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『八神はやて』は舞い降りた

作者:羽田京
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第3章 聖剣の影で蠢くもの
  第28話 不都合な真実

 
前書き
・主人公の両親のお話。
・より詳しい正体については、次の章で解説します。
 

 
 ――――これは、とあるシスターとエクソシストの話である。


 シスターは、病魔を癒す神器持ちだった。
 彼女は、多くの人々を救い、聖女として敬われていた。


 エクソシストは、名うての悪魔払いだった。
 彼は、多くの人々を守り、守護者として畏怖されていた。


 二人は出会い、やがて恋に落ちる。
 しかし、敬虔な信徒である二人は、節度を弁えていた。
 恋人ではなく、お互いが尊敬し合う同僚として接するよう心掛けていた。


 ある日、天使長が、彼らの勤める教会を訪れた。
 シスターは、天使長に問うた。


『神は既にいないのではありませんか』


 彼女の質問に驚いた天使長は、根拠を問い返す。
 彼女は言い放つ。
 いまの貴女の表情が全てを物語っています、と。


 次の日、シスターは異端として破門された。





「教会が、天使陣営がやることは昔から変わらない。神器持ちでは、アーシアだけが特別不幸――というわけでもなかったようだね。それに、よほど神の不在を知られたくなかったらしい」


 エクソシストは、すぐさま彼女と駆け落ちする。
 天使たちの追手を避けるため、堕天使たちに保護を求めた。
 堕天使の総督は、優秀な彼らを喜んで歓迎する。


 シスターの仕事は変わらない。
 病魔に苦しむ人々を癒し続けた。

 
 エクソシストの仕事は変わらない。
 悪魔に苦しむ人々を救い続けた。


「まあ、当然か。神の不在が知られれば、信徒たちの動揺は計り知れないだろう。原作の紫藤イリナやゼノヴィアがいい例だ」


 時は流れ、二人は娘をもうけた。
 シスターは娘を産み、そのまま逝った。
 エクソシストは、娘を守ると誓う。
 娘の平穏のためにも、隠棲したいと堕天使の総督に願いでた。


 狡猾な堕天使の総督は、答える。
 優秀な駒を逃すわけにはいかない。
 娘が大事ならば、言うことを聞くがいい、と。


「とはいえ、奸智に長けた堕天使の総督に頼ったのが運のつき。当時は小競り合いも頻発していた緊張状態だったそうだからね。戦力は喉から手が得出るほど欲しかっただろうさ」


 エクソシストは、働き続ける。
 娘の未来を守るために。 
 月日は流れ、娘は成長する。


「アザゼル総督は、はじめから自由にしてやるつもりなんて、なかったのさ。娘を枷にすれば、彼は従わざるをえないからね。何のことはない。体のいい人質にされただけ」


 それは、5歳の誕生日。
 娘を青い光が包みこんだ。
 そこからわずかに感じる力は、神器とは異なる力。
 エクソシストは焦った。
 この事実が堕天使の総督にばれれば、娘は連れ去られてしまうだろう。


「彼は、娘とともに静かに暮らしたいだけだったのに、ね」


 
 エクソシストは、苦しむ。
 父として、娘の未来を守ってやりたいから。
 だから、彼は、は隠れることにした。


「けれども。彼らには、逃亡先に当てがなかった」


 天使たちは頼れない。
 エクソシストを殺そうとするだろう。


 堕天使たちは頼れない。
 娘を人質にとるだろう。


 悪魔たちは頼れない。
 エクソシストは恨みを買いすぎた。


「裏に関わった人間が、表で生活することは難しい。いや、裏の現実を知っているからこそ、娘には日常を与えたかったのだろう」


 彼は必死に考える。


 天使たちは、二人を追っている。
 堕天使たちは、二人を探している――――けれども。
 悪魔たちだけが、二人に関心がなかった。


「逃避行の果てに、行きついたのが、駒王町だったわけだ。現魔王の妹が昼を管轄しており、干渉されにくい土地。その妹も幼いせいで、管理体制はずさんだったようだしね」


 父と娘は、ある悪魔の領地で暮らし始める。
 娘とともに、日常を過ごそうと、決意した。
 娘のために、平穏に暮らそうと、決断した。
 彼の望みは、小さな幸せ。ただ家族と暮らすこと。
 彼の願いは、娘の幸せ。ただ日常と平穏を得ること。

 
― ―――そんな、どこにでもいる家族の話だった。 





 ――――あたしは、八神はやてを知っている。


「と、いうわけさ。まあ、ありがちな物語だね。最後は、はぐれ悪魔が、『偶然』やってきて殺されたわけだ。『何故か』エクソシストに気づかれることなく、ね」


 無表情で、はやては語り続けた。感情の読めない顔をしながら、淡々と続ける。
 その痛々しい姿に、あたしは何も言えなかった。八神ヴィータとして一緒に過ごしたあたしでも、初めてみる姿だ。
 発端は、紫藤イリナとの出会いらしい。面識のないはずの彼女から、親しげに話しかけられた。しかし、彼女と過ごした記憶はない。
 疑問を感じて、過去を振り返ってみれば、あたしたちと会うまえの記憶が酷くあいまいでおぼろげだ。


――――あたしの知る八神はやては、優しく慈愛に溢れていた。


「母は娘を産んで死に、父は、娘をかばって殺された。けれども、一人娘も結局、殺された。物語にあるような、奇跡なんて起こらないさ――通常なら、ね」 


 不安を感じたはやては、帰宅した後、両親の寝室を兼ねた書斎を調べた。
 その部屋は、様々な想いが詰まっており、長らく掃除だけして保存してあった。
 手紙やアルバムに書籍と、雑多なものが置いてある。その中に、父の手記を見つけた。
 どうやら、日記らしく、ずいぶんと古ぼけていたが、使いこまれていることが見て取れた。


「死を前にした、少女は願った。自分を守り殺された両親に慟哭し。庇われた自分が今まさに死のうとしている事実に絶望し。目の前の異形に激怒した。ありったけの負の念を、憎悪を込めて祈ったんだよ」


 無表情ではやては続ける。


「居もしない神様は聞き届けてくれなかったけれど、ね。幸か不幸か。奇跡も魔法もあったんだ」


 ――――あたしの知る八神はやては、凛々しく毅然と振る舞っていた。


 日記には、父と母について、色々なことが書かれていた。
 二人が、いつどこで出会い、どうしてここで暮らし、どうやって今まで生活してきたのか。
 二人が、何をして、何を思い、何を願ったか。
 二人が、どれだけ娘を愛していたか。


「日記に書いてあったよ。5歳のときに『青白い光が娘を包んだ』と。神の祝福だー!と、無邪気に喜んだ様が書かれていた。親ばかだったようだね。けれども、それ以上にアザゼルにバレたとき、アザゼルによって人体実験に晒されるのではないか、と恐怖がつづられていた」


 ――――あたしの知る八神はやては、家族を愛し守ろうとする強い少女だった。


「奇跡の正体は、青白い光。少女は死亡し、その世界では終わってしまった。さすがに、『消滅の魔力』を受けてしまっては、蘇生できなかったようだね。その一家は、皆殺しになり、それでおしまい。物語にあるような奇跡は起きなかった。だって、彼女は、『魔法の力』も『夜天の書』も『原作知識』も持っていなかったから」


 あたしは、はやての両親を知らない。起動したときには、二人は既に殺されていて、主を守ることで精いっぱいだったから。
 けれども、父の亡骸にすがり、すすり泣いていた姿から、分からないはずがない。 
 はやては、間違いなく両親を愛していたし、両親もまた彼女を愛していた。



「だからこそ、『この世界』の自分に願いを託したんだ――世界も、時間も飛び越えて。けれども。悪い奴をやっつけて、ハッピーエンドにはならなかった。だって、願いは歪められてしまったから。そう。それは、願いをかなえるロストロギア――――」


『家族を殺した奴らが憎い』
『仇を討ち、復讐したい』


「この願いには、重大な欠点があった。だって、『憎む対象が居ないと、この願いは成立しない』んだよ。生きている家族の仇討なんてできないだろう? つまり、『家族が殺され』ないと、怨むことも、復讐することもできない。ばかげた話だ。だから、結局、両親はまた助からなかった」



 ――――あたしの知る八神はやては、泣き虫で傷つきやすい幼子だった。 


 一緒に暮らしているからわかる。はやては、誰よりも、何よりも家族を大切にしている。
 些細なことでも笑い、泣き、喜び、悲しむ。
 はやてが居るからこそ、あたしたちは今のような生活を手に入れた。


「『転生か、憑依か、現実か』ってね。いままで疑問に思いつつも、答えはでなかった。やっと解明できて、すっきりした気分だよ。少女の願いが奇跡を起こし、ボクは生まれた。
 無尽蔵の魔力と尽きぬ憎悪を糧に、奇跡は起きたんだ。奇跡というよりも、祟りかも、ね。まだ、推測の部分が多いが、おおむね合っていると思う。なにせ『思い出した』からね」


 みんなで家族はつくるもの、と彼女はいつも言っている。
 けれども、はやての存在が、ずっと家族の中心となり、支えになっていたと思う。
 他の皆も同じように思っているだろう。


 ――――あたしの知る八神はやては、明るく快活な子どもだった。


「ボクは、願いを叶えなければならない。心情的にもそうだし、他に手段がないのも理由だ。なにせ、ボクは『憎悪』から生まれた存在だからね」


 はやてがあたしに与えてくれたものは多い。いつだったろうか。なぜ家族をそこまで大事にするのか、と尋ねたことがある。
 まだ出会ってから日が浅く、戸惑うことが多かった頃の話だ。
 彼女は、不思議そうな顔をしたあとで、にっこりと笑って教えてくれた。


『家族がいればね。嬉しいことがあれば、一緒に喜べる。喜びを分かち合うことで、何倍にも大きくなるんだ。悲しいことがあれば、一緒に悲しめる。悲しみを分け合うことで、何倍にも小さくなるんだ』


 彼女は、なおも嬉しそうに言葉を紡ぐ。


『寂しければ、側にいる。辛いことがあれば、頼ることが出来る。困ったことがあれば、相談できる』


 そして、最後に苦笑しながら、締めくくる。


『まあ、あくまでボクが理想とする家族を語っただけなのだけれどね。けれども、皆と一緒なら、きっと素敵な家族になれると思うんだ。だから――』


(――いっしょに家族をつくっていこう、ヴィータお姉ちゃん、か。そういえば、このとき初めて姉って呼ばれたんだっけか)


 ――――あたしの知る八神はやては、大人びているがどこか抜けている妹分だった。


「以上だ。ボクの進むべき道は、初めから決まっていた。初めから負の方向に振りきれていたボクには、選択肢などなかったのさ。気づくのがずいぶんと遅れてしまったけれどね。だから、これから、どうするべきか――――みんなの意見を聞きたい」


 はやてと会ってから、もう7年以上経つ。楽しいこと、苦しいこと、嬉しいこと、悲しいこと。
 いろいろあったが、全てひっくるめて、とても大切で、素晴らしい思い出だった。
 父母の過去と、自らの秘密について、語り終えたはやては、今もなお無表情だ。
 けれども、姉貴分の眼はごまかせない。


「それよりも、はやてはどうしたいんだ?自分の答えはもうでている、って顔しているぜ。素直に白状しろよ――――あたしたちは家族だろ?」


 驚いた顔をして、こちらを見るはやてを見返して、苦笑してしまう。
 なんとなく、はやてのやりたいことは分かる。
 そのやりたいことが、いまの日常や平穏を壊す結果になることも。
 だが、それがどうしたというのだろう。


「ヴィータの言う通りだ。我々は、主はやてにつき従う騎士だ。しかし、それ以上に家族として大切に思っている」

「水くさいこと言ってはだめよ、はやてちゃん。家族の前ですら話せないなんて。わたしたちは、そんなに頼りないのかしら」

「共に悩み、共に歩む。主よ、われら家族の絆は、それほどまでに脆いとお考えか」

「ええ。マスターも仰っていたではありませんか。『家族の間で隠し事はしないように』と。忘れたとは言わせませんよ」


 口ぐちに言葉を投げかける。それは、家族たちの思いの代弁であり。
頼ってくれない悲しみであり。主を想う優しさであり。背中を押そうとする励ましだった。


「え……皆。でもボクは、ボクの願いは。僕が願ったことは――――」

「ほら。まずは、あたしたちに全て話せ。どうするかは、あたしたちが決めることだ。
 はやての責任だとか言うなよ?あたしたちの意思を軽んじる発言だぜ?」


 ――――あたしは、八神はやてのことならなんでも知っていた。


「ありが、とう」


 言葉に詰まりながらも、はやては続ける。


「これは『八神はやて』の望んだもの。彼女の願い。ボクの願い。とても痛ましくて、禍々しくて、歪んでしまった願い。とてもとても純粋な悪意――――」


 一度言葉を区切り、深呼吸しながら言う。


「きっと、誰もかれもが立ちふさがることになる。みんなも巻き込まれれば、不幸になるかもしれない――いや、きっとなるだろう。明るい未来なんてどこにもない。でも、それでもっ、力を貸してくれますか……?」


 幼子のように不安に揺らぐ瞳を向ける少女。
 そんな少女に、家族のだれもが力強く賛成した。
 張り詰めていた空気を弛緩させ、涙をこぼす妹分を見ながら思う。
 はやては、自分たちにとって守るべき主であると同時に、大事な家族だ。
 一家の大黒柱である彼女の立場を表現するのは難しい。それは――

 主であったり。
 娘であったり。
 妹であったり。
 仲間であったり。
 

 ――とても、一言で言い表すことはできないだろう。
 けれど、あたしにとって、はやての存在は――


(もしも、あたしに「お母さん」がいるとしたら。はやてみたいな存在をいうんだろうな)


 ――恥ずかしくてとても人前では言えない、あたしの本音だった。
 
 

 
後書き
・青白い光は、あのロストロギアです。
・物語の転換点となります。
・アザゼルさんは、HAYATE化のために、悪辣で非道な人になりました。ファンの人は、すみません。

 
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