| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

英雄王の再来

作者:moota
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第4騎 トルティヤ平原迎撃戦(その1)

 
前書き
こんにちは、mootaです。

今回は、一度書いてみたかったキャラが書けました。
満足です。 

 
第4騎 トルティヤ平原迎撃戦(その1)


アトゥス王国暦358年(アカイア王国暦320年)4月30日 昼
アンデル地方 トルティヤ平原
ミルディス州総督 テリール・シェルコット



 深淵の如く、暗く、重い霧が、平原に立ち込めていた。この時期、海から吹く風がロルウェル山脈に当たり、水を含んだ風がこの平原に停滞する。その風は夜に吹く事が多く、朝、日が昇る事で温度が上昇し、抱えきれなくなった水蒸気が霧となる。それ故に、この平原には、“迷いの平原”という別名があった。
 テリール・シェルコット総督率いるミルディス州軍4千は、その深い霧の中を南へ進軍していた。その構成は、歩兵3千、騎兵1千である。いつもの、アトゥス王国アンデル地方での小競り合いは、総督自ら指揮するものではない。しかし、今回ばかりは、自ら指揮せねばならなかっただろう。その理由は、ミルディス州軍の後ろ8ルサシェルグ(1ルサシェルグ=1km)にいるアカイア王国軍5万の大軍のせいである。その王国軍の陣中にて、総督は煮え湯を飲まされていいた。

「しかし、シェルコット総督。かの大国アトゥスは、風前の灯であろうに、攻略にいつまでかかっておられるのですか。」
鋭く、甲高い声で、そう“諌められた”。彼は、手に持つ鞭で、鞍を叩く。何かを割いたような音が響く。

「いえ、しかし・・・チェルバエニア皇国との兼ね合いも御座います。ミルディス州単独での攻略は・・」
私は、馬を並べて歩くその人に、そう答えようとした。しかし、それを全て答える前に、再び鞭の音が鳴り響く。

「それは、言い訳でしょう?」
気持ちの悪い。男のくせに、女のような口ぶりで話す。痩せた細見の身体、冷たい眼、黒い長髪。そして、女のように化粧をした顔が特徴的なこの人物は、アカイア王国南方方面軍第一等将軍バショーセル・トルディである。

「も、申し訳ございません。そのようなつもりは・・」
嫌な汗が背中を伝う。この男は、“悪趣味”と言われるような“趣味”を持つと噂されている。それは、打ち撥ねた首を、防腐剤を含ませた液体に漬け、それを鑑賞するというもの。正否は定かではない、しかし、この男の異様な雰囲気を目の当たりにすると、嫌でもその噂が頭を過るのだ。

「どうせ、ほどほどに出兵していれば、仕事をしているように本国には見える、そう思っているのでしょう?その腹のように、私腹を肥やしていたのではなくて?」
それは、思っていない訳ではない。この肥沃な大地にあるミルディス州は、領民どもから“税”として、多くの作物や製品を毟り取れる。シャルコットは、それで私腹を肥やしていたのは間違いない事であった。

「め、滅相も御座いません。誓ってそのような事は・・・」
バショーセルの眼が、厳しくなっていくのが分かる。その眼を見ていられず、視線をそらす。

「まぁ、いいですわ。それよりも、アトゥスはちゃんと誘い出したのでしょうね?」
また、鞭で鞍を叩く。話が変わり、少しばかり安堵する。

「はい。アトゥスは、いつもの小競り合いと思っております。少数の軍で来ることは確実で御座います。私がいつも小数で出兵していたのは、この時の為の布石でして・・・」
・・・結論的には、間違いではないだろう。アトゥスは、今回も小競り合いだと思い、少数の軍で進軍していると斥候から報告があった。

「ふふ、油を塗ったように滑る口・・・。」

「い、いえ・・・」

「それでは、アトゥスに引導を渡しましょうかね。」
再び、鞭で鞍を叩いて、そう言った。

「はっ。」
そう答えて、そそくさと、自分の軍が居る方へと馬を走らせた。一秒たりとも、奴の横に長居などしたくはない。訳の分からない異様さと、不気味さから、奴を好きにはなれない。南方方面軍第一等将軍などと言う肩書ではあるが、私の方が能力的に見ても、人物的にも優れていると思っている。だからこそ、”諌められる”などという言葉を使った。もはや、本国がアトゥスを滅ぼすと決めたのであれば、この州で私腹を肥やすのは難しいかもしれない。アトゥスがあってこそなのだ。本国に送る以外のモノをこっそりと、アトゥス相手に売っていたのだから。しかし、それが見込めなくなると言うのであれば、この戦で何とか、功を立てるしかない。私自身の”幸福”の為に、そして、あの女男野郎に泡を吹かせる為には。



同日 昼
アンデル地方 トルティヤ平原
王子 エル・シュトラディール



ミルディス州軍に対するアトゥス軍8千は、すでにトルティヤ平原南部に到着しており、陣を組んでいた。陣容は、歩兵6千、騎兵1千5百、そして、”ひよっこ”エル・シュトラディール率いる遊軍の騎兵5百である。その軍は、凸陣を敷いている。その後方に本陣があり、軍議が開かれていた。その軍議に参加している面々は、総大将たる王子 ヒュセル・シュトラディール、各千の兵を指揮する軍団長、兵団長、兵騎長、そしてもう一人の王子 エル・シュトラディールが顔を並べている。

「斥候の報告ですと、敵ミルディス州軍はその数約4千で、まもなく、この地域に入るとの事です。」
そう、報告するのは、ジャスギル・ヒューラー軍団長である。短い髭が特徴の、初老だが力を感じる人だ。普段は、万の歩兵を率いる軍団長を務めているが、今回、ヒュセルの出陣の為に付いてきた。ヒュセル兄様を慕う人物の一人だ。王子が3人もいる王国となれば、臣下は自ずと、それぞれに分かれるものだ。次の国王となり権力を持つものと、判断したところに集まる。まぁ、それだけでは無い事も多々あるが。

「嫌に、少ないですな・・・。」
訝しげに、そう言ったのは、フュンテル・マンダセン兵団長。まだ、30代にも関わらず、白髪が目立つ人物だ。彼もまた、ヒュセル派の一人。

「それは、そうだ。アトゥス軍の出陣は小規模だ、と敵軍へ情報を流したのは、ヒュセル様よ。」
そう、答えるのが、ウォルドン・ザンブル兵団長。

「さすがですな、ヒュセル様。敵国に”魔術師”と恐れられていた英雄王も顔負けの策略で御座いますよ。」
褒めちぎっているのが、クォーラー・セント兵団長。
この場は、決して軍議などではない。ただ、ヒュセル王子のご機嫌取りの場である。当の本人であるヒュセル・シュトラディールは終始、笑顔だ。その雰囲気に気分が悪くなった私は、この空気を壊す事にした。

「敵は、斥候でこちらの陣容が分かった筈です。それにも関わらず、進軍を止めようとしないのは、訝しく思いませんか?」
わやわや、と騒いでいた皆が、波を打ったように静かになった。皆の眼が私に集中している。先ほどまで、終始笑顔だったヒュセル兄様も、その顔が赤くなりつつあった。

「お言葉ですが、エル様。この深い霧で御座います。敵は、我々の陣容を全て把握する事は叶わなかったのですよ。」
ザンブル兵団長が、ヒュセル兄様の機嫌が悪くなるのを感じてか、すぐさまに答えた。その答えに、皆一様に頷いている。

「ザンブル兵団長・・こちらが出来た事を何故、敵が出来ないと言えるのか?」
私は、嘆息混じりにそう答えた。

「エル様、ミルディス州軍の索敵能力は知れておりますよ。」
次は、セント兵団長が、そう吐いた。

「その根拠は?」
もはや、聞くのも億劫なほどに、理屈が通らない。これで、一軍を預かっているというのだから、アトゥスが負け続けているのも、理解ができる。そして、セント兵団長の根拠を聞いた時、私は、今世紀最大に呆れたに違いない。

「それは知れた事。アカイア王国は、蛮族に違いありません。文化、芸術も分からぬ”あほ”ばかりですよ。」

「・・・そ、それが理由か?」
私もさすがに、狼狽した。まさか、そのような稚拙な答えが返ってくるとは思っていなかったからだ。それを、自分の素晴らしい説明で、私が答えに困っていると勘違いしたのか、さらに捲し立てて来た。

「ご存知ではないのですか?我々、アトゥスの芸術品が、アカイアで安く売られているのですよ。そんな奴らに、まともな偵察が出来るとは思いませんな。」
手を額に当てて、考え込むような仕草を見せた。私が、考え込みたいよ。
 結局、この軍議は、何も実のある話もなく、このまま終わった。ただ、盛り立てる王子を褒める、そう言う場に成り代わって。その場で、雰囲気を壊すような事を言った私は、洩れなく、ヒュセル王子より小言を承った。

「今後、口を挟むことを許さない。・・・わかったか?」

「はい。申し訳ありませんでした。」
反抗することもなく、素直に謝罪をする。

「お前は、陣の最後方で、私が大勝利するところを見ていろ。」
そう言って、彼は、私に背を向けて立ち去った。私は、それを見届けてから、自分が指揮する部隊の所へと戻る事にした。
 指揮する部隊へと戻ると、各士騎長が私の下へと集まってくる。それぞれが、先ほどの軍議の内容を聞こうとしているのだ。ここに集まったのは、アレスセレフ・クレタ、トレェルタ・パルス、キュール・アトナの3人。トレェルタは、褐色の肌に金髪の髪が特徴的な26歳。キュールは、若い割に真っ白な白髪が特徴的の、23歳。彼らは、私の顔を見て、何も言いはしなかった。私が、話し出すのを待っている。一人一人の、顔を確認してから話し出した。

「作戦は、“敵は少数、恐れることない。真正面から敵を迎え撃て。”だそうだ。」
嘆息を交えて、そう伝えた。彼らは、お互いに顔を見合わせる。

「・・・真ですか?」
遠慮がちに、トレェルタが質問をする。いや、質問と言うよりは、確認だ。そのような事があるのか、と。

「残念な事だな。ヒュセル様は、どうやら目隠しをしておいでなのだ。」
キュールは、辛辣、と言えるような毒舌を吐いた。天を仰ぐかのような”振り”付きで。

「・・・エル様、そうなりますと、あの策は決行と言う事になりますか?」
アレスセレフの、その言葉と同時に、周りの空気が緊張感を持つ。皆が、視線を私に再び向ける。

「・・・そうなる。レティシアとジムエルに連絡を取ってくれ。それと、出している斥候に次の指示を。・・迅速に動け、この戦は大きな戦になる。」
緊張が、研ぎ澄まされていく感覚が広がる。懐かしい、感覚だとそう思う。それが、周りへと伝染するのか、毒舌を吐いていたキュールさえも険しい顔へと変貌する。それぞれが、するべき事を妥ずさえて、行動を始めた。



同日 正午過ぎ
アンデル地方 トルティヤ平原



 ミルディス州軍、アトゥス王国軍との戦いは、正午過ぎ、静かに開始された。霧の中、お互いに見えることもない。しかし、斥候によって自軍の前に敵軍がいる事は両軍分かっている。お互いににらみ合いを続ける中、アトゥス王国軍の左翼、ザンブル兵団長率いる部隊の方から騒ぎが起き始めた。それは、次第に左翼から中央、中央から右翼へと全軍に伝わる。

「ヒュセル様、左翼が攻撃を受けました!」
電光のように走ってきた連絡兵によって、その情報が伝わった。真正面に展開している筈の敵軍が前ではなく、左翼の方から霧に乗じて、こっそりと近づいていたのだ。真正面から来ると思っていたアトゥス軍は、僅かばかり浮き足立つ。しかし、敵は4千、味方は8千。霧に乗じて近づいたからと言って、数の上では味方が有利だと言う気持ちが、まだ、アトゥス軍の”強気”を持たせていた。

「落ち着け!部隊を左翼へと向けよ!敵は、我らより少ない!落ち着いて対処すればよい。」
ヒュセルも、下手に場数は踏んでいない。これ如きで動揺などしなかった。味方に、檄を飛ばして命令する。ラッパが鳴り響き、軍が動き出す。中央にいた部隊が、左翼の援護へと向かう。味方は、多数という”強気”を存分に抱え、左翼に食って掛かる敵軍に猛然と突き掛かった。敵は、その勢いににわかに後退の色を示すが、それでもまだ、すぐに崩れるという気配は見せない。それに肉薄した、左翼のザンブル、フェルイクト両兵団長は、攻勢を強めた。敵を猛然と突破し、打ち崩す、そう思った時である。今度は、右翼の方からどよめきが上がった。そのどよめきが左翼にも伝わり、攻勢に出ていた部隊も足が止まる。

「右翼より敵来襲!」
連絡兵がヒュセルの下へ、滑り込んできた。この連絡兵は、動揺し、焦っている。

「敵は、少ない兵を分散させたのだ。ばかめ、兵法の初歩も知らんと見える。数は少ない、猛然と敵を叩け!」
そう、連絡兵を怒鳴りつけた。この命令に、右翼の部隊を率いるセント、マンダセン両兵団長は、その指示通りに敵を猛然と立ち迎えた。この時、彼らは、敵の攻撃は、散漫とした攻撃で、ヒュセルが言った事は正しかったと、彼らは自慢げに心に思っていたに違いない。しかし、それは、彼らにとって考えもしない事で、打ち崩される事となるのだが。
その頃、ヒュセルは、この戦闘は、もはや“勝利”しかあり得ぬと確信していた。敵は愚直にも、アトゥス軍を混乱させる為に、少数の兵を分けたのだ。しかし、それを受ける側のアトゥス軍は、落ち着いて処理さえすれば、数で勝るアトゥス軍に負ける要素はない。
彼は、彼の従卒に、葡萄酒を用意させた。ヒュセルには、戦場で”勝利“を確信したその時から、葡萄酒を飲みながら指揮する“傲慢とも取れる”癖があった。その葡萄酒が入ったグラスを持ちつつ、勝利の美酒に酔い痴れていた。しかし、その愉悦に浸っている幸福の時間を、思いも知れない言葉に遮られた。

「ヒュセル様、両翼ともに良く攻撃しておりますが、この辺りで一度、軍を引かれてはいかがですか?」
そのように、少しばかり遠慮ぎみに、ヒューラー軍団長が問うたのだ。

「馬鹿なことを言うな!我らは勝っているのだ、引く理由などありはしない。」
ヒュセルは、赤面になりながら反抗する。彼にとって、この勝利を掴もうとしている時の葡萄酒を取り上げるような事は、誰にも許せることではないのだ。しかし、それを重々承知のヒューラーも、食って下がる。

「ヒュセル様、お聞きください。敵の動きが怪しゅうございます。」

「何が、怪しいと言うのだ!」

「・・敵の我が軍両翼への攻撃は、特段、変ではありませぬ。しかし、攻撃したままというのがおかしいのです。敵は、こちらより少ない。それにも関わらず、この状況で引かないとは、怪しゅうございます。」
冷静に、そう伝えようとしている。しかし、ヒュセルから見れば、彼が何を言おうとも、自分から大好きなお菓子を取り上げた、憎き相手に見えるのだ。

「それは、先ほどザンブルが言っておったように、敵が“あほ”なのだ。」
ヒュセルは、この話はもう終わりだと言わんばかりに、手を振る。彼の目は、ヒューラー軍団長を見ようともしない。ヒュセルにとっては、この戦闘はもはや、“勝利”するものなのだ。

「ヒュセル様、しかし・・・!」
しかし、ヒューラー軍団長は、さらに食い下がる。その巨体を前に乗り出し、何とか、自分が主君と認めた人に話を聞いてもらおうと。

そのほんの少し前、アトゥス軍中央を任されている、デワレント・トルクメル兵団長は、敵の攻勢に“異様さ”を感じていた。アカイア軍は、霧に乗じて、アトゥス軍の両翼に奇襲を掛けてきた。しかし、アカイア軍の総数は4千である。その少数の軍を、さらに2分しているのだ。兵法から考えれば、あり得ない事だ。とは言え、斥候は仕事をして帰ってきたし、ヒュセル王子も、敵軍を4千と想定しての指揮をされている。命令をたがえる事は出来ないし、このまま、命令通りに、中央は両翼に援軍を送りつつ、待機するしか出来ないのではあるが。そうこうしている内に、戦端が開かれてから4時間が経過している。おかしい・・今だに、敵将を打ち取った、敵部隊を撃破したという情報が入ってこない。敵は、少数である。そして、こちらは多数・・・何故、味方優勢等の報告が一つもないのか。その時である・・・自分が指揮する部隊の前方が、にわかに、ざわめきだった。

「何事だ?」
そう、近くにいた参謀に声を掛けた。しかし、参謀も私と一緒にこの場にいたのだ、わかりませんと首を傾げている。お互いに、傾げた顔を見ていた時、自軍の配下の兵が駆け込んできた。

「トルクメル兵団長!て、敵襲です!」
その兵は、見てはいけないものでも見たような顔をしていた。その言葉に、緊張が体を駆け巡る。私は、咄嗟に前に出た。馬に乗っている為、比較的前が見える。しかし、霧が深く、辺りを見渡すことは出来ない。ただ、その霧に、言えようのない不安を感じた。トルクメル兵団長は、それを凝視する。その不安が何でもないと、確認するように。しかし、それは期待に添わない形として、彼の眼前に現れる。

その霧の中から一人、また一人と敵兵が現れた。最初は、両翼のように少ないだろうと思い、猛然と反撃させた。しかし、ふと、何かの違和感を覚える。少しずつ、少しずつ霧の中から現れる敵兵の数が増えるのだ。そして、それに気づいた時には、目の前に人の壁が出来ていた。

「ヒュセル様に、報告を!」
それが、トルクメル兵団長の最後の言葉となった。霧を割いて飛んできた一本の矢が、彼の喉笛に突き刺さったのだ。彼は、地響きを立てて、地に臥した。指揮官を失い、統率が出来なくなったトルクメル兵団長の部隊は、組織的な抵抗も出来ず、敵軍の大軍も相まって、総崩れとなった。

「中央に敵、来襲!」
そう、ヒュセル王子に伝わったのは、それから少し経ってからであった。あまりの敵の数に、皆、呆然としていたのだ。連絡兵は、汗をびっしょりとかき、その息を荒々しくしている。

「ちゅ、中央とは、どういうことだ!」
ヒュセルは、連絡兵の理解できない言葉に、怒号で答えた。連絡兵は、それに怯えながらも息を整えて状況を伝える。

「中央より敵が来襲しました。て、敵の数、約5万!勢いも強く、抑える事敵わず。」

「5万・・・?」
理解が追い付かず、ただ、その言葉を繰り返す。そこに、息絶え絶えの、別の連絡兵が駆け込んでくる。

「中央トルクメル兵団長、左翼ザンブル兵団長、フェルイクト兵団長、お討ち死に!」
焦ったような声で、そう伝えた。

「ば、馬鹿な・・・・」
手に持つ、その葡萄酒の入ったグラスを落とす。鋭く、耳に刺さるようなガラスの割れる音が場に響く。ヒュセルのその眼は、どこも見てはいなかった。

「真か!?ちゃんと確認したことであろうな!」
ヒューラー軍団長が、そう怒鳴りつける。連絡兵は、真だと叫んだ。そう言い合っている間にも、目の前から敵の威勢を挙げる声が近づいてくる。敵は、中央を突破し、本陣へと近づきつつあるのだ。ヒューラーは、ヒュセルに近づいて、呆然として動かぬ、将来の主と決めた人物の頬を叩いた。

「な、なにを!?」
ヒュセルが、頬を弾かれたことに驚き、声を上げる。ヒューラーは、ヒュセルの両肩を掴み、大声で叫んだ。

「ヒュセル様、お逃げください!このままでは、ヒュセル様の御命も危う御座います。本陣の後ろには、エル様の騎兵がおります。その騎兵と共にお逃げください。あなたは、ここで死んではならぬのです!」
その大きな声に、その気迫に、ヒュセルは何も言えず、ただただ、頷いた。それを確認したヒューラーは、ヒュセルの乗る馬の尻を思い切り叩く。馬は、大きく啼いて、全速力で走り出した。本陣の後ろ、エルの陣へと向けて。見届けたヒューラーは、腰から大きな剣を引き抜く。彼は、煌めく白刃の長剣を携えて、もうそこまで来ていた敵に猛然と、突撃した。主と定めた御人を、逃がすために。



同時刻
トルティヤ平原 アカイア王国軍陣営


 アカイア王国軍は、未だに王子討死の報が入らぬ事に、妙に苛立っていた。敵は、もはや総崩れ、組織としての行動は出来ていない。しかし、まだ、完全な勝利とまでは行っていないのだ。

「攻めあぐねているのですかね。5万の兵が、数千の兵に。」
バショーセル・トルディ第一等将軍は、気分が悪いと言わんばかりにぼやいた。それと同時に、鋭く、何かを割くような音・・・鞭を叩く音が響く。その様子に、周りの人間は、身を固くする。

「さすがは、アトゥスちゃん、て感じかしら?」
女のように甲高い声で、隣にいた従卒に問うた。

「そ、そうかもしれません。」
そう言ったと同時に、鞭の音が鳴り響いた。従卒は、赤く腫れた頬を手で押さえている。

「そんなわけないでしょ!この、役立たずが!・・・もっと、真剣にやらないと、殺すわよ。」
その言葉に、ただ、震えるしかない。それは、従卒だけではなく、近くにいた参謀もその一人だ。ヘルセント・デューナー参謀長は、恐る恐る、彼に、もとい彼女に声を掛けた。彼は、声を掛けた事を後悔する事となる。

「と、トルディ将軍、あまりそう言っては・・・。また、従卒が逃げ出します・・。」
彼の従卒は、将軍位になってから15人目である。洩れなく、これまで全ての従卒が逃げ出そうとした。そして、捕まった彼らの、その行く末は誰も知らない。

「デューナー、あなたは誰の“モノ”かしら?」
身の毛もよだつ、不気味な声だ。そして、その眼は、ねっとりと纏わり付いてくる。その声と眼に、デューナーは視線を合わせる事すら出来ない。何も答えられずにいると、頬に強い衝撃を受けた。鞭の音と共に。

「私の質問には、きちんと答えなさい。」
その声には、少しの同情もない。

「は、はい。申し訳ございません。」
デューナーは、血が滲む頬を、手で押させえながら答えた。惨めさが、悔しさが、その心にどす黒く広がっていく。

「もう、いいわ。それよりも部隊に、早く、私の前にヒュセル王子の首を持って来るよう伝えなさい。」
興味を失くしたように、そう言った。もはや、彼を見る事もなく。デューナーは、それにすぐに答えれずにいると、再び、恐怖が彼を襲った。

「早く!」
甲高い声が、耳に刺さる。それは、本物の刃物のように、彼の心に突き刺さる。その場から逃げるために、命令もしっかりと覚えていないまま、彼は駆け出した。味方の陣の方へと、ただただ、走った。

 ヘルセント・デューナーが、“化け物”から、逃げようとしているその時、戦況は大きく変わろうとしていた。アカイア王国軍は、その策略によって一方的な勝利を掴もうとしている。少数の軍で、無謀にも多数の軍勢に挑む“あほ”を演じ、アトゥス王国軍を欺き、油断させた。さらには、霧に乗じて多方面から攻撃する事で、アトゥス軍に敵が無能である事をより意識させ、その一方で、連続での多方面攻撃によって、相手に考える時間を与えなかった。それに見事にかかったアトゥス軍は、多数である敵を少数と勘違いし、猛然と立ち向かい、反撃した。しかし、攻撃してくる敵の、その数が減る事はない。その敵が減らないと気付いた時には、5万と言う大軍に半包囲された上で、殲滅されつつある状態まで陥っていた。もはや、どうする事も出来ず、アトゥス軍は総崩れとなった。
 しかし、今、その一方的な勝利を感じつつあるアカイア兵の心には、どす黒い不安が広がりつつある。その原因は、アトゥス軍を半包囲しているアカイア軍の、その両翼にある。言えようのない圧迫感が、両翼のアカイア兵を襲う。霧故に、周りが把握出来ないことが、彼らの不安をより、駆り立てていた。アカイア兵同士が、お互いに顔を見合わせ、何事かと、話し合っていたその時である・・・重く、激しい地響きが彼らを包んだ。立っている事すら危うくなる、大きな地響きである。よもや、地震か。彼らは、そう思った。しかし、それとは反して、彼らを包む霧に黒い影が浮かぶ。その影は、次第に数を増やし、霧を白色から、黒色へと色を変えた。さらには、地響きは、その霧が黒色に染まるのに合わせて、その激しさを増す。それが、頂点に達した時、彼らの視界は、津波のように迫ってくる“黒いモノ”で埋め尽くされていた。それを、自分に迫ってくるものを、“アトゥスの騎兵”だと理解するころには、彼らは“馬”に踏み殺され、その意識を持たなかった。
 アトゥス軍急襲の報は、動揺と不安を抱え込み、瞬く間に全軍へと伝わり、本陣のバショーセル・トルディにも届くこととなる。

「報告!アトゥス軍急襲!我が軍の両翼より、騎兵が攻めてきますっ!」
その報告を聞いても、バショーセルはまだ、落ち着いていた。何故なら、アトゥス軍には5万のアカイア軍をどうする事など、現状、出来る事はないと思っていたからだ。それは、ただの“最後の悪足掻き”だと。

「何よ、この状況でも、悪足掻きするのね。で、その数は?」
この答えを聞いたバショーセルは、その心をかき乱される。どうしようもなく、ただ、されるがままに。

「その数・・・約8万!!」



第4騎 トルティア平原迎撃戦(その1)  完
 
 

 
後書き
最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。

次回は、トルティヤ平原迎撃戦(その2)です。
楽しみにしていただける方がいれば、幸いです。

ではでは。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧