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英雄王の再来

作者:moota
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第3騎 御旗のもとに

 
前書き
こんにちは、mootaです。

今回は、ごめんなさい「戦争を知る世代」より、こちらが先です。
ちょいと詰まってまして。こちらの方は、スラスラ出てくるんですけど。 

 
「英再」第3騎 御旗のもとに


アトゥス王国暦358年4月19日 早朝
アンデル地方 シャフラス アイナェル神殿 中庭
王子 エル・シュトラディール



 春の匂いがする昼間と違い、朝は不思議と、澄んだ空気と朝露の匂いが立つ。この中庭は、アイナェル神殿の中心に位置する。綺麗に咲き誇る花々が一面に敷き詰められている。また、ある一角には小さな小川、池も創られている。その中庭の、一面に敷き詰められる花々の風景には、必要のなさそうな大きな木が佇んでいる。これは、アトゥス王国初代国王アイナ・エルカデュールが好んだ木で、“カシアナの木”と呼ばれ、人の思いを叶えると言われていた。
 私は、その木の下に来ていた。朝早く起きて、街の朝市を見に行こうと思い、中庭を横切ろうとした時に、“カシアナの木”が目に入った。少し思う所があったので、寄ってみたのだ。何かを願う訳ではない・・・ただ、その木の傍に寄り、木に触れていた。その時に、耳慣れた声に名を呼ばれた。

「エル様、何か、お願い事ですか?」
透き通り、心に響く、そのような声をしている。私は、声のする方へ振り返った。そこには、光輝くような銀色の、さらりとした長い髪、蒼玉を思わせる綺麗な眼、すらりとした体型で、服から覗かせる肌は、絹のように滑らかで、白い。整った顔立ちで、通りを歩けば、何人もの男が振り向くに違いない。その身長は、今の私と同じくらいだろうか。彼女は、肌と同じような、白い修道服を着ている。ただ、異様なのは、その腰にぶら下がる長剣だった。

「いや、何も願っていないよ。」
私は、そんな彼女を訝しく思う事もなく、静かに答えた。
彼女の名前は、ユリアステラ・イェニ。歳は、14.。このアイナェル神殿の修道女であり、修道騎士でもある。修道騎士とは、アトゥス王国特有の官職だ。アイナェル教と神殿、そして国王を守る女性の騎士である。アイナ王が女性故に、護衛を女性の騎士で構成した事に由来するとされている。

「おはようございます。エル王子。」
彼女は、丁寧にお辞儀をし、挨拶をした。彼女は、変なところで律儀なのだ。

「おはよう、ユリアステラ。」
私も、お辞儀をし、挨拶をした。
 彼女は、それを聞いて、その整った顔に少しばかりの“憤り”の色を見せる。しまった・・。

「エル様、ユリィと御呼びくださいと言ったはずですが?」
きっと、この顔を見た人間は、すぐさまに目を背けるに違いない。私は、懇切丁寧に言い直した。

「おはようございます、ユリィ。」
そう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。手を口の前に持っていき、クスクスと。彼女は、一頻り笑い終わると、私に顔を向けて、先ほどの疑問をもう一度口にする。

「エル様、“人の思いを叶える木”の前で、何も願わずにとは、何をされていたのですか?」

「特に、これと言っては何もないんだけど。ただ、通り掛かった時に目に入ったから。」
私は、その“人の思いを叶える木”に目を向けて、そう言った。

「きっと、アイナ様が呼び止められたのですよ。“初陣”も決まられたと聞いておりますし。」
手を体の前で合わせながら、微笑む。

「そうなのかな。アイナ王が呼び止めたとあれば、御心配なのかな?」
私は苦笑しつつ、少々冗談まがいの事を言ってみた。ユリィは、驚いた顔をする。とんでもない、と前のめりに成りながら話す。

「そんな事はありません。エル様は王になる器の御方です。こんなところで負ける筈ありません。」

「そんなことは・・・」
そう続けたかったが、ユリィが話を被せてくる。

「そうなのです。私が、そう感じました。・・・しかし、初陣にお付添い出来ず、このような事を言うのはおかしいですね。」
先ほどまでの勢いが、急に萎んでいく。頭を項垂れ、その身体が小さく見える。申し訳ない、その気持ちがひしひしと伝わってくる。
修道騎士であるユリィが、私の初陣に参加しないのは当たり前だ。修道騎士の行動指針は、アイナェル教、神殿、王が基本となる。王でもなく、ただの王位継承権第3位の王子に付き従う事は出来ない。特例として、王太子には付き従う事が出来るらしいが。
彼女は、急に膝をついて頭を垂れた。・・・それは、王に対して行う最大の礼。

「エル王子、今は御供する事は叶いません。ですが、必ずや、エル様がその地位に叙される時は、我々、アイナェル神殿修道騎士がそのお力になります。必ずや・・・」
そう言って、彼女は顔を挙げた。その顔は、強い“決意”が感じられる。それは、何にも揺れる事のないもの。その蒼玉の瞳は、眩く輝いている。そして、もう一度、頭を垂れて言葉を口にした。

「・・・御旗のもとに。」



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アトゥス王国暦358年4月21日 昼
アンデル地方 シャフラス 兵練場
王子 エル・シュトラディール



 ここ、兵練場は、シャフラスの街の北外れにある。その区画は3つに分かれており、1つ目は、兵士が衣食住をする兵舎。2つ目は、個々の兵士や、少数での訓練で使われる木の柵で囲われた練習場、そして3つ目は、大規模な軍事行動の練習の為に開けた場所を設定している演習場、これら3つを合わせて兵練場と呼んでいる。兵練場の横には、アトゥス軍の騎馬がいる厩舎が併設されている。
かつて、アトゥス軍は、栄華を誇った時代に「アトゥスの騎兵」と恐れられていた。その騎兵は強く、速く、何人にも止める事は叶わなかった。しかし、今やその騎兵は、強さも速さも、見る影もない。ただ、その伝統として騎馬を数多く育てる事だけが続けられていた。
私が、この時代に転生した時には、驚かされたものだ。まさか、あの「アトゥスの騎兵」が見る影もなくなり、歩兵中心の軍隊に成っていようとは。それにも、一応の理由はあった。私が王であった時代から時が進み、敗戦に敗戦を重ねる時代、領土、経済力、生産力等が下がる中で、あの数の騎馬を維持する事は叶わなかったのである。そこで、当時のアトゥスは、維持できない騎馬を野に放した。それ故に、アトゥスの大地には、野生化した馬が多く生息している。私は、転生し、10を数える頃には、その馬を集め、教育する事を始めていた。何にしても、私が軍を率いるその時には、騎馬を用意したかったのだ。

「エル様、どうでしょうか?出来栄えは。」
隣にいる濃い赤色の甲冑に身を包んだ男が、私に問い掛けた。彼は、アレスセレフ・クレタという名で、軍で士騎長を務めている。年齢は25歳。すらりとした長身で、赤い短髪と堀の深い顔が特徴的だ。それ故に、女性に良く好意を抱かれるのだが、本人は無頓着、無関心。私が、王であった時代に軍事を任せていたルイチェル・クレタの血筋だ。クレタ家は武家の名門であったが、この時代では、そうでは無くなってしまったようだ。

「うむ、大分良くなった。さすが、アレスセレフだな。」
今、私の目の前では、五百騎の騎兵が大規模な軍事訓練を行っている。その騎兵は、一つの乱れもなく、突撃、前進、後退、旋回などの軍隊運用を繰り返していた。
 私は、今度のアンデル地方迎撃戦において、五百騎を率いる事を許された。その許しを頂いた後、すぐに、五百騎の運用訓練を始めたのである。今のアトゥスの騎兵は、お世辞にも“強い”とは言えない。その有用性を、何も発揮出来ていない程に、落ちぶれていた。それを、戦場に出るまでに何とかしなければいけなかったのだ。

「いえ、そんな事はありません。最初は、エル様が指揮されていたではありませんか。私は、その後を任されただけですよ。」
そう言って、屈託なく笑う。彼は、私が士騎長に推薦した人物である。元々は、等騎長で十騎を率いていた。個人の武勇、部隊を指揮する統率力、部下に慕われる仁徳、どれを取っても非常に優れた人物である。しかし、ヒュセル兄様の作戦の綻びを指摘してしまい、“怒り”に触れてしまった。故に、その地位に甘んじていたのだが、それをどうにかする位は、今の私にも出来る。彼を、私が指揮する五百騎の士騎長の一人に任命して、運用訓練をさせていた。最初こそ、私が“アトゥスの騎兵”たる運用を指揮したが、その後は、彼に全てを任せている。

「何を言う。アレスセレフ、君は、私が“力”を委ねる事が出来る数少ない人物だ。」
私は、彼の目を見て、ゆっくりと口にした。

「“力”・・・エル様が良く言われる“力の本質”ですね・・。」
彼の目には、強い意思が見られる。

「そうだ、“力”とは、必ずしも浴びせたい相手にのみ、降り掛かるものではない。未熟な者、秩序を知らぬ者、扱いを知らぬ者、暴略の者、それらの者が振るえば、傷付くのは相手だけではない。知らず知らずの内に、守りたい、助けたい、救いたい、そう言う者達に降りかかる。だからこそ、“力”を持つ者は、“本質”を理解する者でなければならない。」
私は、彼の目から視線を外して、眼を伏せる。
 ルシウス王と名乗っていた時の私は、そうであった。戦争に戦争が繰り返され、経済、技術、生活が良くなろうとも、民の心は傷つき、苦しんでいた。私は、恐らく“未熟な者、秩序を知らぬ者、扱いを知らぬ者、暴略の者”であったのだ。何が、英雄王か・・・。国を大きくする事だけに囚われていたのではないか。だからこそ、“本当の平和”を見せる事が出来なかったのだ。

「エル様・・・今、エル様が何をお考えかは、分かりません。ですが、エル様は、それを知る者です。そして、その思いをする相手、傷付く相手の御気持ちになれる御方です。それは、何よりも代えがたいもの・・・。」
私は、その言葉を聞いて眼を開ける。いつの間にか、彼は膝を地面につけ、頭を垂れている。それを見て、私は声を発しようとした・・・しかし、それよりも先に彼が声を発した。

「だからこそ、私は、本心より“エル様をお慕いしております”。」
私には、この言葉が・・何よりも代えがたいものだ。彼は顔を上げ、その覚悟たる目をして言った。

「エル様の・・・御旗のもとに。」
 “御旗”・・これは、アトゥス王国特有の言葉である。アトゥスの王族は、洩れなく全ての者に“固有の旗”がある。それは、色、柄、形などが決まっている訳ではなく、自分で決める事もあれば、先代の王より授かる事もある。しかし、一つも同じものがないのが、唯一の決まりである。これは、初代国王アイナ王が、“王族たるは、全ての事柄に責任と名誉を持つべし”と言う事を信条としていたからだ。つまり、国を統治する王と、その王族は国に対する“責任”と、その責任を持つという“名誉”を持つべきだという事である。それ故に、王族一人一人に、個人を表す“御旗”が存在する。“御旗のもとに”・・この言葉は、その個人に尽くす事を誓う、最上の言葉。
私が王であった時は、黒地に一輪の白い水仙の花が咲いていた。エル・シュトラディールとしては、それに習って、黒地に一輪の白いユリの花が咲いている。黒地の旗は、ルシウス王として使っていた旗だが、私が毒殺されて以来、不吉、不幸の象徴として使われていないそうだ。故に、私の旗も反対が多かったが、これを押し通した。“黒地”は何にも染まらないことを意味する。そこに咲く“一輪の白い花”は、唯一の希望を意味する。何にも染まらず、希望として戦い続けると。

「ありがとう・・・」
私は、頭を垂れるその赤色の甲冑の彼に、静かにそう、伝えた。苦しい時も、辛い時も、いつも色々な人に救われてきたように思う。




アトゥス王国暦358年4月21日 夜
アンデル地方 シャフラス アイナェル神殿 自室
王子 エル・シュトラディール


 月が煌々と輝き、虫の啼く声が響いている。自室にいた私は、その声を聴きながら夜風に当たっていた。4月ともなり、日が昇る時間は、少し汗ばむ事がある位に暖かい。しかし、日が沈んでしまえば、まだ、肌寒い風が部屋を吹き抜ける。身体も冷えてきたので、そろそろ就寝しようかと、そう思った時、扉がノックされた。

「はい、どうぞ。」
私は、ノックに答える。

「いや、夜遅くにごめんよ、エル。」
そう言いながら、精悍な顔立ちと優しそうな雰囲気を併せ持つ人物が、部屋に入ってきた。彼は、ノイエルン・シュトラディール。私の兄で、王位継承権第1位の王太子だ。歳は、今年で25歳。政務、軍事、人望、どの分野でも優れた人物だと、私は思っている。もちろん、悪い所もあるが・・・。

「いえ、どうかなさいましたか?」
この時間の訪問でも、特に何とも思いはしない。私は、どちらかと言えば、夜更かしをする方だ。夜の方が、静かで、考えに耽るには丁度良い。私は、近くにある椅子を差し出しながら、そんな事を考えていた。

「エルが、初陣で五百騎を任された、と聞いてね。」

「あぁ、その事ですか・・」
私も、椅子に座って、長兄に顔を向けた。

「うん、ヒュセルからは、最初、五百の歩兵を任されたと聞いてたんだけど・・・いつの間にか、五百騎に代わってて驚いたよ。」
彼は、わざとらしく肩を竦めた。これが、彼の悪い所・・・動きが妙に演技臭いのだ。小さい頃より、演劇が好きだったらしいから、それが原因かもしれない。愛嬌のある人だ。

「歩兵では、戦力になりませんから。無理を言って、騎兵に代えて頂きました。」
毅然と、そう答えた。すると、彼は驚いたように、眼を見張る。その意図を問うて来るので、丁寧に説明をした。
 騎兵は、軍隊を構成するものとして、歩兵より3つ優れている所がある。まず、前提に、軍事行動とは、必要な数を、必要な質で、必要な時期に投入する必要がある。そして、その時期に間に合わせられる“速さ”が1つ目の優れている所。2つ目は、その“速さ”故に、大量の“糧食”を必要としなくて良い事。大軍を歩兵で構成する場合、歩兵故に、その行軍の速さは遅い。つまり、それは、作戦行動自体の時間が長くなる事を意味する。そうなると、その期間を補完する大量の糧食を必要とする。3つ目は、騎馬の有用性、所謂“質”である。騎馬の強みは広く、突撃力、行動力、柔軟性に優れ、それぞれの武器・・長剣、槍、戟、弓や軽装備、重装備等の多種多様な武器に対応できる対応力を持つ。そして、それを生かせる土地がアトゥスには数多く存在するのだ。

「・・・ふふ。」
説明を聞いて、彼は急に笑い出した。何か間違っているような事を、言っただろうか。

「何か、おかしな所がありましたか?」

「いや、そうじゃないんだ。ごめん。ただ、エルが13歳に見えなくて。」
彼は、口元に手をやって、まだ、クスクスと笑っている。そういう事か・・・しまったな。変に思われたか。

「何だか、それがおかしくてね・・。13歳といえば、初陣と聞いて、何よりもはしゃぐと思ったんだけどね。私もそうだったから。」

「そうなのですか?」
私には、その気持ちはあまり理解できなかった。ここ30年辺り、アカイア王国、チェルバエニア皇国の両国は、アトゥスに大きな侵攻はしていない。両国が、お互いに本格的な戦争を望んでいないからだ。これまでは、アトゥスが両国の間にあった為、直接、接触する事はなかった。しかし、アトゥスが弱体化した為、その勢力圏を接する事となる。つまり、今の状態では、大規模な侵攻が、その相手への大きな刺激となってしまう。それを避けるため、現在のアトゥスには、比較的、小規模な戦闘しか起きていないのだ。その“抗争の中の平和”で、多少なりにこの国は、彼らは、平和ボケしているのかもしれない。

「でも、エルは違った。落ち着いていて、より良い方法を考えている。本当に、優秀だよ、君は。」
私の顔を、見つめて言った。何故だか、私の本心を知っているような言動に見える。それは、彼の演技臭い行動故なのか。彼は、椅子から立ち上がり、バルコニーに出ていく。仕方なく、私もそれに続いて、バルコニーに出た。

「父上がね・・・エルになら、王位を任せられる。そう言っていた。」
冷たい、鋭い風が肌に突き刺さった。喧しく啼いていた虫の声は、いつの間にか聞こえなくなっている。その言葉に、どのような意味があるのか。彼は、外を向いて、私の前に立っている。その表情が、どうなっているのか、私に確認する術はない。ただ、探るように答えるしかなかった。

「そのような事は・・・」

「遠慮する事はない。エル、君には、とても強い“意思”を感じるんだ。思えば、変な子だったよね、君は。生まれて5歳になる頃には、図書室にある歴史書や兵法書、伝記、経済書、財政書、ありとあらゆる本を読み漁っていたよね。話してみれば、歳の割に、変に落ち着いているし、考えもしっかりしている。それでも、まだ、その時は、ちょっと“変だけど優秀”な子だと思っていた。でも、修道騎士団を君が助けたあの時、この子は僕達と“違う”子だと、そう感じたんだ。そしてそれは、歳を増すごとに確信に変わった。」
嫌な汗が、背中を伝うのが分かる。不快だ。その汗のせいで、夜風がより、冷たく感じる。私は、努めて平静を装うとしているが、自分でどんな表情をしているのか分からない。

「・・・時々ね、君は、あの“英雄王”の生まれ変わりなんじゃないか、そう思う時がある。書物や人が言う伝説でしか知らないけど、13歳の君に、その影を見てしまう。」
彼は、振り返って、こちらを見ている。その眼は、私が居る方向を見ているが、私を見てはいない。何を見ているのか。

「・・ごめんね。変な事を言って。ただ、“英雄王”は、今のアトゥスを見て、どう思うだろうと思ってさ。」
真面目で、神妙な顔付きから、笑顔へと急に変わった。“英雄王”は、今のアトゥスを見て、自分の非力さ、無念さで、心が一杯になりますよ。きっと。

「兄上・・・」

「“英雄王”が、この時代に生まれ変わってくれないかなって、思ってしまうんだ。この混迷の時代に。身勝手だけど、思い上がりだけど。・・・そうであれば、彼女も死ななくて良かった。」
彼は、首に下げているペンダントを握りしめている。兄の、ノイエルンの想い人は、戦争で亡くなった。3年前まで、アトゥスの領土だった所・・・この街の北西にあるカーラーン地方の街、メルフィスールに住んでいた。その街は、チェルバエニア皇国の軍に攻撃され、占領された。その被害は大きく、男は一人残らず殺され、女は姦しられ、子供は売る為に縛られた、そう聞いている。
 少しばかりの間、彼は黙ったまま、眼を伏せていた。私は、何も言わず、彼が話し出すのを待った。

「・・・・いや、本当にごめん。もう大丈夫。何だか、エルの前だと、つい話しちゃうなぁ、私の方が兄なのに。」

「気にしないでください。私で良ければ、お話、いつでもお聞きします。」

「ありがとう。さ、長居してしまった。そろそろ、自室に戻るよ。エル、初陣頑張ってね。」
彼は、そう言いながら出口に向かって行く。私も、それに付いて行きながら、答えた。

「兄上も、出陣でしょう?お気をつけて。」

「ありがとう。では、おやすみ。」
そう言って、彼は自室へと帰って行った。その背中は、悲しみや悔しさ、色々な感情を抱えていた。
 自室に戻ると、私は寝衣に着替える事にした。部屋にある等身代の鏡の前に立つ。そこには、墨を零したように黒い短髪、よく端正なと言われる顔、程よく引き締まった筋肉が写る。これは、エル・シュトラディール。しかし、その外見は、ルシウス・エルカデュールとそっくりなのだ。ルシウスが13歳だった頃に。父や二人の兄は、淡い銀髪であるのに、私だけが黒色なのだ。これは、何を意味するのであろうか。
 着替え終わり、ふと、机にあった黒い色の布を巻いた細長いモノが目に入った。それをベットまで持って行って、ゆっくりとその上に広げる。黒い布が、真っ白なベッドの上に広がる。完成した旗を確認の為に、仕立て人が持ってきたモノだ。これは、私の“御旗”・・黒地に白いユリが咲いている。今日は、様々な事があった。それら、全てに“英雄王”が絡んでいるように思う。
・・・何かが、動こうとしているのかもしれない。ゆるく動いていた時が、その力を取り戻したように。“成すべき”時が来たのか・・・。



第3騎 御旗のもとに  完
 
 

 
後書き
最後まで読んで頂いて、有難うございました。

次回は、トルティヤ平原迎撃戦(その1)です。
少しずつ、盛り上がっていければと思います。

ではでは。 
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