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『八神はやて』は舞い降りた

作者:羽田京
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第3章 聖剣の影で蠢くもの
  第27話 必殺料理人

 
前書き
・タイトルがネタバレ
 

 
「――丈夫ですか!マスターどうかされましたか!?」


 リインフォースの前には、顔面を蒼白にした主――八神はやての姿があった。
 ふらりとリビングに現れると、ソファーに座り、ぼおっと、宙をみつめている。
 先ほどから、リインフォーフォースの必死な呼びかけにも反応を示さない。
 肩を揺さぶることで、ようやくこちらに気付いたかのように、顔を向ける。


「ああ、大丈夫。大丈夫だ。ボクは、大丈夫だから。少し、休ませてくれないか。今日は疲れた」

「どこが、大丈夫なものですか。明らかにお加減が悪いようですね――もしかして、紫藤イリナたちとの間に何かありましたか?」


 紫藤イリナとゼノヴィアと昼食を共にした――代金は、すべてはやてが支払った――後、彼女は帰宅してきた。
 このときリインフォースは、彼女に会い、軽く情報交換をしている。


(帰宅したときは、特におかしな様子はみられなかったはず――どういうことだ?)


 突然の出来事に混乱しながらも、リインフォースは、主の反応を待つ。
 しばらく沈黙したあと、はやては、のろのろと言葉をつむぐ。


「――――彼女たちと直接なにかあったわけではないよ。ただ、思い当たる節があってね。念のために調べてみたら、面白いことがわかった」

「面白いこと、ですか?」

「あとで、話す。とても大切なことだから、皆の前で話そうと思う。ただ、いまだ混乱していてね。説明する前に、内容を整理しておきたい」

「わかりました。外出中の守護騎士たちを直ちに呼び戻します」

「ああ、頼んだよ――悪いは、今日の夕食はリインフォースがつくってくれないか?」

「ええ、かまいません」

「ありがとう。たぶん、長くなるし、要領を得ない点も多いと思う。だから、食事のあとで、詳しく話そう」


 一通り言い終えると、はやては、二階の自室へよろよろと向かっていった。
 不安そうに見送るリインフォースに気付いた様子もない。
 いや、たとえ気づいていたところで、取り繕う余裕はなかっただろう。
 彼女が、ここまで憔悴した姿は、長く傍にいたリインフォースでさえ、初めてみる。
 心ここにあらずといった主を心配しつつも、直ぐに守護騎士たち――ヴォルケンリッターに連絡をとる。
 彼女の必死な様子に、ヴォルケンリッターの4人は、かつてないほど動揺した。
 ヴィータなど、露見することを承知で、転移魔法をつかって帰ろうとしていたほどだ。


 勇み足になる彼女たちをリインフォースは、何とかなだめようとする。
 努力の結果、事態を外部に漏らさぬよう、何食わぬ顔での帰宅を促すことに成功した。
 ヴォルケンリッターが、狼狽したのは、冷静さを欠いた状態で念話を繋いでしまった彼女にも非はある。
 もう間もなく家族全員が集合することだろう。


「マスターの身にいったい何があったのですか。二階で何かしていたようですが。あのような状態にまで、マスターを追い詰めるほどの何かがあったのでしょうか」


 あれこれとつぶやきながら、考えても、何も思い当たらない。
 この家は、はやてと初めてあったときから、ずっと住み続けてきたのだ。
 いまさら何があるというのだろうか。秘密などどこにも――あった。


(――もしかして、あそこだろうか。マスターの両親が殺された寝室なら、あるいは……)


 はぐれ悪魔が押し入ったあの日――そして、夜天の書の騎士たちが、主と出会った日。
 父とともに、はやては、寝室のベッドで寝ていた。
 事件の後始末がひと段落ついたあとになっても、彼女は、寝室を使おうとしなかった。
 使おうとしないにも関わらず、彼女は毎日のように、忘れずに掃除をしている。
 たとえ、家族でも、決して入ることを許さない。
 今に至るまで、リインフォースたちは一度も入室したことはなかった。
 当然、部屋の中の様子を知る由もない。


(たしかあの部屋は、正確には寝室も兼ねた書斎だったはず。だとすれば、過去に関することで、何かをみつけたと考えるべきだろうな)


 ただし、一度も入室したことがないというのは、語弊がある。
 主の危機に反応して、はぐれ悪魔から守ったときから、後片付けをするまで。
 その間は、彼女たちも寝室に出入りしていた。
 あのころ、無言のまま、部屋の中でたたずむ主の姿をよく見かけていた。
 ふと思い出すのは――父の遺体を前に、嗚咽していた少女の姿。
 忘れることのない最初の出会い。原初の風景。主の大切な人を守れなかった罪の証。
 いかに断片的とはいえ前世の記憶とやらを持ちえたとしても、9歳を迎えたばかりの少女には、あまりにも酷な試練。


(そうだった。あのときもマスターは顔を蒼白にしながらも、気丈に振る舞っていた)


 虫食いだらけの前世の記憶。転生。魂の性別。異世界。復元された夜天の書。原作知識。膨大な魔力。原作と異なる水色の魔力光。悪魔に対する異常な敵愾心。


 「八神はやて」にまつわる謎は多い。
 これまでに明らかになった断片的なキーワードを、結び付ける何かが存在するはずだ。
 その何かを見つけたのではないだろうか。
 以前から感じていた胸騒ぎが、止まらない。
 きっと、この先には、試練が待っている。理由はないが、確信がある。


(マスターがどのような存在で、どのような道を選ぼうとも、私だけは――私たちだけは、付き従います。たとえ、その先に破滅しかなかったとしても)


 本当なら諌めるべきだろう。だが、彼女は自らの主の頑固さを知っている。
 止めようものなら、一人だけで先へ進むだろう。
 いや、悪ければ、「家族を巻き込みたくない」一心で、一人で突っ走るかもしれない。だから――――


 ――――この日、八神家の家族全員が、原作を破壊し、独自の道を歩むことを決意した。





 ――私の趣味は料理だ。


 ただし、決して得意ではない。むしろ、苦手分野である。
 それでも、四苦八苦して調理するのが好きだった。
 特に好きなのは、創作料理。
 私のオリジナリティあふれる料理は、他の追随を許さない。と、自負している。
 はやてちゃんには、シャマルの創作料理?毒物の間違いじゃない?と、酷い言われようだが。
 だが、それでいいのだ。
 できないからこそ、チャレンジする気になる。


 誰か監督役にいるときは、普通に料理ができる。
 レシピ通りに作ることもできる。
 でも、レシピ通りに作ったら負けかな、と思っている。
 自慢ではないが、私は大抵のことが、そつなくこなせる、
 ヴォルケンリッターの参謀として高い知能を誇る私は、常人よりもあらゆる点で優れている。
 事実、料理以外の家事――洗濯、掃除などは、得意ではないものの、問題なくこなせる。
 にもかかわらず、料理だけはできないのだ。


(はやてちゃんは、一つくらい欠点があった方が、愛嬌があっていい、なんて言ってくれるけどね)


 昔冗談で、料理ができないようにプログラムされているのではないか、と言ったことがあるが、冗談では済まされないかもしれない。
 実際、シグナム、ヴィータ、ザフィーラはいまだに家事が苦手だ。
 私たちヴォルケンリッターは、戦闘用のプログラムである。
 そう考えれば、余計なリソースを使わないために、家事の能力は省かれたのかもしれない。
 料理以外の家事ができるのは、単に私が一番器用だったからだろう。


 それでも、私は料理し続ける。
 半ば意地のようなものだ。
 不思議なことに、私が作った料理は、私の口には合う。
 だからこそ余計に、不味い、と言われても理解できないのだ。
 はやてちゃんには、味音痴だの味覚障害だの言われるが、めげずに私は今日も料理をしようと思う。


「えっと、にんじん、じゃがいも、たまねぎ……今日の夕飯はカレーだったわね」


 夕飯の買い物を頼まれて、近くのスーパーに来ていた。
 私の練習用の素材も買っていいといわれている。
 なんだかんだで理解のある優しい主に感謝だ。


 ――私の役目は参謀だ。


 ヴォルケンリッターの参謀として後方で指揮・援護をするのが私の役目だ。
 冷徹に状況を見極め、判断する。
 戦闘に感情は不要だ。
 だから、冷徹に、いっそ冷酷なまでに感情を排して指示を飛ばす。
 感情を取り戻したヴォルケンリッターの中で、一番変わったのは私だろう。
 なにせ、はやてちゃんに会うまでは、笑みを浮かべることすらなかったのだから。
 そのことを話すと、はやてちゃんには、信じられない、といわれる。


 たしかに、自分でも変わったと思う。
 こうして、平和な昼下がりで買い物をする。
 よく笑い、悲しければ涙することもある。
 いままでの私では考えられなかったことだ。


 ――私が好きなものは八神はやてだ。


 帰るべき場所がある。その素晴らしさを知らなかった。
 それを教えてくれたのは、はやてちゃん。
 最初にもった感情は戸惑いだった。
 10歳を超えない幼い少女が主だったこともあるが、その少女が、突如現れた魔王とやらに、毅然とした態度で接していた。
 しかも、ここが異世界だともいわれた。
 思い出すのは原初の言葉。


『ボクと、家族になってくれませんか?』


 緊張した面持ちで、はやてちゃんは問いかけてきた。
 戸惑いつつも了承した。
 あれよあれよという間に、家族として暮らしてくことになった。
 彼女のもつ「原作知識」とやらのお蔭で、『夜天の書』が改造され『闇の書』になっていたことを知った。
 蒐集(しゅうしゅう)して得られる大いなる力とやらは、自滅に過ぎないこと。
 なぜか、復元された『夜天の書』になっていること。
 このあたりの詳しい説明は、管制人格――はやてちゃんによって、「リインフォース」と名付けられた――もしてくれた。


 いままで、私たちヴォルケンリッターの意義は、主を守り、魔力を蒐集し、大いなる力を得ること、だと思っていた。
 それを否定されたのだから、戸惑って当然だっただろう。
 最初は、蒐集もせず、争いのない平和な日々に慣れなかった。
 だが、時間が経つにつれ、戸惑いは感謝に変わっていった。
 見ること聞くこと全てが新鮮で、摩耗していた感情を、再び取り戻していくのを感じた。


 ――私は今の生活が大好きだった。


 ときどき、幸せすぎて不安になることがある。
 とくに、原作関連が始まってから、不安が大きい。
 本当なら原作に関わらない方がよいのだが、住み慣れた家を離れることを、はやてちゃんが嫌がった。
たとえ、父が殺された場所であっても、はやてちゃんにとって、この家こそが帰るべき場所なのだろう。
 もちろん、魔王の庇護下にあった方が安全だろう、という打算もあるが。


 レジで会計を済ませ、帰路につこうとしたとき。
 リインフォースから念話があった。
 はやてちゃんの様子がおかしいらしい。波乱の予感がした。


(ねえねえ、リインフォース。私の料理ではやてちゃんを元気づけるなんてどうかしら?)

(冗談はよせ)


 冗談ではないのだけれど……。
 ちょっぴり傷つきながらも、これからのことについて思いめぐらすのだった。
 はやてちゃん。貴女のためなら、何でもします。


 ――たとえ、今の生活を失ったとしても。

 ――たとえ、世界の全てを敵に回しても。 
 

 
後書き
・なのは原作では一緒に暮らして半年に満たないのに、ヴォルケンズの忠誠心はマックスでした。8年近く側にいれば、忠誠心が限界突破しても仕方ないよね、と思います。
・次回で主人公の正体が分かります。 
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