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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第十一章 追憶の二重奏
  第八話 ベルセルク

 
前書き
 長くなりそうなんでキリのいいとこで切りました。
 
 次回からはエピローグまで戦闘回です……どうしよ……。 

 
 小さな頃、何度も想った事がある。
 それは夢とは言えない妄想のようなもの……。

 『何時か王子さまが迎えに来てくれる』……そんな空想。

 辛い時、悲しい時、不安な時……ふと思う。
 
 『きっとやって来る。わたしを守ってくれる人が……きっと、何時か……』……そんな夢を。

 辛い現実から……悲しい程の無力から……将来の不安から……その全てからわたしを守ってくれる王子さまが……何時か……と。
 馬鹿な話。
 そんなこと起きる訳がない。
 そんな王子さま何ているわけがない。
 
 ……なのに……わたしの前に彼は現れた………………。
 
 夢に見ていた王子さまのように甘い言葉を囁いてくれたりはしない……煌びやかでもなし……優雅でもない……けど、とても大きくて……優しくて……何より……暖かかった。

 ありのままのわたしを見てくれるあなた。

 些細な会話が楽しくて。

 触れてくれる指先が暖かくて。

 わたしに向けてくれるその笑顔が愛しくて。

 傍にいてくれるだけで嬉しかった。 

 夢にまで見ていた日々。
 だけど、わたしは次第にある想いを抱くようになる。
 それは―――。

 『もっと』―――と言う感情(欲望)

 もっと、彼と話がしたい。
 
 もっと、彼に触れられたい。

 もっと、わたしに笑いかけて欲しい。

 もっと―――傍に居て欲しい。

 ……もっと、彼の近くにいたい。

 だから、わたしは彼の隣に立ちたかった。

 そのための『(資格)』はわたしの手にあった。

 だから、大丈夫だと思っていた―――なのに―――。 

 ……その『(資格)』は、現れたのと同じように唐突に消え去った。

 目の前が……真っ暗になった。

 どうすればいいのか全くわからない。

 このままじゃ、彼の隣に立つことが出来ない。
 
 慌てて、焦って、混乱して……そんな時に……見た夢。

 それはわたしの『夢』だった。

 彼の隣に立ち。

 共に歩むその姿。

 その姿が余りにも綺麗で、眩しくて……。

 どうすればいいかわからなくて……。

 だから、ねぇ……。

 ……教えて。

 わたしはどうすればいいの?

 どうすればあなたのようになれるの?

 あなたのように……彼の隣にいられるの……?

 お願い……どうか……わたしに……教えて……。










 ……………………。



 ……ただ、何となく、だった。

 夜中にふと目が覚めて、何気なく窓に顔を向けた時に見えた星空がやけに綺麗に見えたから……。

 ちょっと外に出てみようと……そんな気になって……。

 だから、それはただの偶然。

 外へと繋がる扉を開けた時、あの人を見つけたのは……。

 雲一つなく晴れ渡った空に浮かぶ二つの月から振り注ぐ光を、まるで舞台上で照らされる主役のように照らされ立つ彼女。

 解かれた金の髪は緩やかに流れる風に乗り、金粉を撒き散らすかのように輝きを纏って踊り。

 ほっそりとした身体を包む薄い白いガウンは、真白に輝き淡く夜の闇に浮かび上がる。

 目を伏せ天上を仰ぎ見る白い顔ばせは、まるで神聖な巫女が神に祈るかのようで……。
 
 ただ―――ただ、素直に綺麗だなと……感じた。

 だから……こんな、今にも消えてしまいそうな月の光で出来たかのような彼女が、夢の中で見たあの人と同一人物だと思えなくて……思わず……声をかけてしまった。



「―――ねぇ、アルト」



 彼女に―――夢で見るあの人に―――シロウがセイバーと呼ぶ少女に……。










 太陽が中天に座す頃、振り注ぐ光を背に歩く一団の姿があった。道とは言いづらいデコボコと荒れた地面の上、十歳前後の子供を真ん中に置いて進んでいる。もう既にかなりの距離を歩いてはいたが、子供たちはこれから向かう先に対する好奇心からか、それとも集団で行動することに対する興奮からか、未だ騒がしいまでにはしゃいでいた。そんな子供たちの手綱を握るのは、子供たちの集団の中、一番年下の子供の手を両手に握り歩くティファニアであった。耳を隠すための大きな帽子を被ったティファニアの周りには、子供たちの中でもひときわ幼い者たちが固まっている。子供たちはティファニアの着るローブの端を握りキョロキョロと辺りを見回しては、何か興味が惹かれるものを見つけては不意に立ち止まっては歩いていた。そんな風にティファニアは、時折引っ張られるローブにつっかえながらも、その度に周りの子供たちの様子を伺っては安心させるように笑って引率を続けている。
 その様子を先程から何度も肩越しにチラチラと振り返っては見ている者がいた。先頭を歩くロングビルである。顎に手を当てると隣でだいぶ息が上がり始めたキュルケに視線を向けた。

「ねぇ、何かあの子変わった気がしないかい?」
「っは、ふぅ、え? 何か言った?」
「ティファニアさ。今朝から随分と……そう、スッキリしているような」
「スッキリ?」

 額に浮いた汗を拭い、知らず曲がり始めていた腰を伸ばしながら後ろをチラリと見たキュルケが顔を前に戻すと、疲労が浮かび始めた顔に納得の色を浮かべた。

「そうね。確かにスッキリした顔をしてるわね。まあ、トリステインに行くって決めたからじゃない?」
「そうかい? わたしは違うと思うんだけど」
「なら何だって言うのよ?」
「―――こういう時に何かした奴って言えばわかるかい?」
「……ああ、納得したわ」

 顔を見合わせたキュルケとロングビルは同時に後ろを見る。
 視線はしゃがみこんでコケてぐずり出した子供をあやすティファニア―――ではなく。
 その更に後ろ。
 集団の一番後ろを歩く中にいる子供や女ばかりの一弾の中、一際大きく見えるその姿―――。

「「―――シロウね」だろうね」

 ―――衛宮士郎である。





「疲れも見えてきてる、そろそろ休憩を取った方がいいかもしれんな」
「もう少し行けば小川がある」
「ああ、それじゃ、そこで休憩を取るか」
「わかった」

 子供たちは未だ元気に見えるが、明らかにペースが落ちていることに士郎は気付いていた。
 森育ちの子供とは言え、何時間も歩きどうしになれば流石に無茶である。村の中でも幼いと言える一際小さな子供たちは、昨日の夕方に追いついてきたシルフィードの背に乗せているとは言え、子供の中で一番年上でも十歳だ。どうしても速度が遅いのは仕方がない。別段急ぎではないし、森の中で何泊かしても問題はないとは考えてはいるが、何故か先程から嫌な予感を感じる士郎は、出来れだけ早く森を抜け出たいと思っていた。

「タバサ。休憩の時だが、すまんがシルフィードに周りを確認させてもらってもいいか?」
「どうかした?」
「先程から嫌な予感がしてな。気のせいならいいのだが、万が一と言うこともある」
「わかった」
「シルフィードには帰ったらご馳走してやると言ってくれ」
「……張り切りすぎて帰ってこないかも」
「流石にそれはないだろ」
「……」
「え? あるのか?」
「あの子、基本アホの子だから」
「それは……大変だな」
「もう慣れた」

 前を行く子供全員を視界に収められる距離を保ちながら歩く士郎の隣には、自分の身長以上の杖を抱くようにして歩くタバサの姿があった。小さな身体は前を歩く子供達と殆んど変わらず、直ぐに体力がなくなってしまうのではないかと心配になってしまうが、実際のところは舗装された道を歩くような気軽な様子を見せており、危う気な様子は全く見られない。小柄な身体を音もなく歩く姿は、熟練の狩人のようであり、山を駆ける小鹿のようにも見える。
 余裕をもって士郎と軽口を交わしたタバサは、先程の会話の内容を確かめるようにぐるりと辺りを見回した。

「確かに……何かおかしい」
「そう、だな。これは……っ、いかん―――っ!?」

 周囲に漂う違和感に目を細め、手に握る杖を強く握り締めるタバサの横で、士郎も再度辺りの様子を伺った瞬間、ぞわりと総毛立ち瞬間声を上げた。

「皆っ伏せろッ!!」

 次の瞬間―――地が跳ねた。

「「「「「―――ッ!!!???」」」」」

 士郎の声に反応する暇もなく、起きた天変地異。
 不動な筈の大地が跳ねる。
 士郎たち一行の身体が跳ねた大地に吹き飛ばされ、地面から離れる身体と意識。その事実を得る間もなく、身体は地面へと叩きつけられる。足から降りたてた者は殆んどおらず、ほぼ全員が肩から尻からと落ちてしまう。余震のように微かに震える地面に倒れ込み、何が起きたのか全く理解出来ずパニックに陥る者たちの中、僅かに二名だけが冷静な思考を保っていた。

「セイバーッ!!」

 その内の一人が二人目に名を呼ぶ。
 名前を呼んだだけ。その相手が今現在どんな状況であるか把握していないにも関わらず、彼女ならばと言う絶対の信頼と共に名前を呼ぶ。
 それだけで、十分と―――。
 そして、

「皆立ちなさいっ!! キュルケっ! ルイズっ! ティファニアは子供たちを連れてここから早く離れてっ!!」

 それは正しく相手に伝わっていた。
 何時の間に抜き放った絶世の名剣(デュランダル)を片手に、セイバーは未だ現状を把握出来ていない皆に指示を下す。地面に倒れ込み、混乱に陥っていたルイズたちは、セイバーの声に叩き起されるように立ち上がると、慌てて子供たちに向かって駆け出していく。倒れ伏し、泣きじゃくる子供たちに駆け寄るルイズたちの姿を目にし、大した怪我がないことを確認したセイバーは、この地震の発生源である巨大な影を仰ぎ見た。

「っ、巨人……?」

 それは全長二十メートルは遥かに超えるだろう巨大な影であった。
 太陽を背に巨大な影を作り上げるそれは、鈍色に輝く鎧を身に纏い、片手にその巨体と変わらない長大な大剣を握った化物である。士郎の背後、二十メートル程離れた位置に立つそれは、何とか子供たちをここから逃がそうとするルイズたちの様子を首を巡らしながら見た後、ゆっくりと大剣を握る手を持ち上げた。

「っ、―――ッ!」

 巨人が何をするか気取ったセイバーが駆け出そうと足に力を込め、地を蹴りつけようと腰を落とすと、

 ―――ッドンッ!!

 それを牽制するかのように爆発音と共に巨人が背後に吹き飛んだ。

「っな」

 踏みとどまるセイバーが、瞬時に何が起きたか悟る。
 目線を下げると、やはり思った通りの人物の姿があった。

「シロウ」

 左手にデルフリンガーを握った士郎が、空いた右手を後ろに倒れた込んだ巨人に向けている。
 その姿に士郎が何をしたか理解するセイバー。
 投影した剣を投げつけ爆発させたのだ。
 止めてしまった足を動かし士郎に駆け寄ったセイバーは、絶世の名剣(デュランダル)を前に向ける。そして顔を前に向けたまま、横に立つ士郎に声をかけた。

「シロウ。まだ終わっていません」
「わかっている。手応えがなかったからな」
「ええ。どうやら一筋縄でいくような相手ではないようです」

 倒れた巨人を前に、油断なく構える士郎とセイバー。それは勘等ではなかった。二人の目は、倒れる巨人が損傷を受けていなかったことを捉えていた。先程士郎が投擲したのは宝具ではないが、魔力を帯びた剣であり。剣が巨人に当たった瞬間、士郎は壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)を行ったのだが、結果はどうやら大したダメージを与えられなかったようである。結構な威力の爆発ではあり、巨人をこれで殺れるとは思ってはいなかったが、身に纏う鎧ぐらいはと考えてはいたのだが……。

「ただの鎧ではないということか」

 士郎たちの予想通り、何事もなく起き上がろうとする巨人を警戒しながら、士郎は小さく呟く。視線は巨人が身に纏う鎧。先程の爆発の一瞬に感じた感覚。何処かで覚えがあるそれを確かめるかのように、士郎の目が鋭く鎧をなぞる。
 巨人が完全に立ち上がるのを見ながらも、士郎の意識は同時に背中にも向けられていた。背後では未だパニックが収まらない子供達の悲鳴が上がっている。ここから避難するにはまだ時間がかかるだろう。士郎は両手に投影した干将・莫耶を握り締めると、立ち上がった巨人に声を向ける。

「久しぶりだなミョズニトニルン。今回はまた随分と大きな奴を連れてきたな」

 巨人に話しかける士郎。傍から見れば恐怖で頭が可笑しくなっているように見える光景ではあったが、返事はあっさりと返って来た。

『そうね。久しぶりねガンダールヴ。今日はそこにいる我々の姫君を攫った事に対する賠償を請求しようとやってきたのよ』

 声は巨人の頭の近くから聞こえてきた。セイバーは巨人の頭を仰ぎ見るが、そこに人影のようなものの姿は見えない。何か声を発する魔道具か何かが設置されているのだろうと、士郎は考える。魔道具を使用するミョズニトニルンがここにいないだろうと言うことはほぼ百パーセントだなと考えながらも、もしもの時を考え辺りの森を気付かれないように確かめる。

「ほう。それではそこのデカ物が取り立て屋だと言うことか」
『そう言うこと。でもデカ物は酷いわね。この子にはちゃんと『ヨルムンガンド』という立派な名前があるのよ』
「ふむ……『ヨルムンガンド』、か……それはまた、何とも凄い名前だな」

 脳裏に北欧神話に現れる巨大な蛇の姿が浮かんだのを放り捨てると、士郎は大げさな仕草で肩を竦めた。

「で、その賠償とやらはなんだ? あいにくと今は持ち合わせがなくてな。トリステインまで来てくれればある程度はあるんだが?」
『ふふふ、その心配はないわね。欲しいのはお金じゃないから』
「……ほう。それでは何かな?」
『じっとしていれば直ぐに終わるわ……苦しみたくないならそこで目を瞑って跪きなさいッ!!』

 巨人―――ヨルムンガンドが腰に差した剣を抜き放つと、勢いよく士郎とセイバーに向け降り下ろしてきた。

「それは相手による―――なッ」

 天上から落ちてくる巨大な大剣。士郎とセイバーは示し合わせたように左右に分かれて跳ぶ。その間を大剣が落ちてくる。地面を揺らしながら士郎とセイバーを隔てる壁のようになった大剣を挟み、士郎とセイバーはヨルムンガンドに向かう。
 ほぼ一瞬という瞬きも間に合わない速度で駆けた士郎とセイバーは、同時にヨルムンガンドの足下に辿りつくと手に持った剣を振り切った。
 
 ―――ゾンッ。

 と言う異様な音が響き、続いて地揺れが発生した。
 両足(・・)を切断されたヨルムンガンドが木こりに切り倒される巨木のように倒れていく。人間のように手をばたつかせて何とか姿勢を保とうとするが、努力の甲斐なくゆっくりと後ろに倒れていくヨルムンガンド。

『―――な―――ぁ―――ッ??!』

 倒れゆくヨルムンガンドの頭部から躊躇いの声が高く上がる。驚愕で染まった声は「有り得ない」という驚愕と「何をした」という恐怖が入り混じった悲鳴を上げながら、ヨルムンガンドは大地の上に倒れ込んだ。
 大量の土埃を巻き上げながら地揺れを引き起こして倒れ伏したヨルムンガンドを油断なく見つめるセイバーと士郎はチラリと視線を交わすと、軽く頷いた。

「反発するような不思議な感覚がありましたが、あの程度なら問題はありませんね」
「そうだな」

 うつ伏せに倒れたヨルムンガンドの左右に立つ士郎とセイバーが、ヨルムンガンドの足を切断(・・・・)した際の感触を思い出しながら頷き合う。
 倒れ伏したヨルムンガンドの足首から先には何もなく、あるはずのものがあった場所には滑らかな切断面だけが姿を見せており。本来あるべきものは先程ヨルムンガンドが立っていた場所にあった。
 両足首から先を切り離されたヨルムンガンドは、大地に手を掛け必死に立とうとするが、ゴーレムとは思えない動きをするヨルムンガンドとはいえ、両足がなければやはり立つのは難しいのか、何度も立とうとしては失敗し転けてしまう。
 士郎はその様子を見つつも、背後の子供たちの避難状況を確認する。大分落ち着いたのか、先程から聞こえていた泣き声はもう聞こえない。変わりにティファニアたちの子供たちを誘導する声が聞こえていた。その様子にこのままならば、無事に離れられると考えた時であった―――ミョズニトニルンの悔しげな声が聞こえたのは。

『っ、ヨルムンガンドの体を斬るなんて。流石はガンダールヴと言ったところかしら。まさか本当に使うことになるとは思わなかったわ』

 忌々しげに呟かれた声が顔を上げたヨルムンガンドから聞こえると同時に、士郎とセイバーの頭上、そして子供たちを誘導しようとしたティファニアたちの頭上に巨大な影が生まれた。士郎とセイバーは瞬時に自分に迫り来る危機に気付くと、合わせたように背後に飛んだ。

「「―――ッ!? これは―――ッ」」

 地響きが三つ(・・)響いた。
 震源地は三つ。
 数瞬まで士郎とセイバーがそれぞれ立っていた場所、及び子供たちの誘導を行っていたティファニアの目の前(・・・)であった。
 宙から地に降り立った士郎とセイバーの足が、微かに地が震える感触を得る。
 
「―――随分と連れてきたものだな」
『ふふ、それだけあなたを評価していると言うことよ? どう? 嬉しい?』
「生憎だが、人形に迫られて喜ぶ趣味はなくてな」

 背を仰け反らせるように上半身だけを起こしたミョズニトニルンに苦々しい顔を向けると、士郎は新たに現れた二体のヨルムンガンドを睨み付ける。
 
「っ―――シロウ」

 切迫するセイバーの声と背後から聞こえる悲鳴と驚愕の声に、前にそびえ立つヨルムンガンドに注意を向けながら士郎は後ろを確認する。

「―――挟まれた、か」

 この場から逃げ出そうとしていたルイズたちの前に立ちふさがるように、一体のヨルムンガンドがいた。ロングビルやタバサたちが子供たちの前に立ち、ヨルムンガンドに杖を向けているが、戦力としては十分とは言えないだろう。ただのゴーレムならば問題はないだろうが、ヨルムンガンドはそれとは全く別物である。これに対抗出来る者は、この場では士郎かセイバー、後は―――ルイズしかいない。しかし、今はそのルイズは魔法が使えない状態である。

「気を付けろッ! こいつら体にはエルフの魔法―――カウンター(反射)が掛けているっ! 半端な攻撃では通らんぞっ!」

 士郎は目の前の二体のヨルムンガンドから目を離さずに背後のロングビルに注意を呼びかける。
 最初士郎が攻撃した際に感じた違和感。それは以前、エルフのビダーシャルと戦った際に感じたものであった。攻撃が跳ね返させる感触。効果は本家(エルフ)よりも低く、協力すればロングビルたちでも抜ける可能性はあるが、ヨルムンガンドの元々の防御力が桁違いであるため、結果的には余り変わらない。同じく桁違いの力を持つ士郎とセイバーならばカウンター(反射)を抜けてそのまま貫くことは可能であるが、タバサたちの魔法ではそこまでの突破力は望めなかった。

『へぇ、良くわかったわね』
 
 感心したようなミョズニトニルンの声に、士郎は「ふん」と機嫌悪く鼻を鳴らす。

「お陰様でな」
『……やはり、あなたは危険ねガンダールヴ。カウンター(反射)をかけたこのヨルムンガンドの足を切り倒すなんて……もしかしてとは思っていたけど、持ってきて正解だったわ』

 そこまで言うと、上半身だけを持ち上げたヨルムンガンドの首が士郎からセイバーへと向けられる。

『―――それで、こちらの素敵な騎士様は一体何者なのかしら?』

 絶世の名剣(デュランダル)を構え睨み付けてくるセイバーに、からかう様な口調でミョズニトニルンの声がかけられる。しかし、その声音には隠しきれない警戒心が混じっていた。

「下郎に教えるようなものなどない」
『―――ッ』

 鋭い刃物のような返事に、一瞬ミョズニトニルンが鼻白んだような気がしたのは気のせいではないだろう。

『……随分な物言いね』
「その自慢の人形が壊されたくなければさっさとこの場から立ち去るがいい」 
『あら、見逃してくれるというの? 騎士様は優しいわね。でも、生憎とそういうわけにはいかないのよ』

 腰から剣を抜き放った二体のヨルムンガンドが士郎たちにその切っ先を向ける。

「数を揃えたからと言って、勝てると思っているのか?」
『そう、ね。確かにあなた相手に四体でも難しいでしょう。しかも、ガンダールヴに加えて予想外の戦力もいるとなると……』

 『でも』、と続けてヨルムンガンドの首が士郎たちの背後―――ルイズたちに向けられる。

『あちらはどうかしら?』
「……ここを片付ければいいだけの話だ」
「ええ、そう時間をとらせません」
『―――随分な自信ね。まあ、確かに先程の様子を見る限りそれは否定できそうにないわね……本当に、用心に越したことはなかったわ』

 ルイズの魔法が使えなくとも、タバサやロングビル、キュルケの力ならばヨルムンガンド相手でも時間稼ぎぐらいは出来ると判断した士郎は、出来るだけ迅速に目の前の三体を片付ける事に方法を模索する。ヨルムンガンドは他のゴーレムとは速さや防御力、攻撃力など比べ物にはならないほど強力であるが、それでも士郎とセイバーにとってはそう苦戦するような相手ではなかった。ゴーレムとは思えない素早さも、士郎たちにしてみれば余裕をもって対処出来るレベルであるし、桁違いの腕力と巨大な剣からなる斬撃も、当たらなければどうということはない。確かにエルフの先住魔法であるカウンター(反射)をかけられたその巨体からなる防御力は厄介ではあるが、それも宝具という桁違いの力と士郎とセイバーの実力を持ってすれば、破れないものではないからだ。

 そしてそのことは、たった一撃で自慢のヨルムンガンドの両足を斬り飛ばされたミョズニトニルン自身も理解していることであった。士郎と謎の騎士を相手にすれば、三体(そのうち一体は両足を斬られまともに動けない状態である)でも時間稼ぎ程度にしかならないと。
 しかし、彼女の声から焦燥や苛立ちと言ったものは感じ取れず。変わりにドロリとした悪意を含んだ言葉を士郎とセイバーに投げかけた。

「―――シロウ」
「わかっている……何かあるようだな」

 セイバーの警戒の声に、士郎は静かに頷き両手にある干将・莫耶を握り直す。
 腰を僅かに落とし、足を引き、最大の警戒を周囲に巡らした。何か変化があれば即座に対応出来るように。欠片の兆候も見逃さないと全神経を集中させた。
 ―――だが。
 次の瞬間起きた出来事は士郎の想像を超えていた。



『―――起きなさい“ベルセルク”』

 

 悪意に満ちた笑顔を浮かべている姿が容易に想像できる声で呼ばれた存在は、



 ―――■■aaaa■aaaaaaaaa■aaaa―aaa■aaaaaaaaaaaaaaッッ!!!



 狂乱の雄叫びを持って答えた。




「「―――ッッ!!?」」

 士郎はこの世界に来て初めて感じた凶気の叫びにゾクリと背筋を粟立たせた。
 耳を、否、全身を震わせ響かせる叫びを形作るのは、元の世界、その闇で嫌というほど耳にした狂気、憎悪、憤怒―――負の感情を煮詰めて生まれたような叫び。
 久しく聞いていなかった―――闇の悲鳴。
 聞くだけで気が狂いそうになるその声は、それだけで一つの呪いである。
 聞こえてきたのは森の奥。
 しかし―――、

「―――来るッ」
「ち―――ぃッ!」

 雄叫びと共に天高く舞った木々(・・)は、瞬く間にこちらに近づき、士郎とセイバーの身体がヨルムンガンドから迫り来るモノに向けられ―――。

「■aa■aaaaaaaaaaaaaaaaッaaaaaaaッ!!」
「―――ぐぅ?!」

 飛び込んで来たソレは、士郎に襲いかかった。
 ソレは地面すれすれを滑る(・・)ように飛び(・・)ながら士郎を、右手に持った細身の杖(・・・・)で刺し貫こうとする。士郎は十字に重ねた干将・莫耶でそれを受け止める事に成功するが、その場でまともに耐える事も出来ずに人形のように吹き飛ばされてしまう。
 
「く―――そッ!?」

 悪態を付きながらも空中で体勢を整え無事に着地する士郎。森から現れたソレの力は凄まじく、士郎の身体は遥か後方にいたルイズたちの前にまで吹き飛ばされてしまっていた。

「「「「シロウっ!?」」」」

 ロングビルとキュルケが吹き飛ばされてきた士郎に驚愕の声を上げる。同じく子供たちを守るようにして立つティファニアと、その彼女の護衛のように傍に控えていたタバサも悲鳴にも似た声で士郎の名前を呼ぶ。
 
 だが、そんな中ただ一人ルイズだけは、士郎の名を呼ぶことなく呆然とした顔で士郎を襲ったソレを見つめていた。

 士郎はロングビルたちに軽く手を振って無事を伝えると、改めて自分を吹き飛ばした相手に顔を向けた。
 ソレは獲物に襲いかかる直前の肉食獣のように前傾姿勢の格好で荒いだ息を行い、口元からは大量の涎を垂らし。元は立派なものであっただろう、今では見る影もなくボロボロになった羽つきの帽子の奥からは、赤い光が士郎を二つ睨みつけていた。
 その姿を目にした士郎は、驚愕に目を見開くと両手に握った干将・莫耶の柄を砕かんばかりに握り締めた。
 
「そこ、まで、堕ちたか―――ッ!!」

 ギリギリと食いしばった歯の隙間から絞り出すような声を漏らしながら、士郎は随分と離れてしまったヨルムンガンドに向け煮えたぎる怒りを込めた声を上げる。

「外道がッ!!」

 士郎の眼前。
 飢えた獣の如き様を見せるソレは、かつて人々の畏怖と憧れの象徴であった元トリステイン魔法衛士隊隊長―――



「ッ―――ワルドォッ!!」



 ―――『閃光』のワルドであった。 





 
 

 
後書き
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