヤンは頭を振りかぶった。自分が知能ゲームとして戦争や謀略を好んでいることを知り同時にそれを嫌っている自分がいるのも知っている。
 自分の中のある部分がこう言っている。
「どうせ死ぬのは帝国人だ。同盟市民でないやつらをどうして気遣う必要がある?捕虜の人数が減れば艦隊行動も素早くなるし、ましてや僅かとはいえ降下部隊にも被害が出る。百害合って一利なしじゃないか。どうせもうイゼルローンで民間人を殺している。やつらもハイネセンへの無差別攻撃をたてに降伏を迫ってくるようなやからだ。気にする必要なんてない」
 もう一つの部分はこういっていた。
「確かに、われわれはイゼルローン要塞ごと民間人を殺した。けれどもそれはあくまで仕方のないことだ。相手が十分な戦力を持ち抵抗の意思があったためだ。今回は違うだろう。フェザーン市民はわれわれに協力的な者も多い」
 結局ヤンはフェザーンへの熱核兵器を使った無差別攻撃はしなかった。
 もとよりヤンはこの手の陰謀を幾度か思いつくのである。たとえばリップシュタット戦役で門閥貴族に策を授け内戦を長期化させることで人的・物的消耗を強いようとしたり、帝国軍の手を読むのにもその陰謀を思いつく能力が使われている。結局ヤンは自分にその権限がないとしてその陰謀をどれ一つとしてまともに実行または阻止できていない。今はヤンが言い訳にしてきた権限が手の中にある。自由惑星同盟宇宙艦隊総司令長官、同盟軍制服組のナンバー2.ヤンはその権力を持て余していた。



 フェザーン攻撃から8日後、同盟軍は一般的な2kmを超える全長を誇る輸送艦にこれでもかと帝国の人員を詰め込みフェザーンを出立、帝国領に入った。
 
 

 
後書き
5/19 同盟軍がフェザーンへの攻撃から撤退までの日数を2から8へ変更
救国軍事会議のクーデターの時のシャンプール制圧と比べいくらなんでも短すぎると思ったので 
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